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個人的にお気に入りなもの

とりあえず、男を落とすことにした。

2月14日も無為に過ぎ、俺は思った。確率論からして言えば、男も含めればモテる確率も増えるんじゃないか?

あまりのモテなさに狂っていた可能性もなかなかにあるが、しかし随分よい考えだと思わなくもない。という訳で、俺は男をも惚れさせることにした。


けれど、やはり見栄は張りたいのが人情。男を相手とはいいながら、似てる有名人はゴリラという、非常に矛盾した存在であるガチホモの異名高き沢田氏を相手にするのは気にくわない。イチャコラするのは男であっても綺麗どころがいい。という訳で、とりあえず美形の男を落とすことにきめた。非モテといえど、俺は男。男の惚れる部分は分かっているのだから美形といっても恐るるに足らず。




という訳で、老若男女陥落作戦第一日目。コーヒーをすすりながら俺は計画を立てていた。


とりあえず、多方面攻略作戦で行こう。今日から俺は俺であって俺ではない。『無差別ジゴロ人間前田俊明』である。

そしてまず一つ。モテるためには、気遣いが必要だ。




「学級委員長。この前集めたノートが第一教務室にあるから運んできてくれ」


来ました。2時間目が終わった頃、次の時間にある現国の田村先生が教室に現れ、学級委員長にそう指示した。


ターゲットその1。うちのクラスの学級委員長 横井 諒だ。

委員長は、眼鏡・優等生・責任感の強い性格といった委員長然した委員長であり、こういう風に雑務に近い事をさせられている。普段、委員長が自分一人でやるのだが、今日は違うんだなぁ。


「いいんちょ。手伝うよ」


俺は廊下を歩く委員長にそっと忍び寄りそう告げた。驚いた表情で俺を振り返る委員長は少し慌てているみたいだ。


「いや、大丈夫。俺一人でやれるから」

「ノートって結構重いじゃない。まあまあ、気にせず気にせず」


躊躇っている委員長を押しつつ、二人は第一教務室に着いた。とりあえず機先を制して俺が教務室に入り、ノートを二つに分割し、片方を委員長に渡す。

憮然とした表情の委員長を押しながら、失礼しましたと部屋を出る。歩きながらも憮然な委員長。


「……なにが、目的?」

「ふぅむ。なんだと思うよ」


疑問文に疑問文で答える嫌がらせを実施する俺。ふははうざかろう。


「……普通なら、まあ。『ノート写させて』とか『勉強教えて』とかいうお願いのための恩の押し付けなんだけど」

「そうかそうか。まあ、君に教えてもらわなくてもそれなりに勉強出来るぜ、俺は。授業中に寝たこともないし」


そう、何を隠そう俺も優等生。さすがに校内1賢い委員長には劣るが、クラス内では次に頭がいいんですぜ!


「本音はだ、君と仲良くなりたい……とかじゃダメかい?」


俺より少し背の高い委員長を上目遣いで見る。もちろん、口元には爽やかな微笑み。押し付けでもない、純粋な感情を見せつける。


「委員長ってあんまり男子のグループに入らないじゃんか。俺も一匹狼だからさぁ。まあ俺の場合は気取りなんだけども。ちょいと親近感沸いた」


歩きながらポツリと呟く。廊下には誰もいない。静寂はこのシチュエーションにもってこいですな。


「……前田は友達多いじゃんか」

「いや、そいつは群れに入ってることが多いからそう見えるだけ。俺、静かなのが好きだからさ。いいんちょは静かな人だから、今も横に居て居心地がいい」


黙ったまま俺たちは歩く。ちらりと時計を見ると、授業開始まであと3分。ちょいと急がないと。そう思い口を開けば、委員長が喋り始めたから俺は空気を飲まなくてはならなくなった。


「……あのさ、俺。ずっと前田に憧れてた。明るいし、女の子とかとも仲良く喋ってるし。俺、女の子の扱いとかがよく分かんなくてさ。だから」

「いやいや。女子と話すって言っても、俺の場合はピエロですよピエロ。からかわれてんの。その点なんだい君は。この美男子めが! 女子とか結構いいんちょのこといいなって言ってますぜ」


