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アロエ  作者: 小日向雛
62/115

第61話 報われない

春平にいくつか詰問してみた。


「アクリルのことは知ってるんですね」


「そりゃ知ってますよ。俺が村の人に石投げつけられた時にここに来たもん」


「……私があんたのためにここまで足を運んだとでも思ってんの?」


「あれ、違うの?――そういえばアクリルには血が繋がらないお兄さんがいるんだよね。確か双子だね。ってさっき来たばっかの俺が何でここまで知ってんだろ。……たしかダムのところで話したよね。それから、えっと……」


春平の表情がみるみるうちに青くなる。


「どうしたんだっけ……?」


頭を押さえて苦しそうにする春平。

その様子を見て社員が

「春平さん、もういいですから」と言ったが、それも後の祭りだった。


手を頭からゆっくり放して、春平はまっすぐに右京を見つめる。

その表情は困惑も恐怖も不安も、全てが入り交じったようなものだった。


「右京、ダムの所に来たよな。アクリルとの話聞いてたって言ってた」


春平の言葉に驚き右京の顔を見るが、右京は春平に見つめられて視線を合わせない。


「それからゲロのこと謝られた気がする。……違う、そうじゃないって右京に言われた。それで何のことかって聞いたら――」




思い出させてしまった。




色々な出来事が春平の中で一気に繋がった。





そうして発狂した春平はそのまま崩れ落ちた。


右京はさらに罪悪感を深く認識してふせがちになってしまう。


「右京さんのことを思い出したら、反射的に過去のことも思い出しちゃうんでしょうね」


社員の言葉に右京は落胆する。


「……では、今は無理に思い出させちゃいけなかったんですね」


右京が小さく呟くと、春平が

「んっ」と唸って目を覚ました。


きょろきょろと辺りを見回してから、


「アクリル。俺寝てた?」


「うん、寝てた」


そうして小さく右京と目が合うと、急にかしこまったように姿勢を正す。


その様子から、春平がまた右京のことを忘れているのは明らかだった。


右京は優しく微笑んで春平のベッドの脇に座る。


「はじめまして正田春平さん、僕は右京・ハル・ドレイクと言います」


こうしてちゃんとした挨拶をするのは初めてだ、と右京は出会った時を思い出していた。


まずは早急に頼みたいことがある。それが先だ。










「なるほど。アクリルの友達なんだね」


本社のことも全て覚えているか確認したが、やっぱり右京のことしか忘れていなかった。


で、それを踏まえてコンプ研究社のことを言うと、唐突に春平はそう言ってきたのだ。


「――はい。だから、あなたに仕事を依頼したいんです」


そう右京が言うと、春平は呆けた後、困ったように視線をさ迷わせた。


「こうやって直接仕事を貰うのってアロエに働いてた時以来だから、本社を通さないで直接了承していいのかな」


「指落とされたりなんていうおとがめはありませんよ。後でしっかりと書類を書けば何の問題もありません」


「……妙に詳しいね」


春平が明らかに不審そうな目付きをするので、右京は思わず微笑む。


「僕も3階の人間なんですよ」


でも右京の微笑みは微笑みなんかじゃない。


心で笑おうと努めても、体は言うことをきかない。




「まずは村の監視だろ?奴らは俺たちが明日には帰るって知ってんだからそれまでに片付ける必要があるしな」


「でも村に出たら酷い仕打ちを受けますよ」


「えっ、そうなの!?」


目を見開く春平は、すぐに

「そういえばダム作ったから本社の人間は嫌われてるんだったな」と思い出したようだ。


「あれ?でもその時に右京――」


反射的に記憶を探ろうとする春平に別の話題を持ちかけて気をそらさせる。


突然思い付いたように春平が真剣な表情になる。


「……待って。右京は変な薬物かけられたんだろ?」


「体を麻痺させて三半規管の働きを鈍らせるようです」


「うん、でもこっちも向こうも警察とは不仲なんだろ」


「不仲以前に知り合いでさえないですね」


「じゃあお互いやりたい放題だな」


春平の青ざめた顔を見て、右京は小さくため息をつく。


「おそらくそれを狙ってアクリルを研究に使おうと考えてるんですね」


どんな手を使ってアクリルをさらわれても、こちらは身動きさえとれない。


でもそれを逆手にもとれる。


「逆にたとえ僕たちがどんな姑息な手を使ってアクリルを守り抜いても、あちらは何ひとつ言えないということですよ」


「――右京、何か持ってるの?」


「春平さん、久遠さんから貰ったナイフ持ってないんですか?」


「春彦との時の?あんなのずっと持ってたら警察がやっかいだろ!?それくらい心得てるっての。仮にも本社の学校行ってたし。……てか何で右京がそのこと知ってんの?」


「有名なマフィアだっただけに、春平さんたちの話は噂されてますから、3階の皆知ってますよ」


右京は何のためらいもなく嘘をついた。


命綱を託す仲間同士、嘘はつきたくなかったが、人生の中で時には善意ある嘘も必要だ。


そして便利屋たるもの、生半可な嘘なんかつかない。

嘘は即座に巧妙に。

それが出来ないなら本社どころか支店でアルバイトをする資格さえない。


「仕込みナイフの意味がないですね」


ふぅ、と小さく落胆する右京。


「刃物は台所から借りましょう。それから、村人対策に武器はないんですか?」


突然話をふられて、社員は小さく飛び上がる。


「あったらいいですけどねぇ」


「ここは昔から山の動物が下りてくる村だから、猟銃ならうちにあるわよ」


アクリルの言葉に右京は力強く頷く。


「猟銃はでかすぎだろ。すぐバレるって」


「バレないようにやるんですよ」


「どうやって!?」


「春平さん、今何時ですか?」


時計を見てハッとする。

夜の7時になろうとしている。


まだ日は高いが、時期に電灯さえ満足にないこの村は闇に覆い隠される。


「分かりますか、闇討ちですよ」









「奴らがどこまで慎重かは分かりません。もしかしたら一度この村を引き返して翌日にアクリルを狙いにくるかもしれません。でもこの村は山に囲まれている。町に抜けるには相当の時間がかかります」


