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アロエ  作者: 小日向雛
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第83話 疑惑、好き、嫌い。

「いやーっ、おばけーっ!!」


そう言って抱きついてきたミミをそのままに、春平は何度も頭を下げた。


乙名は両手を広げてミミを待った体勢のまま静止し、何を思ったのか万がのろのろと乙名の胸に飛び込んだ。


「よーしよし、お前は可愛い奴だなぁ。このままだと俺が可哀想だと思ったんだろー」


万の頭をかいぐりかいぐり撫でる乙名を無視して、春平は謝り続けた。


「初対面から失礼な態度しかとれない奴らで本当にすみませんっ」


「いえ、いいのよー。正田さんの仲間だもの、きっといい人ばっかりなのねぇ」


右手をヒラヒラと力なく顔の前で振りながら否定するのは佳乃の母親。


娘はすっかり不登校を脱出して元気になったというのに、母親だけは相変わらず落ち窪んだ目の下にくまをつくり、頬が痩けた細い体だ。


今日は佳乃が直々に妙安寺の皆を家に招待したいということで依頼をしてくれた。


お金はいらないと言ったのだが、正規の手続きをしてちゃんとお金は払うと頑なだったので甘えることにした。


本当は井上も呼びたかったのだが寺の仕事があり来れないということと、乙名の提案で今回の依頼に関わっている人間だけで向かうこととなった。


「こんにちはっ!さぁ皆どうぞっ」


満面の笑みで玄関口に飛び出して来た佳乃は楽しそうに春平の手を引いて家の中へと連れ込んだ。後ろに乙名、ミミ、万が続き、のろのろと母親が玄関を閉めていた。


豪華なソファに座らせられて紅茶を差し出され、普通なら恐縮するところも妙安寺メンバーは当然のようにリラックスしている。


とくに乙名は紅茶を配る佳乃を、隣に座る万の肩に腕を回しながらうっとりとした目で見つめていた。


「佳乃ちゃん、ねぇ。数年後が非常に楽しみな子だ」


「おいおいおいおい。中学生だぞ、やめろ」


「乙名さん……犯罪のにおいがする」


「む、そういう下心しかない男たちめ。俺は純粋な目で佳乃ちゃんを見てるだけだ」


春平と万がいぶかしげな視線を向けるが、乙名はまったく動じた様子もない。

ミミに至っては、乙名の方を見ようともせずに優雅にお茶を飲んでいた。


そうこうしているうちに乙名は佳乃に話しかけはじめ、ついでに万も加わっていた。


「のんきだよねぇ」


毒づいたのはミミだった。しかし誰も聞こえていないようで、それぞれが楽しそうに話していた。


ただ一人ミミの呟きを聞いた春平は渋い顔をして紅茶のカップを持っていた。


「それは誰に対しての言葉?」


突っ込むと、ミミが珍しく春平をじろりと睨みつけて言った。


「誰だと思う?」


「……」


冗談とは思えないような雰囲気のミミに言葉を失い、春平が硬直していると


「あはは」


ふいにミミが弾けるように笑い出した。

ぽんぽんと春平の肩を叩いて「そんな顔しないでよー」といつもの調子だ。


あまりのギャップについていくことができず、春平もあははと苦笑すると、ミミは立ち上がって春平のそばを離れていった。


おそらくトイレに行ったのだろうと思われるミミの後姿を確認してから、春平は安堵のため息をついていた。


「愉快な方々ですね」


そんな言葉を漏らしたのは佳乃の母親だ。


相変わらず生気のない顔で微笑んで春平にお菓子を差し出している母親を見て、春平も微笑んだ。


「愉快すぎてご迷惑かけます」


「まさかそんなことはありませんよ! 本当に楽しくてしょうがないんです」


佳乃が。

分かりきったことなので母親はそう言わなかったのだろう。

万や乙名と楽しそうにはしゃいでいる佳乃をいとおしそうに見つめて、母親は自分の手元に視線を落とした。


「正田さんには、本当に感謝してもしきれません。佳乃がこうして笑いながら学校に行っているのだって、ひとえに正田さんのおかげなんですから」


「お母さん、それは違いますよ」


ともすれば言葉を続けそうな母親を制して、春平が言葉を紡ぐ。


母親は意外そうに顔を上げて春平を呆然と見つめている。


「今もこうして楽しそうに笑っているのは、佳乃自身が戦ったからですよ。佳乃が笑おうと思ったから、笑えているんです。今の佳乃がいるのは、佳乃が頑張った証拠です」


「正田さん……」


「だから、すべて俺のおかげだなんて言わないで、佳乃が頑張ったからなんだって認めてあげてください」


母親から返ってくる言葉がない。


ただ呆然としていた顔が、花が咲いたようにぱっと明るくなっていった。


「そうね……そうですね! ありがとうございます、正田さん」


「いえいえ」


「あの子をしっかり認めてあげなきゃね。あの子には、せめてあの子には幸せになってもらいたいから」


そんなことを呟いて、母親は春平から離れた。


――せめて、あの子には……?