そう、俺のターゲットになる程に委員長はカッコいい。背も高め。知的で真面目なので、チャラい女子には人気はないが、それでもやはり女子人気は高い。どちらかと言えば控えめな想いな子が多いから、昨日のバレンタインなんか惨劇であった。「委員長に渡したいけど……断られたらどうしよう……」みたいな感情が教室に渦巻き、あまりのピュア感情に俺は2、3度死にかけた。



「それでもやっぱり、前田はスゴいよ。俺、女子と話せないから」

「そんな褒められるような人間じゃないがねぇ。なら、あれだ。お互い尊敬しあう同士、仲良くしてくれないかな?」


知らない間に立ち止まり、俺たちは向かい合う。委員長は微笑んでいた。


「俺で良ければ。よろしく」




委員長とフラグを立てた後、俺たちは急いだ。少々時間に遅れてしまい、とりあえず頼まれていた委員長は遅刻は免れたが俺は遅刻扱いに。委員長は擁護してくれたが、推薦をハナから狙っていない俺は内申を気にしてないから甘受した。

とりあえず、ターゲットの一人と友達になった。まあ、なかなかにいい出だしじゃないか。ほくほく顔で俺は『ず・ざら・ず・ざり・ず・ぬ・ざる・ね・ざれ・ざれ』と口の中で呟いた。現国の授業だけども。




現国の授業中、当てられてついつい古文調で答えてしまい笑われたけど僕は元気です。授業も終わり、次の時間の世界史の準備をしていたら、元気な奴がやって来た。


「トシアキー、すまん! 英語の教科書貸してくれ!」


ターゲットその2。幼馴染みの好青年、高村 春樹だ。


「お前なぁ。置き勉とかしてないのかよ」


机の中から英語の教科書を取り出して渡す。笑いながら高村は受け取り、頭をカリカリと掻いている。


「いやー、先生に怒られたから、予習をしようかなぁと思ったらさ、家に忘れた」

「……なら、ノートもいるんじゃねぇか」

「おおー! ありがとう俊明。やっぱり1言って10分かってくれるとか嬉しいなっ! 俊明愛してる!」


呆れながらノートも取り出して渡すと抱きついてくる高村。ターゲットにしてみたがかなりウザい。


「へいへい。愛はいらんから勉強して来い。留年すんなよ」


もっしゃもっしゃと頭を撫でる高村をぶん殴り、とりあえず追い出す。高村はスポーツ推薦でこの学校に入ったから、ちょいとオツムが心配なのだ。



途中珍事もあったが世界史。今日も今日とて世界史の先生の頭が狂っていた。中世ヨーロッパをやっているのだが、第四回十字軍などとちょいと微妙な辺りを詳しくやっている。


「インノケンティウス三世が主導した十字軍だが、行き先はエジプトだ。しかし、輸送の任を負っていたヴェネツィアが、輸送する兵士や荷の約束違反を追及し、行き先をツァラに変えさせた。ツァラにイスラム教徒はいないから教皇は大激怒。そいつら全員を破門した。十字軍は大困りして「うえ~ん、青狸~」と泣きつくのびちゃんよろしく、ヴェネツィアに泣きついた。すると、総督と呼ばれるヴェネツィアの最高権力者だったエンリケ・ダンドロはこう言った。『ユー、コンスタンティノープル攻めちゃいなよ』。コンスタンティノープルを攻略した十字軍を教皇はベタ褒めし破門をといた。さあ、どうしてキリスト教国だったビザンツ帝国を滅ぼしたのに怒られなかったのか。横井、分かるか」

「ギリシア正教とカトリックの違い、ですか?」

「ピンポンピンポン大正解! ハーバード行けますな! そう、キリスト教国でも宗派が違う。それにコンスタンティノープルには様々な聖遺物、十字架だとかいったキリストにまつわる物のことだな、があったからベタ褒めですよ。しかし、一つ疑問があるね。どうしてヴェネツィアはエジプトには向かわずに他を攻めたのか。それじゃあ前田。分かるか」

「イスラム圏との貿易で栄えていたヴェネツィアとしたら、貿易相手国でかつかなり栄えているエジプトの地を攻撃されたら迷惑だからですかね」

「同じくハーバード! 二人がいたら解説いらねぇな! という訳で、哀れ無関係なのに攻められたビザンツ帝国は、小アジアに逃れてニケーア帝国を建てた。一方十字軍もコンスタンティノープルを中心にラテン帝国を建てたが、この国は――」