「峠の前で車停めて寝泊まりしてるかもね」


「僕ならそうしますね。こちらは何も手出しできないし満足な交通機関も通信手段もないですから、この広い森、山に身を隠すぐらいで十分安全だと判断します」


「真夜中に山行ってたったひとつの車を探す自信はないよ、俺。しかもそれはあくまで推定なだけで、本当に山ん中に車停めてるかどうか分かんないし」


うーん、と唸る春平をよそに、右京は携帯を手にとる。


「清住さんが以前言っていた言葉を覚えていますか?僕たちは依頼人のために働いているわけではありませんよね。全ては金で動くんです」


そうして携帯の電話帳から『沖田』の名前を探す。本社のフロントで、春平とは旧知の中の人間だ。


「今から僕が依頼人です。アクリルを1日守り抜く。報酬は320万」


その金額に目を見開いた時には右京はすでに連絡をしていた。


「本社で調べて欲しいことがあります。……はい、春平さんに依頼として320万の報酬を与えるつもりです。……そう、ですか。なら本社フロント宛にも追加150万を」


「お前金欠にならねぇの!?」


そう叫んだら睨まれた。いや、睨んだつもりはないかもしれないけど、真剣な表情で上目遣いされるとそうとしか思えない。


結局沖田は了承したのか、携帯を切って春平とアクリルを交互に見る。


「あと2、3時間たったら奴らの場所を特定して本社のホームページに地図を載せるそうです」


「ホームページなんて作ったら会社バレバレじゃんか」


「名目上はIT会社なんですけど完全社員制なので表沙汰になりませんから」


2時間。記載されるころはすでに9時を過ぎてるだろう。そこからその場所へ移動して――、なるほど、ちょうどいい頃合いかもしれない。


未だに綿密に話し合う二人を、アクリルは心配そうに見つめていた。


その視線に気が付いて、右京が優しく言う。


「大丈夫、心配するようなことは一切ないよ」


「むしろ安心してくれなきゃな!俺たちはプロなんだから」


ぽん、と笑顔で頭を撫でる春平を見て、アクリルは嬉しそうに目を細めた。









コンプ研究社の2人は村の近くの峠の入り口に車を停めて寝泊まりしていた。


「歩いて1時間ですね。時間的にも、このくらいあった方が体の準備体操になるし、目も暗闇になれるでしょうね」


春平は包丁を、右京は猟銃を手に歩き始める。


時刻は夜の10時。

当然ながら外は漆黒の闇である。そこから歩いて11時。


「すぐにはしませんよ。恐らく3時間くらいは外で様子を見ることになります。そして眠りにつくころに」


「――まさかだけど、殺しなんかは……」


顔を真っ青にして言う春平を見て右京は目を丸くして呆気にとられていた。

それからすぐにプッと吹き出す。


「アロエにいたころだって法には手を出してたけど、何かを破損するようなことはご法度だったはずですよ。人間を壊すなんてもってのほか。それは、たとえ本社の特殊護衛科でも変わることのない約束ごとです」


