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アロエ  作者: 小日向雛
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第81話 組織加入

冬の空は惚れ惚れするほどの青を頭上に広げていた。


学園を出て電車を乗り継ぎ新幹線に乗って、ようやく二人は目的の場所へとたどり着いていた。


目の前には見る者を圧倒する木造の門、広がる手入れの行き届いた庭園、何軒もの家が収まるであろう敷地に悠然と存在する武家屋敷。


門に入る前に春平は美保を振り返り、覚悟したように言った。


「今まで隠してたけど、実は俺、ここの家の将来の婿養子としてずっと生活してんだ」


門の側面には太く雄々しい筆跡でこう記されている。


『袴田組』


ちなみに『将来の』婿養子と言ったのは、風間有彦の年齢では法的に婚姻できないからである。


「………………」


この事実にはさすがの美保も言葉を失ってしまったようだ。


唖然とする美保の手を引っ張って門を潜ると、そこでは中腰になった男たちが花道を作って厳つい顔で待ち構えていた。


「お帰りなさいやし、若!」


うんうんと満足気に頷きながら玄関へと向かう。


気付けば美保が顔面蒼白で春平にしがみついていた。


「若、奥にお嬢さんがお待ちです」


「あぁ、ありがとう」


そのまま靴を脱いで上がり込む。


木のほのかな薫りをいっぱいに吸い込みながら奥の襖へと向かった。


「ただいま」


そう言うと、20畳間の上座に、艶やかな着物姿の美羽が柔らかい微笑みを浮かべて正座していた。


お帰りなさい、とは言わない。ただ優しそうに微笑むだけだ。


その様子を見て、美保は口をぱくぱくとさせている。


「え……な、なに。この子、ここの娘?有彦の……奥さん?」


「未来の奥さん、ね」


何のてらいもなく春平が言うと、美保は何も言えなくなってしまい、未だ無言をつらぬく美羽をまじまじと見つめていた。


「――私、帰る」


突然、美保は顔をしかめると春平の腕を乱暴に放した。


「帰るの?送るよ」


「やだ。――あ、ごめん。……大丈夫、ひとりで帰れるから」


悔しそうに微笑んで、美保は春平に背中を向けた。


「あ、美保!」


その背中に慌てて声をかける。

美保は振り返らない。


「このこと、他言しないでね。美保にしか教えてないんだから。その、サークルの先生以外には秘密にしててくれる?」


「分かってるよ。それじゃ、バイバイ」


早足に部屋を出て、美保はパタパタと足音をたてながら玄関を出ていった。


部屋の窓から美保が完全に門の外に消えるのを確認して、春平は美羽を見つめた。


口に人差し指を当てて『まだ喋るな』と暗示し、手まさぐりで制服や髪の毛を点検する。


その作業が終了してから、春平はへなへなとその場に座り込んだ。


どうやら盗聴器は仕込まれていないようだ。


口をつぐんだまま心配そうにする美羽を見て、春平はそっと微笑んだ。


「わがまま言ってごめん。皆さんにも『若』なんて呼ばせちゃって」


