狙撃レッスン
予想通り、自衛隊のヘリは物資だけを投下して飛び去っていった。それを見た人間の落胆ぶりは見ていて堪える。まあ、これで飢えなくて済むと暢気なことを口走った連中が居たとか居ないとか──その前向きさは評価すべきなのだろうか。
そんな事を考えながらあたしは屋上で風に吹かれている。周りに鳥の類は居ない。南東へ1mくらいの風かな。
そう、あたしと海人は兎川を伴って屋上に来ていた。何故、屋上かと言うと兎川が銃撃ってみたいと言ったからだ。接近戦だけでなくて遠距離もこなせた方が生存率は上がるだろうから教えておいた方がいいだろうと判断したからだ。あとついでにガソリンスタンドへのルートの把握もあるが──
「とりあえず基本から教えていくか」
海人がドラグノフ狙撃銃に弾が入ってないのを確認してから立ったまま構えてみせる。あたしも出来るけど、銃を構える男はちょっと格好いいと思う。鈴音に見せなくて正解。しめしめ。
勿論、立射、立って撃つのは論外だけど一通り兎川に見せた方がいいだろうと言う海人の判断だ。あたしもそれで間違いないと思ってる。
次に中腰での射撃体勢。そして屋上にうつ伏せで張ってドラグノフ狙撃銃を構える。
「こんな感じ。基本姿勢を固定して撃つ。だから接近戦には向かない」
「だから校舎内で使う気がなかったのか」
兎川はふむふむと頷きながら目を皿にして一挙手一投足を見逃すまいとしていた。なんか瞳がキラキラしてる。お前も海人に惚れたんじゃないんだろうな。それだけは絶対に駄目だからな。
「自分、撃ってみたいんだけど」
海人は安全装置を掛けて兎川にドラグノフ狙撃銃を手渡した。
「スコープに目をくっつけない方がいい。レンズが汚れるから」
アドバイスを受けつつ、兎川は立ったまま狙撃銃を構えて見せる。女子高生と狙撃銃──似合いすぎてて笑えてきた。お前、サマになり過ぎだろう。
「とりあえず、学園すぐ西側の道路の向こうにいるツナギのレウケをスコープで覗いてみて」
あたしは倍率8倍の双眼鏡を覗き込みながら指示する。カチャと音がするが当然ながら弾は出ない。
安全装置と海人が告げて兎川にどこにあるか教えて本人にやらせる。
また同じようにカチャッと音が鳴る。
「弾が入ってないから。貸してくれ。一応手本を見せる」
兎川が拗ねた顔でドラグノフ狙撃銃を海人に返す。その間に屋上端で台になりそうな出っ張りにクッションを置く。
そこに弾を込めたドラグノフ狙撃銃載せて台にしてうつ伏せになって射撃体勢に入る。
海人の隣に屈んで双眼鏡を覗き込む。
「えーと距離は3、320mくらいかな。風は南東へ1mいや1.5m」
距離なんぞ測りにくい双眼鏡と体感の風向きではこんな程度くらいにしか分からない。
「あてにならない観測手だな」
「スポッティングスコープも無いのに無茶言わないでよ」
海人の苦笑いに憮然として堪える。でもちょっと楽しい。疎遠になってなかった6月以前を思い出して──
なんだかんだ言って仲いいんだなと兎川が漏らす。もっと褒めていいんだぞ。
「ツナギのやつを狙うぞ」
了解と短く返す。発砲音とともにツナギレウケが蹌踉めくが──
「右肩に命中。ほんの少しだけ右」
こんな適当な観測手のナビゲートでも当てただけで凄い。さすが我が弟。お姉ちゃんは鼻が高い。
発砲音が響いてツナギレウケがバンザイをしながら倒れた。
命中、殺害と報告する。
「流れ的にはこんな感じ」
「那名側の指示に従ってそのダイヤルで調整してスコープ覗いて撃てばいいんだな」
海人と位置を代わって兎川がドラグノフ狙撃銃を握って構えた。照門と照星とかについて説明している。
「撃つ瞬間は──」
「息を止めたらいいだろう。見てて分かった」
嬉しそうに兎川が返す。そんなに撃ちたかったのか。
「ちょっと遠いかな。学園正面のおばさんレウケ。多分、390mで風はさっきと変わりなし」
兎川は了解と短く告げる。
別に意地悪ではない。確実にレウケだと分かる歩行者が近い場所にはこれしか居なかったから──
発射音が響いた。薬莢が転がる音が聞こえる。呆気なくおばさんレウケは頭から血を流してアスファルトに倒れこんだ。
「……命中、殺害」
外すと思っていたのだが一撃で仕留めてしまった。
「次のナビを頼む。あ、あと何発か撃っていいか」
海人が二発ならと告げた。
「えーと学園隣の道路北西の角、ちょっと隠れてる爺さんレウケ。370mで風はほぼ無風」
発砲音と屋上を転がる薬莢の音。で弾丸を口に受けて爺さんレウケは側溝へ転がって落ちた。
「め、命中。さ、殺害」
自分で声が震えてるのが分かった。多分、海人もびっくりしてる。
「えーと学園北西の裏路地で壁に引っかかってる横に体格いいおばさんのレウケ。410m、風はちょっと東に吹いてる」
見えてるのは鉄柵越しの頭部と体の一部だけ。
三度目の音の反響が繰り返された。後頭部にかすっただけだが人間なら間違いなく死んでる。と言うか絶対に痛がってる筈なのに変わらず壁に向かって歩き続けていた。
「命中、人間じゃないからちょっと右だけどここまでかな」
あたしはちょっとビビってる。なんかの夢なんじゃないのか?
「これで上出来か?」
兎川が嬉しそう笑う。そしてドラグノフ狙撃銃を海人に返した。
狙撃でストレスを解消したのか、はしゃいでいる。羨ましい。あたしも撃つべきだったのかとも思ったがレウケを無駄に撃っても仕方ないので弾を温存すべきと言う直感に従う。
「自分才能あるかも」
「ああ。本当に初めてか? ちょっと信じられないぞ」
「あれを当てるんだ。ちょっとズルくない」
あたしたちは感嘆の声を漏らすのがやっとだった。ガソリンスタンドへのルートを調べないといけないのに暫くの間は脳が反応しなかった。