それを聞いて胸を撫で下ろす。


「まあ、それなりに痛いことは経験してもらいますよ。二度と僕のいもう……親友に手を出そうと思えないように」


妹、と言いかけて右京は言葉を飲み込んだ。

こんなことを言ったら、また春平の記憶を無理に引き出すことになるかもしれないと思ったからだ。


しばらくは言葉を交わしていた二人だか、目標に近づくにつれて、右京は春平にゆっくり歩けと促した。


「本当に慎重に。車の外に出ている可能性も高いので、ハンターになった気持ちで」


そりゃ猟銃担いでる右京はハンターの気持ちだろうが、包丁持ってる春平にしたゃあただ魚を捌きに行くぐらいの気持ちしかない。


目標まで数百メートル。

ゆっくりとした動作で周囲を確認し、春平は双眼鏡で車内を見る。


「何も動いてる様子はないな。影も見えない。普通車の中で待機なら電気つけるよな?あっちは俺たちに気付いてないんだし」


「そうですね。あと考えられるものとしては、既に寝たか、それとも外にいるか、ぐらいでしよう」


もう一度目を凝らす。

風が木々をざわめかせる中で、ほんのかすかな人の気配を探ろうとする。


先に口を開いたのは春平だった。


「いる。あの木の向こう側。500メートル以上離れてるけど」


木々の向こう側に、一人の男がポツンと立っていた。その横にもう一人が腰を下ろしていた。


「楽しそうに話してますね。警戒のいろは全くなし。…狙うは立っている標的ですね」


これを好機ととったのか、右京は猟銃を構える。

その姿勢があまりにも綺麗すぎたので、春平は目を見開く。


「狩りしたことあんの?」


「小さな小動物ぐらいは。でも3階の人間用に射的場が本社にあるのはご存知ですよね」


知らない。そういえば、本社に来たときに沖田がそんなようなことを言っていたことを思い出した。


右京は距離と位置を確認して前進する。どうやら遠すぎるようだ。


「狙うは右足。死に直結しないところを」


「ね、狙えるのか……」


「わからない」


距離およそ200メートル。

ほんの一息ついただけでこちらが分かってしまうような距離だ。しかしそれを木々が阻止している。


――緊張の糸がはりつめる。


「――――――」


すぅっ、と右京が息を吸った音が聞こえた。


春平が今まで耳にしてきた、拳銃の音と比にならないぶ厚く闇夜を切り裂くような悲鳴が響く。


例えるなら樽に満杯に組み込んだ水が、ぞんざいに引っくり返されるような、そんな銃声。


「!」


目を凝らすと、はるか手前で人間がまるでゴムまりのように弾んだのが見えた。

そして大袈裟なほどに弾かれて空中で体をねじり落下する。


「……当たった。けど当たったのは」


だてに名門高校野球部のキャッチャーやってない。動体視力なら右京にも負けない自信がある。


そして今しがた春平が目にしたものは――


「あいつの左の太もも」


ザァッと血の気が引いていく。

左の大腿。

心臓に直轄で血液を送る太い動脈の存在する場所だ。


そこを猟銃で撃ち抜いたとなると、話はまた違ってくる。


「――待ってください。あの無駄なまでの強固な筋肉で動脈をなんとか守っているかも」


「となると、筋肉は断裂してるわけだ」


春平は立ち上がる。


もう一人の男は必死の思いで撃ち抜かれた男の容態を確認している。しかし自らも撃たれることを安否して、まわりに気配がないか確認する。


しかしその神経の張り巡らし方も乱雑。

恐らくは、こんな奇襲のされ方は初めてなのだろう。


一般人なら警察に連行されることを恐怖して銃なんか使わない。そんな心理を理解しているから、二人は今まで大胆な行動をしてこれた。


だけど春平や右京は違う。

自分たちも相手方も警察とは疎遠なのを知っているから、互いにやりたい放題が成立する。


右京は猟銃を高々と持ち上げ、天に悲鳴を轟かせた。


ヒイッと震えている男めがけて春平は疾走する。決して正面からはいかない。


「ばか正直に筋力勝負なんかしてやんないよ」


男の背後から春平が襲う。


男がそれに気付いた時には既に頸動脈に包丁が突きつけられていた。


「こんばんは。本社特殊護衛科の正田です」


冷たい口調でそう言うと、男はガタガタと震えだした。


目の前で仲間が撃たれ生死をさ迷う。きっと自分も、首をかっ切られると怯えているのだろう。


「俺への蔑みならいくらでもどうぞ。自分が人道的なことをしてるなんて思っちゃいないからさ」


苦笑する春平をよそに、男はキョロキョロとあたりを見回している。


「もう1人いるだろ」


「いる」


「猟銃か何か持ってやがるな」


「うん」


春平が端的に答えると、男は苦笑した。


「お前らの勝手な私情で動いていいような会社なのか、便利屋本社ってのは」


「まさかだろ。俺は金貰って依頼受けたんだよ」


アクリルか、と男は下唇を噛んだ。

なるほど、それで猟銃やら包丁やらで武装しているってわけか。

あちらが警察に言えないように、こちらも警察には言えない。


「こんなことしてただで済むとでも?生憎だが、二つの会社間での抗争は十分に可能性があるぜ」


「何でもすればいいさ。お前らとは違って、こっちには色々な専門分野を持つ社員がごまんといる。変な薬物なんかで殺せると思うなよ。……どうやらお前らは本社の『あの科』の存在を知らないようだな」


