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アロエ  作者: 小日向雛
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第79話 天使の声

気付けば肌を打つ風が冷たくなっていた。


ずず、と鼻をすすってから、春平は目の前に座る少女を見つめた。


椅子に逆向きに座って、自分の後ろに着席する春平と向き合う少女は、何度か口を開いてはみるのだが、何と言っていいか分からない様子だった。


それは春平も同じだ。


春平の友達、佐々木佳乃は今年中学3年生であり、本来ならこの高校2年生の教室にいるはずがないのだ。


しばらく見つめ合ってから、春平は小さく口を開いた。


「この学園の生徒だったんだね」


「あ、うん。今は高校生と中学生が一緒になって授業を受ける時間なの」


「ふーん、だから高校校舎にいるんだ」


「うん」


「……」


「……」


「春平は?」


「違う、風間有彦」


「……有彦は?」


「まぁ、所用だな。佳乃には関係ないから」


春平がサラリとその後の言及を回避すると、佳乃は少しだけ寂しそうに表情を落とした。


すると近くからのろのろと近づいてくる2つの影が見えた。

ニヤニヤした乙名と、その腕に絡まるミミだ。


「女の子にそんな冷たいこと言っちゃダメなんだぞー」


「ひどーい」


あまりにも気さくに話しかけてきたので、さすがに春平も驚いてしまったのだが、二人の性格を考えると何ら問題ないだろう、と胸を撫で下ろした。


「風間有彦。お前は?」


「斎藤タケシ。こっちは彼女の南ナミ」


随分言いにくい名前を考えたものだ。


佳乃は勘で仲間だと確信したのか、春平の耳元に近づくと「アロエの人?」と呟いた。


「あぁ……実はあれから色んなところを転々として、今は違う支店にいるんだよね」


春平が苦笑まじりに言ったので、そこに何かを悟ったのか、佳乃は少し表情を落としてしまった。


それを見て、春平は小さくため息をつくと、ぽん、と佳乃の頭を撫でた。


「ふぇ?」


「お前が気にすることなんてなんもないぞ。俺は楽しくやってるんだし」


「春平……」


「有彦」


「あ、ありひこ」


指摘されて、佳乃はぎこちなく笑った。










午後になると佳乃は中学校校舎へと戻り、本来の高校生活が繰り広げられた。


何てことはない、ただの学校生活だ。


初対面ということで万とも挨拶を交わし、転校生グループということで仲良くなり、時折会話を交わすようになった。


付かず離れずの関係が、周りに壁も作らず、行動もしやすくなる。


初日はあっさりと終了し、放課後に全員まとめて理事長に呼び出された。


「代表の乙名雄輝です」


言って模範的で丁寧な会釈をする姿を見ると、やはり本社のフロントで働いていただけのことはある、と感心してしまう。


その姿は理事長にも好印象らしかった。


「――さて、君らも知っているとおり、我が学園で何者かが謎の組織を作り、生徒を洗脳しているらしい。妙安寺の方々にはそれを発見、即解体してほしい」


理事長が力強く言い放ち、小さく礼をしたので、妙安寺のメンバーも力強く頷いてそれに答えた。


――ただ1人、乙名雄輝を除いて。


「……それは、洗脳された生徒を解放し、組織を解体してほしいってことでよろしいんですよね?それが、私どもの仕事だと」


「うむ、生徒解放と組織解体の順番についてなら問うつもりはない。どうか、頼みましたよ」


「――承りました」


乙名の顔には、してやったりと言わんばかりの小狡い笑みが張り付いていた。










「何が楽しいんだ?」


理事長室を出てから、春平は先程のことを乙名に尋ねた。


すると乙名はけろりとした様子でミミの手を優しく取りながら言った。


「あぁ、いや、こっちの話。あとで話が違うとか言われる前に、しっかりと確認したんだよ。フロントにいた時からの癖でさ。ようはモノサシを同じにしたんだよ」


「モノサシ?」


「価値観の相違を防ぐために同じ価値観で確認したってこと」


「ふーん……」


難しい話は苦手だった。


――その時、かすかな愛の旋律が春平の耳を掠めた。


異変に気付いて春平がきょろきょろし始めると、ミミがうっとりと目を閉じて旋律を堪能していた。


「はぁーぁ、G線上のアリア」


「おっ、ミミちゃん博識ー」


普段ならここで「乙名に言われても嬉しくないー」と言うのだが、あろうことかミミはそっと乙名に寄り添い体を預けていた。


これにはさすがの乙名も唖然としている。


