第80話 友達だもん、ね?
教室はもぬけの殻だった。
まだ夕方5時になる前だというのにこの静けさは奇妙だ。
美保は長い髪の毛をサラサラと揺らして適当な席に腰をおろした。
無邪気な、それでいて少し大人の色を持つ美保の微笑みに導かれるまま、春平は目の前の席に座り、椅子を反転して向かい合った。
「有彦はどこの中学校から来たんだっけ?」
「あぁ、俺北海道だから」
「……そういえば挨拶の時に言ってたね。私最悪」
ふぅと息を吐いて2秒ほど落ち込んでから、すぐに表情を輝かせた。
「有彦は彼女いるの!?」
突拍子もない質問に思わず口をつぐんで、春平は顔を真っ赤にしながら目をそらした。
彼女、と聞いて真っ先に脳裏に浮かんだのは美羽の情けない表情だった。
なぜか美羽だけを特別な人間の一人として分類しているのに我ながら吐き気がした。
フッたのは自分のくせに、異性として認識する自分が何ともご都合主義に思える。
春平の態度で何かを察知したのか、美保は足を組んでムッとした。スカートが翻り太ももが露出する。
気まずくて太ももから目をそらすと、不満げな美保と目が合った。
「ふーん、彼女はいなさそうだけど、好きな子はいるんだねー」
「違うってば!いないよそんな子!」
「それじゃあ有彦は私と付き合ってくれる?」
「それは――……今のところ、女の子と付き合うつもりなんてないから」
「――ホモ?」
「アホかっっ!!」
声を張り上げるのを無視して、美保は感慨深そうに目を細めていた。
「そういえば転校生の斎藤タケシくん、かっこいいもんね。南さんが彼女みたいだけど、世の中分からないものだもんねぇ」
斎藤タケシは乙名のこと、南はミミのことを示している。
「やめろって」
深くため息をつく春平を妖艶な笑みで見つめて、美保は顔をずいっと春平に近づけた。
「ねっ!春平は私のお友達なんだもんね!」
「う?うん」
「それじゃあ、困った時には助けてくれるんだよね!」
当然のように言う美保に不信感を募らせながらも、春平は短く肯定した。
「俺のできる範囲なら」
「やった!じゃあ今助けて」
満面の笑みでニコニコしながら、美保は立ち上がって春平の隣に移動する。
媚びるように腕を絡める美保を見つめる。やはり不信感は消えそうもない。
ここは美保の出方を待つしかない。
春平が無言を押し通すと、しびれを切らした美保が春平に強く抱きつく。
「あのねっ!サークルに入ってほしいの」
「サークル?部活じゃなくて?」
「公式に部って認められてるわけじゃないから。でも、正式なサークルなのよ」
「……」
この女から離れろ。
頭の中で警鐘がなる。
今まで培ってきた経験が、美保を要注意人物と判断している。一切の根拠もなく。
春平がその場から立ち去ろうと考えたのと同時に、まるで春平が逃げることを許さないかのように、悪魔の言葉が囁かれた。
「サークルを指揮してる先生がね、春平のことを気に入っちゃったらしいの!すごいよ、ウチの先生は怖くて厳しいことで有名なのに、写真を見ただけで春平にメロメロになっちゃったの!だから同じクラスの私が勧誘を頼まれたんだけど――」
そこで言葉を切り、美保は春平の様子を観察した。
先ほどの可憐でどこか大人の色気を持つ美保とは程遠く、目は獲物へと狙いを定めた猛禽類のようにぎらぎらと輝いていた。
「――ちなみに、どういうサークルなの?」
「それは入ってからのお楽しみだよぉ」
「……」
ビンゴだ。
活動内容も知らせずにサークルに勧誘するなんてことあるわけもない。
それだけでは断定などできないが――数々の仕事を潜り抜けてきた経験が『間違いない』と言っている。
これ以上に信頼できる、信憑性のある証拠なんて有りはしない。
紛れもなく、学園長が解体を要求する組織だ。
まさか転校初日からお目にかかるとは思ってもいなかった。
春平はぺろりと内心したなめずりをした。
もしかしたら何らかの情報が漏れているのかも知らない。
「……先生は俺のこと――知ってんの?」
様々な答えが引き出せるよう、巧妙に質問する。
顔色と返答次第では、便利屋が潜入していることがばれていると見ていいだろう。
――こっちはガキのころから便利屋の訓練してんだ、嘘つき勝負で負けるつもりはねぇぞ。
緊張を圧し殺し、あくまで平然としたつもりだ。
「?……あ、大丈夫、知らないから。でも写真で一目惚れだから、案外先生にも『そっちの気』があるのかも。春平がどうしてもって言うなら、きっと斎藤くんもサークルに入れてくれるよ」
どうやら美保は春平のホモ発言を指摘しているらしい。