「あの科……?」


唾を飲む音が聞こえた。


恐らくは、本社にも自分たちと同等の薬物を専門とする科が存在するとでも思っているのだろう。


実際、春平も『あの科』なんて知らないし。

どの科って感じだし。


「うん、だから、そんな抗争は起こしたくないだろ?そんな事件起こしたお前のクビも怪しいし、俺の首も飛ぶだろうからな」


それには一切反論しなかった。


どちらの会社も社員は捨て駒だし、代わりなんていくらでもいるのだ。


男の体が目に見えて震えだした。


このままでは虚しく死ぬか、虚しく職を探すかしかないのだ。


春平は包丁はそのままで男に語りかける。


「こちらの交渉は金輪際この村に足を踏み入れないこと、それだけだ。無論、その中にはお前たち以外のコンプ社員も含まれる。そうしてくれたらこちらで適切な処理を施す」


ちらりと横目でもう1人の様子をうかがうと、右京が目を離さずにしっかりと銃口をつきつけていた。


「わ、わかった!いいから早く書類をよこせ」


春平は男に血で判子を押させ、まだ包丁を首元から放さなかった。


これが男の演技だという可能性もある。

次の瞬間には組み伏せられて、書類を奪われる可能性も十分にある。


「お、おい、もういいだろ!?」


懇願する男の声に少し罪悪感を覚えながらも、これは仕事だと自分に言い聞かせて冷静な口調で言う。


「後でちゃんと治療するのは保障するから」


そう言って、春平は包丁を男の首元で横にスライドさせる。


物音ひとつ立てずに、男の頸動脈付近から血がバッと吹き出して春平の顔にかかる。


男は耳をつんざく悲鳴を上げるとその場をのたうちまわる。


春平は右京のように特化した判断力などはない。どこを傷つければ生死にかかわるなんて、ほんの常識程度にしか理解していない。


だけど首元というのは、限りなく死に近い部分だと思う。特に頸動脈なんかは直轄だ。


右京に視線を向けると、右京はダム社員に連絡をいれた。本社の病院から応援が来るのは2時間後。それまでの緊急処置を施さなければ、部位から危険だと判断する。


右京は自分のスーツの上着を脱いで、太ももを損傷した男の手当てをする。


とりあえず止血だけすると、急いで春平にかけより、気絶した男の首元に手を這わせる。


「頸動脈は切ってませんね。なんとか……」


ほっと顔を紅潮させて安堵する右京。しかし血は流れている。


「こんなことして、これ以上僕らにかかわろうと思わないでしょうね」


「そうだな。俺なら嫌だ。殺されそうだし」


春平が苦笑すると右京はほんのりと目を細めた。


そして、遠くからかけてくる社員たちとアクリルが見えてきた。


社員は慌てて止血を開始し、その様子をアクリルはムスッとした様子で睨んでいた。


その肩に春平の手がのせられる。


「これで怖い奴らは二度と来ないからな」


にっこり笑う春平を見て、アクリルはほっと息をついた。


「もう大丈夫だから」


どことなく優しく言う右京に、アクリルは睨み返した。


「……なんで、もっと喜んでくれないの?私が無事なんだから、嬉しくて安心して、抱き締めることができなくても、笑うことぐらいできるんじゃないの!?」


その言葉に右京は一瞬目を丸くしてすぐにうつむく。


