第74話 甘い、甘いよ。
突然の銃声に講演会はパニックに陥っていた。
まさかの事態に市民は慌てふためき、逃げ惑う人の波に春平と久遠はのまれていた。
「ちょっ――春平、桐原は!?」
久遠に怒鳴られて、春平は人々の波を掻き分けて桐原を探す。
そして慌てて逃げようとする桐原を発見した。
「どういうことだ?桐原先輩が逃げてる――!」
「でもチャカぶっぱなしたのは桐原の護衛よ!桐原はあくまで被害者を演じるつもりなのよ!」
どさくさに紛れて被害者のふりをする桐原。
「――どさくさに紛れて……桐原を狙うスナイパーを演じるコンプの人間は――そのまま竹田さんと俺たちを撃つつもりか!」
春平が確信を得て叫ぶのと同時に、無線機が嫌な金属音を響かせて怒鳴った。
「春平!来い!」
清住の声だった。
それからただ事じゃないと判断した春平は、人を蹴り倒してまでも清住のところへ行こうと波に逆らう。
「久遠、桐原先輩の監視頼むよっ」
「任せて!」
「清住、右京!」
慌てて駆けつけた先には、一人の美少女が立ち尽くしていた。
綺麗に巻かれた長い金色の髪の毛に、可愛らしいピンクのワンピース、暗めのストールを巻いている。残念なのはワンピースの下にスキニージーンズを履いているということで……
「右京?」
春平がすっとんきょうな声をあげると、右京は恥ずかしそうに髪の毛を撫でた。
「いえ……あの、はい。便利屋の面が割れているなら僕だけでも女装して他人のふりしながら守ればって」
「悪目立ちしてるな」
「やっぱ変ですよね」
いや、別の意味で。
「それも残念ながら中止だ!今から俺と久遠でどさくさに紛れて桐原をやりに行く!右京と春平は竹田さんの護衛を頼む!」
どうやら全員考えていることは同じらしい。
どさくさに紛れてやられる前にやる!
こちらは傷つけるだけに対し、向こうは殺すためにやってくるなら、早めに任務を遂行して逃れるに限る。
清住がいなくなったところで、真剣に桐原を狙う竹田を囲みながら、右京がポツリと呟いた。
「どうしてコンプはこんな強硬手段に出たんでしょうか?これじゃあ全くの逆効果のような気がするんです」
確かに。
市は桐原を傷つけることで市民たちに「こんな人を市議会委員にさせたら大変だ」という危機感を持たせるつもりだった。
なのにコンプ自ら混乱を生じたら、全くの無意味だ。
「――それとも何か他に考えがあるのでしょうか?」
右京の何気無い一言は、何か核心めいたものをついていた。
――もし、この作戦自体が無意味なものだったら。
考えて、背中にゾクリと戦慄が走った。
そんなことない、と頭の中から考えを追い払おうとするが、やはり仮説は現実味を帯びすぎている。
「……コンプはもともと桐原先輩の護衛と暗殺者のためにここに集まったわけじゃないのかもしれない」
いや、そうに違いない。
「俺たちを取っ捕まえて、この混乱を起こしたのを俺たちにしたてあげて――邪魔な存在である便利屋本社を公に公開して排除しようとしているんだ!」
竹田なら絶対に本社にSPを頼む――コンプは裏の裏まで読み尽くしてこの講演会を遂行していたのだ!
