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幼馴染みは爆死するのが定め  作者: 明日今日
第七章 三日目(1)絶望は希望から始まる
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銃の力

 あたしたちが体育館から下駄箱に移動した時にその事態を知らされた。当然、運動靴のままである。


『大変なんです! 助けて下さい!』


 インカムからこけしちゃんの切迫した小声が響く。


「どうした」


 いち早く兎川が反応する。

『元部長と勇彦君がサバゲー愛好会に絡まれて……あいつら猟銃を持ってて、うち、一人じゃ手におえなくて……矢と猟銃を向け合ってる状態です』


「今すぐに行く。場所と状況を、あいつらの様子は? 怪我してるか?」


 海人が策を思いついたのか、そう問いただす。


『2階の廊下で生徒会室の近くです。鮫谷は右足を引きずってる。他の奴も包帯巻いてます』


「大地、一つでいいから空のワクチンの瓶を持ってきてくれ。兎川はこれを持って裏に回って狙撃を……容赦しなくていい。和泉は俺と来てくれ。タイミングは大地に任せていいか」


 海人はマイクを右手で押さえて指示する。そして、自分の持っていたドラグノフ狙撃銃を兎川に渡す。

 了解と兎川。はいと和泉が返事する。


「分かった。あたしがやる。合図は鳥でいいよね?」


 海人の意思は分かった。どういう作戦なのかも。あたしは返答した瞬間に保健室へ走りだしていた。鈴音の事は嫌いだけど鮫谷に好き勝手やらせるつもりはない。

 それにこれはあたしへの海人の信頼の証で一番難しい役割だ。なら何としてでも応えないと──好きな男の要望で恋敵助けるとか馬鹿だろう、あたし。閉じた唇から笑い声が漏れてくる。

 すぐに保健室に辿り着いてドアを開け放ち、中を探す。依田先生の机にあった使用済みのワクチンのアンプルを掴む。

 元来た廊下を戻って生徒会室前へと急ぐ。遠くからでも怒声が響いている。2階へ駆け上がって鏡で廊下を覗く。上着を脱いでカッターシャツの鈴音にショットガンを構える鮫谷とサバゲー愛好会の連中、その少し奥からリカーブボウを構えて鮫谷を狙っている弟くん、そしてその奥にコンパウンドボウを構えてる今井。

 ショットガンは3丁。鮫谷とその奥の奴と更に奥にいるもう1人。多分、鈴音の物と思われるリボンと上着が床に転がってた。何を要求したのか大体分かった。心底、こいつらは屑だな。さっきまでうちし枯れていた心に火が点き、怒りが腹の奥底から湧き上がってくる。

 しかも鈴音の奴はコンパウンドボウを持ってない。武装してても矢を射る前に撃たれるだろうが──

 だが今は息を整え、平静を装わないといけない。呼吸を整えようと深呼吸し、心拍を無理やりコントロールしようと試みる。あたしが必死なのがバレたら作戦は終わりなのだから──

 これは鮫谷に警戒されている海人には出来ないし、鈴音と対立してるあたしじゃないと上手くいかない。

 インカムから海人がこけしちゃんを励ましていた。もう少し耐えてくれることを祈る。


「なんだ! その母親のような目は!」


 鈴音に対して言ってるんだろうがその表情は見えない。


「姉ちゃんにボタン一つでも脱がせたらお前を殺す。絶対にだ!」


 その間にも事態は一触即発の事態へと突き進んでいる。

 息は整った。あとは言葉で突き崩せるかが勝負の分かれ目。


「随分と騒がしいのね。そんな玩具を振り回してさ」


 素人ネゴシエーター投入である。背中に消防斧、右手にアンプルを隠して──


「馬鹿にするな」


「別に馬鹿にはしてないよ。ただいい物持ってるなって思っただけ。どこから手に入れたのか知りたいだけ」


 正面から鮫谷の目を見据え、サバゲー愛好会の隙を窺う。


「教えられないね。今いいところなんだ」


「そんな奴を脱がすのが良いところなんだ? あんたもつまらない男ね」


 本気で笑いが漏れた。ただ銃持って息巻いてるだけの奴が何を言ってる。あたしが豚として踏んづけてやろうじゃないか。


「メス犬分際でお高く止まった生徒会長様に犬の立場を体で教えてやろうとしてるんだろうが! 引っ込んでろ!!」


 ふ~んと言葉が漏れた。こういう時にはいい煽りになる。


「テメェも脱ぎたいなら仲間に加えてやろうか」


「いえ。遠慮しとくよ。鈴音のストリップにも、調教にも興味ないから……あたしが興味あるのはあんたが突きつけてるショットガンの方なんだ。レウケたちと交戦するには便利だからね」


 頼むから鈴音と弟くんよ、演技だからあたしの方に噛みつかないで頂戴ね。


「俺のマグナムでも堪能させて欲しいのか。なら後で待ってろ」


 うわぁ、寒。今時、オッサンでもこんな事は言わないぞ。その寝言を無視してあたしは素早く廊下の二重窓を開け放つ。そして暴れる風があたしの髪をいじくり回す。


「それより、あんたたち噛まれてるんじゃないの? ならそんな女よりもこのワクチンの方が欲しいんじゃないの?」


 鮫谷とその後ろでショットガンを構えていた私服の男子が反応する。食いついた。

「どういう事だよ」


「今回の件はウィルスによる事態だからこのワクチンが有効なの。少なくとも早い内にこのワクチンを打てば化物にはならないわ」


 ワザと見せつけてからあたしはワクチンを持った右手を窓の外に出す。


「な、何の真似だ!」


 一番奥でショットガンを持っていた制服をラフな感じで着込んでる男子生徒が動揺の声を上げる。


「見ての通りよ。ショットガンを全部渡さなければワクチンを捨てる。化物の仲間入りをするといいわ。あたしもあんたたちの化物化を祝福してあげる。馬鹿たれここに眠るとか墓に刻んであげる。あーそうだ。それとあんたたちがやろうとしてる生徒会長だけどかなり前に感染してるわよ」