アクリルの理不尽な物言いにいてもたってもいられなくなったのか、社員が手当てをしながら厳しい口調で諭す。


「アクリルちゃん、いくら何でもその言い方はないよ。右京くんの気持ちは分かっているんだろう?」


「でも右京は私の気持ちなんてちっとも理解してない!」


その言葉に右京の肩が震えた。


「あれだけ行かないでって言ったのに行くはめになったから?パステルが無駄死にしたから?愛しい人を失ったから、自分は笑っちゃいけない?」


たたみかけるようなアクリルの言葉に、春平は酷い頭痛を覚えていた。


そんなような話を、以前どこかで聞いたような気がする。



帰りつく愛しい人はいませんから。


本当の笑顔をふるさとのダムの底に沈めてきた。



なぜかそんな話を、右京の部屋で聞いた気がする。右京とは今回初めて出会ったのに、あまりにも意味深なことだったので鮮明に覚えていたような、そんな感覚。


「パステルは可愛い子だったよ。だから私もあの子が死んだなら、私もそうするべきなんだって、思ったりもした。だけど、しなかった。何でか分かる?」


アクリルは立ち上がって右京に接近する。

これ以上近づいたら危険だとアクリルから離れようとする右京だったが、それよりも先にアクリルが右京の手を掴んだ。


見ている方もドキッとするような二人の行動。

互いに顔を真っ赤にして見つめ合い、触れ合った手の温かみを感じている。


「右京がいたからだよ!」


右京がグッと強張った。

恐らくは必死に何かを堪えている。


「右京だって私にとって愛しい人だから、私も死んだら残った右京はどうなるの?って思ったんだよ。右京がこれ以上悲しむのなんか、見たくないんだよ。なのに右京は、パステルが死んだら私に笑顔も見せてくれないんだね。右京にとって私は、愛しい人でも何でもないの!?」


ガクン、と右京の膝が折れた。


手で繋がれたアクリルもまたバランスを崩して膝を折る。苦しそうに手をつく右京を見て手を離すと、右京は口に手を当てて苦しんでいた。


「右京!?」


春平の声で緊張が一気に解れたのか、そのまま嘔吐する右京。


アクリルはその様子を見てザッと青ざめていった。

ほんの少し手を握っただけで嘔吐するほど右京が深刻だという事実に直面して罪悪感を感じていた。


だからといって手をかしたらそれは逆効果で……


右京のためにも見ない方がいいのもしれない、とアクリルはその場を離れる。


アクリルの代わりに右京を介抱しながら、右京とアクリルは友達じゃなくて恋人なのだろうかとか、死ぬとか死なないとか物騒な言葉にいぶかしんだり、どうしてアクリルに触られて吐いているのか。


思い出しそうで思い出さない気持ち悪い感覚。

そもそも何を思い出すかも分からない。


分からないことばかりが続いて、どうすればいいのか分からない春平だった。



無事コンプ研究者と決着をつけて一安心。

だけど右京とアクリルの仲があまりよくない。

記憶喪失になってしまった春平には何が何だか分かりません。

少し、不憫に思えてきました^^;

次回、右京の過去が明らかに。

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