答えるまでの間の取り方、目の焦点、口の周り、発汗、腕から伝わる体温。
それとなく探りを入れるが異常はどこにもない。
仮定ではあるが、便利屋のことはバレていないと考えていいだろう。
それなら――この状況からの脱出法を考える。
「考えさせてほしいな」
「駄目。このこと他言されるの嫌だもん」
「――しちゃ駄目なの?」
春平がさらりと質問すると、美保はあからさまに『しまった』という表情を見せて目を逸らした。
――この程度なら切り抜けられる。
確信して、徐々に攻めの体制を見せつける。
「人に言っちゃ駄目なサークルって聞いたことないよ。指導の先生の名前は?」
「仲間になってくれなきゃ言わないもんっ!」
美保の反応が少しずつ春平にヒントを与えていた。
「口外できないようなサークルなの?他に同じクラスの子は加入してる?」
「……」
美保の顔は真っ青になり、額に脂汗が滲んでいた。
「何か言ってくれなきゃ分かんない」
「――何でそんなに疑うの?ただ気軽に入ってくれればいいのに。私たちのこと、知ってるの?」
「知ってるって、何を」
ここまで口を滑らせていたら勧誘も失敗したようなものだ。
春平はゆっくりと立ち上がり、その場を何気なく去る。
「――友達だから、助けてくれるって言ったくせに」
その背中に、美保が憎たらしげな声を漏らす。
春平は振り替えって、困ったような表情を取り繕った。
「それは……今回は助けてあげられるような内容じゃなかったけど、今度は助けてあげるから」
「逃がさない」
そう言って、美保はゆらりと立ち上がり、春平を睨み付けたまま声を荒げた。
「仲間になるのを断るって言うなら、他言できないようにしてやる」
「美保」
「どんな手を使ってでも、有彦を凌辱してやる。×××して人前で××させて××××」
信じられない過激な言葉が美保の口から続けざまに吐き出される。
その言葉が春平に吐き気をもよおす。口をつぐんで美保を睨み付けると、頭の中を整理していた。
逃げる術はどこにもない。
美保の戯れ言がもし本当で、組織の力を借りるなら、春平に逃げ道はない。
ただでさえ人道を外れたことを生徒たちにさせる組織だ、春平ひとりを辱しめることなんて容易いのだろう。
それなら――
春平は深くため息をつき、両手を上げた。
「……降参。サークル入ればいいんでしょ」
それなら、自ら敵陣に飛び込んで情報を探るしかない。
すると美保は荒い呼吸を戻して、嬉しそうに笑った。
「よかった。サークル、絶対楽しいよ」
「うん」
「斎藤くんと仲良くなったみたいだけど、サークルのこと話しちゃ嫌だよ?」
「大丈夫だって」
「見張ってるんだからね」
「……」
言葉の呪縛が春平を拘束し、全身の毛が逆立った。
「肉を割かれて骨を断つ?肉、割かれすぎだろ」
妙安寺に戻るなり、すっかりミミが離れていってしまって寂しそうにしている乙名が春平に言った言葉だった。
「うっ……。でも、加入は断れそうになくて」
「結構外道な手段をとるらしいな、その組織とやらは」
乙名は他人事のように苦笑しているが、どこか憎たらしさを含んだ表情だった。
食卓を囲みながら、全員が今後の春平の身の振り方について思案していた。
ただ、井上は法事の関係で席を外していた。
ミミは乙名の恋人役から解放され晴れ晴れとした様子で、隣に座る万の肩にもたれ掛かっていた。
「あのねぇ春平ちゃん。おんなじ女として言わせてもらうけどー、きっと美保ちゃんは本気で何でもする子だと思うー。春平ちゃんが便利屋だったり、私たちと繋がりがあるのが分かったら徹底的にいたぶるよ?」
「その前に、きっと春平さんを尾行したり、盗聴機を仕掛けたりするんじゃないですかね」
「うわーあり得るー。女ってそういうところ怖いからー」
「あれ。乙名ってそういうこと言うやつだっけ?」
春平が何気なく尋ねると、乙名は困ったように眉をへの字に曲げてしまった。
「女の子とはさんざん楽しい思いをしてるので、さんざんな目に会うのも多いんですよー」
「自業自得ー」
ミミは見放したのだが、声をかけられた乙名は嬉しそうだった。
万はもたれかかるミミにもたれかかるように顔を寄せると、少し困ったように顔をしかめた。
「ストーカー行為くらいは、あやしんだ方がいいかもしれないですね」
「春平。何があっても妙安寺のことは明かしちゃいけねぇ。俺たちが一緒に住んでることで組織のリーダーが動き出す可能性は高い」
「――そうだね。妙安寺が特定できれば、便利屋の存在を知られる可能性も高くなるね。いくら秘密主義でも、まったく世間の人間に知られてないわけじゃないから」
