迷い込んだ鳩だった存在
あたしは災害用の寝袋に入って寝てたから寒くないのにも関わらず胸さわぎと言うか虫の予感で目が覚めた。腕時計を見ると朝の5時で外も暗い。
鈴音と兎川の様子を見ると二人共レウケったりはして居らず無事だった。何事もなかったかのように寝息をたてている。
周りを見ると誰も起きてないで全員寝てた。海人ですらマミー型の寝袋に入って熟睡している。見張りが居ないのは失態だがふて寝してしてしまったあたしも人の事は言えない。
まだ9月で二重窓の恩恵か教室はそんなに寒くはなかった。
とりあえず、インカムだけ付けて連絡を取れるようにして武器を持とうとした時に鋭い音がした。ガラスの割れる音だ。下からみたいな気がする。
誰かが割ってるのか何度か連続して音が響く。
海人の寝顔でも久しぶりにじっくりと見ておきたいところだがそうもいかない。
「海人! 海人! 寝ぼけてないで起きて!」
あたしの声に寝ぼけ眼で呻き声を上げて抵抗する。何か起きた。その言葉にようやく海人はいつもの調子を取り戻す。相変わらず、気を張ってない時の彼はあんまり耐性ない。
「誰か暴れてるのかそれとも」
あたしはそれに答えずに肩を揺すって鈴音を起こすのを試みた。一応、スティックを掴み、消防斧はベルトに挟んでいる。
「あー、貴女は呼んでないんだけど、モーニングコールなんか頼んだけ?」
そこまで言って、鈴音は水をぶっかけられた狐のようにブルブルと頭を振って眠気を飛ばす。だって本当に犬とか猫じゃなくて狐みたいだったから。
「何があったの?」
「分からないけど見てくるから全員起こして」
そんなのあたしに分かるわけない。だから見に行くのだ。
「ちょっと待て! 自分も行く!」
兎川が起きて軍人みたいな感じで立っていた。手にしていたのシャベルじゃなくて剣なら騎士らしかったのだろうか。そんな無駄なことよりも朝に強いのか他の二人と違って既に臨戦体勢と整えている。ワクチンの効果はどうなんだろう。
「ワクチンの副作用はないの?」
「全く問題ない……とは思う」
じゃあ、行こうとあたしは告げてドア前まで移動して外の気配を確かめた後、ドアを開け放つ。なんか変な鳴き声がする。それは鳥っぽい。
右手の方から聞こえてくるのであたしは右手の奥に向かって早歩きで急ぐ。階段のフロアで何か居て襲われたら堪らない。
大丈夫、居ない。後ろを見たらあたしと反対側の壁沿いに付いた兎川が先を確認していた。やるじゃん。
階段のフロアを通りぬけ下への階段を左右に別れたまま下る。踊り場を通過して身を隠しながら下を確かめるが何も居ない。
移動しながらレウケじゃなくて暴徒だったらどうしようとも思った。余計な事を──頭を振ってスティックを握りしめる。迷ってたら死ぬ。
二階へ辿り着いた時に再び鳴き声が響いた。本当に鳥っぽいが二重窓を鳥が割れるんだろうか?
左の確認を兎川に任せて反対側を確認するが何も居ない。
「なんだこれ、ペンギン?」
その声に振り向いたあたしの視線の先には──ペンギンみたいに太った鳩たちが居た。体の一部にガラス片が刺さっているのにも関わらず、平然と歩いている。痛感覚がない──レウケってる。
白井の奴が言ってた化けもんたちか!
