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アロエ  作者: 小日向雛
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第72話 好き「だった」からな。

「あれが桐原です」


竹田のスコープから講演会の様子を覗き見ると、そこには太陽の光に照らされた健康そうな青年が嬉しそうに席に座っていた。顔は太陽の反射であまり綺麗には見えない。


「本当に若いんだな……」


感心する春平に、全員の白眼が集中する。


「――まぁ、春平はおいといて、あの周りを固めているのが組織のSPですね竹田さん」


「はい、おそらくは。市の人間が桐原を守るというのはまずないでしょう」


何となく重苦しい空気が広がる。


「それで竹田さん、相手の組織についての情報は何か入手できているんですか?」


清住がこの空気を打破しようと必死に竹田に話しかける。


「いやぁ……私も雇われている身ですから、詳しい内情は教えられていないんです。それよりも若方がそんなに情報を得ていたことにびっくりですよ」


あはははははは。とあからさまに無理をしている笑いでその場を和ませようとする――無理だけど。


「それにしても、竹田さんはこんな遠いところから桐原の首を狙えるんですか?」


「えぇまあ。それに今日の目標は腕ですから、仕留め損ねたらどうしようとかいう心配がなくてかなり楽ですよ。――目指すは講演会中。桐原の負傷を市民に見せしめるのが目標です」


竹田の気が引き締まり、今までのリラックスしたのとは反対の真剣な表情に変わる。


それを確認して、清住が合図をする。


「さぁ、俺たちも一度散ろう。いつまでも竹田さんを囲んで講演会を上から睨み付けてたんじゃあ不審者だからな」










桐原の近くに3人。


「他それらしいスーツの男が4人、女が2人、私服だけど不審な動きをする男が5人、講演会の広場に集まってる」


春平が無線で知らせると、右京、久遠から〈了解〉と短く返事をされた。


〈清住了解。それにしても随分な人数を集めたな。桐原は組織の幹部だった、もしくはしたっぱにそれだけの人数をかけられる組織だと考えて気を引き締めるべき。監視の目を怠らないように〉


「春平了解」


無線をポケットにしまい込んで春平は講演会の周りを散歩し始めた。


清住と右京が竹田の直接の護衛、春平と久遠は一般市民として講演会に紛れ込み、監視をするという役割分担で行動している。


――SPだけでも14人。まだいる可能性も高い――あるいは同じく桐原暗殺を企てている奴もいる可能性も無きにしも非ずだろうが、仲間じゃない。もし全部が組織の人間だとした時、竹田さん暗殺のスナイパーもどれだけの人数がいるか分からない。


春平は小さく深呼吸をして、前を見据えた。




「正田……?」


ふいに名前を呼ばれて、春平は一度肩を震わせながらもゆっくりと振り替える。


「――――え……」


背筋が凍った。


清潔な黒髪は少し癖があり、それに映える灰色のスーツを崩すことなく綺麗に着こなす青年。しかしスーツの上からでも分かるような筋肉は決して無駄な贅肉ではなく、日々体を鍛えるアスリートそのもの。


