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アロエ  作者: 小日向雛
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第91話 理想の崩れる音

「ミミは優しい子だね」




耳元で囁かれたような目覚めだった。


住み慣れない部屋の中は寒く、ミミは鼻まで布団を被せて丸まっていた。


――お兄ちゃんの声だ。


まだまだ若々しい兄の声を思い出して、自然と笑ってしまう。


そうだ、自分が知っている兄はちょうど自分と同年代なのだ。


そして、あの笑い方は――


考えて、すっかり目が覚めてしまった。


続いて、お婆さんの怒鳴り声。


「かの子!!あんたもい学校行く時間じゃないのかいっ!」


「ちがうもーん!今日は学校お休みなんだもーん!」


お婆さんに負けないように声を上げて、布団からゆっくりと起き上がった。


観光業は一般と休日が逆転しているのが辛い。


学校がない日は仕事だし、普段学校へ行く日に休みが入る。


これが毎週続くとさすがにバレてしまうだろう。


のそのそと着替えて、朝食をいただいてから外に出た。













「えっ、万?」


昼頃にミミから連絡があった。


ちょうど万の部屋でゲームをしていたところで、自分の名前が出たことに万は少しだけ驚いたようだった。


『うん!三人で遊びに行かない?榊マン仕事終わったんでしょ?』


つい先日まで万には金利関係の仕事が舞い込んでいた。

ずいぶん大変そうだったが、どうやら無事に終わったようだ。


「んー、でもさ、俺たち依頼あんだよね」


断ろうとすると、携帯電話の向こうからむすっとした声が聞こえてきた。


『何よ、どうせゲームの練習するだけでしょー?』


「そーだけどさぁ」


『一日くらいぱぁっと遊ぼうよ!ミミがごはん奢ってあげるからー』


そんなにしつこく言うなら、断る理由もない。


了解して電話を切り、春平は自室に戻って着替え始めた。


「乙名のFD家にあるよな」


部屋を出てから交通手段のことを思い出し、体を反らせてひょこっと首だけ戸から出して尋ねる。


「車のことですよね。今日は乙名さん歩いて行ったからありますよ」


「んじゃそれ借りるか」


スポーツカーなんて乗ったことがないので心が踊る。


乙名は嫌な顔をするかもしれないが、そんなこと知ったことか。


この間自分に嫌味を言った仕返しだ。


にやにやしながら春平は着替え、自分の免許を確認してから妙安寺を出た。













有名テーマパークは平日でも大にぎわいだった。


さんざん遊び倒して疲れたのか、後部座席でぐっすり眠っている10代二人を乗せて、春平はすっかり暗くなった夜道を走っていた。


眠っている姿は子供か天使のようで、二人ともちょっと前までは高校生だったんだなぁとしみじみ思ってしまった。


寺門や井上からしたら、自分も同じようなものなのだろうが。


「ほら、着いたぞ」


橋本宅から少し離れたところに車を止めて背後に呼び掛けるが、二人とも起きる素振りを見せない。


「おーい、起きろって」


言っても「うー」とか「むにゃむにゃ」言うくらいだ。


もう時刻は夜の10時を過ぎている。


仕方なく春平は手元のボタンを押した。


途端に後部座席の窓が開き、冷たい夜の風が入り込んできた。


パチッと、今まで閉じていた4つの目が全開する。


「寒い――――――!!」


ミミが飛び起き、万は無言で体をぷるぷると震わせていた。


「よし、目が醒めたな。ミミちゃん、降りなさい」


「うー、人がせっかく気持ちよく寝てたのに……」


「明日も仕事なんだから」


「はいはい」


面倒くさそうに返事をして、ミミは横に座る万をぎゅっとぬいぐるみのように抱き締めて頭をぐしゃぐしゃと撫でていた。万は何の反応も示さず無言でされるがままになっている。


