決断
「私が倒れてる間に準備はできたの?」
「一応、全部やっておいた。脱出用の梯子も用意したし、あとは運転手を呼ぶだけ。別に八幡でもいいけど」
鈴音の疑問に兎川が答えた。
名指しされた海人が少しだけ嫌な顔をする。
「一応、免許持ってるけど上手くないぞ。慣れてないしな」
そう言えば、免許取るのに苦労したとか言ってたな。でも勇儀よりはマシだと思いたい。贔屓目だけど。
「勇儀先生に話してなかった……後で話すとして行き先は研究所でいいんだな?」
兎川自身はやはり事の真相に拘ってるとしか思えない。
「ヘリさえ呼べたらどこからでも逃げられるのかもしれないけど私がこうなってしまった以上、研究所へ行って対処法があるかどうか知りたいし、設備が生きてるなら確実に脱出できそうなのは研究所だと思う」
「治せるの? と言うか治すつもりなの?」
何故か海人ではなく兎川が反応した。鈴音は微妙な表情をしている。
「治せる治せないの問題ではないでしょう。私は普通の人間とは違う状態になってしまったのだから色々とはっきりさせないといけない事があるでしょうに……知っておかないといけないことも」
「そうだな。そういう点も話もあるか」
兎川が意味深な事を呟いてる。鈴音の次は兎川が変な事を言い出してる。大丈夫なんだろうか?
「何か企んでる?」
「天津生徒会長、いや天津にだけは言われたくない」
鈴音は渋い表情をしてる。兎川への辺りはあたしに対するそれよりキツイ気がした。
こけしちゃんの妄想に鈴音だけ外されてたのはこういう関係を予想していたのだろうか。呆然として聞いてた時の話を思い出す。
「とりあえず、勇儀先生に拒否されたら八幡にお願いする方向で」
兎川は海人の方を見た。頼むよって軽い感じに彼は複雑な表情でそれに答えてる。
「暫く休んだら研究所へ向かいましょう。巫女が再び来て相手する羽目になるのは困るから」
鈴音がそう言って話を締めた。
「今井です。入ります」
ノックとともに今井の声がした。間を置いて彼女が入ってくる。ドアの隙間から見えたのは風紀委員たちと彼女の兄が立っていた。彼らは入ってこようとはしない。
なんか距離を感じる対応だとは思ったが鈴音の件があるから仕方ないのかもしれない。
「えらく改まった挨拶ね」
「やっぱり分かりますか。うちらは学園を出て消防署で助けを待つことにしました」
今井の言葉に誰も何も言わなかった。もうここに居るのが限界なのは確かだったし、巫女の存在が止めになったのは確かだろう。ここに居たらまた襲撃してくるかもしれない。
「元部長はどうしますか? 今、うちらの分くらいしか用意出来てませんが……」
「ありがとう。でも私は一緒にはいけない。昨日ならそれでも良かったんでしょうけど状況が変わってしまったから」
二人のやり取りが社交辞令のように聞こえた。多分、今井も分かっていて聞いていたのだろう。
「きっとそう言われると思っていました。もう少ししたら校門から出て東に向かいますね。あと出る前にもう一度挨拶に来ます」
今井は深々と頭を下げた。その言葉は今生の別れみたいに聞こえる。
このまま居残っても命運は尽きるのみなのだから仕方ないがこういう別れも結構辛い。
「あ、もし、うちらが先に脱出できたら元部長たちの救出も頼みますから逆の場合だった時は」
「分かってる。東消防署に向かった貴女たちの救助に向かってもらうよう頼むから」
目覚めてから難しい顔しかしてなかった鈴音がほんの少しだけ笑ってみせた。ここから近くで脱出できない事態は最悪の結果と言う展開に他ならないが一緒にいけないあたしたちにはそうならない事を祈るしかない。
「皆さん、どうかご無事で」
今井は再び頭を下げてドアを開けて教室を出る。そしてドア越しには彼女を含めた影がこの教室から離れて行った。
「改めて聞くけど私は研究所に行くけど貴方たちはどうする」
鈴音は全員の問うた。
「お供するよ」
「気持ちは変わらない」
海人と兎川は以前と変わらぬ答えを返した。
あたしは──
「乗りかかった船だから同行するよ。今更、こけしちゃんたちのところに厄介になる訳にもいかないしね」
真相とかどうでもいいけど海人を恋敵の鈴音と行かせたくないのが本音だった。つまんない意地張ってる我が身が情けないが──




