第7話 奇妙な来客1
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アロエでは、毎朝今日の仕事内容の確認が行われる。
今日は珍しく5人全員が揃い、キッチンのテーブルを挟んで向かい合っている。
それぞれ目の前にはコーヒーの入ったカップや、資料、灰皿、焼きたての食パンなどが並べられている。
「こうも全員揃うと不吉なことが起こりそうで不気味だなぁ」ははは、と笑いながら手元の資料と予定の書いてある手帳を交互に見比べながら、寺門さんはにっこりと微笑んでいる。
「いいから早く終わらせて仕事行きたいんだよ」
偉そうに煙草を吸って美浜や春平に害をもたらす高瀬。
「そ、それは俺も同感です」
控えめに挙手して自己主張する河越さん。
今日は休みの日で、奥さんと5才になる娘さんと出かける予定だったはずの夫は、いきなりの依頼にも嫌な顔一つせずにアロエに朝早くから来てくれた。
「それじゃあ始めよう。
咲と孝太は先週から引き続き同じ職場で働いてくれ。もうわかっていると思うが、帰りは必ずアロエに寄って今日の報告書を提出してもらう」
寺門さんが忙しそうに坦々と話しても、2人は聞き洩らすことなくメモをする。
「河越くんには悪いけど、臨時で入った工事現場依頼でショベルカーを運転してもらう。規約は夕方4時まで。その後は春平と一緒に弁当屋の配達だ」
河越さんと春平はにっこりと微笑んでその依頼を承諾し、弁当屋と工事現場の地図を受け取る。
「私は春平と裏の藤田さんの庭の草むしりが午前で、午後からは『バツ』だ」
アロエ内で
「バツ」は法に触れるような内容の依頼のことで、その依頼を申し込まれた職員にしか詳細は伝えられない。
「んで、春平。今日は管理係だ」
「げっ! 管理〜!?」
春平の言う
「管理係」とは、今日1日の仕事内容を社員がこなしているのか、それぞれの職場に足を運んで細かくチェックする仕事である。
「私と河越くんとの依頼以外に、まず午前中はベビーシッター。それと緒形さんの家に水まき。午後は職場訪問。その後乳製品業者にアルバイト。内容はバック詰めと、書類作成。夕方は村上さん家の犬の散歩。夜からは合コンの数合わせ。途中で抜けてきて、9時からマジックショーのサクラ。帰宅は12時だ」
寺門さんの説明に誰もが息を飲んだ。
「それを常人にやらせるのは無理ってもんだぜ?」
高瀬が居たたまれなくなって呟くと、寺門さんは軽くため息をついた。
「仕方ないじゃないか。孝太と咲と私は無理だ。朝からわざわざ休日を潰してまで肉体労働をしてくれる河越くんには申し訳ない。あと出来そうなのは春平ぎらいなんだよ」
さすがに詰めすぎたと感じたのか、申し訳ない顔をする寺門さんを見て、春平は腹を決めた。
「いいよ。寺門さんが悪い訳じゃない」
春平はそれだけ言っておもむろに立ち上がった。
「俺もう行くね」
春平は笑顔でアロエを出ていく。
春平が玄関をしっかりと閉めると、最初に口を開いたのは美浜だった。
「寺門さん! どうしたの!? 夜からの合コンとサクラなら私と孝太でも十分勤めることは可能だと思うわ。 午前中なら寺門さんだって不可能なわけじゃないと思う」
「咲っ!」
めったに叫ぶことなんてない河越が怒鳴り、美浜は息を飲んでしまった。
確かに、『バツ』の仕事内容はほとんどが肉体的・精神的にも疲労を要するハードな仕事だ。
それにさらなる依頼を足すのだから、並みの精神力・体力では耐え難い。
現に、以前通訳として1日寺門さんと『バツ』の依頼を勤めた時は、仕事終了時から圧迫感から解放され、倒れるように眠りにつき、翌日は1日休暇をとってしても疲れはて癒えなかった。
しかも寺門さんはアロエの店長。社員を働かせて1日休暇なんてとれるわけがない。
