ガソリンスタンドへ
あたしと海人、鈴音、兎川、勇儀先生でガソリンスタンドへ行くことになった。
須藤のワゴン車を使おうとしたら薙澤たちにバリケードを動かすのを反対されたのと先生がAT限定の免許しかないのが原因で別のワゴンを使うことになった。あともう一つの理由は勇儀先生の愛車じゃポリタンクを積むどころかあたしたち全員が乗車することすら出来なかったから。
悲しいかな。こういう時に軽は役に立たない。
そして置いて行くと取られる方がリスクがあるのでドラグノフ狙撃銃は持ってきた。兎川の方が狙えるかもしれないがとりあえずは海人に持っていてもらうのが一番いいだろうと判断して彼が背負ってる。
準備を整えたあたしたちは勇儀先生が運転するワゴン車で近くのガソリンスタンドに行く事になったのだが車が道が塞いでたり、火災が発生して通れないなど普段ならすぐに着く場所ですらなかなか辿り着けないでいる。
「一つ聞いておきたいのだけど──」
後部シートに海人を挟んであたしと反対側に座っていた鈴音が口を開く。
「何を?」
助手席に座っていた兎川が前を向いたままで言う。こちらに極力関わりたくないのか、安全地帯から聞き耳を立ててるつもりだったのか真っ先に助手席に乗り込んでいった。
背中からのオーラがニヤニヤしてるのを感じる。ムカつくな。
「悪いけど兎川さん貴女じゃなくて……那名側さん、貴女に聞いておきたいことがあるの」
思わず、構えてしまう。
海人をどう思っているのかとか直球投げられたら困るぞ。
「昨日の校庭の一件から私たちと行動してくれているけど他に行動すべき人たちが居たんじゃないの? 同じクラスの人たちとか──」
本当にどうでもいい事だった。
「クラスではあたしは変人で通ってるし別に構わないよ。こういう時だけ頼られても困るし、つーか、兎川、笑うな」
あたしは助手席の背もたれを蹴る。だがそのまんま笑い続けてる。クソ。効果がないみたいだし、蹴るのをやめた。窓の外を見て監視に戻る。やらかして死にたくはないから。
「ぼっちでやんの」
「やっかましい。違うわ。ぼっちじゃない。孤高と言いなさい。孤高と! 敢えて壁を作ってるの」
だが運転している勇儀先生以外は微妙に笑っている。
「それはぼっちと認めてるようなもんじゃないか。自分も大した違いないけどさ。じゃあ、自分ら題してぼっチームだね」
兎川は笑いを堪えられず一人で受けていた。
「お前は自分がぼっちなのを認めるのかよ」
そうだよ。と兎川は笑いながら一人笑い転げてる。
「だってさ。自分のこれは、あ、これって男っぽい言動と行動のことな。これが自分の処世術だし周囲の期待に応えることで孤立しないし」
こいつ、ハッキリ言っちゃったよ。開き直ってテンションおかしくないか。
取り巻きがストレスだったか? それともこの環境で吹っ切れちゃったのか。
何とも言えない空気が車内に流れていて海人は苦笑いで誤魔化し、勇儀先生は運転して気付かないフリを、鈴音は──直接見えないのでバックミラーを見て確認するが面白くないのか仏頂面で真正面を見ていた。
「そこを左に曲がって下さい」
海人が予めルートを書き込んだこの辺りの地図を見ながらナビゲートする。
言われたとおりにワゴン車が角を左に曲がって大通りに出た。片側2車線で簡単に乗り越えられそうな中央分離帯と計4車線の道道に出る。向かって右側にガソリンスタンドが見えた。しかし、やっぱり、なんとなく嫌な印象を受けた。
略奪と言うか、何体かのレウケが居るのはその通りなんだけど──ガソリンスタンドの建物自体がおかしい。
「なんかユラユラしてないか?」
海人の言葉に嫌な予感の意味を知った。多分、ガソリンが漏れてる。
「ガソリンが漏れてる?」
鈴音が反応した。こんな所で灯油回収どころの話じゃない。灯油入れてる間に爆発に巻き込まれたら話しにならない。ひょっとしたら灯油回収できないかもしれない。
「先生、Uターンお願いします」
海人の声にワゴン車がバックして方向転換し始めた。その時だった。銃声が響く。車に当たりはしなかったが間違いなく銃声だ。
しかし、勇儀先生は聞こえてないのか暢気に方向転換してる。運転に集中してないと運転できないんだろうか。ワゴン車はノロノロと方向転換の最中だ。
こんな時くらいチャッチャッと曲がってくれ。そんな事を思っていたら助手席のガラスが割れてフロントガラスに蜘蛛の巣が生み出される。
何が起きたのか理解できないで勇儀先生はフリーズしてしまった。方向転換して後は来た道を戻るだけなのに──
「兎川、アクセル頼む。合図とともに押して!」
あたしの声に兎川が反応してシートベルトを外して素早く運転席の足元に潜り込んだ。
あたしもシートベルトを外して身を乗り出してシフトレバーをRかDに切り替えてハンドルを握る。すんごい不安定な体勢。
「俺が支えてるからやれ」
海人の右手があたしの腰を掴んだ。スカートだから中が見えないか心配だが今はそれどころじゃない命が掛かってる。
また発砲音が響く。今度は連続して続く発砲音。弾をばらまいてるからアサルトライフル?
「兎川。アクセル踏んで!」
あたしはハンドルを右にきった瞬間叫んだ。本当に思い切り押したのか、ワゴン車は跳ねるように加速していく。転倒しない程度に更にハンドルをきっていく。民家の壁が迫ってくる。どうか、ぶつかりませんように──曲がれ!
ワゴン車は車体の左を壁に接触させてガリガリと火花を散らす。そして何とか大通りから逃げ出した。そしてあたしはきったハンドルを中心に戻していく。
大丈夫だ。もう撃ってこないと海人が叫ぶ。
「兎川、アクセル戻して」
ワゴン車の速度が急激に落ちていく。最初の角で左にハンドルをきる。それに反応してワゴン車は左に曲がった。
「ブレーキお願い」
言うと同時にあたしはハンドルを離してシフトレバーをNにしてサイドブレーキを引く。個人的にマニュアル車の方が格好いいと思うけどこのワゴン車はオートマチック車で本当によかった。
あたしは海人に引っ張ってもらい、身を起こして姿勢を正す。
「兎川、手を」
彼女の右手を取って運転席の奥から引っ張り出した。どうせ、彼女の運動神経なら一人で出られるだろうけどあたしの提案をいち早く察して運転席に潜り込んでくれたのに海人に彼女のレースの白を見せるわけにはいかないし──
「先生、大丈夫ですか?」
運転席の後ろに居た鈴音が勇儀先生の肩を揺さぶる。各々を確認してみると幸いにも全員銃弾には当たったりしなかったようだ。
そして大きな爆発音と衝撃が体を貫く。道道のガソリンスタンドの方向から火の手と黒い煙が上がっている。
「あ、あ……私の車じゃなくてよかった」
こいつ駄目だ。本当に役に立たない。もう呼び捨てでいいや。
とりあえず、追手が居ないことを確認してあたしたちは別のガソリンスタンドへ向かい、灯油を回収した。予定の半分の量しか調達出来なかったけど──