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アロエ  作者: 小日向雛
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第5話 信頼の崩壊

美浜と佳乃が部屋にいる間、春平は追い出されてリビングの椅子にふんぞり返って座っていた。


部屋のドアの穴には内側から板が張られていた。


「お待たせ〜。しゅんちゃん見て! 佳乃ちゃん可愛いでしょ」


美浜に嫌々連れてこられた佳乃は何度もゴテゴテに着飾られていた。


長い髪の毛を緩く2つに結っている。


「へぇ〜すげー! やっぱり女は化けるね」


佳乃に歩みより両手をぎゅっと握りしめる。


握り締める春平の手をじっと見つめる。


「血……」


「あっ! あぁ、ごめん。佳乃の手に付くね」


春平が手をパッと放す様子を何か言いたそうに見つめる佳乃。


「じゃあ、ちょっと外に出てみない?」


親指で玄関を指す仕草を見せる春平を、真っ青な顔で見る。


「やっぱり駄目?」


「…………」


佳乃は何も答えずに部屋に戻ろうとする。


その様子をみてアイコンタクトをとる春平と美浜。

「嘘! 今日は何処にも行かないよ」


佳乃を引き留めて説得する。










春平たちが帰った後、佳乃のもとを訪問したのは中学校の担任教師だった。


「佳乃ちゃん。そろそろ学校に来ない? 皆佳乃ちゃんと一緒に勉強したいのよ。ほら、皆あなたの為に手紙を書いたのよ」

と、渡された紙袋に入っていたのは明らかに「ヤラセ」っぽい内容のクラス33人分の手紙だった。


一度先生が見直したと思われる紙切れは佳乃には鼻水をかんだティッシュよりも不用な物だった。


佳乃はしばらくその手紙を見つめていた。


「皆あなたの事を待っているのよ」


嘘だ。


「早く学校に来て、一緒に話をしたり、一緒に遊びたいと思ってるの」


嘘だ。


「皆一緒に卒業したいのよ」



嘘だ!



毎日毎日反吐が出るような内容を繰り返し聞いて、佳乃も気が参っていた。



「中学校は、楽しいことがたくさんあると思うよ。先生もう帰るけど、明日、学校に来てね。約束よ」


にっこりと笑った担任に無性に腹がたった。



どうせあんただって「めんどくさい」と思ってるくせに。

関わりたくないけど、立場上付き合わなきゃならないからこんな無意味な事をやってるんでしょ!



「立場上」という単語で、春平と美浜の事を思い出してしまった。



あの2人だって仕事だから仕方なく私に付き合ってるだけで、本当は……。



考えただけで佳乃は目尻が熱くなっているのに気付き、目を強く擦る。



私が、何をしたって言うの!?








翌日から、春平と美浜は交代で佳乃に会いに行く事になった。


「佳乃。俺」


そう一言言うと、すんなりと部屋が開く。


いつもは。


しかし今日は少し違った。


「佳乃? いない……わけないか。開けてよ」


返事は無い。


春平は正直めんどくさくなって、ドアを自力で開ける。


多少ミシミシと音を立てたものの、ドアはすんなりと開いてしまった。


「勝手に入ったけど。どうして入れてくれないの?」


「…………」


「言葉に出さないと人には伝わらないんだよ」


佳乃の隣に座ると、それを避けるように佳乃は距離を置く。


春平は佳乃の近くに置いてある紙袋を発見し、手にとって手紙を黙読する。


「同級生からの手紙?」


ふぅ、とため息をつくと、佳乃の目から涙がこぼれた。


「こんなの渡されても困る。こんな、心にもないこと書いて私にたくさん渡されても困る。何がしたいの? 本当はめんどくさいくせに」


春平は何も言わずに佳乃の隣に腰を下ろした。


「そうだなあ。これはヤラセ意外の何でもないな」


その言葉に佳乃は多少心に痛みを感じた。


「それで、俺たちも仕事だから、義務だから私に付き合ってるだけなんだーとかって考えてんだろ」

人差し指で佳乃の額をはじく。


「俺たちにだって拒否権はあんだよ。お前の同級生は仕方なく担任に付き合ってるだけかもしんないけど、俺たちは違う。ちゃんと、佳乃と会って、一緒に仕事しようって決めたんだよ。やりたいから、やってんだよ」