 鮫谷の全身が恐怖と思われる震えを見せた。弟くんは背中で怒りを示しながらもあたしを信じてくれたのか奴に標準を向けたまま微動だにしない。本当にすまない。後で幾らでも罵られるから。


「騙されるな! そんなの嘘だ。都合よくワクチンを手に入れられるわけがない」


 鮫谷には今までの余裕は消え去っていた。いいペースでこっちの思惑に嵌ってる。

『こちら、海人。和泉と配置についた』


『こちら、兎川。まだ回り込めない。もう少し時間を稼いで』


 インカムから報告がある。まだだ。同時に撃てるのは2人。サバゲー愛好会を内部分裂させなければ誰かが死ぬ。


「それがね。研究員の家を知ってたから盗んだのよ。何もあんたたちだけがヤバい橋を渡ってるわけじゃない」


 勿論、窃盗に入った事などない。ブラフだ。


「全部よこせ」


「あいにく最後の一つなのよね」


「じゃあ、渡せるショットガンは一つだけだ。ノオ。お前を渡せ」


 名指しされた私服の男子のノオは露骨に嫌がった。よし、亀裂が広がってる。彼が持ってるショットガンは薬室には2発しか入らないタイプだ。


「あ、あたし、右肩を怪我したからいい加減、この体勢は辛いんだ。早く決めてくれないかな」


 サバゲー愛好会全員に動揺が走った。勿論、嘘だ。怪我したのは左側だし。


「うるせぇ。これを渡したらあんたに殺されるだろうが」


 ノオは声が震えていた。この様子だと身内で殺しあいとかしてたのか。


『こちら、兎川。裏に回りこんだ。見つからない内に頼む』


 あとはあたしが隙を作るだけか。


「一つだ。譲れない」


「じゃあ、交渉決裂ね。それにその銃、飾り用で銃身が詰まってるじゃない」


 あたしのブラフ、鮫谷が露骨に表情を歪める。


「俺はゴメンだからな!」


 ノオが叫んだ。その指は引き金に掛かって震えている。こいつ、撃つ気だ。


「何言ってやがる! この──」


「鳥」


 あたしは空のアンプルを鮫谷たちの頭上に投げた。同時に銃声が響く。ショットガンのだ──

 ノオと言う男が暴発させてその散弾は鮫谷の左半身を襲い、ショットガンを落とした。同時に教室のドアのガラスが割れてノオの右肩には木製の矢が刺さっていた。

 鈴音を庇おうとして動き出した弟くんも鈴音に向かって倒れる。違う銃声がして三人目のショットガンを持った男の頭から血が吹き出した。多分、兎川の狙撃だろう。

 海人が教室のドアから飛び出して血を流して床に転がった鮫谷の背中を足で踏みつけつつ、奴が持っていたショットガンを奪って残ったサバゲー愛好会の連中に向けた。

 ノオは右肩を庇いながら左手を上げて降参の意思を示す。奴の体が邪魔で海人からでは他の奴には当てられない。

 それを見るや否や残っていたサバゲー愛好会の連中は全員奥へ向かって逃げ出す。奴らが階段へ曲がろうとした瞬間、全員が目や喉を押さえて床へ倒れこむように激突する。

 誰かと思えば、催涙スプレー入りの水鉄砲を持った風紀委員たちだった。彼らは手際よくサバゲー愛好会たちを捕縛していく。


「勇ちゃん」


 全員大丈夫かに見えたが鈴音の叫び声に海人が鮫谷の頭部に蹴りを入れて移動、ショットガンから弾を抜いてからそれを床において自分のベルトを引き抜いて弟くんの負傷箇所である右大腿部に巻きつけて止血を試みる。出血量から見て動脈を傷付けたのだろう。


「聞こえるか。誰か依田先生を寄こしてくれ。大至急だ。クソ、出血が止まらない! しかも貫通してない……あと田中を呼んでくれ」


 海人がインカムで状況を伝えながら弟くんの傷口を手で圧迫する。

 仕掛けに時間をかけ過ぎたかもしれない。

 あたしも弟くんによろうとしてせせら笑ってる鮫谷に近寄った。


「……ざま──」


 左手を散弾で被弾し、痛みで床を芋虫のように這う鮫谷に既に脅威などないがその言葉の続きを紡がせるつもりはなかった。


「安心なさい。全部終わらせたら、あたしが責任を持ってお前を殺してやるから」


 糞野郎の後頭部を思い切り踏みつけて床にキスさせて気絶させたやった。


「すいません。撃てないで」


 こけしちゃんの言葉にあたしは海人が床に置いたショットガンを拾いながら否定した。


「今井ちゃんの位置からだと弟くんに当たるよ。だから撃たなくて正解だから」


 あたしは慰めの言葉をかけた。掛けて欲しい心境なのは同じだったけど──視線を移すと廊下の片隅では投げた空のアンプルが砕けていた。

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