「大丈夫ですよ。お仕事のお役にたてられたなら。それに――未来の奥さんって言ってくれたし」


恥ずかしそうに、美羽は頬を染めて視線をそらした。


「……」


最近は毒気の強い女の子に囲まれていた春平にとって、美羽のその反応は初々しく、春平の心をくすぐっていた。


むず痒くてもどかしい思いになりながら、春平は美羽に少しだけ近づいた。


恥ずかしそうな美羽を見て内心ほくそ笑みながら、春平はゆっくり目を閉じる。


「ごめんね。お客さんを依頼に巻き込むなんて最低だ」


「っそんなことないです!春平くんの力になれるなら、何だってしますよ!」


力強く断言する美羽は、勇ましい。


本当は清住や久遠の家に呼ぶことも考えていた。

しかし便利屋という立場が割れている可能性が高い中、本社の存在に近づけることだけは何としても避けたい。


だからといってわざわざ美羽を家に呼び出して、その後アパートに被害が加わる可能性も拭えないのだが――


――美羽のバックに極道が絡んでるなら、自ら首突っ込むことはないだろうな。


組の人たちも春平の立場を理解して『若』と呼び、決して名前を言わないということも守ってくれていたようだ。


上出来だ。


「わざわざごめんね。夜になってから、ちゃんと組の人にアパートまで送ってもらってね。俺は送れないから……」


「目撃されたら困るから、ですか」


「うん。だんだん分かるようになってきたね」


言葉の裏を読む美羽の進歩に感心しながら言うと、美羽はむぅっと頬を膨らませた。


「馬鹿にしてますねー。どうせ私は馬鹿ですよーだ。春平くんの周りにいる女の子たちみたいに勘も鋭くないしー」


「そりゃプロと比べちゃしょうがないだろ」


顔を真っ赤にする美羽の頭を優しく撫でて、春平はほっと肩の力を抜いた。


その後美羽の父親たっての希望で夕食をご馳走になり、10時を過ぎてから妙安寺へと戻ることになった。









「あれ?乙名は?」


帰宅後、妙安寺のどこにも姿が見えないことを指摘すると、ミミはぷん、と少々怒り気味だった。


「可愛い彼女のところに行ったんじゃないのぉ」


「……彼女いるんだね」


「不特定多数ですよ」


部屋から出てきて、万が居間へとやってきた。

それだけ言うと、ミミの横に座って体をこてんと預けてた。


「うー榊マン、そんな救いようのないこと言わないでよぉー」


ミミは万の頭を執拗に撫でながら猫なで声で言った。


はたから見て、春平はそこまで怒りを覚えるミミを不思議に思っていた。テーブルに肘をついて身をのりだし、ミミを見つめる。


「なんでそんなに怒ってんの?いつものことじゃん」


普段ならこんなに怒ることはない。ただ呆れ返って『もう乙名とは話してやんないっ』などと言い出すのではないのか?


するとミミは怒りの表情を徐々にふてくされたように歪めて恥ずかしそうに口を開いた。


「嫌なのよ、女の子をもてあそんでとっかえひっかえするのが。そうやって傷つく人がいることも理解してほしいの。乙名が次々女の子を変えていって、それじゃあ残された子はどんな思いをするのかな?考えてないよ、きっと乙名は」


