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アロエ  作者: 小日向雛
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第66話 紛争介入の真実

先生は春平と右京から一定の距離を保ちながら、じっと見つめている。


「ちょっとした暗示ですよ。さすがに催眠術まではかけれないので」

寺門さんのように、とは付け加えなかった。おそらく春平はそのことを知らない。そして、これは知らないままが一番だろうと判断したからだ。


ずっと先生の目を見続けていると、ここが現実なのか仮想現実なのかの区別がつかなくなる。


不思議な空間に追いやられ――突然先生の両手が弾けるような音を鳴らす。


それで現実に引き戻され、いぶかしげに先生を睨む。


「……なんかした?」


「はい。でも、何もかも思い出せないわけじゃないでしょう?納得いかないモヤモヤ感もないはずです」


確かに、と二人は自分をかえりみる。

生まれてから現在まで、何一つあやふやで納得のいかないことはない。


「催眠術で無理に記憶の引き出しに鍵をかけてしまうと、ふいにその鍵を発見して引き出しを開けてしまったときの反動が恐いですからね。君たちの事件は、自分がつい最近体験したものではなく、映画で見たことがあるシーンのように軽くあしらうようになっているはずですよ」


言われてみれば、しっかりと記憶があるのに、まるで自分が体験していないような錯覚がある。


「記憶の引き出しを部屋の外から出しただけです。それは確かにあなたのものでしたが、現在それはあなたの身近にあるものではありません。ただ、そういやあの引き出しも昔は自分のものだった、という認識だけしておいてください。間違いなくあなたのものですから。今はあなたのものではありません。分かりましたか?」


「はい」


はい、としか言いようがなかった。

先生の言葉は本当に魔法のようで、言っただけその現実味だけが増していく。


催眠術をかけられるときも理性が知らない間に操作されてるんだから、こんな感じなのかなぁ、と春平は思っていたが、


実際先生は何もしていない。

催眠術らしいものをかけたふりをして、ただ言葉で思い込ませただけだった。


先生は二人の返事を聞くと、嬉しそうに口をほころばせて優しく肩を叩く。


「それでは大丈夫です。さぁ、早く会社に戻ってください」


春平が立ち上がると、右京は不思議そうに首を傾げた。


「先生は怪我をしてるから入院してるんですか?」


それは核心ともいえる発言だった。


春平があからさまに顔を青くしているが、右京は悪気はないので平然と、むしろ自信満々な態度で対峙していた。


その態度が気に入ったのか、先生は気にしている様子もなくあっさりと答えてくれた。


「いいえ。僕は雇われてはいますが社長から依頼を受けとることはないので、ずっとここにいますよ」


妙に引っ掛かる言葉だ。


さらに右京は続ける。


「それは、ほとんどここに住んでる状態ってことですか」


「あはは、さすがに住まわせてはもらえませんが、皆さんと同じように朝に病院に出勤して夜に帰っているんですよ」


「それって意味あるんですか?」


「右京止めろって」


「構いませんよ春平くん。……そうですねぇ。でもこうして病院に出勤してることが分かってる人――たとえば清住くんや久遠くんは少なくとも僕に依頼を持ってきますよ。出勤することで僕は基本給も社長からもらえますし」


「――おかしい」


ポツリ、と呟いた右京の言葉は、この静寂な空間では透き通るように響き渡ってしまう。


「社長って、そんなに優しい人なんですか?」


右京の言葉は信じられない、という含みがあった。

なにしろ右京はその社長の策略で、結果一人の命を失っているのだから。


「申し訳ないですけど、先生は僕たちと同じような仕事はできないでしょう?生活保護さえ受けられる体だ。なのに社長はそんな使い物にならない先生を雇うなんて、おかしいじゃないですか」


「右京!」


あまりに酷い言いぐさに春平が怒りの声をあげる。しかし右京は平然としていた。

むしろ春平を非難するような視線を向けて。


「実際春平さんもそう思ってるでしょう?だけど何事もなくコトを済ませたいから、見てみぬふりをする。明らかに気遣ってるの分かるし、気にしてるのも分かる。それ、日本人の悪いところですよ。そんな態度こそ傷つけるんだから、いっそ聞いた方がお互い清々しいんですよ」


