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アロエ  作者: 小日向雛
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第63話 社長の策略

無礼極まりない様子で教室に入ってきた男たちに、村の大人達は眉を顰めた。


「一体何の用だい?」

「何も学校にまで押し寄せてくるようなことだったのかい?」

「そもそも三人だけの家に脅しにいくようなことがあったらただじゃおかないがね」


そんな村の人たちの言葉がまるで聞こえていないように、男たちは右京から視線を話さなかった。


「右京くん。日本語は分かるかい?」


右京はゆっくりと頷く。

「それは良かった。実は君にとても良い報せを持ってきたんだ」


「そこにいる妹さんたちを楽に食べさせてあげられるような、素敵な話だ」


その言葉に、少なからず右京は反応し、興味を示す。


「私たちは便利屋本社という会社の社員だがね」




「君を社員に招こうと勧誘に来たんだ」




「なんで、僕?」


それは素直な質問だった。

便利屋。便利な、屋。

パステルとアクリルの話によると、つまりは「何でも屋」で、どんな仕事でもこなすお店のことらしい。

そんなところに、どうして自分みたいな人間が勧誘されるのか、まったく意味が分からなかった。


右京の心を見透かしているかのように、男は話しを続ける。


「君のことは色々と調べさせてもらったよ。帰国する前の、海外でのこと。もちろん帰国した後のこともね」

「身体能力に特化している。素晴らしい能力。ばねのようにしなやかな筋肉、それを操作できる迅速な判断力を持つ脳、何よりそれを若くして手に入れているということだ」

「社員になったら、物凄い額が君に支給される。それこそ、この学校と名乗るたわいのない建物を何件も買えるほどの」


その言葉に大人たちはざわめき始める。


「――その話、上手すぎない?」

そう言ったのはアクリルだった。


「だって、何で社員になっただけでそんなにお金がもらえるの?騙されてるんじゃないかな」


「騙してはいない。ただし、便利屋と称しても、それは本社全体を意味しているだけで、君が担当とするのは実に危険な任務をこなす場所だ」

「だからそれ相応の額が支給される。異存はない」


右京は黙り込み、じっと男の瞳の奥を見透かそうとするが、それを男の精神力が阻止している。


「今まさにしているその行動そのものが素晴らしい。普通の人間なら数ヶ月に及ぶ訓練が必要な技だ」


「僕はそんなに素晴らしい人間じゃありません」


「それは謙遜というものだよ。自分を馬鹿にしすぎている」


「危険な仕事を出来るとも思っていません」


「君にはできる。君よりも能力が劣る年長者はいくらでもいる。そんな彼らもこなしている」


「海外での僕のことだって、ただ体育での成績が良かったとかいうレベルの話でしょう?」


「残念ながら、君が射的を得意としていることも、色々な格闘技に挑戦していた事も知っている。君が手にした輝かしい栄光の数々がそれを物語っていてね」


今この場でそんなことを言われると思ってもいなかったのか、右京は目を見開いている。

その隙を社員たちは見過ごさない。


「君はただ本社の社員になるだけでいい。それで莫大な額が支給される。破格の条件だと思うが?」

「仮に君がここで一生を過ごしたところで、村からも出れずにひもじい生活で一生を終えるだろう」


「そうやって決め付けないで――」


右京が話し終わる前に、社員はそれを遮った。

「社長は君を深く望んでいる」




「もし君がこの条件を呑まない場合、この村ごとダムの底に沈める計画が進められている」




その言葉には周りの大人たちも爆発したように文句を言い始めた。

「何を勝手なことをぬかしているか!」

「そんな脅しで右京ちゃんを危険なところに連れて行こうというのか!」

「右京ちゃんは行かないよ!そんな有り得そうもない話に乗る程子供だと思ってるのかい!」


「僕は、行かないです」