「確かに――そうすれば悪である便利屋本社を暴いた桐原の株は上がります。けど、できすぎている!」
そう、この仮説はできすぎだ。
「だけど、コンプなら何を考えているか見当もつかない。だから、きっとこれは正しい」
直感が、正しいと言っている。
あまりの衝撃で棒立ちしている春平と右京は、それでも竹田を囲むように立っていた。
その一瞬の気の緩みがいけなかった。
――チャッ。
小さな音が聞こえて、右京はハッと意識を覚醒させて竹田を抱きしめるように守った。
続いて怖ろしいほどの銃声が轟いて、それは遠くにいた市民の耳さえも届いていたようで、よりいっそうの悲鳴が交錯していた。
「――――――っ!」
右京が声にならない悲鳴を洩らして体を弓なりに逸らした。
はたから見ればそれは扇情的なものにあるいは見えたのかもしれないが、それを目の前にした春平はただ顔を真っ青にして見つめることしか出来なかった。
右京のわき腹を銃弾が掠めた。
春平が慌てて右京に駆け寄ろうとしたのを、右京は手で制す。
「大丈夫、防弾チョッキは外してませんから」
それを聞いた瞬間、春平はすぐに意識を右京から切り離して周囲に張り巡らせた。
銃弾が飛んできた方向を睨みつけるように見つめると――狙撃者と目が合ってしまった。
慌てて逃げようとする狙撃者を追おうと春平は一歩踏み出してから、思いとどまった。
そして周りに視線を彷徨わせている隙に――ニ発目の銃声。
銃弾は右京の横をすり抜けて竹田の右腕を直撃した。
「ぐあっ――!」
直撃した瞬間、竹田も桐原に狙いを定めていたらしくトリガーを引いたが、突然の右腕狙撃によって目標がそれてしまった。
春平が桐原をスコープで確認する。
やはり照準が外れて頬に掠めただけだったようだ。
「竹田さん!」
竹田は打ち抜かれた右腕を苦しそうに顔を歪めながら押さえていた。
右腕を貫通した痛みにはそうそう耐えられない――これ以上ここからの狙撃は見込めなくなってしまった。
これで竹田は任務失敗。
コンプも、使えなくなった竹田を始末するなど面倒なことはしないだろう。するとしたら、近くにいる便利屋始末だ。それのために竹田を利用しないとも考えられない。
今自分がすることは、これ以上の狙撃が来るようなら阻止すること。
でもそれには追いかけるのが必要だが、右京一人では竹田は――
そう思い悩んでいるのが顔に出ているのか、右京はにっこりと強気に微笑んで見せた。
「行ってください。竹田さんは僕一人でも守れますよ――あんまり僕をなめないでください」
「!」
その言葉を合図にするように、春平は駆け出した。
広場は大混乱の只中だった。
人々は早く逃げようとしているが、コンプの人間がそれを阻止している。今このタイミングで市民に警察を呼ばれたら元も子もないのだ。相変わらず銃声が鳴り響いていて悲鳴も飛び交い、市の人間は対応しきれずに何とかコンプを抑えようとするが、結局返り討ちにあってしまっている。
地獄絵図。そんな光景が目の前で繰り広げられている中、必死に攻防戦を繰り返している清住と久遠の姿があった。
はたから見て誰が悪者なのか分からない状況――それでも分かるのは、桐原が被害者を装って避難しようとしていたことだった。
「先輩、そりゃないスよ」
逃げようとする桐原の背中に声をかけると、桐原は嬉しそうに振り返った。
「よぉ便利屋。さっきは下手な嘘でお前が敵だと確信させてくれてありがとうな」
「まぁそれぐらいどうってことないスよ。俺だって桐原先輩のこと好きだからー」
「男にそんなこと言われても嬉しかねぇよ」
「その言葉、そっくりそのまま返します」
春平がおどけて言うと、桐原の視線が鋭くなった。
桐原自体、護身用に何を所持しているか分からない。
注意深く春平が桐原の手元を観察していると――桐原は両手を胸の位置でひらひらとさせた。
「一応市議会委員の身なんでね、残念ながら得物なんかは持てないんよ」
心臓がはね上がった。
つまり、桐原は素手で春平とやり合うと言っているのだ。
どうするべきか、一瞬悩んだ。
一応春平はナイフも拳銃も所持している。
だけど、ここで武器を使うのは、はたしていいのだろうか?
はたから見れば、不審人物が武器を使って桐原を脅しているようにしか見えないだろう。
となると便利屋はさらに都合が悪くなる。
桐原の武器不所持はそこまで計算されたものなのか、どうか……
考えて、春平は考えることを止めた。
もとから考えるのは不得手なのだ。
ならば、本能のままに動く、これに限る。
武器は最後の最後までとっておく。
「桐原先輩と喧嘩なんて初めてだな――いや、もう先輩なんて呼ばない方がいいかもしれない。なにせお互い命懸けだからな」
春平は命までとるとは言わないが、腕の1本、足の1本は使えなくするつもりだった。
竹田は腕を射抜くだけだと言っていたが、それだけじゃコンプは止められないとの春平の独断だった。
「行くぞ桐原。お前を、止めてやるよ」
お互い睨み合って微動だにせず、数秒間が経過した。
先に動き出したのは春平だった。桐原はあくまで被害者を演じたいらしく、決して先に手を出そうとは思っていないようだ。
顔面に一発、拳をめり込ませるつもりで放った正拳は、しかし桐原に叩き落とされてしまう。
叩かれた右腕に痣ができるかと懸念するほどの強さ。大学でも野球を続けていたというのは本当らしい。
それを堪えて今度は桐原からの正拳が飛んできた。
それをしゃがみこんで回避し、左足を軸に足を回転させて桐原の足元をすくう。
桐原は簡単に地面に腰を打ち付けてしまった。
――単純な筋力からいうと先輩の方が上だが、瞬発力は俺の方が勝ってる!