「違うんだ、河越くん」
寺門さんは今日のタイムスケジュールを見直した。
「今日はなんとしても春平をアロエに置いておくわけにはいかないんだ」
そうして、タイムスケジュールを社員全員に見えるように配布する。
全員が絶句した。
その頃、春平は予定通り着々と依頼をこなしていた。
「えっと〜、水まきは終わった。次は……ベビーシッターだ! ってやべっ! あと20分しか無ぇっ」
春平は颯爽とバイクを走らせる。
「はい、ご苦労様です。お代は600円でしたよね?」
奥さんから代金を受け取り、寺門さんと合流する。
「寺門さ〜〜〜んっ」
ブンブンとバイクに乗りながら左手を大きく左右に振る。
「春平! お前スケジュール帳置いてっただろ! 午後からの予定ちゃんと頭に入ってるのか!?」
軽く怒鳴られて春平は薄ら笑いを浮かべる。
「入ってない」ははは。と言いながらバイクを降り、裏のお婆ちゃんに挨拶をする。
「はい、午前の部終了ー」
んーっと伸びをしていると、寺門さんは春平に一枚の書類を手渡した。
書類は、
「管理係」の社員が各社員の様子などをまとめるものだ。
「はい、弁当」
「えっ。昼も帰らせてくんないの?」
「つべこべ言わずに働きなさい」
ちぇっと舌打ちをして近くの公園へと向かう。
昼食を食べながら、春平は少し寺門さんの言動に違和感を覚えていた。
寺門さんは普段あんなに厳しい人じゃない。
いつだって俺たちを気遣って、依頼だってあんなに詰め込むような人じゃないのに。
絶対何か隠してる。
「美浜先生〜。お客さんが見えていますよ」
一人の男性教師に呼ばれて、来客室まで足を運ぶ美浜。
「先生、彼氏、彼氏〜?」
女生徒が楽しそうに美浜のあとを追いかける。
「違うってば。そろそろ昼休み終わりでしょ? 教室に戻りなさい」
「美浜さ〜ん」
会話中、待ちきれなくて来客室から顔を出した作業着の春平。
「先生、マジで彼氏なわけ!?」
女生徒は楽しそうに騒ぎ立てる。
「いいから早く教室に戻りなさい!」
美浜の怒鳴り声を聞いて
「ちぇっ」と言いながらも女生徒は居なくなる。
「お勤めご苦労様で〜す」と差し入れのコーヒーを渡すと、美浜は不満そうにそれを乱暴に取り上げた。
「そっちこそお疲れ。まだ疲れてない?」
その言葉に強気な笑みを浮かべて否定した。
「なめないでよ。これでも美浜さんたちとは違ってお金出して専門学校行ってたんだぞ? これぐらいで疲れるわけないじゃん」
まっ、今日はいつにも増してハードだけどね。と付け加えてにっこりと笑う春平を見て居たたまれなくなった美浜。
「あのね春ちゃん! 本当は今日……」
「うわっ、やべぇ! 次高瀬の所に行かなきゃ」と、春平は美浜の言葉も聞かずに学校を出ていってしまった。
「………………」
1時間のゆとりもなく早々と村上さん家の犬の散歩へ向かう途中。
「あっ」
「はっ?」
通りすがりの少女に声をかけられた。
「正田さん! お久しぶりです」
にっこりと楽しそうに近寄って来る少女に見覚えはなかった。
「お久しぶりです」
とりあえず見覚えのない人にあった時は適当に話をしてその場を回避する春平。
しかし、少女は納得のいかない顔で春平を見る。
「え〜と、正田さん……もしかして私のこと忘れてます?」
ギクリと苦笑いをする。
まずい。
客にそういう態度は原点対象だ。
思い出せ〜、思い出せ〜
そう考えてるうちに、恐怖で泣き崩れていた少女の顔を思い出した。
春平は
「ふぅ」とため息をついて、にっこりと言った。
「袴田美羽ちゃん」
その言葉に美羽の目がほころんだ。
「覚えてくれてんですね! またお仕事ですか?」
「あ。これから犬の散歩」
「あ、私も一緒に行ってもいいですか!?」
その言葉に春平は眉を潜めた。