まだ幼い幼児のように不満を佳乃にさらけ出す。


「俺をお前の同級生と一緒にすんな」


その言葉が自分を勇気づけようとしているという事に気づき、あまりうれしそうな反応はしない。


春平は、立ち上がって、佳乃と向かい合う。


「まだ俺には何も話せないの?」


佳乃の表情が翳る。


「…………」


「無理に言えって言ってるわけじゃないけど、なんか……むなしいよ」



春平がうつむくと、佳乃は静かに口を開いた。


「―――――――――――」









中学に入学した時佳乃には仲良しの友達が居た。


いつも一緒に行動して、楽しくおしゃべりして、一緒に遊んだ。


中学2年生になってもその友情は変わらなかった。


3年生になった時だった。



ある日、佳乃がいつものように学校に行き、友達に挨拶をすると、返事を返してくれなかった。


「なな……?」


友達の「なな」は黙って違うグループの子達の方向へと向かう。



教室に行っても、佳乃の周りには誰もいなかった。


昨日までは仲良く話をしていた子達も、みんな佳乃から離れていった。


「ねぇ……どうしたの?」


佳乃の言葉などまるで耳に入っていないように無視をし続けるクラスメイト。



今日はたまたま何かあっただけなんだろうな。



佳乃はそうやって今日の事は忘れようとした。


しかし、翌日も、その次の日も同じような日々が続いた。


さすがにおかしいと感じた佳乃は、思い切って「なな」に話しかける。


「どうして無視するの!?」


するとななは冷たい目を向けてつぶやいた。




「気持ち悪いから」




言葉が出なかった。



どうしていきなり!?



もちろん、佳乃が何かしたわけではない。


これは、暇つぶしのゲームなのだ。


退屈な毎日を変えたくて、クラスメイトが考案した「いじめ」なのだ。


佳乃は急に周りの人間が怖くなった。


女子は佳乃と目を合わせようともしない。


当人たちは困り果てている佳乃をくすくすと影で笑っている。


頭がヘンになりそうだった。




学校が憂鬱に思い始めて数週間たった後、男子生徒が佳乃に近づいてきた。


「佐々木ってさ、体売ってるって本当?」


「……え?」


佳乃は耳を疑った。


「だって女子らみんなしゃべってんじゃん。佐々木が夜に遊び歩いてるって」


にやにやと話し駆ける男子の顔を見ないように顔を背けると、周りを男子に囲まれているのがわかった。


「どんな事してんのぉ?」


「教えてよ先輩〜」


「ヘンな声とか出してんの〜?」


そういう言葉・笑い声すべてに耐えられなくなった。



授業中も、教科書はびりびりに裂けられて、机には大量の落書きが施されている。


教師たちも佳乃がいじめられていることに気づいていた。


しかし、気づいて気づいていないふりをした。



自分が厄介ごとに巻き込まれるのはご免だから。



女子からはいじめられ続け、男子からはセクハラが絶えない。


質問攻めされ、頭を撫でられ、肩を抱かれ……



佳乃は人間が怖くなった。


何を考えているのかわからない。


なぜいきなり自分をいじめるのか。


何故知らない不利をするのだろうか。


そんなに自分が可愛いのか。


そうして、少しずつ殻に閉じこもっていった。


友達と呼べる者もいなければ、信頼できる者もいなかった。


日に日に疲労と心配でやつれていく母を見るたび辛くなった。


外にでると、すべての人間から自分に非難の目が向けられているような気がした。



怖い。



誰も信じれなくなった。










「俺も?」


佳乃は春平の言葉を疑った。


「信じてるわけないじゃん」


「それはひどいんじゃねぇ? 友達に向かってそういう事は言っちゃいけないんじゃないかな」


うんうん。と自分で納得をしている春平を見て、頭に血が逆流してきている感じがした。


「……な…にそれ」


震える佳乃の声に異変を感じ、佳乃の様子を見る。


顔は真っ赤になっている。


「あたしいつからあんたが友達だなんて認めた? 何でそうやって勝手に自分で考えて結論出しちゃうわけ!?」


春平は何も言い返すことができなかった。


「友達友達って……そんなに友達が大事なの!? 結局お母さんに頼まれて、私を見てやっぱり仕方ないって思って仕事してるだけでしょ!? そんなんで、そんなんで友達面なんてしないで!」


一瞬あたりが静寂につつまれた。

聞こえるのは佳乃の荒い呼吸だけ。


「―――――わかってんじゃねぇかよ」


春平の冷たい一言で、佳乃の体は硬直した。


「よくわかってんじゃん。友達ってのは頼まれてなるもんじゃねぇよな。お互い信頼しあって仲良くなったら友達なんだよな」


にっこりと微笑む春平を見て佳乃は心が痛くなった。


「俺は佳乃の事尊敬する。自分から言いたくない事を告白できる佳乃は、強いよ」


自分の肩を優しくたたく春平の笑顔を見て、佳乃は泣きそうになった。


そして、春平から離れる。



「嫌い」



春平の表情がこわばる。


「嫌い。帰って。もう……来ないで」



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