右京が断言すると、社員たちは「実に残念だ」と言った。言っただけで、表情には全く表れていない。


「それでは明日中にでも、工事の準備を始めるとするか」




誰もがいち会社ごときにそんなことができるとは思っていなかった。そうやって脅して、右京を連れて行くのが目的なのは目に見えている。

だから誰もそれは気にも留めていなかったのだが。


翌日、本社からさまざまな車が村に入ってきた。


村中がどよめき、指揮官と思われる人間に講義をするが、男は

「右京くんが行かないと言ったらダムの底に沈めるといったではないですか」

とひょうひょうと言っていた。


これもただの脅しかと思われたが、男たちはすぐに行動を開始していた。

土地のことは既に調査済みだったのか、ここに施設を作るといって土地をならし始める。


ただ事ではない。


村びとたちは焦り始めた。

そして事態を聞きつけてやってきた右京を横目でちらりと見ていた。


自分たちで「右京は行かない」などといっておきながら、実行されると「とっとと行ってしまえ」という視線を向ける。


理不尽な大人たちの視線に責められて、右京は肩身の狭い思いをしていた。


家に帰ると、アクリルとパステルは右京を必死に庇っていた。


「右京は全然気にしなくて良いよ!」


「むしろ他の町に引越しさせられるかもしれないし、いいじゃない?」


「だから行かないでよ。私たち二人残して行ったら、私たちどうすれば良いのか分からないよ」


「そうだよ」


そんなことを聞きながら、実際は村の人間たちはアクリルとパステルを保護してくれるのは分かっていた。そこまで無慈悲な村ではない。


意を決して、右京は二人が寝たのを見計らってから、夜中に家を飛び出した。


夜中中も、作業は静かに進められていて、指揮官も寝ぼけ眼で命令をしていた。その目の前に、チカチカと光るものを感じて目を細める。

右京の金色の髪が、夜のライトに照らされて輝いていた。


「僕が本社に行ったら、ダムの工事は中止してくれますか」


決意の固まった声音だった。表情は真剣で、その瞳は一心に指揮官を見つめている。


「――もちろんだ。今すぐにでも、本社に伝えよう」


右京はほっと胸を撫で下ろし、これでよかったんだと自分で納得していた。




このことはすぐに村中に知れ渡り、大人たちは「本当にいいのかい?」と右京を説得しようとしていたが、実際は「助かった」というのが本音だろう。


工事が中断した数日後、

朝早くに外が騒がしい事に気付いた。それで目を覚ますと、隣に眠っていた筈のパステルがいない。アクリルは未だ静かに寝息を立てて猫のように丸まっていた。


食事の準備でもしているのかと思いキッチンに向かっても、姿は見えない。


不思議に思い靴を履いて玄関の扉を開けようとしたのとほぼ同時に、外から扉が乱暴に開かれた。


「右京ちゃん!早く来て、アクリルちゃんも起こして!」


顔を真っ赤にして走ってきた近所のおばさんに右京は違和感を感じながらも、アクリルを無理矢理起こしてその寝ぼけた体を抱きかかえて外に出る。


「パステルちゃんがっ!」




村は完全な盆地だった。だからこそダムも作りやすかったのだろうが。

村よりはるか高い位置に、断崖絶壁の下にある村を背中に、小さな人影が見えた。


「パステル!」


右京はアクリルを抱えたまま村を一度抜け出し、村を一望できる高い一にある場所に登る。

その近くにはダムの施設を作ろうとしていた痕跡が残っていて、

パステルが立っている場所こそが、のちに右京とアクリルが「誰にも見つからない穴場」と称して春平を連れてくる場所だったのだ。


すでに村を背にするパステルの目の前にはたくさんの村びとが集まっていて、必死にこちらへ引き戻そうとしていた。


右京がやってくると村びとたちは道を開けて後ずさる。世界が三人だけになったような状況だ。

「起きてる?突然立ち上がったら呼吸苦しくない?」などとアクリルに言って、右京は手の内からアクリルを解放する。アクリル自身も、抱かれたまま坂を上ったりしたらゆっくりと眠ってもいられない。まして実の妹がなぜか危険な場所に立っている。