ならば桐原に休む暇を与えずにすればいいのだ。勝算は春平にある。
春平の余裕は顔に出てしまっていた。にやりと口を歪めて桐原の上に馬乗りになって拳を振り上げた――
――瞬間、発砲音と共に春平の右腕に激痛が走った。
「――――――っ!」
「便利屋は組織の人数を把握しなかったのか?俺を殺ろうとすれば、どこからともなく銃声が轟いちまうぞ」
激痛で拳を止めた春平を、桐原は力任せに押し倒した。その震動が右腕にさらなる苦痛を強いる。
「あぁっ!」
「甘い、甘いんだよ春平。いつもすんでのところで気を緩めて結果命取りになり――それがお前の弱点だ。高校時代もそう。お前が何度そうやって勝てる試合を奪われたか知ってるか?何度気を抜いて俺のボールを取りこぼしてスチールされたか覚えてるか?」
激痛が春平を襲う。右腕だけじゃない、桐原の言葉が、春平を傷つける。
「それで俺が何度注意したか覚えてるか?――覚えてないんだよな、お前は。その証拠に、20歳になった今でも過ちを繰り返している」
桐原が春平の腕を握りしめる。それだけで腕がみしみしと悲鳴をあげた。
圧倒的な暴力を目の前にして、一切の抵抗がてきずにいる。
気持ちが沈んでいく。
自分はいつも考えなしなのだ。だから最後には痛い目を見て泣く。
結局こうして、どんどん大切なものを失っていくような気がした。
野球も久遠も何もかも。
「しけた面しちゃって馬鹿じゃないの?」
突如天から声が降ってきて、気付けば桐原は横に飛ばされ、まわし蹴りをしたと思われる久遠が強気な笑みを向けていた。
頭から血を流し、服も所々切れているのにもかかわらず、久遠は楽しそうに、春平を馬鹿にするように笑っていた。
「――聞くまでもないわ、そういえばあんた馬鹿なんだものね」
何も言えない春平の左腕をつかんで無理やり立たせると、頭を力強く叩いた。
「死ぬのは早いよ馬鹿小僧。もう少し――せめて桐原をやってから死んでよね」
「……死ねって言ってるみたいだぞ」
「そんなこと言わないよ。ただ、死ぬつもりで来てるんだから、頑張ってよね」
そう言う久遠を見つめてから、春平はゆっくりと久遠の手を握った。
――ここに、いる。
いずれ失ってしまうかもしれないが、今は確かにここにいるのだ。
――失ってしまうと後悔しても仕方がない。不器用な自分は前だけを見ていればいいんだ。
だから、今久遠が、仲間がここにいるという幸せを噛みしめなければいけない。
少しでも、後悔なんかしないように。
明らかに春平の表情が変わった。
同時に久遠の背中を銃弾が襲う。
「――っく」
よろめく久遠に、立ち上がった桐原が中段の蹴りを出すが――それよりも早く、春平は久遠を守るように桐原に立ち向かってその足を固定していた。
「甘い、甘いんだよ桐原。あんたは昔っからそうなんだ。いつも自分が強いからって相手を侮る。いつでも上から目線なのは、あんたの弱点だよ。自分がエリートだからって自信満々に放ったストレートで何度点を取られたか知ってるか?」
春平の挑発に、明らかに桐原の表情が怒りで歪んだ。
その隙を、春平は見逃さない。
――やるなら、混乱に生じる今しかない!
春平の気持ちを察したように、久遠が桐原の背後に回りこんで無理矢理ハンカチを口に詰め込んだ。
「さようなら、先輩」
ゴキリ、と。
奇妙な音が響いて桐原の足が奇妙な方向に曲がっていた。
「あ、え――――――」
桐原がその痛みに気付く前に、春平は桐原を蹴り倒して力任せに左腕を踏みつける。
つづけてゴキリ、と左腕が骨折する。
「―――――――――!!」
桐原の悲鳴は、しかし詰め込まれたハンカチによって消音されていた。
この混乱で、桐原の以上に気付く市民などいないだろう。
「もうお前は俺の好きだった先輩じゃない」
しかしそんな春平の言葉も聞かずに桐原は白目を剥いて気を失ってしまい、轟く銃声が、春平と久遠を攻撃する。
「駄目、久遠逃げよう!」
「右京のところへ!清住が向かってるから私たちも行きましょう!」
桐原との決着がつき、いよいよコンプ編が終結します!
そして久遠は一体どうなるのか。
次回、久遠編終了!