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アロエ  作者: 小日向雛
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第59話 記憶、忘却

連れていかれたのはダムだった。


「ここなら誰にも見つからないよ。私と右京の穴場なんだ」


楽しそうに言ってしゃがみこむアクリルの隣に、春平は腰をおろした。


なんのへんてつもないダム。

しかしここは本社に沈められた右京の故郷があるのだ。


「……春平は兄弟とかいるの?」


何気無いアクリルの質問に、春平は沈黙した。

「兄弟」という言葉を聞いた瞬間に、以前寺門が教えてくれた過去の両親のことを思い出してしまっていたのだ。


「――いや、一人っ子だな」


「残念ね。兄弟とか欲しかった?」


「さぁ?あんま考えたことないな。物心ついた時には血が繋がってない兄貴や姉貴みたいな人が居たし」


美浜と高瀬は兄弟のようなもので、河越と寺門は親のようなものだった。


そんなことを言うと、なぜかアクリルも嬉しそうに笑った。

「私は親がいなかったんだ。でも、右京が私たちのお兄ちゃんになってくれて本当に嬉しかった。悲しくなんかなかったから」


それが心から嬉しそうな表情だったので、春平も思わず微笑んでしまう。


だけどそれから疑問に思い、眉を潜める。


えぇっと、親?


「私たちって、アクリルには右京以外にも兄弟いたの?」


春平の言葉に、アクリルは目を丸くした。


「……めざといね。居たよ、1人。双子の妹がね。私たち孤児だったんだ」


あ、と。

春平は言葉をつまらせた。


言いたくないことを言わせてしまった気がする。


孤児で右京が親類になってくれたなら、似てなくて当然だ。


あんなことを笑いながら言った自分が本当に情けなく、恥ずかしくて、自分で自分をひっぱたきたくなった。


そんな春平の心境を察してか、アクリルは少しムスッとした。


「あんまり気にしないでよね。気にされる方が堪えるんだから」


「う……ごめん」


春平は謝ってから、もう一つの疑問に気付いてしまった。


でも言わないべきかも、と躊躇しているとアクリルに鋭く睨み付けられた。


ここは言うべきなんだろう。


「『居た』とか『だった』とか、言い方おかしくないか?」


「おかしくないよ、死んだから」


そうあっさり言われたので

「ふーん」

としか反応のしようがなかった。


ダムの中に小石を蹴って、アクリルはそれが沈んでいく様子を眺めていた。


「……右京、ちょっと変だよね」


ギクッと肩をならして春平はアクリルと目を合わせないようにした。


「普段ならどんなことがあっても私にあんな態度とらないのに。皆には無表情で冷たく見えるかもしれないけど、私には優しくしてくれてたのに。なのに」


右京は本気でアクリルを突っぱねて拒否した。


アクリルは春平の腕をぐっと掴んで乞うように迫ってきた。


「本社で何があったか教えてよ!」


アクリルの本気な様子に、春平はたじろいだ。


「でもそれは俺が簡単に言っちゃっていいことじゃないだろ」


「私は家族なんだから、知る権利はあるはずよ!私がどんな気持ちなのか、分からないわけじゃないでしょ!?」


本気で右京を心配している。

決してありえないと思ってたのに、右京に突っぱねられた。


分からないわけじゃない。

だけど


「お前の気持ちは分かるよ。だけどお前も右京の気持ちが分からないわけじゃないだろ。知らない間に大切な家族に、本当に教えたくなかったことを告げられたらどれだけショックだと思うよ?それでお前が今後自分のことをどんな目でみるのかって怖がる右京の気持ち、分かるだろ」


感情に任せて言うと、アクリルは春平から手を放して悲しそうに俯いてしまった。


その様子を見て、春平はばつが悪そうに頭をポリポリとかいて言った。


「いや、あの、その……ただ単に俺の口から言いたくなかったってだけでもあるから」


アクリルが下から春平を見上げると、春平の顔がほんのりと赤くなる。


それを誤魔化すようにじっとダムの底を見つめる春平。


この中に村一つが沈められているなんて、考えもできない。


その村を沈めることで、右京は笑顔を失った。


でもどうして右京だけが迫害されてるんだろう?