「あぁ、人肌恋しい。死んだお兄ちゃんを思い出す」


一瞬、そこに暗い影が一点だけ落とされたのだが、ミミ本人はさして気にする様子でもなく柔らかな微笑みを浮かべていたので、春平はほっと息をついた。


しかし――たしかにこれは人が恋しくなる甘く切ない歌声だった。


――ねぇ。


たくさんの呼び掛けが春平を呼ぶ。


それは本社の仲間だったり、アロエの家族だったり、以前は血の繋がっていた家族だったり、あの事件が原因で自殺をした友達だったり――……


「春平さん、泣いてる」


万に指摘されて、春平はハッと我に帰った。

全員が言葉もなく自分を見つめていた。


「あ……、うわっ!何で泣いてんだ、俺」


慌てて目を擦り、涙を誤魔化しながら、声のする方向を見つめた。


乙名は、半ば落ち込んだ様子の万の頭をがしがしと撫でながら、艶っぽく声を漏らした。


「神に見初められた声、だな。天使の声だ」


そのまま声につられてふらふらと学園内を歩いていると、ちょうど第6音楽室の前で行き止まりになってしまった。


こっそりと覗き見ると――


お腹に両手を当てて瞳を閉じ、1人声に言葉を乗せる佳乃がいた。


佳乃は春平たちに気付いていない様子で歌に酔いしれていた。


その姿があまりにも美しくて、しばらくは無言で吸い寄せられるように佳乃を見つめていた。


ようやく歌い終わると、佳乃は深く深呼吸して音楽室の扉を振り向き――目を見開いて硬直してしまった。


「春平! それに南さんたちも……何してるの!?」


扉を開けて怒鳴る佳乃を見て、返す言葉もなくへらへらと笑う。


それを見て佳乃は心配そうに目を細めて春平の頬を両手で優しく包み込んだ。


春平の体がビクリとはね上がる。


「春平、泣いてたでしょ。見れば分かる」


「なっ!?」


春平が顔を真っ赤にするとニヤニヤした乙名がミミの手を引いたまま近づき、春平の肩に肘を乗せた。


「いやー、まさか春平がそういう趣味の持ち主だったとは」


「――は?」


「ミミはぁ、そういう春平ちゃんも好きだけどー、ちょっと不純かなぁ」


「ま、ま、待て待て待て!すごい勘違いされてる気がする!心外なことを言われてる気がする!」


「大丈夫、そういう春平さんも、好きだから」


「ありがとう万。だけどもっと酷い勘違いをされそうだよ」


万の頭をぐしぐしと撫でてから、佳乃の方を見ると――口元に手を当てて楽しそうに笑っていた。


以前の佳乃だったなら想像もつかないような無邪気な笑顔にほっとしながら、春平はにっこりと微笑んだ。









先に帰ってしまった3人に遅れて、春平も階段を降りて生徒玄関に向かっていた。


その時背後から声をかけられて、春平は思わず立ち止まる。


「風間くん!」


振り返ってから自分の名前が風間有彦だったことを思い出した。


ふわふわの髪の毛を後ろで上品にまとめた、可愛らしい少女だった。


その可愛らしさの中にどこか上品さと清楚さが垣間見えて好印象だったので、春平はすぐに少女のことを思い出した。


「呉竹さんだよね、えっと、同じクラスの」


「すごーい、名前覚えててくれたんだね!私のことは美保でいいから」


「じゃー俺も有彦でいいよ」


春平が愛想よく言うと、美保は嬉しそうに目を細めた。その表情が可愛らしい。


すると美保は突然春平の手を握って、指を絡めた。


突然のことに春平が驚き声を失っていると、美保は繋いだ手を顔の前に持ってきて、はにかんだ。


「えへ、友達だもんね」


「うん」


「ねぇ有彦。放課後暇なら少し私に付き合わない?」


「いいけど……」


春平が言葉尻を濁すのも構わずに、美保は春平の手を引っ張って階段を昇る。


「よかった!私、ずっと有彦に目ぇつけてたんだ。お友達になれて、ホントよかった」


半ば強引に玄関から遠ざけられ、春平は困ったように頬をかいた。


帰りが遅くなることを乙名たちに伝えるべきか。美保と一緒にいることを伝えるべきか。


悩んだ挙げ句、そんな必要はないだろうと判断して、春平は美保の後に続いた。



以前から一ヶ月以上かかってしまいました……。

何話か書き溜めしてから投稿しようと思い、現在も執筆中小説の中に3話ほど用意してあります。

次回は今週中に更新できそうですよ^^


佳乃、歌が上手かったんですねぇ。たくさんの人に感動を与える天使の歌声。

そして突如現れた、多少強引な呉竹美保ちゃん。彼女、面倒くさい女の子ですよー(笑)


それでは、また数日後に。

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