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最後の言葉

Side

今井紗千視点

 紗千がすべての準備を終えた後、空き教室手前の廊下で鈴音と八幡の姿が見えた。丁度いい機会だと思ったので声を掛けた。


「元部長」


 鈴音が顔を上げる。変なヘッドホンを着けてるのによく聞こえたなとも思ったが紗千は頭を振って頭を切り替える。


「外そうか」


 気を利かせた八幡の言葉を誤解したのか、イヤーマフを両手で押さえて頭を振る。


「……イヤーマフじゃなくて席の話」


「あ、そっちか……」


 鈴音が紗千を確認するように見る。


「お願いします。他人に聴かせるような話ではないので──」


 その言葉に八幡は空き教室の中へ入っていった。


「このままでも聞こえてるから」


「元部長とは二度と会うことがないと思います。だから最後に言わせてください」


 紗千に視線を向けたまま鈴音は黙っている。


「多分、元部長は父の愛人に近い雰囲気を持っていたんだと思っています。うちは悔しいのと同時に貴女が羨ましかった。いえ、正確には貴女を通して見た父の愛人が、だと思います」


 鈴音は黙って聞いているが苦虫を噛み潰したような表情で押し黙っている。多分、こんな事を聞かされても困るだろう。それに愛人に会った事ないって言ったら逆鱗に触れるかもしれないと紗千は思う。

 でも多分きっとこういう感じの人だと思ってる。そして父が本当に好きだったのは紗千が愛人と呼んでる女性の方だという事も分かってる。


「うちらは消防署へ向かいます。元部長に関係ない話を長々と聞かせて申し訳ありませんでした」


 紗千は一度頭を下げた。


「いえ。どう致しまして」


 鈴音は唇を一文字にキツく閉じる。紗千から見てもあんまり機嫌が良くないのは分かってる。


「あと、もう知っているかもしれませんが多分、例の件は火河部長が犯人だと思います」


 このまま別れるのはあれなので紗千は最後に片手間に調べていた件の話をする。鈴音と東が付き合ってると言う噂とか面白半分で彼女がやりたくもない生徒会長推しの件だ。


「そう。やっぱりそうなんだ。薄々は気付いていたけどあいつだったのか」


「はい。言いふらしてたのは彼女でほぼ間違いないかと」


 勿論、ただの決め付けではない。さり気なく聞き出したり盗み聞きした成果だ。


「やっぱり恨まれてたのかしら」


「どうなんでしょう。やっかみかも知れませんし、元部長が要らない事を言ってしまった可能性もありますが動機までは分かりません。単に悪戯でやったと言われてもそうかと思ってしまう人ですし」


 鈴音は右手で右頬に触れながら考えるような仕草をする。


「東は元部長が好きだったのでしょうか」


「それは無いわね。あいつ、私は異端者でも見るような目付きで見てたから」


 紗千の何気ない問いに鈴音は他人事のように言ってのけた。それが紗千に驚きをもたらす。昨日と別人のようだ。この状況に因る変化なのだろうかは分からないが──


「そうですか」


「色々調べてくれてありがとう」


「いえ、火河部長のやり方が嫌いでしたから」


 そこで鈴音が笑って口を開いた。


「やり方? 性格も含めて全部でしょう。貴女が嫌ってる人って私じゃなくて火河みたいな奴じゃないの?」


 そこで紗千に対して鈴音がやり返してきた。こういう所が彼女の良い点であり、同時に悪い癖であり、そして火河に嫌われたであろう部分なのだろうと思う。本人には絶対に言わないが──


「最後だから言っておくけど、貴女、私も事も微妙に嫌いでしょう?」


「うーん。正直に言って分かりません。ただ……元部長と過ごした日々は面白かったです。見てて飽きませんでした」


 紗千は舌を出して見せた後、二、三回頭を下げる。


「そっか。あ、薙澤会計と田中副会長どうなったか知ってる?」


「あれから見てません。生徒会室かも知れませんし、薙澤会計の自宅かもしれません」


 答えられるなら答えたかったが紗千はその回答を持っていない。


「分かった。そろそろお別れの時間かな」


 鈴音が紗千の後方に視線を移す。

 イヤーマフを着けているのにもかかわらず、紗千よりも早く廊下から響く足音に気付いていた。背後を見たら兄の臼野と風紀委員の仲間とアーチェリー部のメンバーだった。全員既に準備は終えている。


「さようなら、うちの反面教師・天津鈴音さん。微力ながら貴女の脱出と勝利を祈ってます」


 紗千は神職の人間がやるように深々と頭を下げた。


「ありがとう」


「元部長、どうかご無事で」


「今井紗千さん、貴女もね」


 その言葉を受けて紗千は鈴音と別れる。

 そしてこれが紗千にとって彼女との最後の会話となった。

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