外の世界は生きている
とりあえず、やっと心が戻ってきたあたしは教室で配給された食料を無理やり口に入れて気分を紛らせた。学園に避難用の備蓄があって助かったと言えるのだけど当然だけどそんなに持つ訳がない。
自衛隊が救援物資を投下してくれたらいいのだけど逆に降下部隊だと被害は増えそうな予感しかしないし八方塞がりだ。
既に外は暗くなって暗黒の闇に包まれている。本来なら家やネオンの明かりが多少付いているはずの最夜市なのにそれに取って代わって火事と思しきオレンジ色の炎と闇が支配していた。
あと生活音の代わりに変な呻き声が聞こえる。人とも獣とも似つかわしくない嫌な声が──
ラジオを試してみるらしいのでアーチェリー部が占拠してた3階の空き教室へと移動を開始する。いい加減、金属バットを持って移動するのは飽きてきたので新しい武器でも欲しいところである。
兎川に頼んでシャベルと交換してもらうか、でも無理そうだしな。新しいシャベルを探すか。
「那名さん、こっちです」
弟くんがあたしを見つけて手招きする。懐かれたかな。年下には興味はないが悪くはない。
教室に入ると海人、鈴音、兎川、和泉、依田先生がいた。
「一応、ちゃんと立って歩いてるみたいだな。安心した」
兎川がありがたくない一言を発する。心配してくれるのは感謝するが一言余計だろう。あたしが立ち直ったか確認だけはしておくつもりなんだろうか。
「まあね。依田先生はどうしてここに?」
「休憩さね。体育教師の稲田先生たちが看病を代わってくれたから羽根を伸ばそうと思ってね」
もっともな理由が返ってきた。依田先生は貴重な医学の知識がある人間なので常に警護を付けるのは生徒会が最初に決めた事の一つだった。まあ、このメンバーなら余程のことがない限り遅れは取らないだろう。レウケ相手には──鳩と猫は自信ないけど
「とりあえず試しますね」
弟くんが早速ラジオのチューニングを開始する。すっかり彼の役目になっていた。
「そういえばテレビは映らなかったの?」
今更ながらテレビの存在に気付いた。我ながら情けない。
「鈴音の家で試したよ。国営放送ですら入らなかった」
海人が大きな包みを抱えて中を覗く。ドラグノフ狙撃銃が入ってる物だろう。素直に言うと色々と面倒な事になるので家を調べたメンバー以外には教えてない。
『引き続き、最夜市との連絡が途絶えた件での続報です。今朝の最夜市インターチェンジ付近でのタンクローリー車爆発事故の前後から市内と連絡が途絶えているとの情報ですがその件以外にも気になる事件が起きているようです』
入った。しぃ。などと天津姉弟がやり取りしているが誰も反応しないでラジオから流れてくる情報を聞き逃すまいと黙している。
『札幌特派員のスズキさん、現地はどうなっていますでしょうか?』
おお、札幌は大丈夫みたい。
『こちらはスズキサナです。現在、最夜市内への道路は自衛隊員に寄って封鎖中です。検問や壁が設営されて物々しい雰囲気を漂わせています。私たちマスコミ関係者も最夜市内への通行を禁止されており市内へ入ることは許されていません』
しくじった。車では出られないかもしれない。
『理由は何なのでしょうか? こちらでは風土病の蔓延や大規模なテロとの噂が飛び交っていますが日本政府は沈黙したままです。昨日、最夜市で開催されたアメリカのクラブチームとの国際親善試合のアイスホッケー会場で起きた乱闘騒ぎの動画をはじめ、インターネット上ではかなり不気味な噂が広がっていますがそれも何か関係あるのでしょうか』
鈴音と兎川がスマホを弄っている。件の動画を探しているのだろうか。まだネットに繋がるのか?
