校庭でアンデッド?撃退
あたしは前を行く二人と同じようにベランダから飛び降りて通路を覆うトタン屋根に着地。そのまま校庭に向かって走って地面に飛び降りた。
くぅ。上履きだと足に響く。
鈴音は落ちていた金属バットをスピードを殆どスピードを落とさずに器用に拾い上げて走る。
目標はこちらに向かってくる須藤だった【何か】。口は赤く染まって歯の間に肉片が挟まり、その首は肉が半分なく骨が見えていた。
鈴音は走った勢いをそのまま乗せて金属バットを下から振り上げる。其処に教師に対する敬意はない。むしろ御礼参りなのかも。
須藤だった【何か】の顎に金属バットが直撃し蹌踉めかせる。だが彼は痛がる素振りすら見せず彼女を掴もうと襲いかかった。
それに対抗するように今度は上から頭を砕くように力いっぱい金属バットを振り下ろす。
何とも形容しがたい嫌な音が響き渡って須藤だった【何か】の頭部が砕け、金属バットには血が付着する。それで彼は動かなくなった。
あたしは同じく落ちていた金属バットを拾ったところだ。
その様を見ていて心の深部で何かが震えるような感覚を覚える。
だが敢えて無視する。それを受け入れたら恐らく行動できない。流せ流せ。受け入れるな。
須藤は嫌な奴だった。学園の教師で一番嫌われてた。だから考えるな。
遅れを取り戻すべき全力で走るがバットなんか持って走ったことはないので非常に走りにくい。借り物競争か。
前方では鈴音に追いついた海人が横からきた男子生徒だった【何か】いや書記の山田だった【何か】に顔面にフルスイング。それで転倒させ、地面に転がった所にクワを振り下ろすように止めを刺す。
海人は感じないのだろうか? それとも感情を押し殺しているのだろうか。
戦闘を走る鈴音をフォローするように後ろから付いて行く。囲まれない為の対策だろう。
とりあえず、感情を殺して二人に続かなければ自分が囲まれる。
あたしの方にもジャージ姿の女子生徒だった【何か】が襲いかかってきた。瞳は虚ろで上着は赤黒いいや血塗れだった。口から血が垂れている。その姿に妙な色気があった。吸血鬼かとも思わんでもない。だがこれはそんな存在じゃない。
やるしかないのだ。覚悟を決めろ。これは人間じゃない!
腰を落として突くように金属バットを押し出す。
女子生徒は軽く蹌踉めいただけで止まらない。
仕方ないので鼻を狙ってフルスイング。手に返ってくる嫌な反動とともに鼻の軟骨がめり込んでいく。
ジャージの子はそれで動きを停止する。
よく見たら一年生だった。考えない。考えない。呪詛のように口の中だけで呟く。
前を見れば二人は連携して【何か】達を倒すなりしている。
海人は躊躇いが残っているのか体の動きにキレを欠いているように見えた。
だが鈴音の方はお構いなく【何か】を停止させていく。
まるでモグラ叩きのモグラでも叩いているかのように容赦がない。
引いていても硬直していても仕方ないので後を追う。
襲いかかってきた体操着姿の【何か】にフルスイングして顔面に一撃加え、倒れた所に思い切り金属バットを振り下ろす。
その【何か】も動かなくなった。
あたしの脇を武器を持った誰かがすり抜けていった。
思わず後方を見る。
後ろからきた生徒たちはその手に武器を持っている。
駆けつけた生徒たちも加わって【何か】掃討戦はすぐに終わった。とりあえずは……
鈴音が先頭をきって駆除しなければ躊躇して行動できなかっただろう。そしてその被害はこんなレベルじゃ済まなかった筈。
一旦下がってきた鈴音と海人に視線を戻す。彼女のジャージが血で汚れていた。
あたしも二人に合流して校庭に残った【何か】を掃討する。
傷を負った生徒たちは教師たちに応急処置をされた後に体育館に運ばれていった。
計4体ほど倒したあたしは血で汚れてない地面にへたり込む。両手を確認したら赤く腫れて痺れている。
精神的にも肉体的にも楽な作業ではない。多分、戦闘と呼んで正しいだろう。
今はあれを人と認識してないから精神的にはダメージがきてないけど認識してしまったらどうなるのか……
頭を左右に振って違うことに考えを巡らせる。
首を噛まれた者はすぐに襲ってきたみたいだが引っかかれた位で済んだ者はまだ自我を保っているようだった。
絶対に噛まれたらマズイ事は確かだ。あと掴まれないようにしないといけない。
何が原因であろうとも。
「アンタ達なにやってる。殺人じゃないのか」
一番指摘されたくない最悪のタイミングで声がした。
そのハスキーボイスに掃討に加わった全員がギョッとしてるように思えた。ただ一人を除いて──