疑問は胸にしまった。

これ以上アクリルを悩ませることはしたくなかったから。


「……アクリルって、右京に貰った名前なんだろ?」

瞬驚いたように目を丸くしたアクリル。


「うん。私たち名前さえ持ってなかったからね。でも右京は日本人らしい名前なんてまだ見当もつかないぐらい日本語分かってないし、なんだか似合わない名前つけられちゃったけど」


照れ笑いするアクリルを見て、春平はゆっくり柔らかく笑った。


「いや、似合ってるよ」


口数は少ないけど、春平の言葉に一瞬キョトンとしたアクリルだったが、すぐにカアアッと顔を紅潮させた。


「そう言ったら女が全員自分に惚れるだなんて思わないことね」


つん、と言い放すアクリル。


「……お前本当可愛くないね」




アクリルは一旦自分の家に戻ると言った。


「と言っても一緒に住んでる家族なんかいないんだけどね、近所の人が、さ」


苦笑するアクリルに苦笑で返す。


「右京のことは何も言ってやれないけど、できれば話すときは距離取ってほしいな。体に触るのも」


「ん、分かったわ」


少し唇を尖らせてアクリルは立ち上がり、春平の髪の毛をクルクルともてあそんでいた。


「ほら行けっての。ずっと俺と一緒に居ると惚れちゃうんだろ?」


「天に召されればいいと思う」


そうして春平の頭を軽く叩くと、アクリルは軽快な足取りで去っていった。



なんかこう、気分悪いな。



1人きりになったのを確認して、春平は胸に手を当ててフゥとため息をついた。


アクリルに触られる度に、胸がむかむかする。なんか、気持ち悪い。


アクリルのことが嫌いなわけじゃない。むしろああいうタイプの子は人間として好きだ。


なのにこの胸のもやもやは一体何なのだろう?


「春平さん」


「うひゃああっ!?」


突然背後から声をかけられて跳び跳ねる。

そろそろと後ろを振り返ると、そこにはいつもの右京が立っていた。


「こんな様子じゃいつ仕事中に背後から襲われて命落とすかわかったもんじゃないですね」


まだ脈打ってる心臓を押さえて、春平は空返事を何回かする。


「体平気か?」


「お陰さまで」


そうして右京は春平の横に腰をおろす。


春平としては気まずい中、右京はいつものように淡々と口を言う。


「アクリルから色々聞いたんですね」


その言葉に一瞬身を強ばらせる。

言いたくなかったが、右京も命綱を託す仲間。こんなとこで嘘はつきたくなかった。


「そうだな、色々聞いた。アクリルが右京の血の繋がってない妹だとか、双子はもういないとか」


「僕のことは聞かれました?」


「聞かれたけど答えなかった。アクリルも承知してくれたし」


それを聞くと、右京は悲しそうに俯いた。


それだけ言えば十分だった。


アクリルが承知したと言うことは、春平が説き伏せたということだし、説き伏せたなら今後右京には近づくなと言っただろうと見当がつく。


それでアクリルがどう感じて悲しんだかを心配して、右京は咄嗟に俯いてしまったのだ。


春平が心配して右京に手を伸ばすと、右京が春平の手を乱暴に掴んだ。


「――って!」


右京の意外な腕力に思わず顔をしかめる。


右京は春平の手を握ったままダムの底を見つめる。


「春平さんは大丈夫。耐えられる。なのにアクリルはだめ。なんで、なんで、なんでっ。ただ男か女かっていう違いだけなのに!」


珍しく語気を荒げる右京に春平は何も言うことができなかった。


ただ、そう『男か女か』なんてことを言いながら手を握られると、いい気分はしなかった。


なんか変な既知感に襲われる。


「春平さんにも酷いことをした」


酷いこと?