地味に頭がいいということを証明したスノッブな俺。ちなみに、俺が答えた後で斜め前の席に座っていた横井が振り返り俺に微笑んだ。やべぇ、惚れた。




さて、世界史も終わり、4時間目の数学もつつがなく終わった。

お弁当の時間である。俺は自作のお弁当(おむすび3つに甘い卵焼きという可愛さあふるる弁当箱である)を抱え、さ迷い歩く。今日は太陽が出ていてほのかに暖かいから、外で食べようかねぇ。


そう考え、校舎と校舎を繋ぐ渡り廊下を今日の食事場所に決めた。あそこは風が強いから忌避されるのだが、非常階段の裏は風が防がれている。誰も知らない俺だけの場所なんですぜ! 友達少ないから知ってるのが俺一人なだけなんですけどねー。


スキップしながら向かっていると、曲がり角で人とぶつかる。ビックリしながら受け止めると、まさかの人物。生徒会会計、有宮 玲。クールビューティーな女の子だ。


「おっと、すいません。大丈夫?」

「あ、ああ。すまないな。急いでいたものだから、走っていた」


とりあえず、抱き合っていると風紀的な意味で危ういので離れる。有宮の腕には書類の束があった。


「生徒会関連か?」

「ああ、来年度の予算案だ。生徒部に提出しなくてはならないんだ」

「予算か。そういや、図書部の予算さぁ。すこぅし色を付けてくれないかなぁ」「……冗談なら笑えないし、冗談でないなら怒るぞ」


冷たい視線にマゾッ気のある俺はワクワク。おっとご紹介。俺は図書部という、いわゆる他校でいう図書委員会みたいなところに所属している。そんな訳で、生徒会会計である有宮とも面識がある。まあ、ちょっとお堅いので冗談が通じず、そこまで仲がよい訳でもないんだが。


「笑えない冗談でごめん。それじゃ、仕事頑張ってな」


チャオ! とばかりに手を振りながら立ち去る俺。有宮も「またな」と言って生徒部に向かって行った。俺は気を取り直し、弁当タイムに洒落込もうとした。



「なあ、前田。弁当一緒にいいかな」


おむすびを裸の大将ばりにもっしゃもっしゃ食べてると、まさかの横井登場。俺は、お口一杯のお米をお茶で流し込む。


「どうぞどうぞ。ほら、おいで」


横をべしべし叩いて催促する。ついでにハンカチを敷いてあげて紳士を気取ると、横井は大丈夫だからと首を振って直に座った。


「普段ここで食べてるのか?」

「冬は寒いから、図書室とかで食べてるんだが、今日は暖かいからさぁ。久々にここ」

「なぁ、今度から、俺も昼を一緒にしてもいいか?」

「喜んで。一人で食ってると寂しくて寂しくて。嬉しいばかり」


微笑みながら卵焼きを口に放り込むと、横井はクリームパンの入った袋を開け、モフリとかじる。


「……俺も一人で食べてたから。寂しかった」


なんだろう。イケメンなのに孤独って新種の萌えに入るんだろうか。

モフリモフリとクリームパンをかじる横井。俺ももっしゃもっしゃおむすびを食べる。ふむ、横に人がいるって暖かい。


「二人とも、寒くないのか?」


モフリもっしゃていた俺たちを見下ろす一人の女の子。先ほど別れた有宮が、お弁当箱を持ちつつ立っていた。


「風が来ないし。今日は暖かいし大丈夫」

「ふむ、そうか。なら、ついでだ。私もお相伴していいかな」

「友達と食べないのか?」

「生徒会の用事が立て込むと思っていて、今日は断ったんだ。用事が思いの外早く済んでな。生徒会室で食べようかと思ったが、こういうのも悪くないと思って。どうかな?」

「横井、いいかい?」

「俺は、構わないけど」

「ということだ。いらっしゃい」


有宮は、俺は横井の横にいくもんだと思ったが、俺の横に座る。美形に挟まれた俺。オセロならひっくり返って美形になるんだが俺は不細工なままだった。神様のいけず。


まあ、三人で食事と言っても静かだ。三人とも喋らなくていいなら喋りたくない人間らしい。時折俺が有宮の弁当の可愛らしさ(プチトマトを入れてるとなんか可愛いと思うのは俺だけなんだろうか)を褒めたり、横井の口の下に付いたクリームを取ってあげたりという以外には動きがない。