「よーしよしよし。じゃあ戻るね」


満足したのか、ミミはドアを開けてさっさと出ていってしまった。


「待って待って。大輔も一緒に行った方がいいだろ」


「大丈夫。今日は大輔と遊ぶんだって一言も伝えてないから」


「わかった。気を付けてな」


「じゃね」


あっさり橋本宅の方へ戻ったミミの背中を見て、万は嬉しそうな声音で呟いた。


「ミミさん、楽しそうでしたね」


「……お前もね」


「……楽しいです」


そうやって素直に喜ぶ姿は、年下の右京よりよっぽど年下に見えた。


「んー、まぁ、ミミちゃんも世界で一番大好きな万と遊べて大満足なんじゃないかな」


それは、ほんの軽口として言ったつもりだった。


いつものように「僕もミミさん大好きです」なんて言うのかと思っていたのだが――


「…………」


今まで嬉しそうな表情だった万の顔が、氷のように冷たくなった。


怒っているわけではない。

むしろ、焦っているような表情だ。


「どうした?」


予想外の反応に急に不安になり、春平が体ごと万を振り返る。


「ミミさん……そんなこと言ってたんですか?」


怯えるような声に春平が萎縮してしまい、しどろもどろに返事をしてしまった。


「え?あ、う、うん」


「殺された家族みたいに、優しいから、と言っていましたか?」


心臓が脈打った。


鼓動が早まる。


万の口から「殺された」なんて単語が出てきたことが妙に生々しくて、春平はその場にそぐわないひきつった笑みを見せた。


「あー、あぁ。そっか、そりゃ仲間の素性くらい知ってるか。俺のときみたいに事前にプロフィールか何か見たんだろ」


そんなことを聞いてどうする。

できれば聞き流してほしかったのだが、万は一字一句しっかりと聞いていた。


「どうしてかって……」


万は目を見開き怯えた表情のまま、春平の目を見つめた。




「僕の両親が、ミミさんの家族を殺したからですよ」



「――――――」


呼吸が、止まる。


車内の空気が一気に冷え込んだ。


「僕の両親は、人の不幸を嘲笑うのが大好きな人でしたよ」


苦笑しながら言う万に胸を締め付けられるような感覚がした。


「僕と同じ血を分かつ両親でしたけど、本当に人の不幸が大好きで、世界には自分という人間しか存在しないという持論を素で言う人たちでした」


「僕と同じ」と言っているところが、すごくひっかかる。


まるで自分もその両親と同じだと言っているようで……


「でも、お前は榊万だ」


言い聞かせる、というよりは屈させるように圧力をかけて春平が言うと、万は見たこともないような静かな大人の表情で自分の膝を見つめていた。


「ミミちゃんは、お前は人のことをよく考える優しい人間だと思ってる。それは俺も同じだ。はっきりと聞いたことはないが、井上さんだって乙名だってそれがお前に対する評価だと思う」


「……」


「言い訳はさせねぇからな。お前自身がどう思おうが、他人に与える印象は『それ』だ」


怒髪天を突く、とまではいかないが、春平の頭には少なからず血がのぼっていた。


まさか万は両親が犯罪者ということで引け目を感じて自分の意見をあまり言わないようになったのかもしれないと思ったからだ。


それで自分は悪かもしれない、そう思っている。


でもそう思うことこそ両親とは違うのだと言うことにこの少年は気づいていない。気づこうともしない。それが腹立たしかった。


万はふっと頬を綻ばせ春平を見上げる。


何かを悟ったような安らかな表情だ。


「僕はきっと、世界の真ん中になりたいんです」


「……?」


「僕が人に優しくすれば、きっとみんなも人に優しくしようという気持ちになる。そうなったら、みんなが優しい人間になれるんじゃないかって……だから僕は、いつでも人に優しくあろうと思っています」


安らかな表情。


しかしそこから、ぽたりと大粒の雫が滴った。


「そう、仮面を被っているだけなんです。僕は、みんなが言うような人間じゃない!」


「万っ!」


自己否定しようとする万に怒号を向けるが、万はそれ以上に大きな声で叫びだした。


「僕はずるい人間です!自分の両親がずるい人間で人殺しだと認めたくないから、必死にそれを隠してる!みんなの評価が怖いから、人に優しくしているだけだっ!ミミさんにだって――嫌われたくないから、僕の両親がミミさんの家族を殺したなんて言わずに隠してる!僕はミミさんを騙してるんですよ!!」


黒くふわふわとした髪の毛をグシャグシャにかきむしって万は悲鳴にも似た声を上げている。


――駄目だ、壊れるっ!