春平は、この青年を知っていた。


「――桐原、春賀はるか先輩……」


春平に名前を呼ばれた最年少の市議会委員は自分の名前を呼ばれてニッコリと爽やかに笑った。


「2年ぶりだな!」


高校時代の野球部の先輩が、そこにいた。











「まさかの事態だな」


清住が口に手を当てて考え込んでいる。


「桐原が春平の先輩、か。これじゃあ講演会まで春平はへたな動きができなくなる」


「でも逆に、色々なことを聞き出せる可能性があるってことですよね」


右京が悪戯っぽく微笑むと、清住も策士な笑みを向けた。


「そういうことだ。うまい誘導で、たんまり情報を貰おうじゃねぇか」




名門野球部でピッチャーをつとめていた桐原の球を、キャッチャーである春平は幾度となく受けてきたし、同時に打ってきた。


春平が2年になり桐原が卒業すると、OBとして練習に参加していた。

それは後輩が可愛いからなのか、それともただ野球がしたかったからなのか。


「桐原先輩は大学行ったんスよね?」


「ん?あぁ。それで今年卒業して、晴れて市議会委員になった、てことさ。もちろん大学でもそれなりに野球はしてたぞ」


今年卒業したばかりで、現役を貫いていた。

取っ組み合いになったら組み伏せられる可能性が高いな、と春平は内心ため息をついた。


「へぇー。じゃあ仕事は市議会委員が初めてってことスよね」


「いいや、実は就職しながら大学に通ってたんだ。そこから市議会委員に上司が推薦して――って、新聞に書いてたよな。見なかったか?」


新聞――桐原は春平を試しているのだろうか。

もし書いてたらそれまでだが、書いていなかった場合、春平が何らかの情報を得て講演会目的ではなくやって来ている、ということを暴露するようなものだ。


――同じ臭いを俺から感じたか?


「……いや、実は新聞あんまり読まないんス」


正直に言って軽くお辞儀をする春平を見て、桐原は豪快に笑った。


「社会人にもなって新聞読まないたぁどういう了見だよ!どうせニュースも見てないんだろ?お前は高校のころからそうだからなぁ」


春平はムッとしてそっぽを向いた。


「別に高校の時はいいじゃないスか」


「まぁそう拗ねるな。そういえばお前は今何してんだ?」


「ただの会社員スよ。最近は景気が悪くて給料も安いんで、桐原さん何とかしてくださいよ」


「ふーん会社員か。どこで働いてんだ?」


しまった。


「まじそこら辺の印刷会社スから」


「いいから言えよ。別に恥ずかしいことじゃあるまいし」


冷や汗が全身を湿らせる。


――やっぱり、何か感付かれてる。普通ここまで深く聞かねぇよ。


これは、桐原が明らかに春平のことを気にしているということ。


「稲田印刷よ」


突然肩に手を置かれて春平は閉口してしまう。


そこには助け船を出すために駆けつけてきたと思われる久遠がいた。


「へぇ、あそこの。何だ、給料悪くないじゃん。正田、あんまり贅沢言ってんじゃねぇよ」


「はは、どもっス」


「それじゃあ、また後でな。――あぁ」


背中を向けた桐原だが、すぐに顔だけ振り替えって春平に言う。


「俺、お前のこと後輩としてマジ好きだったからな」


そう言って去っていく桐原を目で追って、春平が呟く。


「……今振り返ってまで言うことじゃあ、ないよな」


久遠は重々しく頷いた。


「あんたが敵だってこと、気付いただろうね。もちろん私も」


つまり、「お前のこと殺さなくちゃいけないみたいだから、今のうちに告白するわ。お前のこと嫌いなわけじゃないからな」ということだろうか。


「便利屋のことが漏れている可能性は高いな」


春平が言うが早いか、久遠は無線で清住たちに情報を伝達する。


「これで、万にひとつの可能性は消えたか」


間違いなく、このままでは便利屋も殺される。


無線を切ってから、久遠がじりと清住を一瞥した。


「――嘘をつくる技術もほどほどなくせに、適当なこと言わないの。相手が一般人ならない多目に見るけど、同業者なのよ?適当にコンビニアルバイトとか言っておけばよかったのよ」


「すみません」


これは完全に春平の落ち度だった。


「あんたを責めるつもりはないけど、死ぬの覚悟しなさいよ。SPは、自分の命を捨ててまで依頼人を守るのが仕事なんだから。半端な考えは捨てなさい。私たちは、死ににいくの」


言葉が重圧となって春平にのしかかる。久遠の言葉は、それほどまでに重い。


春平は頭の中で再度久遠の言葉を復唱する。

そうして目を閉じて、ゆっくりと久遠を見据える。


「了解」


同時に広場内にアナウンスの声が轟いた。




講演会が、今始まる。




桐原が実は春平の先輩!しかも春平が敵だと知っている!

大変なことになりそうです。

春平も、桐原のことが嫌いでも何でもないだけに、少し、戸惑いが生じてしまいます。

次回、何かが起こります。


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