そんな我々だから、10分で食べ終わった。40分の昼休憩の内、20分強余ったからお喋りタイムに以降。


二年からの文理選択はどちらに行くのか(三人とも文系だった。二人は頭がいいから理系だと思っていたのだけど)だとか最近どうよだとか。まあ、話はあまり弾まない。しかし時間はジリジリ潰され、5時間目開始10分前になった。


「ああ、すまない。5時間目は体育なんだ。もうそろそろ行く。なかなか楽しかった。ありがとうな」


そう言って去っていった有宮。有宮はクラスが4組で、俺達1組グループとは仲間外れ。うはっ、可哀想に仲間外れ!


「ん? というか、4組が体育なら、俺達、6時間目は……」

「4・5組が5時間目なら、6時間目は俺達だろうな、体育」


ああ、神様。エマージェンシー。


最悪の時間が来た。来てしまったよ。体育だ。


5時間目の英語を悲痛な顔で受ける。ああもう体育の先生次の時間だけでいいからドバイにテレポートしないかな。そんな馬鹿な願いも届かず、体育がやってきた。


一体全体、高校生にとって体育は幸福な時間らしい。けど、運動音痴な俺にとっては地獄でしかない。だってさぁ、成績で軒並み9とか10の中で体育だけは4なの。死ぬの。どんくらい運動神経が悪いかというと50m走10秒なの。笑えよ!


「……なぁ、横井。見学しちゃダメかな」

「……頑張れ。とりあえず、俺も一緒に走るからさ」


しかも季節柄、競技はマラソンである。ああもう、ペルシアが勝ちさえすればこんな下らない競技も無いのに!


「……それは申し訳ないから。横井は走れるんだから、頑張ってな。俺も出来る限り頑張るから」

「……頑張ろうな」


頭をポンと叩いた後、着替えるためにYシャツを脱ぐ横井。なかなかに筋肉質。たしか家が剣道の道場で、横井もやっていてかなりの腕前だとか。一方の俺はモヤシ。筋肉? なにそれパーリ語? みたいな貧弱体型だ。ああもうやだ。


