決裂の時
予想通り、いや、開かれた会議は予想以上に酷い状況だった。鈴音と薙澤の意見は咬み合わない。価値観が全く異なってしまったのだから当然とした言えない。
立ち上がって掴みかかったりはしてないがお互いに席座ったまま激しい睨み合いを続けている。その様子は本当に視線のぶつかり合いで火花でも散らしているのではないかと思いすらする。
そもそも名士の娘で地元から離れられない薙澤とこの最夜市に何も思うところのなさそうな鈴音では話が噛み合うわけがないのだ。
海人が鈴音の傍でイザという時に備えて立ち、田中が薙澤の隣の席で必死に宥めている。東もこの場にいてイザという時には止める気なのだろうがさっきほどからずっと様子を眺めているだけだ。
東は生徒会内部の対立を収めるのを諦めたのだろうか。
「えー天津さんは──」
勇儀が喋ろうとしたのであたしは立ち上がった。
「先生、黙っていてもらえないでしょうか。余計にこじれると思うので」
その一言に横槍を入れる。銃撃された話なんか冗談じゃない。ただでさえ混乱し怯えているのに更なる恐怖と混乱を招くだけだ。
勇儀は勝手にあたしを味方だと思っていたのか意気消沈したのか黙り込んでしまった。
「とにかく脱出など話になりません。立て篭もるべきです」
薙澤は眼鏡を直しながらいつものように装っているが明らかに怯えが混じってきている。何かあったのかは分からないがレウケたちに襲われたのだろうか。
なんでも携帯で連絡があって実家が襲われたらしい。それからあの調子らしいぞ。隣りに座っていた兎川が小声で囁く。
なるほど、だから今までの余裕が消えてきているのか。この頑なさ加減は──この学園が最後の拠り所なのか。
「警官隊が全滅するほどの相手なら立て篭もると言う選択こそ話にならない。暴徒にせよ、レウケにせよ、防げる数には限りがある。準備を整え次第、この場を放棄して自力で脱出すべきです」
鈴音は薙澤の主張に何度目かの反論を行う。
正直どっちも乗れないが立て籠ってても安全じゃないのは確かだ。でもこの人数を運ぶ手段はバスくらいしか思いつかない。だがバスを運転技術を無視して持ってくるとして調達しようにもこの辺にバスの車庫などなかったはず。多分、ここから大通りを挟んで反対側の北西にあたる位置にあったような──
「生徒会長は説得できると思ってないんだろう」
「それは最後に言いたいことを言って職を辞するつもりだと?」
兎川の独り言にあたしは反応する。
「違うと思う。あの人はを決裂させるためにあんな反論してる。もう腹の中は決まってるんだろう。立場上、咬み合わない全員を助けるのを諦める訳にはいかないから追放されて主導権を薙澤に譲渡するつもりなんだ」
その推論なら鈴音が言い出した無茶にも説明がつく。その場合、彼女は生徒会長の座を降りるだろう。元々、300人近くいやインフルエンザなどで今学園にいる人数は半数近くしか居ないだろうがその責任を本来は生徒会と言うただの連絡役&雑務係に過ぎない一人に被れと言うのも無茶があるし、ここに残った教師たちはこの場を動こうとしない。行動力のある人間は家族が心配で動いたり、独自行動に走ってしまった。立場上動けない人間もいるが大半は生きる為の選択肢を放棄したとも言えなくもない。
これが遭難や転覆事故なら動かないで救助を待つのが一番なんだろうけど今回のこれは災害自体が襲ってくるし噛まれたら対象が増えるという時点で待っていたら不利になるだけにも思える。もっとも腐って動けなくなるという状況もあるだろうが──待っていたらあたしたちが死んでしまう。
これは鈴音にとって弟を守るために指揮権の譲渡を謀る儀式なのかもしれない。元々、東か薙澤がやるべきだったのに──でも今の薙澤で務まるのだろうかと言う疑問はある。
そして東がこの状況に対処できるかというと未知数ではある。結局、この事態は学生には荷が重すぎる。
「それこそ無茶苦茶です」
「ならこれ以上の話し合いは無駄でしょう。私にはもう対処のしようがない」
鈴音が立ち上がろうとすると薙澤がビックリしたように立ち上がって非難する。
「それは身勝手ではないですか」
「そうかもね。でも私は最初の第一波には対処したわよ。自分の手を汚してね」
生徒会室に冷たい声が響いた。この場に居た殆どの人間が冷気に当てられたかのように体を震わせる。確かに鈴音が先陣を切って対処してくれなきゃ第一波のレウケたちに対処できずに全滅していたかもしれない。
「私の案を飲めないのは分かったから私の邪魔だけはしないでくれる。こっちはこっちでやらせてもらうから」
鈴音はもう交渉する気がないのか冷たい態度だった。
手を汚したのに頼りっぱなしにされて弟に構えなくてその上、銃撃まで受けたら放棄したくなる気持ちは分かる。
「ちょっと待って下さい。天津生徒会長、貴女が責任者なのですよ。そんな無責任な発言は困ります」
薙澤は今までの言動で鈴音の真意が読めていなかったのか突然取り乱し始めた。
「とりあえず、この場は彼女の意思だけを聞いて解散するのがいいんじゃないか。時間をおけば生徒会長も考えが変わるかもしれない」
黙り込んでいた東が口を挟んだ。自己顕示欲なのか、この期にリーダーシップを見せて生徒会長として収まるつもりなのか、単にこの場を収めようとしているだけなのか、真意が読めない。
時間を置いても鈴音の考えが変わるわけないのは分かってるだろうし。後ろから見てると海人までなんかイラッとしてる。
「自分には時間を置いて解決するとは思えないが」
兎川が口を挟んでその流れを止めてる。東が露骨に嫌そうな表情になる。
再び意味のない話し合いと言うか口論が続くかと思われた瞬間、生徒会室のドアが開く。
「大変です。モールに行った連中が送り狼されて……犬が! 犬が!」
息切れしてる女子生徒が伝えてきたのは最悪の一言だった。
白井たちが連れてきたのか、あたしはスティックを握り締めて生徒会室を飛び出した。




