対策会議は進まない
自分の教室で休んでいたら生徒会室まで来て欲しいとの鈴音からの伝言を受けたので対策会議に出る羽目になってしまった。
荷物を持ったままで参加する訳にはいかないから一旦アーチェリー部に寄って荷物を置いてきた。
あたしは鈴音のSP扱いなんだろうか。
会議が始まる前に生徒会室について部屋の端にパイプ椅子を広げてそこに陣取った。既にこの部屋に居たのはあたしと部屋の反対側にいる依田先生と職員会議を追い出されたのか勇儀先生がいた。
美人は得というが器量があんまり良くないとここまで不遇なのか。ちょっと哀れに思えてくる。ここに居ても役に立たないだろうけど。
「どうしてここに居るんですか? 職員会議があるんじゃ──」
依田先生に視線を向けて聞いた。勇儀先生に聞いても嫌味にとられるだろうし。
「いつまでも要領の得ない会議ばっかりだし、手当ても一息ついたからここに逃げ込んだ。少し寝かせてくれ」
依田先生は本当に疲れていたのか瞼を瞑って寝てしまった。手伝いが居るとはいえ、体育館が埋まるくらいの怪我人はさすがにきつかったのだろう。
反対に海人の姿が見えない。状況を説明し生徒会メンバーを説得するなら彼は必要不可欠だろうに。
「職員会議で揉めてるのは近隣住民の皆さんが避難してきた場合受け入れるか受け入れないかで真っ二つになってしまって……私は受け入れるべきだと主張したら生徒を見に行くように言われてしまいまして──」
落ち込んでいるのかと思えば、項垂れた様子で弁解する。
正直、日本人の助け合いの精神は美徳だと思うけどこんな状況でマトモかどうか分からない人間を受け入れるのは抵抗がある。レウケってたら目も当てられない。それこそトロイの木馬で全滅の危機だ。
「来てたのね。礼を言うわ」
ナイスタイミングでやってきた鈴音が上座に当たる席に座る。当然だけど彼女はコンパウンドボウは常に持ち歩いていた。武器を持って移動してないと落ち着かないのはよく分かる。
「本当に市外が無事なら脱出するの?」
「ここに立て籠もれると思ってるわけじゃないでしょう。購買部が幾ら豊富な食料と広さがあろうと生徒全員を何日も賄うには限界がある。普通の災害みたいに水や食料を自衛隊が届けてくれるとは思えないし、最悪──」
「投下した食料に毒でも入れられて全滅とか?」
ドアを開けて入ってきた兎川が皮肉めいた笑みを浮かべている。治療を受けたのか服を脱いた跡があり、首元のボタンは外れていた。その姿は男勝りのイケメン女子高生ではなく歳相応の姿に見えた。
顔の造りだけで言ったら間違いなくあたしより美形だ。
「失礼ね! 自衛隊はそんな事しないわよ」
思わず立ち上がって怒気を発していた。
「そういう可能性を指摘しただけさ。君のお父さんを侮辱する気はない。だが気に障ったなら謝罪しよう」
兎川は軍人みたいに深々と頭を下げようとして途中で苦痛の声を上げて中断する。背中の傷が原因だろう。
「……もう良いわ。とりあえず、あたしの視野に入らない位置にいて」
余ってたパイプ椅子を取り出して鈴音の真後ろの座る。ちょっとあたしに近いよ。視野には入らないけどさ。
「海人の姿が見えないようだけど」
「この場にいてもらっても良い展開にはならないから和泉と一緒に購買部の方へ確認に行ってもらった」
なるほど。あたしが言おうとした言葉は右隣にいた兎川が発した。
「もしかして本当に知らない?」
椅子ごと近寄ってきた兎川が小声で囁く。なんか無性にムカつく。こいつ、あたしには遠慮がない気がする。
「私と会計の揉め事が始まれば嫌でも分かるわよ」
鈴音が背を向けたまま、諦めに似た態度を表す。声は淡々としていたが状況はよろしくなさそうだ。
「大体、東が悪いと思うが」
露骨に第三者視点で兎川が分析する。
何それ?と小声で聞いてみる。
それと同時に薙澤会計が田中副生徒会長以下取り巻きと各部活の部長を連れて生徒会室に入ってきた。さっきほど聞いた話だと部活単位で行動してる連中も居るから彼らはその絡みなのかも。サッカー部の東の姿もあった。