瞬時に心が判断し、春平は万を抱き締めようとするが、自分の席のすぐ後ろに座っている万に触れることはできない。


「――畜生っ」


一度車の外に出て後部座席に行った方がいい。


春平はシートベルトを外してドアから身を乗り出し――


硬直した。






車の後ろに、呆然と突っ立っている人影がある。






ミミが、こちらを見つめていた。






「ミミちゃん……」


春平が呟くと、万はハッとして車を飛び出した。

そしてミミと対峙する。


ミミはいつものような明るい表情を浮かべず、強張った顔で恐る恐る口を開いた。


「……今の話、本当?」


「――――――」


全身から嫌な汗が吹き出した。


――そうだ、窓が開けっぱなしなんだ……。


それであんな大声を出していたら、聞きたくないことだって聞こえてくる。たとえば今日みたいな会話だって。


「榊マンの両親がミミの家族を殺したって……」


何も反応できなかった。


否定することはできないし、だからといって頷くことも憚られる。


硬直する2人の様子を当然ながら「肯定」と取ったミミ。


ゆっくりと自分の手のひらを見つめながら側頭部を押さえ


途端に涙腺が決壊した。


「―――――――――――――――――――っっっ!!!」


人間の耳では知覚できないような甲高い悲鳴を上げて、その場に崩れ落ちた。


異常なほどに号泣し、もはや汗なのか涙なのか、鼻水なのかさえわからない。


頭を押さえていた両手は髪の毛をかきむしるがそれではあきたらず、何度も何度も引っ張って引き抜こうとしていた。


「ミミちゃん!」


次第には自分を殴る自虐行為に出たミミを見て、春平はもう押さえつけるしかないと判断した。


そしてミミに駆け寄ろうとしたが、ふと目に入った万の姿が春平の足を引き留めてしまった。


万は先ほどのように叫ぶこともせず、ただ脱け殻のように呆然と地面を見つめていた。


ぶわりと突風が吹いて万の体が揺さぶられ、抵抗する気力を失った万はそのまま地面に倒れ込もうとする。


「!」


慌てて抱き止めるが、万は無反応だ。


そうしている間にもミミは何事か叫びながら自虐行為を続けている。


どうすればいい。


全身から血の気がひいていく。


もはやこの場を一人でまとめるのは無理だ。


そのとき


絶望的になった春平の頭を、誰かが背後から乱暴に撫で付けててきた。


驚いて振り返ると、そこには真剣な表情をした乙名が立っていた。


春平の頭を撫でながらミミを真剣に見つめていた乙名の顔が自分を向く。


目が合うと、少し驚いたような、困ったような笑みを見せた。


「お前が泣きそうになってどうする」


「……うん」


弱々しく返事をすると急に涙が溢れそうになった。


これほど乙名を頼もしいと思ったのは初めてだった。


春平が必死に涙を堪えていると、春平に代わって乙名が万を抱き締めた。


「よしよし、帰るか」


背中に回した手で万をぽんぽんと撫でながら、乙名は何食わぬ顔で春平を振り返る。


「俺はこのまま万を連れて帰る。お前はミミちゃんを橋本さん家に帰して、ベッドにしっかり寝かしつけてから帰ってこい。お前のバイクならここにあるから」


確かに春平のバイクが停められている。


乙名はこれに乗って駆けつけたのだろう。


「いいか、落ち着くまで一緒にいるんじゃねぇぞ。横にさせてから帰ってこい。話なんかするんじゃねぇぞ」


いつになく厳しい言葉の乙名。


まさかこんな状況でもミミに現実を見せろと言うのだろうか。


そんな春平の不満は乙名には見透かされていた。


「ちんけな言葉はミミちゃんには届かないって意味。ほら、行け」


乙名に促されて、春平はミミに駆け寄った。


何度も髪を抜こうとするミミの腕ごと乱暴に抱き締めると、ミミは動かなくなった。


ただ、依然ものすごい勢いで泣いている。


「やだっ、やだ!!」


「大丈夫、大丈夫。俺がいるから」


さらに強く抱き締めると、ミミは春平の胸に顔を埋めた。


しゃくりあげてはいるものの、悲鳴をあげるのは止めたようだ。


ようやくほっとしてミミの背中を叩き、そのまま抱き上げた。


ミミの体はくにゃくにゃと柔らかく、羽のように軽かった。

必死でしがみついているので落ちはしないだろう。


「ミミ……」


泣き続ける彼女の耳元で優しく囁き、春平は橋本宅へと向かった。


できればお婆さんには出会いたくないなぁと内心思いながら。





実家のなんと恐ろしいことか…


今日までずっと俗世と離れていました←



さて。

ようやく更新できました。

あと2話かなーというところです。

乙名、かっこいいですな。

今のうちにいっぱいかっこいいところでも見せてもらうことにしましょう。


次回、1月中なのは間違いないでしょう(^o^)


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