校門で騒ぎ
暫くの間は基本毎日1話更新ですが別視点や一つの話が短い場合は複数出す予定です
「変人ぼっち。私に弁当作ってくれ」
「やかましいわ。お前は先に材料代を払え」
あたしはチャチャを入れる女子クラスメートを追い払う。以前に言われて作ったら材料代払わずに逃げやがってくせに──
気を取り直して自分で作った質素な弁当を箸で突きながら何気なしに空を見た。
寒さ対策で二重になった窓越しには晴れとも曇とも言い難い9月の空が横たわり、黒い雲や何処かで火事が起きているのか黒い煙が上がっていた。
寒波が近付いているらしく凍えそうな空模様はあたしの心のようによろしくない。
なんか妙に黒い煙が上がってない? そうだね。などとクラスの女子が雑談しながらバカでかい購買部で買ったとおぼしき不味そうなサンドイッチを噛じっている。
自分で作ればそんなもん食わなくて済むのに……
あたしはそんな外の景色と会話に気を取られていている場合じゃない事に気が付いて弁当箱内部に残って足のないタコウィンナーと僅かな白米を頬張って咀嚼し胃の中に流し込んだ。
我ながら女子っぽくない。そもそも女子力と言う物差しが家事ならこのクラスのトップ5に入るだろうがそれだけで男子に対する女子力になるなら誰も苦労しない。
あたしの悩みも解消されているだろうに……相手が料理に家事裁縫が出来なければ。
ウダウダ悩んでてて仕方ないのでこの悩みを生み出した責任のある人物に電話する事にした。我が姉だ。
彼女が要らない一言を発したせいで我が弟分は、あたしとの接触を避けるようになった。顔は姉妹でも似てないのに。
うまく化けるとあたしより若く見えるやな姉である。
弁当箱を片付け、ペットボトルのお茶を飲み干して臨戦態勢を整える。
憂鬱だが仕方ない。あの姉……那名側天に聞き出すしかないのだ。
あたしは懐からガラゲーを取り出した。それは鮫と蛇のストラップで彩られてる。友達に引かれまくりだがあたしはこれで癒やされているのだから文句言わないで欲しい。
電話帳から姉の携帯番号を選び出し、通話ボタンを押す。
もしもし、あたし。大地だけど。出た相手の反応を待たずに名乗りでた。分かってても一応名乗るのは礼儀だし。
「オレオレ詐欺は間に合ってます」
こいつ、グーで殴ってやろうか。多分、電話の向こうでニヤニヤしてるに違いない。そして、あたしの反応を楽しんでいる。
「正真正銘の妹の那名側大地です。下らないギャグを昼間から飛ばして……飲んでるの?」
呑んでるわけ無いじゃん。嫌だな。手をパタパタさせるクソ姉の姿が脳裏をよぎる。クソ! 無意識に想像して物凄く腹立つ。
絶対飲んでやがる。まあ、いい。こっちはこっちの用事を済ますだけである。
「6月から弟分の八幡海人の様子がおかしいから何か余計な事を言ったか確認しようと思って」
「そりゃ憧れの姉である私が結婚したからに決まってるじゃないの。彼はショックを受けたのだよ。ワトソンくん」
結婚したことくらいは知ってるつーの。一々はぐらかして頭にくる姉である。
「あたしが聞きたいのはその後のことよ。なんか余計な事を言ったんじゃないかという話」
努めて冷静に話を聞き出そうするが出来るかどうか自信がない。
「ふむ。良いかね? ワトソンくん、私の灰色の脳みそが導き出した答えは簡単だよ。幼馴染みとは言え、家族のように育った姉モドキである私に恋愛感情を持つのはやめておけと大人として諭しただけだよ。単純明快だろう? 第一、近くの人間に恋愛感情を抱いてもろくな事はないのだから早めに断ちきるのが一番じゃないか。人としてすべき事をしたのだよ」
あたしは無言になった。余計なお世話である。
つーか、お前はお前でちゃんと見てるか? あの子の事をちゃんと理解してる? 相手に自分の幻想を押し付けてないわよね?
なんか言っているが無視して流す。
「それに恐らく避けられてるのはお前の顔が私を連想するか新しい女だよ。失恋のショックは心の大きな隙を生むからね」
お前が開けた穴だろう! 埋めてから酔っぱらいの戯言ほざいて欲しい。自制心でツッコミを入れたくなる衝動に耐える。
「私はそれを利用して旦那GET!したけどね」
あたしが反応しないのを良いことに与太話を開始し始める。そろそろ切ろうか。
「あ、そう言えば、大地、アンタ大丈夫なの?」
「はい?」
予想もしない言葉に間抜けな声が漏れた。
「何それ」
この姉があたしを心配する時点で非常事態かもしれない。西から寒波もきてるし、明日は大雪かも。
「この時間だと学校だから最夜市内よね? 今、最夜インターチェンジ付近でタンクローリーが横転し爆発したとか市内で火事とか言ってるよ。嫌な予感がするんだけど、異常が起きたらだ……」
突然通話が切れた。なんか固定電話で電話回線を物理的に切られたみたいに。
だ? 連想できるのは脱出しろと言う意味にしか取れない。
父が自衛隊であるせいかうちの家族はいざとなったら、とりあえず逃げろとは教育されている。
自分の身を守ることが第一であり、最低限の抵抗手段だ。
そういう経緯もあり、姉がその手のドッキリをやるわけがない。考えられるのは機械的なトラブルだ。
向こうは都内。こっちは北海道。機械的なトラブルがあるとすればこっちなのだが……
もう一度、掛け直してみるが反応がおかしい。繋がらない。回線がパンクした? ありえない。地震も津波も起きてないのに。
考えられるのは電子パルスによる電子機器への攻撃? だがガラゲーの電源はちゃんと入ってる。
とりあえず、ガラゲーを懐に戻しながら椅子から立ち上がり、窓の方へ移動する。近付くに従って窓ガラスには茶色のセミロングを胸の辺りまで伸ばした青い瞳の少女が映った。勿論、あたしだ。だが見とれている場合ではない。
確かに黒い煙が幾つも上がって怪しい。今まで何とも思わなかったがこうして見ると異常な気がする。
単純な備えしかしてないが一度女子寮に戻った方がいいのかもしれない。
だが間に合わなかったかも……校門の辺りでなんか人が集まっている。学年主任の須藤と教師数名と野次馬の生徒の姿が見た。
普段、仕事しなさそうな無責任男の須藤がウロウロしてる時点で危険を感じる。
嫌われ者が余計なことをするとろくな事がないのだから。
間違いなく悪い予兆。心の中でレッドアラートが鳴り響く。
最夜市は外資が出資してる製薬会社ティル・ナ・ノーグのお陰で持ち直してきているが過疎化が進んでテロするようなモノはない。あるのは製薬会社の研究所と水力発電所くらいだ。
あと考えられるのは炭鉱と言うか石炭に対する環境テロリスト? さすがにそれはありえない。動物実験やってそうだからそれに対する抗議?
思考を中断する悲鳴が響く。
絹を裂くようなと言うが本当にそんな感じの悲鳴が聞こえた。多分、声の主は須藤だと思う。
あたしは慌てて二重になった窓を開け放った。