「仕事なんだけど」
そう行って歩き出すと、子犬のようにてくてくと着いてきた。
「じゃあ、ボランティアということでどうでしょう?」
春平は断ることもできずに美羽と村上さん家へ向かう。
「あれっ? しょうちゃん。もしかして新しく入った人?」
奥さんは美羽をじろじろと眺めていた。
「違うよ。研修生。アロエでは働かない」あれが最大人数だし。と犬に縄を繋ぎながら自慢気に述べる春平。
「んじゃ、行ってきます」
家を出た後、美羽はおもむろに口を開いた。
「一回の散歩でどれくらい貰えるんですか?」
「200円」
春平には不釣り合いな、元気な犬に引っ張られる春平はそれが当たり前と言うように話した。
「安すぎじゃないですか!? あ、もしかして入会金とかとるんですか?」
「まさか! 別に入会してもらうわけでもないし、金はその内容に応じてもらうし」
「他の仕事は高いんですか? 犬の散歩だし……」
「そうだな〜……警察が出ちゃうような依頼は高めかも。美羽ちゃんの時だって2000円取ったろ?」
「えっ、まぁそうでしたけど」
「サツが絡むのは金多目にとんだよ。つーか、俺はわりと働いてるわりに稼いでないけどね」
「皆さんどれぐらい頂いてるんですか」
「月の収入は一般教師とたいして変わらない。依頼先からは少な目に取るんだけけど、ちゃんと報告書出せば本社から金降りるから」
犬の歩く早さは以前として変わらない。
「はぁ」
短く納得とも感心ともとれる音を出す美羽を勢いよく振り向く春平。
その様子に美羽の肩が小さく上がった。
「ってかお前さ、報告書にハンコ押してアロエに持ってくるって言ったのにまだ持ってきてねぇじゃん!」
「うっ。すみません」
青い顔をして苦笑いをする美羽を不気味そうに覗く春平。
「今日中に持ってこいよ」
そうして話しているうちに公園に到着した。
「ゴール! 村上さん家の犬はここで折り返すんだ」
その前に休憩〜と、芝生の上にゴロンと犬と一緒に寝転がる春平。
気持ち良さそうに深呼吸をする様子を見て、美羽も隣に腰を下ろす。
「俺これから合コンだから。お前さっさと帰れ」
「え―――――っ!?」
美羽の声に犬は飛び起きてしまった。
「ボランティアを受け入れるのはここまで。お前は面白がって着いてきてるだけだろうけど、俺は仕事なんだよ」
ふう、とため息をつく春平を見て美羽は顔を真っ赤にした。
「違います! 私はただ……」そこまで言って言葉をのんだ。
美羽は真っ赤な顔のまま立ち上がって犬を無理やり引っ張った。
「おい!」
春平が止めるのも聞かずに美羽は歩き出す。
「休憩終了! さぁ、お家に帰りますよ」ズルズルと苦しそうに引きずられる犬を見て、いてもたっても居られなくなった春平は、美羽の腕をつかんだ。
「止めろ」
少々キツい言葉に美羽の目が潤む。
「だって……」
その様子にギクッとした春平は必死になだめるが、美羽はそんなの聞いちゃいなかった。
「一緒に合コン行きたいのかよ」
美羽は何も言わない。
「男が合コンに女連れてきたら意味ないだろ。それに、これは仕事だ。お前にもしも何かあっても責任取れないぞ」
美羽は小さく頷いた。
「と、いうことで。悪いけどこの女の子もいいかな?」
依頼主である男子大学生は困惑した。
「えっと……この子は正田の彼女ではないし、社員でもないのね?」
「うん」
「しょーがないなあ、もう」
春平は依頼主に深く頭を下げた。
「依頼金は半額にさせていただきます」
その言葉に依頼主の顔がほころんだ。
「でもお前からは金取るからな」
「ええっ!?」
「ったりめーだろ! これは立派な営業妨害だ。これでアロエの信頼が減るんだぞ」
春平は女子グループ全員に狙われ、本来数合わせとして依頼されたはずが、逆に依頼主の反感を買ってしまう。