「まあ、裏の話は時間のある時に話すよ」
兎川は前を向いたまま言った。いつになるんだよ。
「負傷してる方も居るので座ってる人はそのままで。会議は30分でお願いします。纏まらない場合は日を改めて行いましょう」
生徒会長である鈴音ではなく薙澤が宣言した。
権力争いしてる場合なんだろうか。無駄だと悟っているのか、鈴音は何も言わない。
「それで白井の言葉は当てになるのですか? 彼が真実を言っているとは限らないのでは?」
薙澤が冷たく否定する。あたしでもこんな状況じゃなきゃ白井の言葉なんぞ信じないだろう。
「でも猫まで襲ってくるようになったのは事実だ」
直接、人間以外のレウケった生物と戦闘を繰り広げた兎川が口を挟む。
「でも人間みたいに明確に腐ってたり、首がモゲかかってたりしてた訳ではないのでしょう?」
努めて冷静に装う薙澤の声に憤りを覚えなくもない。正しいけどそれは最前線で戦った事のない人間の台詞だ。あたしも海人も鈴音も、そして隣りにいる兎川もレウケ排除の際に血液感染のリスクを背負っているのだからこんな風に言われたら頭にも来る。
特に鈴音と兎川は感染したかもしれないのだから余計にイラつくだろうと思っていたら爆発した人間が居た。兎川だ。
「つい2時間前に他人を殺人者呼ばわりした自分が言えた立場じゃないかもしれないが会計さんいい加減に現実を見てくれないか」
口調は冷静だったが彼女は完全に頭にきていた。
「裏門で駆除する羽目になった猫たちは普通の猫にはあり得ない凶暴性を持って自分たちを襲ってきた。これは事実なんだ。白井の鳩の件も含めて学園に立て篭もるなら対策が不十分だ。あいつらは余裕で壁を超えてこれるんだぞ。この校舎の2階だって安全じゃないかもしれないんだ。跳躍して窓を割って襲ってこないとは限らないんだぞ」
「教室はカーテンを門はネットなどを集めて対策を考えます」
ヒートアップしていく兎川と対象的に冷たく返す薙澤。
「そんな程度で防げるなら自分のこの傷はなんなんだ!」
兎川が椅子から立ち上がって背中を見せる。破れたブレザーの隙間からは包帯が覗く。包帯には血が滲んでいる。彼女は己が犠牲になるかもしれないから真剣に訴えているように見えた。
怪我に響くから落ち着いて。あたしは兎川の左手を握る。
仕方なしに彼女はパイプ椅子に座った。
勇儀先生は取り乱し、依田先生はこのやり取りにも微動だにしないで寝ている。
「ではここを逃げてどこへ行くのですか? 外との連絡が途絶えた以上、市外が安全だという保証はないでしょう」
正論だがそこにはそれ以外の何か違う感情を持っているように見受けられた。
「電波状況が改善するとは限らないけど夜になれば電離層の反射で市外のラジオが聞こえるかもしれない」
あたしは状況を打開するように提案する。
薙澤はこっちを見た後、視線を鈴音に向けた。
「会長はどうお考えですか」
「私は市外が無事なら脱出すべきだと思います。数人でも消防署とかに辿り着ければ救助ヘリで最夜を脱出し、残りの生存者の救出をお願いすべきだと考えています」
鈴音の声は淡々としていた。それは感情を押さえ込んでいるように聞こえる。
薙澤はその意見に露骨に嫌な顔をする。そして自分の腕を見てため息を吐く。
「30分経ちましたね。結局、殆ど纏まりませんでしたね。皆さん、決まったことを全員に伝えてください。あと校内放送は音でアレを呼び寄せる可能性があるので極力使わないようにしますのでその旨も伝達お願いします。チャイムも同様です。解散」
薙澤は言うだけ言って勝手に解散してしまった。
鈴音は椅子に座ったまま額を押さえている。
結局、食事の制限、避難してきた人間の拒否くらいしか決まらなかった。
これでは何回会議しても意見が纏まりそうにないのだけは理解した。チカチカ点滅する蛍光灯を眺める。電気だっていつまで送電されているかも限らないのに暢気な話だな。