正義感が強すぎると言うことで有名な兎川朝花だった。何でも両親がともに警察官らしく揉め事には何でも首を突っ込んでくる面倒くさい奴だ。
なら事が終わる前に手伝って欲しかった──いや殺すなとか正論で喚き散らすのがオチか。
炎のような赤いショートヘアで背の高い女子がそこに立っている。その頬に掛かる内巻きの前髪が風に揺れた。
その場に居た教師たちですら異常事態に何も言わなかったのに──
あたしよりも精神的負担が少ないのか、金属バットを杖代わりにして立っていた鈴音が応対する。
「依田先生、須藤先生の死因はどうですか?」
須藤を見ていた狸のような体型のオバサン学校医が顔をあげる。彼女は依田絹子と言って学園の養護教諭も兼ねている。
「死因なんか見るまでもないさね。首を噛みちぎられて出血多量でほぼ即死だわ。でもなんか変だね。死後硬直が早過ぎるのよ」
え? 死後硬直? その単語に今度は兎川が固まる。
息巻いて正義の味方になろうとしたのだからこういう反応も返ってくるか。
「説明して頂けますか?」
「説明するほどの事でないと思うけどねぇ、人間と言うか生物は死ぬと硬直が始まるが須田先生が先程亡くなった。ならこんなに早く死後硬直が始まったりししない。少なくとも今の現状だと12時間くらい経ってるような状況だわ。目も水晶体が濁ってるし気味が悪いたらありゃしない」
依田先生はビニール手袋をしてる両手で金属の骨組みを動かすかのように須田の腕を動かして見せる。
なんか妙に重く硬い動作だった。人体模型みたいに……
そして腕にも引っかかれたような傷跡があった。酷い傷で痛くなかったのだろうか? 今日は酒臭かったけど痛みを誤魔化してた?
「とりあえず、異常事態としか言いようがないわね。少なくとも須藤先生は12時間以上前に死んでる」
兎川は絶句して立ち尽くしている。そりゃ当然だろうが先に謝ってもらいたい。何もなくて人の頭なんぞかち割ったりしない。
そんな時に体育館から野暮ったい眼鏡を掛けた女性が戻ってきた。勇儀実琴、彼女もこの学園の教師である。
その容姿から男子からは芋眼鏡と呼ばれている。何でも最近婚約したのか左指の薬指に婚約指輪をはめていた。
「依田先生。須田先生のポケットに車のキーは入ってますか」
どうしてそんな事を聞くのかと思えば、確か須田はワゴン車に乗ってた気がする。ワゴン車を使って校門を塞いでバリケードにするのか。
はい。と無愛想にスラックスのポケットから鍵束を取り出してみせる。
その中には自動車のキーと思しき鍵があった。
「勇儀先生に渡してください。ワゴン車で校門前にバリケードを作ります」
いきなり振られた勇儀先生は慌てている。挙動不審すぎるでしょう。だから男子に軽んじられてる。もっと堂々として下さい。と言いそうになったがそんな事を今言ってもトラブルを招くだけなので黙る。。
それを無視して依田先生は近くにあったタオルで鍵束を包んで投げる。
「ワゴン車のキーだけビニールに包んで使いなさい」
勇儀先生は頷いて裏にある駐車場に向かおうとする。一人で行くんかい。あたしが起き上がろうとしたら武装した女子生徒たちが名乗りでたのでその様子を座ったまま黙ってみている。
思いついたのであたしも頼み事を告げる。
「先生、須田はライター持ってますか?」
どうせ、死んでるんだからライターなんか要らないだろうと言ってみた。
「タバコ吸うんじゃないよ」
依田先生はジッポライターを投げて寄越す。以外な反応に驚きながらジッポライターを受け取った。どうやら彼女の私物らしい。
「喫煙なんかしませんよ。蛇よけにタバコ借りたことはありますけど」
既に彼女は聞いてなかった。とりあえず、火がつくか試してみた。揺らめく炎が現れたことに安堵して上着の左ポケットにしまう。
「起きれるか?」
見れば隣に海人が立っていた。こっちに左手を差し出している。
それに甘えて彼の力を借りて立ち上がった。
「よく平気だったわね」
余計な一言だったのか、海人は肩を竦めてみせる。
気まずいので視線を逸らすと鈴音がよく見たことのある男性用の眼鏡を自分の上着のポケットにしまっていた。
「眼鏡は?」
「落としたかもな。どうせ遠視用だ、今は要らんし、それどころじゃないだろう」
大げさなリアクションをしてみせた。
──どう見ても落としたのを拾ったのは人妻生徒会長殿じゃないか。穏やかならざる感情が湧き上がってくる中で校門に視線を移す。
【何か】に変わった人間が鉄柵相手にもがいていた。
冗談きついネガティブサプライズだわ。視線を校舎に移すと見慣れた筈の広い鉄筋構造の建物は不気味な構造体に変わって見えた。