体操服に着替え、横井と一緒に外へ向かう。ああうう。


校門の辺りにワラワラと集まっている男子の群れ。各自で体操をして、開始に備える。ちなみに女子は時間差でスタートなので校庭だ。

ルートは校舎の周りで、一周が約一キロ半。男子は3周で女子が2周だ。ああもうやだ。死にたい。


「うっす、俊明。やっぱ死にそうな顔してるな」


朗らかに笑う高村。こいつはスポーツ推薦なだけあってかなりやれる人間だ。スポーツリア充かつ恋愛リア充。死ね。5回死ね。


「もうやだ……。なんで体育なんてあるんだよ……」

「なかったら俺が困る。学校に来る意味がなくなるし」

「よーし! お前ら、そろそろ始めるぞ!」


テンションの高い体育教師。テレポートしとけって言ったじゃないか。


高村は最前列に陣取る。まあ、一番速いんだから妥当である。俺は問題なく最後尾。邪魔になるし。まあ、周回遅れになるから更に邪魔になるんだが。


「ゴールしたら、各自タイムを確認して記録用紙に記入しろよ。よーい……」


笛の甲高い音が響く。それを合図に皆が走り出した。俺も本気で走る。しかし、本気なのに遅れるんだよ、俺は。




一周もやっと後半。遠く向こうに小さく人が見える。最後尾も最後尾、一番遅いのが俺……と横井。

息を喘がせ走る。肺が痛い。多分皆には分からないだろうが、背骨が段々と痛んでくるんだ。運動不足とかマジで辛い。


「大丈夫か? とりあえず、焦らないで走ろう」


隣で走ってくれている横井に、ついつい辛くなり、泣きそうになる。横井は授業前にいったように、ペースをかなり落として俺と一緒に走ってくれてる。


「……もう、いいから」

「なにが」

「俺は、いいから……横井、は、速く、走りっ、なよ……」


このままだと、横井を巻き添えにして、横井の成績も悪くなる。少なくとも横井は推薦を貰えるんだから、ここで遅く走ってたらいけない。

というのに。


「……いやだ」

「ワガママ、言うなっ……!」

「成績とか考えてるだろ。俺はもう、一回目の測定でそれなりのタイム取ってる。一番速いタイムで判定するからもう十分なの。だから、お願い。一緒に走らせて」



ああもう、泣いていいかな。ふざけた理由で近づいた横井と、本当に友達になりたくなった。多分今、泣いてると思う。汗と一緒でバレないとは思うけど。


「俊明、大丈夫か? って、なんで横井もいるんだ?」


もう追い付いたのか、高村が追い越していった。不思議そうな顔でこちらを見たが、頑張れと言って走り抜けていった。

今回の一位は多分高村だろうなぁ。などと思いもしたが、まずは周回遅れを気遣おう。汗と涙をジャージの袖で拭きとり、走りに集中する。




周回遅れも慣れたもの。女子にも抜かされた。高村とは二回会った。もうゴールしただろう。

抜かされる度に横井をちら見していく皆。横井が速いっていうのは皆知っているので、こんなゆっくり走っているのが驚きなのだが、横井は特に顔色も変えず、時折俺を気遣うように声をかけてくれた。まあ、返す余裕が俺には無いんだが。


最終コース。肺は千切れてるような感覚。多分俺達が最後だ。ゴールしたら横井に謝ろう。そんなことを考えていたら、突然肩を叩かれた。横井じゃない。横井は今右側にいる。けれど叩かれたのは左側だ。

ぜぇぜぇ言いながら左を向く。


「大丈夫か、俊明」

「た、か……? どうして……ここ、に……」

「走り足んねぇからもう一周すんの。一緒に走ろうぜ」


ああもう、ごめん。ごめんな。馬鹿とか言って。本当にありがとう。今は口が利けないが、後で死ぬほど感謝しよう。

どれだけ俺は袖を濡らせばいいんだろうか。遠く向こうに、体育教師が立っているのが見えた。




校門に入って、俺は崩れ込む。肺が熱い。脚が立たない。そんな中で、高村が頭を撫でてきた。


「よく頑張ったな。んじゃ」


あ、とも言えないで高村は走っていった。校庭で待ってたらしい友達の群れに飛び込む。

ぼんやりしていたら、手を差し伸ばされる。横井だ。


「突然休むと身体に悪いから。疲れてるだろうけど、ちょっと歩こう」


息ひとつ切らさない横井。そりゃまあ横井にしたらジョギング程度の速度だもんなぁ。などと思いながら手を借りて立ち上がる。生まれたての小鹿的なスタイルで歩き、とりあえずウォータークーラーまで向かい水分補給につとめる。水ウメェ!


「……ありがとうな。横井」

「気にしないで」

「気にするなっていっても気にする」

「友達でしょ?」


友達なんてのはだ、マラソン大会で「一緒に走ろうぜ」と行って捨てていく奴のことを言うんだぜ! というか中学時代にそれを高村にやられたからな!