そしてその様子を見て、納得のいかないような、文句のあるような顔をして依頼主を睨み付ける美羽。
しかしそれが誤解を生んで依頼主に目をつけられてしまった。
なるほどな。寺門さんがわざわざ合コンとサクラの依頼を重ねたのにはそういう理由があったんだ。
と真面目に女子の視線を集めてしまった事を真面目に検討する春平。
自惚れもいいところである。
そうして悩んだ末、
酔っ払ってどうしようもなく、美羽に介抱してもらい、合コンを抜ける」作戦を施行した。
「ゆ、雄大くんどうしたの? そんな豪快に飲んで……」
あまりの唐突さに、隣に座っていた女子は息をのんだ。
「いや〜、全っ然酔えなくてさ〜! ほら、飲んで飲んで!」と酒を薦め、酔っ払いをアピールする。
「きゃ――――!雄大くん凄〜い」女子の黄色い歓声が轟く。
「正田さん……」
しかし彼の計画には誤算があった。
彼の年齢は若干20歳。
酒を飲めるようになったのは今年からである。
殊更に、彼は律儀に20歳になるまでは酒を飲まない! と言い張っていたのである。
無論、酒を飲むような依頼は今回が初めてな訳で……
【30分後】
「がーっはっはっはっ! 酒、酒持ってこい―――!!」
彼は完全に壊れていた。
年齢的に酒を飲めない美羽は春平に恐怖の眼差しを向け、端で震えていた。
「美羽ちゃん大丈夫? 顔真っ青だけど……」
そっと依頼主が肩に手を乗せてきた。
「!」
その時美羽の脳裏にはあの、ストーカーの影が映った。
そして咄嗟に春平に助けを求めた。
「っ……! 正田さんっ!」
春平の腕を掴み、ぎゅっとしがみつく。
その様子に全員が唖然とする。
そして春平も一瞬目を冷ました。
「あ。……あはは。はははは」
苦し紛れの笑い声はただ不気味にしか聞こえなかった。
「あ、じゃあ私たちはこれで」
そうズルズルと春平を引きずり、外へ出ていく。
とりあえず春平の作戦は成功に終わった。
その後アロエに抗議の電話がきたのは言うまでもない。
「正田さん! ちゃんと自分で歩いてくださいよ」
自分よりも2回り程デカい男に肩を貸し、よたよたとおぼつかない足取りで歩き回る。
「いいじゃん肩ぐらい貸してよ〜」と抱き着いてくる男のせいでよろけて転んでしまう。
膝から転んでしまい、約100キロの打撃をくらった膝は悲鳴をあげた。
「正田さん!」
「ごめんごめん。じゃ、早く次の依頼先にいこぉ」
「へっ? 依頼先!?」
当然のようにアロエへ向かっていた美羽は再び地面に膝を打つ。
「そーそー。市民ホール」
「こんな状態で仕事出来るんですか!?」
「できるよぉ。マジックショーのサクラだぞ!」
急に怒りだしたと思ったら、今度は泣き言を言い出した。
「酷いよなあ。皆」
涙こそ出ていないが完全に歩く気力を無くしている。
そのせいで、美羽にさらに負担がかかるのだが。
「普段はこんなに仕事詰めないのに、俺だけ……虐めみたいだ」
美羽を塀に追いやり、ゆっくりと胸に顔を埋める。
「正田さん……」
美羽は心臓の鼓動が早くなっているのを感じながら、春平の頭を撫でる。
「?」
しかし、春平は眠りについていたようだった。
「何なの!」
怒り半分、路頭に迷ってしまったような不安でその場に座り込んでしまう。
どうしようもないと思い、美羽はアロエへと連絡しようと携帯を取り出す。
「あの」
後ろから声をかけられ恐る恐る振り替える。
「お困りですか?」
そう言って近づいてくるのは、高校生ぐらいの少年だった。
「………………」
美羽が不審に少年を見つめると、少年はにっこりと笑った。
「運ぶの手伝いますよ」
一瞬戸惑ったが、このままここに居るわけにも行かないので、渋々頭を下げる。
「お願いします」
月明かりに照らされた少年はとても妖艶で、美しかった。