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アロエ  作者: 小日向雛
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第75話 アロエ

清住は正確には右京のところに到達していなかった。

近くで息を潜めているスナイパーを全員狩るつもりなのだ。辺りは血の海だった。

はたして清住の血なのか、コンプの組織の人間の血なのか。


その向こう側で、竹田を背中に必死に防衛している右京の姿が見えた。


「右京!」


春平の声に右京が反応するが、すぐに組織の人間と取っ組み合いになってしまう。

その脇から狙撃を狙うスナイパーを久遠が飛び込んで止める。


――竹田さんを非難させることが先決だ!それから自分たちのことを


それには一人では駄目だ。まずは右京を助けて――


春平が一歩前に踏み出したとき、ふいに眩しい光が春平の網膜を焼き付けた。


「った――――」


いまだに焼き付ける光に驚きながらもゆっくりと目を開けると、それが自分の右手の人差し指から来ているものだと気付いた。


久遠の指輪が光っていた――違う、光を反射している。




狙撃銃が反射した光を指輪が跳ね返して春平を照りつけた。


「――駄目だっ!」


そう言うが早いか、春平は竹田と右京を飛び込む勢いで押し倒した。


同時に銃弾が春平の頭の上をすり抜けて、髪の毛が少しちぎれた。


顔を真っ青にする春平を確認する前に、清住がスナイパーの位置を特定して駆け出す。


「春平さん……ありがとうございます」


もし春平が気付かなかったら間違いなく春平の心臓を貫通し右京の心臓を通して、そのまま竹田にまで到達していただろう。


「――俺に感謝してもしょうがないわ、これは」


「?」


「久遠の指輪が、助けてくれた」


呆然と春平は自分の指を見つめた。


そこには、銀色に輝く指輪に守られている人差し指が、しっかりと存在している。


既に事は終わっていた。

完全に便利屋の勝利だ。竹田を傷付けてしまったのは大きな誤算だったが、それでも桐原を再起不能にすることができた。


最後のスナイパーを仕留めた清住は、そのままの勢いで久遠に怒鳴りつけて、春平と右京を力任せに立たせると、竹田を肩に担いで走り出した――恐るべし体力である。


「行くぞ!依頼は成功だ、警察が来る前に早くずらかるに限る!」


「そうね、今のうちなら大丈夫、警察が来たところで全部コンプの仕業ということになるわ!あっちは便利屋のことなんて口外できないんだもの、口外したら組織もばれちゃうしね!」


嬉しそうに言って、久遠は清住の後を追った。


続いて、右京と春平が顔を苦痛に歪めて走り出した。














「今回は、随分とまぁお疲れ様。君たちの給料は減らしたからね、当然だけど」


「竹田さんを結果的に危険に陥れることになったんですからね。仕方ないです」


「ところで、君は今日何しに来たんだい?」


翌日、全員が病院行きでくたびれている中、春平はスーツの上着を脱いだ包帯姿で社長の目の前に立っていた。


社長は少し退屈そうに頭を掻いていたのだが、


「社長、失礼します」


春平に続いてやってきた久遠の声で、驚いたように目を見開いた。


「ぐるか……」


「そんな言い方はないでしょ」


久遠はあくまで憎たらしそうに言うのだが、社長はまったく気にしていないようだった。


「今は正田と話をしている。お前は一度出て行きなさい」


「結構です、むしろ久遠が一緒にいてくれた方が俺としてはいいので」


そう言うと、春平は呼吸を整えた。

社長は本当に退屈そうに頬杖をついて資料にちらちらと目を通していた。


その社長の雰囲気と空気に呑まれたら終りだ、と春平は覚悟を決めて口を開いた。


「――先日の無礼を謝りにやってきました」


「ほう、中々に感心な奴だな」


「今回SPという仕事をして、自分がいかに馬鹿げた考えを持っていたか、理解しました。SPも自分の命をかけて――むしろ死ににいくような仕事なのに、自分はSPを否定はせずに、紛争地介入を否定していました。そこに、大きな矛盾をようやく発見することができました」


