巫女(ツスクル)との対峙
一階に着いた時には海人が壁に隠れながら鏡で保健室の方を伺っている。鏡にはカッターシャツとスカートを着たまんまの和泉が奇妙な表情で立っている。普段とは違い、肌が見える首元には椿みたいな花弁が実り、巨大な花びらで覆われた頭部は白無垢にも見えないこともない。
こんな婚礼衣装は着たくなかっただろうに──
「あたしが牽制するから反対側に」
海人と位置を替わりながらあたしは壁沿いに立つ。
ハンドシグナルで3・2・1と合図を送ると同時にアサルトライフルを壁から出して和泉に向けて撃った。海人はその隙に反対側、校庭側へ辿り着いてる。
だが和泉はケタケタと体をくねらせているだけで効いてる様子がない。
「センパイ、ヒドイ。ワタクシ、おなかすいたダケナノニ」
鏡だけを出そうとした瞬間に朱い液体が飛んできた。あたしは慌てて身を隠すと同時にコンクリート片が飛び散った。そこから金属の細い棒が剥き出しになっている。
こんなの食らったら死ぬぞ。病院に居たのと威力が桁違いじゃないか。感傷に浸ってる場合じゃない。倒さなきゃこっちが殺される。
「クソ。外に出たら火炎瓶で狙われるの分かってるからか動きゃしない」
海人が奥へ行きながら忌々しげに呟く。その間も赤い液体が飛来し、海人の居た辺りを削っていく。
『校舎内で使えばいいじゃないですか』
インカムを通して誰かの声が聞こえた。
『馬鹿! 電源が落ちたせいでスプリンクラー設備が使えないのに火なんか使ったら校舎が燃えるじゃないの!』
こけしちゃんがすかさずツッコミを入れる。本当にその通りだ。和泉はそれを理解してるのか、ペタペタと足音を立てながら水弾を放つ。
「センパイ、タベタイ。マルカジリで」
こっちに近付いてきてるのか声が大きくなっていく。
『誰か近付いてきてる。注意を逸らして』
鈴音の声がインカムに響く。誰か突撃したのか。
あたしは血のような液体を流す壁から離れてアサルトライフルで撃とうとするが奥から飛び出した男子生徒がリカーブボウを構えて矢を放とうとしている為、撃てずに再び体を壁の裏に隠す。
『撃って!』
「この状態だとフレンドリー・ファイア、同士討ちしちゃうよ。兎川は狙えないの」
あたしは鏡だけを出して様子を伺うが矢で胸を貫かれても和泉は平然としている。
「壁で狙えない」
兎川の返答は無情な物だった。
「逃げて!」
叫ぶが遅かった。次の瞬間に男子生徒の頭に朱い水弾が直撃して紅い絵の具をぶちまけたように天井や床、壁に血が飛び散る。
反射的にアサルトライフルの引き金を引いて銃弾を浴びせるがクリーチャー化した和泉は全く効いた様子がない。ただ制服のカッターシャツとスカートに穴を開けるのみで──
『多分血管みたいに全身に補助脳が幾つもあるのかも』
鈴音が憶測を述べる。やっぱり燃やすしかないか。
あたしは形見になってしまった依田先生のジッポライターを使い、リュックから取り出した火炎瓶に火をつける。
「届け!」
力一杯に和泉に向かって火炎瓶を投げる。だが和泉はこちらに向き直り右手を前に出したかと思えば火炎瓶が空中で割れた。中身は無残に砕けたガラス片とともに床を濡らす。
今まででは考えられないけど撃ち落とされたと考えた方がいいだろう。
「焦りすぎだ」
海人の言葉に我に返って慌てて階段の奥に隠れる。
「どうするの?」
あたしの問いに海人が廊下の奥を見た。
『そっちに向かってる』
銃声が響いた。三度鏡だけ出して確かめると和泉の頭部から血が出てるようには見えるがこっちに早歩きで向かってきている。
「避けられた」
だがインカムから聞こえた声は絶望をもたらす。
海人が床を指差して引き金を引くような動作をする。油のこぼれた箇所を狙って事か。
あたしは和泉の隙を狙い、言われたとおりに油の飛び散った辺りを狙って銃撃する。可燃性の高い液体だったおかげで引火して和泉を巻き込む形で炎上する。
海人は和泉が気を取られてる内に火炎瓶を投げ、ショットガンを構えて引き金を引く。今度こそウィルスと言う神を信望するの巫女と化した彼女の全身に降り注いだ液体に着火してその全身を炎で覆う。
「やった!」
あたしは歓喜の声を上げる。
『いや浅い。甘かった』
「離れろ」
二人の声に慌てて校庭側へと逃げこむ。
海人が持っていた鏡に映し出された和泉は床に転がってボロボロになった衣類ごと炎を脱ぎ捨てる。
「マタキマスネ。コンドコソ、タベル。タベタラ、ミンナ、シアワセ」
言うや否や和泉だった化物が鏡から消える。そして、ガラスが割れる音が続けて2度響く。
『学園の外に逃げた』
兎川が絞りだすように報告する。
今井たちがやってきてその手に持っていた消火器を床に巻き散らかされた炎に向けて栓を抜き中身の白い粉で覆い潰す。すぐに火は消え去った。
「ごめん。無駄に撃たなきゃあれで仕留められてたのに──」
「気にするな。多分、撃ってなくても同じ結果だった。……それとこれからあいつの事を巫女と呼ぼう。仲間と思い出すような要素は必要ない」
海人は誰に告げるともなくそう言った。
あたしは仕留め損なった事に対して不吉な予感を受け取っていた。