「パステル、危ないからとりあえずこっち来て、ほら」

右京が優しく微笑み両手を広げる。しかしパステルはそれを悲しそうに見つめているだけだった。


「行かない」


聞き取れるぎりぎりの音量で、パステルは呟いた。

それが最初は、右京のところには行かない、という意味だと思い、手を引いた。


「行かない。右京は行かない」


何かを固く決心した声音だった。


「私が行かせない。私が右京を止めてみせる」


「……パステル?」


「右京が行くっていうなら、私は自分を犠牲にしてでも右京を止めるよ」


そうして一歩、パステルが退いた。背中には100メートル以上も下に村が見える断崖絶壁。

右京は何か言わなければいけなかったのだろう。だけど、刺激してはいけないとも思ってしまった。


「私が死んで、右京がこの村に残ってくれるなら大満足。私は報われるもの、ねぇ?」


右京は答えない。


「右京のいない村にいたってしょうがないよ。右京がいないなら、私だっていなくていい。私、右京のこと本当に好きだもん。お兄ちゃんなんて一度も思ったことないもん」


パステルが一歩後退した。


「右京。右京。右京」


壊れたレコードのように、パステルの声が不気味に響く。


そしてパステルの頬に一筋の涙が伝ったとき。


「行かないよね、右京」


笑顔を見せたパステルはそのまま右京から視線を逸らすことなく少しジャンプする形で後ろ下方にある村に身を委ねた。


誰かの悲鳴が響く。それも、どこか遠くの世界で響いているような不思議な錯覚。


皆どうすればいいか分からずに右京を見る。

隣に立っていたアクリルがいつのまにか右京にしがみつき、じっと右京を見上げていた。


何も怯えた様子はない、冷静な表情だった。


「パステル死んじゃった」


その言葉は直接的すぎて、まだ状況把握できていない右京の心に伝わるには十分だった。


「便利屋なんかにいかないよね?」


無垢な言葉に右京は一瞬目を背けた。

たとえパステルが死んだとしても、これは変えられない。


「ごめん、僕は行く」


村人がいっせいにざわめいた。

そこかしこで、パステルが無駄死にさせられた!という怒号が聞こえる。

じゃあ何だ?彼らは右京に残って欲しいのか?いままで早く行ってしまえという雰囲気を出していたくせに。

だからといって右京がここに残れば何か言われるのは目に見えている。





その日はパステルを埋めるのをずっと見ていた。


ただ見ていた。


そして翌日。

凄まじい轟音で目を覚まし外の様子を見ると、中止したはずのダムの工事が再開されていた。


「何で!?僕、便利屋に行くっていいましたよね!?」


右京が怒鳴り付けにいくと、社員はばつが悪そうに苦笑した。


「まぁまぁ。君は本社に行くんだから関係ないだろ?……社長がどうしてもここにダムを作りたいって言うからさ」


右京の頭の中が一瞬にして真っ白になった。


はめられた。

社長はもともと、取引めいたことをするつもりなど毛頭なかったのだ。


右京を手に入れ、ダムも手に入れる。

それが目的だったのだ。










結果ダムが作られることに村人たちは激怒し、同時にパステルを失ったにもかかわらず右京が出ていくことに激怒した。


パステルが無駄死にした、と。

右京は村人を裏切った、と。


社長の思惑を何ひとつ知らない村人は、そう偏見だけをもって右京を憎み呪った。



その蔑みは数年たった今も変わらず、調査にきた右京に敵のごとく殺意を向ける。


だから右京は笑わない。


村を失いたくない村人から、自分は村を奪った。


自分と一緒にいたいと言うパステルの命を、自分は奪った。


そんな自分が、笑っていいわけがない。


最後に泣いていたパステルを裏切った自分が、笑っていいわけがない。


だから、右京は泣かない。


村とパステルと共に、自分の笑顔もダムの底に葬り去った。


それでいいと思っていた。


それで、すべてが丸くおさまると思ったから。




そんな自分の行いで、悲しむ人はいないと思っていたから。




結果右京の中に、アクリルという存在は巣くってはいなかったのだ。




パステルはこの世からいなくなった。

村人も右京を見捨てる。

絶望に追いやられてどうすることもできなくなった右京が唯一思いついたのは、笑顔を無くすということだった。

それによりアクリルがどんな思いをするかなんて考えずに。

次回、右京編終了!

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