なんか、横井の友達像が実にイケメンだ。やはりイケメンは考えることもイケメンなんだな。俺がモテない理由が分かった気がする。


「……じゃあ、ありがとう。これで済ます」


とりあえず、息も落ち着いた。二人顔を見合わせて、小さく笑う。


きっかけは酷いもんだった。俺の男を落とすという馬鹿な考えが、実際のところ、俺が男に落とされてしまったようだ。

知人とは違う。友達。高村を除けば、初めてだろうなぁ。


ほのぼの考えていたら、校庭でざわざわしはじめた。そろそろ授業も終わりが近い。とりあえず、俺達は戻ることにした。




礼の後、皆が教室に帰る中、ちょっと横井に先に帰ってもらって俺は体育用具室に向かう。


中で、タイマーやらコーンやらを片付けている男は振り返り、俺を認めた。


「俊明か。どうした?」


高村は笑いつつ、こちらに駆け寄ってきた。俺はどうもドギマギする。なんだろうなぁ。相手が高村だからなんだが。


「ありがとうな。最後、一緒に走ってくれて」

「俺と俊明の仲だろ? 気にすんなよ。しかし、驚いたんだが、知らない間に横井と仲良くなってたんだな。一緒に走ってただろ」

「ああ。二人のお陰で本当に助かった」

「まあ、いつも俊明には勉強で世話になってるし。恩返しみたいなもん。しかしなぁ、俺も横井みたいに、俊明と一緒に走ろっかなぁ」


のんびりそう話す高村に、ついつい笑ってしまう。


「お前なぁ、中学の時にそう言ったくせにさっさと走っていっただろうが」

「……えっ?」


急に高村のトーンが下がる。顔を見ると何故か青ざめている。


「……俺、そんなことしてた?」

「忘れたのかよっ! ええと、中2の時だっけ? マラソンの時に一緒に走ろうとか行って、すぐに走っていっただろうが。あんとき結構傷ついたんだぞ――」

「ゴメンンンン! 俊明、ホンットゴメン!」


真っ青な顔を泣き顔に変えて謝る高村。ぶっちゃけこっちがビックリする。


「わざとじゃないんだ! 多分、忘れてて……」


まあ、こいつのことだからテンション上がりまくって忘れたんだろうなぁとは思っていた。馬鹿だけど悪いやつじゃあないし。


「気にしてないから。泣くな」

「けど、あれでしょ……? 中2ってたしか、俊明がよそよそしくなった頃じゃんか……。タカって呼んでたのが、高村とかお前とかになったし……」


たしかに、あのマラソンの件で、ちょっとプッツン切れた俺は、高村から離れた。タカという呼び方を止めたりした。しかし、向こうは気にする様子もないから、「えぇえぇ、運動出来ないブサ男は幼なじみじゃないんですな! 知るかよあんな馬鹿」みたいなノリで離れてった。けどまあ、それは高村が俺を嫌いになったからだと思ったからで。


「お願い……嫌いにならないで……」


男の泣き顔とか、本当にいらねぇ。女の子ならハンカチを渡すんだが。


「……とりあえず、タカ。掃除もあるんだし、さっさと戻るぞ」

「タカ!? ありがとう! 俊明がデレた!」


デレとか言うな。キショイ。抱きすがる高村改めてタカを押しやり、とりあえずは帰ることにした。


「しかしなぁ、本当に運動しなきゃヤバイな、俺。さすがに女子に侮蔑の目を向けられながら抜かされるのは、Mな俺にも辛い」

「俊明はどっちかと言えばSだろ」

「黙らっしゃい。とりあえず、普段から走るかねぇ」

「ならさ、俺と走らない? 毎朝走ってるから」

「いいかもな。けど、俺、距離も走れないし遅いぞ?」

「いいのいいの。俺と俊明の仲だろ?」

「……マラソンで捨てられた仲だがな」

「やめてー。もうそれは言わないでー」


タカを虐めつつ、階段を登る。タカは三組で階段の右側の教室。俺は一組で左側の最奥。


「そんじゃ! 帰ったらメールすっから。いつぐらいから走るか決めといてな!」


駆け行くタカの後ろ姿を見届け、痛む脚を踏ん張り俺も小走りに。そろそろ女子が帰ってくる。男子は教室で着替えて女子は更衣室で着替えるといううちの学校だから、早く着替えないと女子から弾圧されるのだ。


教室に入ると、一部の男子を除いて皆着替えている。俺も急ぐ。なんとかスラックスを履き終えたところで女子が来襲。ギリギリ制汗スプレーを吹き掛けて女子をお迎えとなった。


今日はホームルームも無いので、席を下げる。掃除がないのですぐに帰れるんだが、残念部活があるんだなぁ。


「前田。掃除ある?」


鞄をよっこいしょういちと肩に持つと、横井は横井でも委員長な横井が俺を呼び止める。


「無いよ」

「ならさ……あの、一緒に帰らないか?」


赤面横井。そうだよなぁ。意外なことに孤独キャラだったんだよなぁ横井。けど、本当にごめん。


「ごめんな。今日、部活あるんだ」

「そっか。じゃあ、仕方ない」


小さく微笑む横井。うぐぅ、まあ、図書部は基本自由参加だから普通は帰っても構わないんだけども、今日は残念なことに図書便りという機関誌みたいなものの制作会議があるんだよぅ。


「ごめんな。明日にでも帰ろう?」

「ああ。じゃあ明日」



ほのぼのした雰囲気で教室を出る。とりあえず、図書室のある二階までは共に行くことにした。といっても一階下りるだけなんだけど。


「それじゃ、また明日な横井」

「ああ。それじゃあまた」


久しぶりにクラスメイトとまた明日的な会話をした。話し相手はいても挨拶を交わすほど仲良くないのが俺だっ!