一人残った春平は、胸の奥に妙なひっかかりが残っているのを感じながら紅茶をゆっくり喉に流し込んだ。









翌日。


放課後になり生徒がめっきり減ったところで、乙名が便利屋メンバーを終結させた。

もちろん人目につかないように、だ。


春平は組織の目をかいくぐっての行動なので危険がともなうのだが、それでもと乙名は言い張っていた。


「学園長が全員と一度会食でもとおっしゃられてな」


少し不満げな乙名をいぶかしみながら、三人は乙名の後をついていった。

夕焼けに染まった寒空の下でミミがぶつぶつと文句を言っているのに乙名が鼻の下を伸ばしながら対応し、春平と万が先陣を切って集合場所へと向かっていた。


4つほど離れた駅、さらに20分ほど歩いたところに高級そうなレストランがあった。


はたして制服姿で入っていいものなのだろうかと思いながらおそるおそる向かうと、案外簡単に通されてしまった。


大きなシャンデリアの下で退屈そうに窓の外の景色を眺めていた学園長に頭を下げながら席につき、さっそく乾杯となった。

未成年の二人はソフトドリンクだが、春平と乙名は学園長の言葉に甘えてアルコールを入れることにした。


「いやぁご苦労様。とくに春平くんは率先して活動してくれているみたいで」


「いえいえ、まだ何も成していませんのでその言葉は少々早すぎかと」


春平がそっと言葉を正すと、学園長は苦笑した。


「そうか、ついつい気持ちが急いでしまって」


珍しく馬鹿騒ぎをしない妙安寺のメンバーにほっとしながら、やっぱりやるときはやるプロフェッショナルだなぁと改めて認識して、春平はぐいっと酒を煽る。


しばらく他愛のない話をして盛り上がり、酒を入れている三人組の顔が赤らんだところで、学園長が肩肘をテーブルにつきながらため息をついた。


「お、ついに酔いつぶれますか?」


「まだまだそこまではいかんっ。こんな店で酔いつぶれてはそれこそ笑いものだ。居酒屋でもあるまいし。そうじゃない、そうじゃないんだよ……」


急にテンションが落ち込み、五人を包む空気がしーんと冷え切ってしまった。


それに茶々をいれるようなまねはしない。

ただ、学園長の言葉を待っていた。


「……天使の話を、してもいいかな」


天使。


とんでもない単語が聞こえて便利屋メンバーの目が丸く見開かれた。学園長はまったく気にしていないらしい。


「昔昔に、我が学園には天使がいたんだ。とても美しい天使だ、天使……」


どこかうつろな目で呟く学園長を見て、ミミが参った表情を春平に向けてきた。そろそろ出た方がいいのではないかという合図だ。


さすがにこれ以上飲んでは大変なことになるだろうなと思いながら、とりあえず学園長の話が終わるまで待つことにした。


「しかしふわりふわりと飛んでいって私の手元から消えてしまった。そしてあいつが、天使を八つ裂きにしたんだ」


「……」


誰かがごくりと唾を飲み込んだ音が聞こえた。


「またあいつは、俺から天使を奪おうとしているんだ」


「……あい、つ」


つぶやいたのは春平だった。

しかしそのつぶやきを学園長が拾うことはなかった。


あいつとはつまり、組織のボス……。


確信して、春平は胸にちくりと何かが突き刺さったような痛みを覚えていた。