「感染してる!」
あたしたちに鳩ペンギンが襲いかかってくる。柄の長いスティックを握りしててて正解だったかも。
ミサイルみたいに真っ直ぐ突っ込んできた。兎川に当てない範囲に下がりフルスイングでスティックをそいつに叩き込んでやった。ぐぇに近い悲鳴を上げて硬球のように壁と床を転がりながら後ろに居た鳩たちめがけて突っ込んでいった。そしてボウリングのピンみたいに全員を転がす。奴らは起き上がれないのか、もがいている。
肥大化したせいで転んだら簡単には起き上がれないのか。
「ナイス! ストライク!」
兎川はシャベルを槍みたいに器用に振り回して叩き落とし、床に転がった鳩ペンギンの首をシャベルの切っ先で突き刺して押し潰す。凄い。ただのシャベルなのに。
「那名側は動きを封じて! 自分がとどめを刺す」
「了解!」
あたしは援護に徹した方が良さそうだ。
『どうした?』
インカムから聞こえた海人の声に鳩ペンギンとだけ返す。向こうは何のことだか分からないだろうけど──海人の困惑が伝わってくるのは分かった。あたしが聞いてる立場ならなんじゃそりゃとは思っていただろう。そうしか形容のしようがないので仕方がない。
体勢を立て直した鳩ペンギンを狙ってスティックを横薙ぎする。だが狙っていた鳩ペンギンはジャンプして避け、あたしに飛び掛ってくる。
「頭を下げて!」
兎川の言うとおりに膝を曲げて腰を落とす。あたしの頭があった位置をシャベルが通過してカウンター気味に鳩ペンギンの腹に直撃する。そいつは割れた窓から下へ落ちていった。
あたしは代わりに兎川に襲いかかる鳩ペンギンに向かってスティックを突き刺す。顔面を押し潰して絶命させる。
兎川はその間にシャベルの先を寝かして一気に3体の鳩ペンギンの首を刎ね落とす。本当にヤスリ掛けて磨いたのか。この場の残りはあと3体。
形勢が一気に逆転したことに驚いた鳩ペンギンは動揺しているのか逃げ出そうと背を向ける。その首筋に後ろからスティックを叩きつけてやった。同時に頚椎の折れる感触と音が響く。
兎川は一番左に居た鳩ペンギンに対して駆け抜けざまにシャベルをお見舞いした。その体ごと教室と廊下を分ける壁に叩きつけられて絶命する。
あたしは最初に攻撃したのが床を泳いでいたので上から頭部めがけてスティックを叩きつけてとどめを刺した。
この場はなんとか片付いたみたい。
「海人、聞こえる? 白井の言ってたことは本当だったよ」
あたしはこの場の化物たちを駆逐したのを確かめてからインカムに向けて喋る。
『確か鳩って神道では軍神の使いだったな。だから荒ぶってるのは間違いじゃないんだけどって会長が言ってる。あ、イテ』
鈴音が言った知識なんぞ伝えなくていいよ。気が逸れた一瞬だった。二重窓を破って鳩ペンギンがあたしに襲いかかる。さっき下に落とした個体か。
避けられないので咄嗟に顔を庇う。
風をきる音がして鳩ペンギンの悲鳴が上がり、恐る恐る瞼を開いてその方向を見るとあたしにおそいかかった個体が頭部を矢で射抜かれ壁に縫い止められていた。
振り返ると和泉は胸を撫で下ろしていたが隣に来ていた兎川は不機嫌そうにしている。
「返り血は? 目とか口に入ってないか?」
兎川にしてはかなり小さな声だった。
それで怒ってたのか。近距離レンジで戦わざるおえないあたしたちには常にその危険が付きまとう。ウィルス性と判明した以上、返り血による感染はもっとも避けなきゃいけない自体でもっともリスクの高い感染源だ。
「今回は大丈夫。今回は」
その真意を汲みとった兎川が押し黙る。あたしは右袖をみせた。今まで考えないようにしていた返り血の問題。これは最初に山田を倒した時に付着したものだ。時間がある時にシャツはリュックに入ってた予備と交換し、上着のボタンのある部分で血は隠れていた。
だが誰にも知らせては居ないがあたしとずっと行動を共にしていた人間は知っていてもおかしくない事実。
「もしもし、今井ですが2階廊下に補修班と清掃班をお願いします」
何人か引き連れたこけしちゃんがマイクに向かってお願いしていた。
周囲は鳩ペンギンの血と死体と割れたガラスで危険な状態だったのでこのままにはしておけないだろう。それにこのままだと入ってきた冷気で体力を奪われる可能性がある。
「ワクチンを打っておけ」
「そのうちにね」
あたしはどうしてもそんな気になれなかった。怖いのもあるけど鈴音を信じたくなかったのかもしれない。つまらない意地を張ってると死ぬかもしれないのに恋敵に助けられたくないなんて馬鹿だろうに──




