表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

短編

バグ─号哭の家─

 一晩の宿を、と交渉しようとしたら、話を聞いてほしい、と言われ、相方は了承した。


「死んだ妻と娘の、弔いがしたい」




 語り主は小金持ちの老人で、元商人だと言う。老人は昔街道沿いに家を持ち何不自由無く暮らしていたそうだ。

「妻はエルフでした。エルフの谷のそばに居を構えていたので……そこで知り合ったのです」

 美しい奥方は当然年上であったがエルフと人ではそもそも年齢の概念が違う。特に価値観の違いは種族違いゆえだと、気にならず婚姻を結んだのだが。

「妻は子供を産みました。娘でした。この子が、ドワーフだったのです」

 なぜドワーフと気付いたのか。老人が語るには落石事故のせいだと言う。

「行商で移動していたとき、右手の斜面から、あの子の上に、大きな、大人の私でも助かるかどうかの岩が落ちて来たんです。ところが娘は生きていました。その上、呆気に取られる私の足に乗っていた石を退けてしまったんです。大人で男の、私が退けられなかったのに。私はおかしいと思いました。今まで医師に関わることが無い子でした。女の子でしたし、小柄でしたがわかるはずも無いんです!」

 医師に係りドワーフとわかった。だが、どう言うことなのか。人とエルフの混血で通常ドワーフが産まれることは有り得ない。

「私は妻を問い質しました。妻の不貞を疑ったのです。妻は勿論否定しました。私は妻と娘を棄て家を出ました」

 妻をゆるせなかった老人は仕送りもせず自分の所在も一切明かすことはしなかった。その後妻はドワーフの子を産んだことから妻の周りからも援助を受けられず苦労したらしい。そうこうする内に妻は病に臥せ、だが娘は頑強で、母のために薬草を採りに行き獲物を狩り畑を作って耕し暮らしていたそうだ。しかし妻は数年後に死去した。

「妻が死ぬ前そうとう苦しんだのでしょうね。遺体には藻掻いた跡が在りシーツは乱れていたそうです。娘の姿は在りませんでした」

 娘は、苦しむ母のために薬草を採りに行き転落したらしい。運悪く娘の落ちたところには鋭い岩が在った。身を貫かれ絶命したのだ。

「手には、薬草が握り締められていたそうです。……皮肉な話ですが、妻は私が発見したんです。娘の捜索を頼んだのも私でした。この数日前に遠縁と会う機会が在りまして……ドワーフの鉱山の近くで、のんびり暮らしている本家の人でした。そこで聞いてしまったんです。私の一族は何世代も前にドワーフの女性を娶ったと……」

 この事実に老人はすぐ先祖返りを想起した。妻は不貞を働いていなかったし、娘は己の子だったのだ!

 けれどもう遅い。

「私は絶望しました。せめてと妻と娘を墓を作り埋葬したんです……弔った、はずなんです」

 数十年後、老人の元に奇妙な知らせが届いた。夜な夜な、廃墟と化したあの家で妻と娘が現れるのだと。何人も見ているとちょっとした騒ぎになっているらしく妻と娘と認識が在る者も見ているとか。

「多分、亡霊でしょう……妻と娘の救われぬ魂が亡霊となってあの家を彷徨っているのです! お願いです、妻と娘を楽にしてあげてください……っ」

 老人は言う。娘の無邪気な笑顔が、妻の美しい微笑みが、頭から離れないのだと。


 語り主の願いは正体を突き止め対処すること。

「あの廃屋はずっと遠巻きにしていました。逃げていたんです。ですが……私ももう幾許も余命が無い。そうなる前に、あそこを更地にして、木でも植えて妻と娘の好きな花でいっぱいに満たしたいと思います」







「あの老人は、今も悔やんでいるのでしょうか?」

「そうだろうね。“死して”尚、彼は妻子に逢えぬのさ」

「一生、違う次元を彷徨うのでしょうか」

「お互いに気付かぬまま、同じ家にいるのだろうね」

「悲しいですね。───ゲームと言え」

「仕方ないさ。すぐ終わるよ。


 もうバグは取り除かれるから」




『NPC』。それは、プレイヤーのいない空の人形。


 けれど、そうでしょうか?


 あなたの前の人、本当に空の、人形ですか?




   【Fin.】

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