「あぁ、ゲロのことなら気にする必要ないっての。本当に気にしてないから、全然酷いことなんかじゃないし」


「それは……ごめんなさい。でも、そうじゃないんです」


春平の顔が強ばった。

右京が何か勘違いをしていると分かったからだ。


思い当たる『酷いこと』なんてこれ以上思い付かない。それかアクリルの暴言、か。


「僕がこうなってから、春平さんの様子もおかしい」


「た、たしかに俺も前はもらいゲロしちゃったしアクリルに触られると嫌な感じはしたけどさ、どっちも俺の」


体調が影響してるだけだろ。

そう言いかけて、右京がさらに手を強く握りしめて必死に謝る。


「嫌なことを思い出させてごめんなさいっ!」


今にも泣きそうな声だった。


思い出す。

思い、出す――


そういえばさっきから不思議な既知感を覚えていた。


吐いた時も、何かを思い出していた。

アクリルが触れた時も、何かを思い出していた。


右京がこんな状況に陥ってから、いっそのこと忘れさせることはできないだろうかと考えていた。


そう、忘れる――




もしかして、何か重大なことを忘れているのは自分自身なのでは?




突然のフラッシュバック。

いたいけな少年が、暴行される。


思わず息を飲んだ。


小さい頃、アロエに引き取られてから

一度自分は誰かと一緒に学校帰りに人気のない路地裏を訪れたことがある。


昔から冒険心だけは人一倍あって、ちょっと軽い気持ちで寄り道して帰ったんだ。


二人きりの少年たち。

人気のない路地裏に、一人だけ人がいなかっただろうか?


その人は友達が落とした定規を拾ってくれて、飴をくれるといった。


でも怪しい人から食べ物を貰ってはいけないと言われていた。


だからその人に言った。


「お姉さんは怪しいから飴なんかいらない」


そう言ったら、とても悲しそうな顔をされた。


心がチクリと痛んだ。

本当に怪しいかな?普通の綺麗なお姉さんじゃないか。


だから飴は貰うことにした。


するとお姉さんは嬉しそうに春平の頭を撫でた。


そうしてその手は同じように友達の頭を



撫でるはずだった。


突然女性は気が狂ったように友達に飛びかかり、殴る蹴るの暴行に至った。


そうして原形が分からないほど殴り続け、さらに女性は友達に馬乗りになり――


「――――――っ!!?」


春平は突然叫びだし、頭をグシャグシャにかきむしった。


その間、右京は腰を抜かしてただ動けずにいた。


「しゅ、春平さ……」


右京が驚いて春平を見上げる。


バリバリとかきむしって呼吸を荒くする。過呼吸にでもなりそうだ。



目の前の惨劇を一部始終見て、春平は恐怖で体を震わした。

そんな春平にも、その手は伸ばされる。

ポン、と頭に手のひらが乗った瞬間。


帰りが遅いと心配していた寺門に発見された。

寺門も仕事の都合で彼女を警察につき出せない身なので、子供二人だけを連れて帰る。


その後、その友達は極度の精神状態で飛び降り自殺をした。


「しゅ……」


右京はハッと目を見開いた。

春平は何も思い出してはいなかった。

ただ思い出しそうな兆しがあっただけだったんだ。


しかし今、完全に思い出してしまった。


「うっあっあああぁぁぁぁぁあ!」


泣き叫ぶ春平を困惑した表情を向けて泣き出しそうになる右京。

思い出さなくていいものを、自分が思い出させてしまったという罪悪感。



――チッ、チッ、チッ……


春平の頭の中の静寂の中で時計の音だけが聞こえていた。


そうして優しく語る寺門の声が聞こえる。


「忘れなさい。お前は一人で、寄り道もしないで帰ってきたんだよ」


その声に促されるように、春平の意識はフッと闇の底へ落ちていった。



いよいよ今年も今日で終わりとなりました。

思うように更新できなくて悔しい思いでいっぱいです。

来年もまた、よろしくお願いします^^


さてさて、アクリルは右京の血の繋がらない妹だと分かりました。

そして春平が過去に体験したことも発覚し、事態は急展開!

きっと春平が恋愛とかに興味がないのは、こういう事件も関係してしまっているんでしょうね。生理的に受け付けていないのでしょう。

次回、もっと恐ろしいことに!!

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