などと威張りつつ、ハイテンションで図書室に向かう。ニヘラニヘラ笑いながら会議に参加したら凄い奇妙な目で見られた。部長なんかは「キモい。死にたいのか?」とか言ってきたがガン無視した。そうしたら、生徒会に出した予算に数字上のミスがあったから訂正しに行けと言われた。キモいからという理由で。したっぱ気質な俺はホイホイ行くのだよ。行かなきゃ殴られそうだし。


という訳で、用紙をぴらぴらさせながら俺は生徒会室に向かう。実は俺、生徒会との外交官なの。ちなみのこのポジション、来年度の図書部部長がなるっていう職。つまり現部長はツンデレなんだろう。俺を成長させるためにツンを見せているのだろう。まあ、その部長は180cm越えた筋骨隆々の「図書部よりも柔道とかの方がいいんじゃないんすか?」と言いたくなる蝶野正洋似のナイスガイなんだが。ツンデレいらない。


まあ、そんな訳で生徒会室に行くのには慣れている。落ち着いた気持ちでノックを4回。すると可愛らしい声が聞こえてきた。


「どうした、前田? 予算に不備が見つかったか?」


生徒会室には、有宮だけがいた。他の人はいないのか。そう思ったら察したのか有宮は「今日は皆用事があるらしいんだ」と言ってくれた。


「残念ながらその通り。申し訳ない。何度も確かめたんだが、合計額を間違えていた」


紙を渡すと、苦々しい顔をする有宮。一方の俺は直立不動。気分は日本陸軍だ。


「……今後は気をつけてくれ」

「……それだけ?」

「まあな。まだ修正はきく。それに、ミスを責めてどうなるというんだ」

「いや。普段ならもっと怒られるんだが」

「どうした、怒られたいのか?」


有宮の、笑ってこちらを見上げる姿にぞくぞくする。うぉう、ヤバい。M心がくすぐられる。しかし、さすがに性癖を晒すのは紳士じゃないので首を横に振り断っておく。


「それじゃ、俺はこの辺で。ミス、ごめんな」

「ああ、ちょっと待ってくれ」


なんか、今日1日謝りまくってる気がする。そう考えつつ回れ右すると、有宮に呼び止められた。まだ何かあるのかと思い立ち止まり振り返る。


「さっきはお疲れ様。よく頑張ったな」

「……もしかして、マラソン?」

「ああ、先生に頼まれて教務室にプリントを取りにいく途中、ゴールした途端倒れ込んだお前が見えてな。運動は苦手なんだろう? お疲れ」

微笑んで俺を見る有宮。いやしかし。


「マラソンを走るのは普通のことだろ。遅いんだから、褒めるもんでもあるまい」

「そうかもしれないが、やり遂げた人間を褒めてなにが悪いんだ? ご褒美というものでもないが、甘いものをあげよう」


そう言って、ポケットの中から小さな包みを取りだし、俺の手のひらに載せた。小さなビニールの袋がリボンで口を閉められ、中にはいくつか茶色いものが。


「チョコレートだ。嫌いじゃなければいいんだが」

「甘味はなんだってジャスティス。ありがたく頂戴しようか。ありがとう」




生徒会室から出て、包みを開けて一つ口に放り込む。こいつはトリュフという奴じゃないかね。うめぇ。


そういえば、今日という日が変わったのは、もしかしたらこいつのせいかも知れない。バレンタインでノンチョコレートだったから、男を落とすとか馬鹿なことを決めた。それのお陰で、友達が出来、幼なじみと仲直りして、1日遅れの、向こうにはそんな考えないんだろうが、バレンタインチョコを貰った。


笑えてきた。やっぱり馬鹿になっていたんだろう。別に、モテるとか関係ないんじゃないかな。友達と笑って、幼なじみとふざけて、部活にいそしむ。そういうのも含めて、青春だ。別に恋をすることだけが青春ではあるまい。

口の中で溶けるチョコレートを転がしながら、俺は脳内の計画書に赤ペンでバツを書く。そうして、新たな計画書『高校生活改善計画』を作る。


明日から、楽しくなりそうだ。チョコレートを小さくかじり、俺は明日どういう高校生活を送るのかを描いてみた。

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