それきり学園長の口から天使という言葉が出てくることはなかった。




学園長と別れて帰路についていると、突然万が「あー……」と情けない声を漏らした。


「どうした万?」


「ごめんなさい、学校に忘れ物」


両手を合わせて謝る万を見て、乙名が頭をぼりぼりとかいた。


「そんなの明日でいいだろ」


「どうしても今日やらなきゃならないことなんですけど……」


「仕事がらみ、か」


「はい」


急に真剣な面持ちになった乙名は春平を見つめて「ミミちゃんを頼んだ」と言い残して万と一緒に学校へ向かった。


取り残されたミミと酔っ払いの春平は、

「仕方ないから二人で帰ろうか」

と二人とは別方向に歩き出す。


「やったー、春平ちゃんと二人っきりでお帰りだー」


嬉しそうに春平の腕に抱きついて、ミミは満面の笑みを浮かべていた。


「これで早く帰ってお風呂入っちゃえばもう乙名と顔合わせずにすむなぁ」


本当に嬉しそうにミミが言うので、さすがに春平も苦笑いを浮かべた。


そんな春平の様子を見て、ミミはぷくっと頬を膨らませた。


「何が面白いのよー。あ、それとも自分も嫌われるんじゃないかって思ってるとか?」


「え? あ、いや」


「心配しなくても春平ちゃんと榊マンと井上さんはだーいすきなんだっからっ。本当に、本当に大好きなのー!」


「はいはい……」


「呆れるなぁー! 春平ちゃんが望むならミミ、何でもしてあげるんだからー……」


そこまで言って、ミミは真っ青な顔で口を押さえた。そのての話題を春平に振るのは危険だとあらかじめ資料で知っていたのだろう。


しかしすでに酔っ払っている春平は渋い顔はするものの、決して嫌な気分はしていなかった。


「大丈夫、今は酔っ払ってるから気にしてないよ」


くしゃ、と優しくミミの頭を撫でると、ミミは嬉しそうに頬を弛緩させた。

暗闇の中で、ミミの顔だけが明るく輝いているようにさえ見える。


しかしその光の中に、一筋の陰りがあることに春平はうすうす気づいていた。


「本当に、俺のこと好きなの?」


かまをかけるように言うと、ミミは心外といったような表情をしていた。


「好きよ」


「そう、……なんかさ、そうやって自分を正当化しようとしているように見えるんだよね」


「――――――」


ミミの表情が凍りつく。


同時に、言ってはいけないことだったと反省した。

あまり考えずに口がすべるあたり、酔っ払うのは怖ろしいと思う春平だった。


だからといって口はふさがらなかった。


「まるで俺が好きなのが正しくて、乙名が嫌いなのが当たり前みたいだ。まるで」


春平はミミをじっと見つめて、目を細めた。


「乙名を嫌いじゃなきゃ駄目みたいな雰囲気だ」


本当は嫌いじゃないのに。


無理やり自分に言い聞かせているみたいに。


二人の時がその場で止まった。


凍りつく真冬のような空気が二人の肌を刺激する。








夜が更けてから行く学校は、独特の雰囲気を見にまとっていた。

すでに時刻は夜の10時を過ぎていて、部活動をする生徒もめっきり減ってしまっていた。唯一残っている部活もそろそろ帰り支度を始めているのだろう、明かりは驚くほどに少ない。