「……」


「それは自分がそんな酷い目にあったことがないからできるんでしょ?腹が立つの。だってそれがまるで――」


そこまで言って我に返り、ミミは慌てて口をつぐんだ。


ちらりと春平の顔色をうかがうと、一切笑わずに顔だけを紅潮させた。


「……しゃべりすぎちゃったぁー」


「……」


「何よ春平ちゃん、真面目な顔しちゃって!深く考えないでよっ」


そう言うとミミは春平の頬を身を乗り出してムニッと引っ張った。


その表情が恥ずかしそうな、おちゃめなものだったので毒気を抜かれてしまった。


気の強い、ぐいぐいと押してくる女の子だと思っていたのにその反応は新鮮で、思わずぷっと吹き出してしまった。


二人の様子を、万が羨ましそう指をくわえて見つめていた。


「混ざる」


それだけ言って万は身を乗り出し、女性のようで細く繊細な指で春平の頬をぶにっと伸ばした。


「なっ」


「あははー!何それ榊マン楽しー」


ミミはそのまま手を万の頬に伸ばし、引きちぎれそうなほどにににと引っ張った。


「……何をやってるんだお前たちは、いい歳になって」


そこに呆れ顔の井上が出来の悪い子供を見守るような風体で現れた。


机を挟んで三角形になった状態で頬を引っ張り合う3人は主人の帰りを待っていた子犬のように人なつこい笑顔で井上に「おかえりなさーい」と声を揃えた。


何だか奇妙な光景ではあったが、こんな仲の良く人を信用しきった壁のない人たちは大好きだった。

変人なんて関係ない。


そう思ったときから自分も変人になってしまったのかもしれないと思うと笑が止まらない春平だった。









深夜。

全員が寝静まった3時に、からからと遠慮がちに扉が開く音が聞こえた。


靴を脱いでゆっくりと家の中に侵入し、気付かれないように部屋へ向かおうとしていたところを――春平が廊下の真ん中で立ちふさがった。


もちろん、額に青筋を浮かべて。


「お帰りなさい乙名くん?」


春平の毒気のある声に、乙名はびくりと肩を震わせ、ごまかすように苦笑した。


「あ、あははー。ただいま。……早起きなんだねぇ」


「ふざけろ」


額を押さえてため息をつくと、再び乙名を睨み付ける。


「こんな時間まで夜遊びか。そんなにつやつやしちゃって。さぞ楽しい思いをしてきたんだろーな」


「何それセクハラ?」


ケラケラ笑ながら廊下を引き返し、乙名は居間へと向かった。春平もそれに続く。


何気なくキッチンの冷蔵庫からペットボトルのジュースを取り出して余りを飲み干すと、今のテーブルに行儀悪く乗り掛かって大きなため息をつく。


アルコール臭さに顔をしかめて、春平は乙名の前に仁王立ちした。


「もういい大人だからわざわざとやかく言うつもりはないけどさ」


「じゃあ人の嗜好に文句つけないでよー。春平の趣味が野球のように、俺の趣味は女の子とちちくり合うことなの」


「ましな日本語使えよ」


「あっ、もしかして今度は俺がセクハラしてる?」


ぽいっと空のペットボトルを投げられて、春平の中で何かがぶちギレた。


乱暴にペットボトルを乙名に投げ返すと、乙名は迷惑そうにむすっとした。


「何だよー」


「お前が女の子と遊ぶことでミミちゃんが不安がってる」


「ミミちゃん?」


ミミの名前が出た途端、乙名は呆けて意外そうに春平を見つめた。


そしてすぐに嘲笑するとどこか皮肉っぽく虚空をねめつけた。


「ミミちゃんのこと気にしてたら多分俺は生きていけないよ。あの子は俺のすべてが嫌いなんだから」


「……悲しくならないか?」


「見たくないんだよ、俺のだらしない姿なんて」


「まるでだらしなくない乙名なら大好きみたいな言い種だな」


「もー、春平はうるさいなぁ」


うんざりした吐息に混ぜて言葉を発すると、乙名はそのまま春平をすり抜けて自室へと戻ろうとする。


その前に一度振り返ると、楽しそうににやにやと春平を見つめてきた。


「むっ、何だよ」


「春平て、そんなにミミちゃんのこと好きなんだ」


「なっ!」


春平がすっとんきょうな声をあげて硬直している間に、乙名は愉快な風に部屋へと逃げてしまった。










翌日。

この時季にしては珍しい雪が降った。


学校全体で暖房が間に合わず冷え込んでいる第四多目的室。


学園の規模を見せつけるようなその大きな部屋には、数十人の生徒が一様に姿勢を正して着席し、宗教じみた雰囲気をかもし出していた。


その中で美保だけが自信満々な表情をして目の前の春平を見上げていた。


全員の前に立たせられ、春平は背中につうと冷たいものが伝うのを感じていた。


――目が、尋常じゃない。

すでに調教された従うものの冷えきった目だ。



生徒たちの目からは生気が感じられない。


異常の中で平然を装いながら、組織のボスの到着を待っていると、

何の遠慮もなく教室の戸が引かれた。


全員の視線が集中する中で、同じ制服姿の女子が強気な笑みを見せた。


肩口で切り揃えられた髪の毛がふわりと揺れて、つり目がうっすらと細められる。


「こんにちは新人さん。私は桜春子。今先生がお見えになるわ」


春子は春平の肩をぽんと叩くと、扉を開けたまま席へつく。


死んだ目が並ぶなかで、未だ光を失わない春子の目が眩しい。


全員が開いた扉からボスが来るのを待っている。


かつ、かつ、かつ……。


硬質な足音が第四多目的室へと近づいてくる。


そして扉に細く長い指がかけられ――……





ようやく組織加入!春平には色々災難が降り注ぎます!

それから……今後のために「桜春子」の存在は覚えておくことをオススメしますね。

次回から、何やら不穏な影が……。

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