異常こそ正常
あたしは兎川の話を聞いてショックを受けていた。彼女曰く魂が抜けかかっていたらしい。向こうは激昂すると考えていたらしいがあたしの反応は予想以上に酷かったらしい。
隅で今井が元部長やるなとかどうでもいい感想を漏らしてたことしか覚えてない。
兎川と今井に連れられてアーチェリー部員が使う空き教室に戻ってきた。そこには鈴音が椅子に座って1人で留守番をしていた。
「あ、元部長いらっしゃったんですか」
「ここ以外にどこに居るの。他の所をウロウロしても疲れるだけでしょう」
鈴音は気だるそうにしてる。あたしより素行不良に見えるぞ。
「話よりも彼女を置いていきたいんだけど、見ておいてくれるか?」
「了解です」
あたしは兎川と今井に適当な椅子に座らされてそのまま放置されてしまった。
「なんかショック受けてそうね。幽霊でも見たのかしら」
大して心配すらしてない声色で、探るような視線を兎川に向けている。
さすがに海人と鈴音の密会を詳細に話してショックを受けてますなんて言えるわけがないので兎川は誤魔化すように笑ってから教室を逃げ出していた。足速。
「大体、元部長のご想像のとおりかと」
狐が笑うような雰囲気を醸し出す鈴音は楽しそうにしてる。こけしちゃんに対して警戒が緩すぎないか。魂が半分戻ってきてないで幽体離脱気味のあたしが言うことじゃないが──
「髪の毛の先端から蛇が生えてきてますよ。それにお尻から狐の尾が9本出てきてます」
呆れてるのか、こけしちゃんは堂々と言い返した。
「貴女は言いふらさないでしょう。そっちは魂が返ってきてないみたいだし、それに私で妄想しないでしょう」
「それはそんな悪女全開のオーラを出されたら妄想しませんよ。妄想ぶち壊しです。どう考えても引っ掻き回してぶっ潰すタイプじゃないですか。多少は隠せるんですからアーチェリー部内部でも隠したら良かったのに」
こけしちゃんは鈴音の近くにあった椅子に腰を下ろす。
「そもそも隠すために入ってるわけじゃないんだから仕方ない。ストレス解消の為だけに行動してるんだから、それとあいつは?」
「今の部長ですか? ちょっと調べただけですが寮には帰ってないみたいです。個人的にどうなろうと知ったことじゃないですが……それより、どうしてみんなは普通にレウケと殴り合えるんですかね? 普通、怯んだりすると思ったんですが」
「それは現実離れしすぎて現実が認識できないの。みんながタフなんじゃなくて今は麻痺してて現実が認識できないだけ。私が行動した時に動けた人は現実じゃなくてファンタジーかゲームの中に入りこんだような錯覚を起こしてる。ほら、自分がゲームの主人公になったり異世界とか非現実的に放り込まれた想像とかするでしょう? 言わばトランス状態に陥ってるのよ」
まあ、は、はい。とこけしちゃんが相槌を打つ。
鈴音の説明が当たってるかはどうかは別にして今の状態が薄氷の上の行軍だと言っているのと同じだ。
「それは結構危険な状況じゃないですか。そのトランス状態が切れてしまったら……」
「そうだね。危険だね。戦闘中じゃなきゃいいんだけど……現にもう適応してるのが居ることは居るから」
鈴音の言葉にこけしちゃんは絶句していた。
「適応してる人って元部長の彼氏さんですか」
今井の問いに鈴音は今までの雰囲気を消して普段の彼女に戻った。
「さあ、どうかな。海君の事は信用はしてるよ」
だが妖艶な表情を浮かべてる。その赤茶の瞳は人外の存在にすら思える。
「元部長、そういう風にはぐらかすから余計に確執を生むんですよ。生徒会選挙だって嫌がらせ受けて当選しちゃったじゃないですか。背負わなくてもいい苦労を背負うはめになったですよ」
今井の言葉に口を尖らせて沈黙する鈴音。
「弟さんと上手くいってるんですか? あんまり上手くいってないみたいですね。……難儀ですよね。姉弟なのにズレが生じていくって」
鈴音はずっと面白くなさそうに黙り込んでいる。
「それに噂の件も拗れちゃってるじゃないですか。元部長への嫌がらせですよ。絶対」
「でもあれがあったから今私は生きてるのだから少しはマシじゃない?」
鈴音が自嘲気味に呟く。
「元部長が男に興味示すとか珍しいですね。最近まで人への感情が凍ってたのにご心境の変化でも?」
「人は神が己に似せて創りたもうたなんて言ってる連中がいるけど私はこう信じているの。日本の神話には人なんていつの間にか勝手に出て来て勝手に生まれたもの。ならその人間に興味が持てないのは当然なんじゃないかと……だって人も所詮二足歩行しているだけの獣よ」
凄く中二病の入った問題発言をする鈴音──こいつ、拗らせてたのか。
そういえば天津鈴音を苗字で呼ばない理由を思い出した。確か日本神話の天津神と国津神だったな。本当かどうか忘れたけど私の苗字の由来が国だったかな。それで向こうが天なら面白くないとか言う敵愾心。
「……聞かなかったことにします」
こけしちゃんは目を逸らしていた。
「そんな私だからこそレウケに対処できたのは当然でしょう。人間は人の形をした血と肉の人形なんだから」
「……そういえば大ピンチの那名側先輩を助けたらしいですね。元部長はよくビビらないで戦えますよね? うちはアーチェリー使ってもビビッてしまいますよ」
聞いてられないのか、こけしちゃんは話題を変え始めた。
「簡単よ。さっきも言ったでしょう。ゲームみたいなものだと、結局、私もまだこのおかしな現実を受け入れられないのよ。自分を何か違うものだと思ってるから戦える。それだけのことだよ」
「和泉の奴もそうなんでしょうか?」
今井はとても真剣な様子で聞いた。その表情には複雑な感情が隠れているように見える。
「あの子は違うわね。多分、兎川とは違う願望のせい。みんなを守ってる自分に価値があると思ってるんでしょう。多分、あの子は自分で自分に価値があるとは認められないのよ。私と似てる所があるから」
こけしちゃんは唇を歯で噛んでいた。不公平だと怒りを込めて呟いた。
「もう一つ、元部長にとって八幡先輩だけは特別なんですか?」
「そりゃもう。私の子供っぽい部分見ても馬鹿にしないし、そう言ったら正確なのか分からないけど何故かとっても気になるの。私の蓋を開けてくれる人かもしれない」
また尻尾が生えてきてるなどとこけしちゃんが呆れている。
「蓋? 白馬の王子様じゃなくてですか? と言うか、那名側先輩のだから、人のだから手出したいだけじゃないですか?」
「幼馴染みに所有権なんかないでしょう。そういう貴女はどうなの?」
ちょっとムッとした鈴音が言い返した。
「うちは男に興味持てないので……多分、あと10年位は……恐らく許せないから」
オカッパの少女は自嘲気味な笑みを浮かべてみせた。