乙名と万はうすい明かりが灯っている廊下を靴音を鳴らしながら歩いていた。


奇妙な静けさの中で何重にも響く音を聞きながら、ようやく教室にたどり着いた。


当然のように無人の教室に入って、万は自分の机から書類を取り出していた。


「おいおいおいまさか重要書類を学校に置き忘れたとか言うんじゃないだろうな」


さすがに冗談にならない行動だとして乙名が少し厳しい口調で言うが、万はふるふると首を振った。


「僕のこと馬鹿にしてるんですか」


「……悪い」


ぼりぼりと頭を掻きながら机に腰かけて、万から書類を受け取った。


そして目を見張る。


「――なんだこれ」


乙名の手の中にあるのは、何も書かれていない白紙だった。


だが、乙名が顔をしかめたのもほんの一瞬だった。


勘付いた乙名がハッとして白紙を机に置き、真剣な表情を万に向けるのと同時に万が口を開いた。


「お話が、あります」


――だろうな。


つまりまだ他のメンバーの耳には入れたくないような内密な話があるから二人っきりになりたかった、ということだろう。


乙名が見透かしているのを前提に、万が少しだけ顔を伏せた。


「まだ確信が持てないので、手遅れになる前に責任者である乙名さんにだけ話そうと思って」


「――言え」


ぐっ、と息を呑む音が聞こえてきた。


「……学園長が、裏切っている可能性があります」


「そりゃあお前の想像の話だろ。もっと具体的な話をしろ」


「行き先不明のお金があるんです」


「何?」


お金、というと学園の予算の話なのだろう。こちらも同様に春平とミミには内密に行動していることなのだろう。


唇をもてあそびながら乙名は考え込み、万を鋭い目で見つめた。


「それが、学園長が組織に送っている金だと見込んでいるわけか」


「さすが乙名さん」


「だけどそれだけじゃあ納得はできないな。もしかしたら学園の金を私利私欲のために作っているだけの可能性もある」


「天使」


乙名の言葉を遮るように、万が確信めいた声を漏らした。


その言葉に、乙名の動きが停止する。

天使。それはついさっき学園長が言っていた言葉だ。いとおしい存在を見つめるような目で。甘く柔らかい声で。


「その天使のことを、組織のボスが呟いていたとしたら……」


目を見開いたまま、乙名はゆっくりと視線を逸らした。


なぜ二人が共通の「天使」という言葉を使っている?


天使とは一体なんだ?


それよりも二人が「天使」の存在を知っていると言うなら――


「二人の間に、何らかの関係性がある。それも、金が絡むような親密な関係に」


「分かっていただけましたか」


万が安心したように息をついたが、乙名はむしろ安心できなかった。


学園長が一体何をたくらんでいるのか。まったく検討がつかなくなった。


願わくば、便利屋を貶めようとしていないことを。


しかし自分たちが気にすることは――


瞼を閉じて気持ちを整理する。


――そう、そうだ。俺は今何を考えるべきなのか。


そしてゆっくりと瞼を開けて、目の前の万ににっこりとした笑みを向けた。


「忘れ物も回収したことだし、帰ろうか」


ぽんっ、と頭を撫でて教室を出る。


再び不気味な廊下を歩いている二人の背後。


音もなく暗闇の中で突っ立っている人影がいた。


肩口で綺麗に切りそろえられた闇に溶け込む黒髪、清楚な制服。

身にまとう、独特の妖艶な雰囲気。


桜春子は、闇の中に消えていった乙名と万の方向を見て、悪戯っぽく微笑んでいた。



更新が大変遅くなったことを本当に申し訳なく思っています><

これから定期的にできるように心がけたいです!


さてさて。

佳乃のお母さんの意味深な発言。消えた謎の金。そして両方に共通している、天使。

徐々にキーワードが揃い、物語が見え始めています。

そしてもうひとつ。ミミちゃんの影。

さらに!謎の少女春子ちゃんが乙名と万の話を聞いていました!

次回、物語が急展開します!!

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