『ここでは詳しい事は何も分かりません。検問を敷いている現地の自衛隊員も知らされていないようです。ただ、既に市内から出た人たちに聞いた話ではモールの立て篭もりが発生し、市内中心部では銃声らしき音が頻繁に響いてるようです。そして未確認情報ですが最夜市民病院で謎の混乱が起きており現地との連絡は取れません』
少なくともこの情報で感染が広がったのはアイスホッケー会場で市民病院もそれに巻き込まれたようだ。
アイスホッケー会場なんか行かないけど市民病院なんか行くはめにならなきゃいいけど──
『ではニュースの時間を終わります。続報が入り次第、最夜市の件をお伝えいたします。スタジオはヤマムラツヨシでした』
そこでどうでもいい番組に切り替わった。今のあたしたちには本当にどうでもいい。演歌なんか聞かないよ。
弟くんが片耳にイヤホーンを付けてそのままラジオを聞いているが情報を得るためで番組を聞くためだろう。
「どこのチャンネルだったの?」
「国営ラジオの札幌局」
あたしの言葉に短く答えた。
この現象は最夜市以外では起きてないのは救いだけど逆に言えば助けはこの騒ぎが収まるか自力でヘリでも奪って脱出しない限り逃げられないのではないかと疑念が膨らんでいく。
ありがとうとだけ答えて額を押さえる。
「でもここ以外には起きてないのは救いじゃないか。落ち着いたらきっと助けが来てくれるよ」
依田先生が大人らしくフォローしてくれたがとてもじゃないがそんな気分にはならない。知識がある事が必ずしも救いではないのだ。こういう場合、自衛隊はなかなか動けないかもしれない。
「どうやらアイスホッケー会場は地獄みたいね」
兎川がスマホをみんなに向けてディスプレイを見せた。動画投稿サイトの動画にアイスホッケーの会場が映っていた。レウケっていると思しき日本人男性が氷上の上に乱入して白人選手の一人を噛んでいた。
それがきっかけで相手選手を巻き込んで乱闘になった。
間違いない。不特定多数に感染していったのはここだ。アイスホッケー会場から拡散したとしか思えない。
動画ではホッケーリンクと言われる所に観客が次々と乱入して殴り合いになっていた。そして血が氷の上に飛び散っている。瞬く間にそれは広範囲に広がっていく。
「そう言えば、須田先生はこの会場の近くに住んでいたね。この騒ぎに巻き込まれたのかね。感染が今日じゃなきゃ説明もつくかもしれない」
今日、感染したわけじゃないなら噛まれて急に暴れだしたのも納得がいくかも。
「でも田中はすぐにおかしくなったよね」
鈴音と兎川の為にもフォローを入れる。折角、希望を得てるのだからぶち壊されたらたまらない。
「多分、個人差があるのね。患者第一号が居るはずなんだけど……少なくとも須田先生が昨日に感染したとして仮定して24時間かね。或いはもっと長いかもしれないが」
その期限を超えたらどうなんですか。ずっと黙っていた和泉が問う。
「発症しなければ大丈夫さね。仮にウィルス性の疾患だと考えた場合、10%前後の人間は免疫があって発症しない可能性があるからタイムリミットを乗り切れば外へ逃げられるか」
最夜から逃げ出す為の条件の一つになりそうだ。
「こんな物もあるわ」
鈴音がどこからかタブレットを取り出してこちらに見せた。
そこには医者と思しきヨレヨレの白衣を着た中年男性がPCのカメラに向かって喋っていた。ノイズ混じりで画質も音声もあんまりよろしくない。
『わたしは最夜市立病院の医師のオウダと言います。昨日から起きている現象を詳しく説明します。ご存じの方も居らっしゃると思いますがアイスホッケー会場から運ばれてきた患者に噛まれた職員が人を襲う事態が発生しています。我々も死力を尽くして対応していますが手におえないかもしれません。市民の皆さんがこの動画を見ていたのなら別の病院に向かって下さい。我々のいる市民病院は大変危険です。絶対に近寄らないで下さい。犠牲者を増やしたくない。それと奴らの特徴を公表します。この疾患に掛かった人間は全員異常な体温の低下と脈拍と鼓動が停止したりします。そうです、生きている人間にはあり得ない反応を起こして生物として死んでいるのにも関わらず行動している。そして、患者第一号はアイスホッケー会場から運ばれてきた人間じゃない。18日の夜に運ばれてきた………の……だ。恐らく、我々は生き残れないだろう。どうか政府が真実を葬り去るのを阻止して欲しい。わたしの最後のメッセージになるかもしれない』
そこまで言って後ろから女性の悲鳴が上がった。噛まれたとかそんな言葉が聞こえる。オウダと名乗った医者がカメラの前から離れる瞬間に動画は切れた。
肝心なところが聞こえなかった。18日のなんなんだ。3日前が発端なのか。
「聞こえた?」
「いや俺には聞こえなかった」
海人が首を振る。
「三日前から今回の件が起きてるのなら発症までの最長時間は七十二時間なのかね。とりあえず、保健室に戻るよ」
依田先生が立ち上がる。護衛に兎川が付いていこうとして本人に止められる。
あたしも返り血は多少浴びてるタイムリミットは残り66時間くらいだろうか。