春平はぐっと唇を噛んだ。


「――僕はもともと本社に捨てられた人間ですから、社長も僕を見捨てるのが気が気じゃなかったんでしょうね」


どこか悲しさを秘めた瞳で、先生は虚空を見つめて呟いた。


しかし言われた本人たちは全く理解できない。


「捨てたのに、見捨てれなかった……?」


春平はもう一度先生に尋ねる。しかし先生はただ静かに頷くだけだった。



見捨てれないなら、はじめから捨てなければよかったのに。



「捨てられたのに、僕は戻ってきたんです。だから社長はそんな僕を見捨てられないんでしょう」


何も言えずに呆然としている二人を確認すると、先生は悲しそうに呟いた。


「分かりましたね?今日はもう帰ってください。仕事に専念しないと、社長に捨てられてしまいますからね」










「捨てられたって、どういう意味だろう」


会社の3階に戻り、誰もいない道場の畳に座り込んで春平、右京、沖田が菓子を食べながら話し込んでいた。


「そういえば沖田、こんなところで菓子食べてて大丈夫なの?」


突然呼ばれて、沖田は大きな目をよりいっそう大きくした。


「僕がいちゃ駄目?」


「まさか。でもお前いっつも仕事で走り回ってるからさ、こんな暇あるのかなーて」


エレベーターの中でだって仕事をするような人間だ。ここで菓子を食べる暇なんてないだろう。


しかし沖田は嬉しそうににっこりと笑った。


「実は僕今日は昼上がりなんだ。今はもうプライベートだから」


あぁなるほど。


「沖田さんは先生のこと知ってるんですか?」


「うん、まぁね」


「あのさ、別にお前に先生のこと洗いざらい話せなんて言わねぇよ。だけど、社長に捨てられたとか何とか、それだけでも教えてくれないか?」


「僕たちに無関係な話には思えないんですよ」


二人の真剣な言葉を聞いて沖田は気まずそうにうつ向き、一呼吸おく。


「……君たちの仕事は他の階の方たちに比べると本当に過酷なものなんだ。怪我、しなかったことないでしょう?」


言われて、お互いがそれぞれの経験を思い出して顔を歪めた。


「その中で最たるものの話、聞いたことない?」


「最たるもの……?」


「春平さん、覚えてますか?」


右京の言葉で、久遠のことを思い出した。


初めてここにやってきた時、数々のことを教えてもらった。

仕事内容を聞いたとき、彼女は言いづらそうに言ったのだった。


「紛争地に連れていかれる……?」


右京はゆっくりと頷き、沖田は申し訳なさそうにうつむいていた。苦しそうに唇を噛み締めて。


「先生はむかし、中東の紛争に赴いたことがあるんだ」


――あ。と、春平と右京はこれから続くであろう言葉を連想した。


「それはつまり社長からクビを宣告されたということ。――いや、クビというより、首」


普段の沖田からは想像もつかないような暗く低い声が、そのことの重大さを克明に伝えている。


「特殊護衛科の社員が仕事を辞める――それはつまり、戦地に赴いて死ぬということ。特殊なこの便利屋本社の中でもさらに特殊な任務をこなしていたあなたたちから、情報が流出することを社長は恐れている」


だから、仕事、という名義をもって科の社員の存在を消す。これが社長の狙いなのだ。


「――皮肉な話ですね。自分から求めてそんな科を設立して、いざ都合が悪くなったらその社員ごと科の存在を隠ぺいする――結局僕たちは最初から最後まで金に釣られる捨て駒なんですね」


眉間にシワを寄せて、右京は激しく憤怒していた。


「……先生は、そんな今までの状況を塗り替えた人だから、特殊護衛科の社員から尊敬されてる」


「つまり、あの体で戦地から生還したただ1人の人間ってことだな」


春平の言葉に、沖田は静かに、しかし力強く頷いた。


「あくまで戦地に赴くのはクビではなく仕事、としているんだ。まさか全ての金も交通機関も断絶してるのに生還するなんて考えられないでしょ。だから公式な取り引きで先生はクビにされていない。結果どこにも移動させれないし、再び戦地にっていうわけにもいかないから、社員で居続けているんだ」


それなら全てに合点がいく。

一度クビにしたのに、見捨てなれない。

見捨てるとは、つまりクビ。再び戦地へ連れていくことになる。


だけど、結果墓穴を掘った仕事で、社長は先生に多額の金を支払う羽目になった。

戦地に連れていく交通費さえ惜しいほどに。


だから見捨てられない。


「――本当は、僕がそんな事態にならないように完了管理すべきなんだ。だけど僕にはその力がないから、結果特衛科を酷い目に合わせている」


「沖田は一切責任ないからそこまで考える必要ないよ」

だが、その3階――特殊護衛科の社員の末路を見てみぬふりをして、容認している社員に全く非がないとは言えないだろう。


しかしそれなりの報酬で豪遊する人間を妬み恨むのもまた人間。


結局どうしようもない話なのだ。


そこまで考えて、春平はとあることを思い出した。


「右京――給料貰った?」


そういえば春平は豪遊どころか給料さえもらっていなかったと思う。


「今日が給料日ですよ」


右京は今までの嫌な話を払拭するようににっこりと笑う。


「それじゃあ今日は早く帰って買い物でも行ってきたら?」


沖田に促されて、春平は

「うーん」とうなり悩む。


「どうせ今日はもう終わりでしょ」


「え、そうなの!?右京知ってた?」


「知らないですよ。だって清住さんも久遠さんも教えてくれなかったから」


「君たちかなり疲れてるだろー?休み欲しいかと思って調整したんだよ」


呆れてため息をつく沖田。


「調整って……お前そんなことまでしてんのかよ。ただのフロントスタッフだと思ってたら」


「だから大忙しなんですよー。だから僕も買い物に誘ってねー、おごってねー」


「随分と都合のいいこと言ってるよなお前」


ムスッとする春平を上目遣いで見つめる二人。――なぜ右京まで。


「僕も暇です。皆で遊びましょうよ」


そこまで右京が笑顔になるならば断りにくい。


「じゃあ……」


そうして食い散らかしを片付けてから道場を後にしようとした時――


「――ひとつ。聞きたいことがあるんだけど」


やけに真剣な声で沖田が春平と右京を引き止める。


「何だよ」


「その、紛争地に連れて行かれるって話は、誰から教えてもらったの?」


「久遠だよ」


春平の言葉に驚くこともなく、沖田は静かに呟いた。


「久遠さん、か」




この時はまだ、この時沖田が見せた苦しそうな笑みの意味が分からなかった。



紛争に行ってたのには、それなりの訳があった。

だけど、そんな理由で命を落とすなんて――

とまぁ、春平くんの腹が徐々に煮えたぎっていきます。

次回は、ゆっくり買い物でもしましょう。

清住の様子が変です。


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