珍しく神妙な面持ちでミミが助言した。
「……手は打っておく」
その言葉を最後に仕事の話は打ちきりになり、普段と変わらぬ大差ない世間話が始まり食卓に団らんが生まれた。
つくづくお人好しなクラスだ、と春平は内心思った。
まだ転校して間もない妙安寺の人間たちを何のてらいもなく受け入れてくれている。
これは素晴らしいとしか言い様がなかった。
それとも、春平が組織に加担したことが分かり、さらに親密感がわいたとでも言うのだろうか。
一体どれだけの生徒が組織に入っているのか。
まったく検討もつかない。
その日は何事もなく、ただ帰宅するのみとなった。
クラスの男子とバカみたいにふざけ合いながら冷え込んだ寒空の中を歩き、
ついに一人だけとなった。
「………………」
耳をすます。
ピリピリと冷え込んだ冬の空気の中を、乾いた足音が切り裂いている。
乾燥しているはずなのに、その足音は重くねっとりとした雰囲気をあわせ持っている。
ひとつの足音が重複しているのだ。
「………………」
自分を尾行するもの。
組織の人間、リーダー、美保……。
春平は一度喉を鳴らすと、寒さと悪寒で足を震わせながらゆっくりと体ごと背後を振り返った。
「ふあっ……」
そこには困ったように体をもじもじとさせた美保がいた。
春平が振り返るなんて考えてもいなかったのだろう。
「何してんの?」
あまり刺激しないように、できうる限りの優しい対応をする。それには美保も安心したようだ、真っ白な息を吐き出すと照れ臭そうに笑った。
「あ、あはは。有彦と一緒に帰りたかったんだけど、言い出せなくてー」
頬を染めながら美保はとてとてと可愛らしい足取りで春平に近づく。
小動物のような動作に愛情に似た感情を覚えながら、春平は微笑んだ。
「家まで送るよ」
「えっ!?あ、や、いいの!大丈夫!だけど」
「ん?」
「春平の家に遊びに行きたいなぁ、なんて。えへへ」
きた。
もとからそれが狙いだったのだろう。
「春平、斎藤くんと南さんと仲いいみたいだし、今日は木村くんとも仲良くしてたし。……もしかしてサークルのこと言っちゃわないかなぁって」
「入ったことも言っちゃダメなんだね」
「…………」
その言葉には何も言い返せない。
美保はそれほど頭の回る人間ではない。
代わりに、その眼力だけで人間を殺すほどの力を持っている。
恐ろしい眼光で春平を睨み付け、黙らせる。
「言ったの?」
「……言ってない」
「あの3人とは別に無関係なんだよね?」
無言で頷く。
「なら私を家に上げても大丈夫でしょ?別に―一緒に住んでるわけじゃないんだから」
「――――――」
まるで試すように。
春平とあの3人が便利屋であることは知っているかのように。
先日の反応から便利屋のことは知られていないとたかをくくっていたのだが……。
春平は咄嗟に反応できずに言葉に詰まってしまった。
同時に、美保が驚いたように目を見開いた。
「本当に一緒に住んでるの?」
「……住んでるわけないじゃん。あんまり突拍子もないから驚いただけ」
「あはは、ごめん。有彦が怪しかったらそうやって問い詰めろって、先生が言ってたんだ」
「なんだそれ。先生、性格悪いなぁ」
苦笑しながら、内心焦りで必死に流れる汗を押さえようとしている。
先生――組織のリーダーが便利屋に勘づいている可能性は、残念ながら高いと見た。
しかしまだ公にはしないらしい。
「変なこと言ってごめんね。ほら、有彦が頑なだから、こんな風に疑われちゃうんだよ。ねぇ、有彦のお家連れてって?そうしたら私が先生にちゃんと報告するから。有彦は何も怪しくないですよーって。そしたら正式に歓迎会しよっ」
つまり。
――俺が素性を明かさない以上、組織への正式加盟は許さない、ということか。
組織への加盟。
便利屋の暴露。
便利屋として、受け入れた仕事にはどのように対応すべきか、どのように真摯な態度を示すか――
――きっと俺は、何が何でも組織に加盟して中から組織を潰すべきなんだ。
「――……分かった」
先刻までの優しい雰囲気を消し去り、春平は真剣な表情で頷いた。
美保は勝ち誇ったような妖艶な笑みを見せ、春平の腕に絡み付く。
硬い地面にふたつの硬質な足音を鳴らして、春平と美保は長く続く道を突き進んでいく。
少しずつ本性を表してますよ、呉竹美保ちゃん。
さて、と。ほんの少しだけですが組織の片鱗が見え始めました。
春平は無事組織へと加入、内部からの解体を果たすことができるのでしょうか!
そしてやっぱり美保ちゃんを妙安寺に連れて行ってしまうのか!?
次回も、今週中に更新したいです^^