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不吉な会話

 窓から身を乗り出してみると同じことを考えていたのが隣にいた。

 遠視用の眼鏡を掛けて知性とちょっとノリの軽そうな空気を出している八幡海人だった。我が弟分である。

 ノリが軽そうに見えるのは奴のポーズで色々な負担を表に出さないようにする隠れ蓑だ。幼い頃に両親を失ってから二人の親友だったあたしの父が面倒見てきたから幼馴染み? いや姉弟みたいな物……そう姉弟である。

 テストには絶対でないが間違えないように。

 間違えた場合、あたしの機嫌は確実に損ねる。うん、ホント、確実に。

 隣にはジャージ姿の天津鈴音(あまつりんね)が普段見せない真剣な様子で校庭の方を眺めていた。

 生徒会長にしてはあんまりな格好ではあるが後頭部で纏めた漆黒の長い髪とその漂う雰囲気から憂い顔の人妻…これは当人が悪口と受け取るが団地妻などと言われている。

 年上に見られたくなかったらリボン付きとは言えブラックのバレッタとかつけなきゃいいのに……

 そのアダ名を示すようにジャージ姿なのにあたしより確実にデカイであろう胸の膨らみも相まって妙な色香と言うか、コスプレみたいに見えると言うかなんと言うか……

 しかし普段よりもいっそう憂いを帯びた表情でやる気なしの彼女が校庭を注視してるのはやはりヤバイ状況と感じ取っているからだろうか。

 前に垂らして端をネイビー色のシュシュで留めた後ろ髪の先端を不安なのか右手で弄っていた。

 二人共、高校生には思えないせいか並んで立っていると……なんかムカついてきた。

 声を掛けにくい。ここ三ヶ月こんな調子である。


「ちょっと、海人なんか見えるの?」


 遠視で眼鏡かけてる海人に振ってみた。顔は向けずにこっちに手を振るがジェスチャーが適当なので真意が読み取れない。

 彼はそれで気が付いたのか、眼鏡を外して校門の方に視線を向けた。

 あたしはそれほど目が良くないので窓からベランダに出て眼下に広がる光景を確認する校庭には金属バットがポツポツを放置されている。

 野球部よ、片付けろよな。

 あたしは毒気づきながら校門を凝視する。赤い服を着た須藤が転がっていた。あと生徒会の嫌われ者で書記の山田らしき姿も見えた。

 何かがおかしい。校門近くに居た連中の様子が異常なほど身体が震えている。


「あれ、血じゃないかな」


 淡々と発せられる言葉。ベランダにヒョイと出てきた鈴音が人差し指で正面を指す。おっとりしてそうなのに意外に身軽である。そう言えば、こいつは一応運動部だったか。

 それにつられたのか窓に生徒たちが集まってきた。完全に野次馬だ。

 野次馬に巻き込まれた海人は器用に人垣を掻き分けてベランダに上がって逃げる。

 あたしは校門を見た。

 異常は校門内側でも起きていたが本当に異常だったのは門の外側だった。

 集団とは言えないが何人かが押しかけている。なんか目に光がない。それに炎みたいな変なTシャツを着て暴れてる。麻薬中毒者だろうか?

 ガンガンと音がしそうなほど校門を叩いている。

 目を凝らして見てみると何かが変だった。どこかがおかしいのに頭がそれを認識しない。こういうのはどっかで見たことあるんだが……

 答えは隣から与えられた。


「嘘だろう……あれは死ぬ出血量じゃないか」


 ようやく理解した。

 原因はあたしの脳がその認識を拒絶していたから。

 炎みたいなTシャツではない。返り血なのだ。そして多分須藤の赤も。

 首を鶏のように掻っ捌かれたのか元々白だったTシャツが血に染まって赤系に見えたのだ。

 いや本当に気にすべきなのはそこじゃない。

 返り血なら殺人犯である。にも関わらず、動きが鈍いのは何故だろうか? その顔色も土色で死人みたい。

 そんな笑えない可能性はたったひとつしか無い。リビングデッド……あり得ない、あり得ない筈なのだがあたしの全細胞がそれを否定するのを拒んだ。

 否定してはいけない。あたしの中にある生存本能か何かが今起きていることは現実なのだと無理やり認識させようとする。


「とりあえず、ここからじゃよく見えない。武器取ってくる! それから見に行く」


 我ながら馬鹿な回答を口にする。いやマジなら逃げるべきだろう。あたしは何考えてるんだ? 第一、武器ってなんだ? ここにそんなの無いぞ。モップで戦うのか?

 だが隣からもっと正気を逸した言葉が放たれた。


「海人君! 那名側! 手伝って!」


 問題発言の主はベランダの柵を軽々と乗り越え、その上に立つ。

 はい? お前、一応生徒会長だろう? その選択肢は頭おかしいだろう。つーか、海君とはなんだ? いつの間にそんな話になってるんだ?

 クソ泥棒猫め! 後で問い詰めてやる!と嫉妬の炎を燃やしてる場合じゃない。非常事態なのだ。

 余計な思考を振り払うために頭を左右に振る。

 そして、どうしてあたしまで抱き合わせなんだか。でも抱き合わせじゃなかったらちょっとムカついてるだろうけど。


「大地! ここから飛び降りた方が早い!」


 隣を確認すれば、海人は迅速な動作で柵をよじ登っている。眼鏡を外してみるその横顔はアウトドア系だ。と言うか人妻な生徒会長殿に付き合うつもりなのか。

 海人よ、お前の目が良いのは知ってるけどこれは最悪の馬鹿の分類だろう。

 あたしより見えてるんじゃないのか。

 叫びあげたい衝動を抑えながら舌打ちしてあたしは覚悟を決めた。

 なるようになれだ。えい、ままよ! 女は度胸。

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