そう、どちらも死にに行くような覚悟が必要なのだ。


死んでまで依頼人を守る。この二つの仕事の間に、何一つ変わりはない。


なのに一方を否定してるなんて――やはりそれは働く覚悟がないだけだ。


自分はもう、社長のために仕事をすると初めに決めたんじゃないか。


「――社長を命をかけて守る。それを心に誓った仲間たちの意思を踏みにじるなんて最低な行為だったんです。命綱を託した仲間だからこそ、信じなければいけなかったんです」


何も分かっていない、自分より立場が上の人間にへつらうだけだ、と仲間を憎く思う権利は自分にはなかった。


それを清住が、右京が、沖田が、そして久遠が、久遠の指輪が教えてくれたような気がする。


「俺は久遠の意思を尊重するべきだったんです。だから、もう何も言いません。――たとえ社長に愛されていなくても、社長のために死ぬと決めた久遠を尊敬して称えるべきなんです、俺は」


横にいる久遠の顔を見ると、驚いて声も出ないようだった。

しかし、顔が徐々に紅潮している。


春平は嬉しそうに目を細めた。


「自力で、本社に帰ってこいよ。先生みたいになっても、俺が一生かけて面倒みてやるからよ」


どうしていいか分からず困惑している久遠の左手をそっととって、優しく握り締める。温かい。

指輪をした春平の右人差し指が、久遠のかけた薬指の部分を優しく撫でる。


「お前の指輪が、俺を助けてくれた。ありがとう」


――その瞬間、久遠の瞳から涙が溢れた。

必死にそれを右手で擦る姿が愛しくて、春平は優しく久遠の涙を救い上げて、髪の毛を撫でた。


その様子を真剣に見つめていた社長は――ふいに口を開いた。


「紛争地介入を廃止することはできない。だが、私は正田、お前のことを気に入った。しっかりと自分の過ちを見据えて、それでいて前に進もうという気持ちのある奴が、私は好きだ」


そうして頬杖を止めてどっしりと椅子の背もたれに身を預けて、ふんぞり返るように春平を見た。

その表情は、嬉しそうなものだった。


「今回の久遠のことは多めに見よう。しばらくは、久遠の紛争地介入を免除する」


「!」


「その後10年、20年後には行くことになるだろうが、今回は何とか文句を言ってあちらに我慢してもらうしかあるまい。今更他の人間に行けというのも酷だしな」


「――ちょっと待ってよ!社長がそんな不平等、許されると思っているんですか!」


久遠は慌てて声を張り上げる。

確かに、今までそうやって紛争地に行った社員は何十人といるし、それを涙ながらに見送った仲間をたくさんいる。


なのに久遠だけ例外など許されるものか。必ず社員からの反感を買ってしまう。


しかし社長は「あぁ」とまるで気にもしていなかったように、どうでもいいような態度をとる。


そして楽しそうに笑ってから、久遠を見つめる。


その視線は、娘を愛する父そのもの。


「一応、自分の娘だ。今までさんざん苦労かけて誤解させてしまった分、このくらい甘やかしてもいいだろう」


それだけで十分だった、父の愛を確認するには。


久遠は顔を徐々にくしゃくしゃにして泣き出し、それを確認してから社長は立ち上がって、椅子の後ろに広がる外の世界を眺めていた。


「――社長!」


その背中に、春平はたまらず声をかける。


だって、どうしてもこの社長が優しい社長に思えてしまったから。


「アロエを、アロエをご存知ですか」


これだけ聞くと、ほとんどの人間は「当然だろ」と言うかもしれない。自分の会社の店舗ぐらい把握しているだろう、と。


だけど春平が言っているのはそのアロエではない。


アロエの店長、春平の父親のような存在である寺門が子供のころ、初めて出会った便利屋店舗の店長が、尊敬する社長に貰ったと言って大切にしていたアロエのことだ。


それは店長の手を通して寺門に託され、現在は春平のものになっている。


社長は少し間を置いてから、振り返りもせずに言った。




「彼はいい男だったな」




仕事に生き、仕事に死んでいった名も知らない、顔も知らない「店長」。

社長の口からそれだけを聞いただけなのに、春平は涙を堪えるのに必死だった。


この人は、決して劣悪で非道な人じゃない。

「店長」が尊敬してやまなかった便利屋の社長なんだ。


その事実を知って、春平は深々と一礼した。


たった一言、その言葉が春平の心を満ち足りたものにしていた。



できることならこの言葉を寺門に聞かせてあげたかった。


今度寺門に会ったときは、絶対に教えてやろうと春平は思った。




久遠の紛争地介入が延期された。

今まで悪役だとばかり思っていた社長でしたが――彼もまた、血の通う人間です。それを再確認して、春平はとても満ち足りた気持ちなのでしょうね。

さて次回、突然の急展開!

春平、本社から去る!?

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