第58話 妹
脳震盪を起こした春平はしばらくベッドに寝かされたが、右京は何のことはない、といったふうに手際よく自分の傷の手当てをしていた。
「あの方たちは……?」
「近隣に住む村人です。元はダムの底に沈んだ村に住んでたんですけどね」
あぁ、と納得した。
自分たちの村を沈められた住人だから、本社の人間に恨みを持つのは当然だ。
だけどどうして同じ村の仲間である右京までそんな目にあわせる必要があるのだろうか?
「……調査の期間はどのぐらいになりますか?」
「明日には終わりますよ。申し訳ないですけど、1泊してもらうかたちになりますね」
苦笑して、社員はその場を離れる。
明日まで。
今はまだ昼の3時なので時間はたっぷりある。
「……なんか、あんまり嬉しくない時間の余裕だなぁ」
天井を見上げて春平はひとりため息をついた。
……なんか、無性にイライラする。
被害を受けてる右京のことを思うとあまりにも理不尽な事態にイライラする。
ただでさえ心を痛めている時に、なんで追い討ちをかけるような真似をするのだろうか。
同じ村の仲間だろ!?
ごんごん、と。
些か乱暴に部屋の扉がノックされた。
右京は春平を確認してから
「どうぞ」と少し声を張り上げた。
乱暴に扉を開けると、両手いっぱいに食料を抱え込んだ少女が恨めしそうにこちらを睨んで立っていた。
「えっと、どちら様?」
「何あんた。清住さんとか久遠さんは来てないんだね」
そう言うと少女はぷいっと春平に顔を背ける。
なんていうか、感じ悪い女の子だ。
クセのある茶色い髪の毛を胸元まで垂らしている、目の切れ長な少女だ。歳はまだ中学生、といったところだろうか。
「それに、人に名前を聞く前にまずは自分のことを名乗るべきじゃない?」
「……正田春平。本社の人間だよ」
「ふーん。私はアクリル。アクリル・ドレイク」
その名前に春平は既知感を感じ、同時に
「アクリルって、思いっきり日本人でしょ。何で名前だけ完璧に欧米人なんだよ」
「むっ」
不服そうにアクリルは春平を睨んでくる。目が切れ長な分迫力がある。
「なんであんたにそんなこと言われなきゃなんないのよ。それより、右京」
アクリルは嬉しそうに右京を振り返って手を伸ばす。
瞬間、春平の中で嫌な予感がした。
「アクリル、ちょ――」
春平が言うのと同時に、右京は伸ばされたアクリルの手を目もあわせずに振り払っていた。
その様子に目を疑いながら、アクリルはきょとんとした様子で右京を見ている。
「どうしたの?どっか痛い?」
「ごめん、着替えたいから外に出ててくれるかな」
俯く右京の声にアクリルは顔を真っ赤にして「ご、ごめんねっ」と照れながら食物を置いて部屋の外に出て行った。
俯いたままの右京を、春平は心配そうに見つめていた。
「あの、右京……」
声をかけた瞬間緊張が解けたのか、右京はその場で嘔吐してしまった。
右京が落ち着いてから、春平は右京を横にして片付けをしていた。
「ごめんなさい、汚いことさせて」
「気にすんな。それよりも……もしかして、若い女の子は全員駄目か」
春平がそう言うと、右京は苦しそうに横になった。
「やっぱり怖い、です。駄目ですね僕」
「そんなことはないと思うけど」
「妹なのに……」
「え゛っ!」
春平は思わず叫んで声を失う。
よく考えてみて、名乗られた時の妙な既知感は彼女の名字かドレイクだからだったんだと今さら気付いた。
「随分似てないね……。年もそんなに離れてる感じしないし」
そもそもこの右京の妹があんな無愛想だとは思ってもみなかった。
右京は苦笑した、ような雰囲気だ。
そして右京がようやく落ち着いた時、再びドアがノックされアクリルの声が聞こえてきた。
アクリルには何も言っていないが彼女なりに何か感付いたのか、ある程度の距離を置いて話している。
「何か食べる?今年はいつにも増して梨が豊作なんだあ」
嬉しそうにアクリルは目を細めて、スカートで運んできた梨をゴロゴロと転がす。
「ありがとう。でも今はいいや」
一方、あんまり元気ではない様子で右京が答えると、アクリルは明らかに不審そうに右京を見ていた。
「やっぱり具合悪いの?もしかして風邪?食欲ないなら強要はしないけど……」
「んじゃ俺食べたい」
「触んなチン●●」
激しく睨んで威嚇し、さらには汚い言葉まで吐き出すアクリルに、春平は言葉を失ってしまった。
「……やっぱ右京の妹には向いてないって、これ」
右京の妹ならもっと上品な美少女だろ!と付け足すと、春平は転がった梨を掴みとった。
ここで
「何よこの馬鹿!」なんて言葉が返ってくると思い身構えていた春平だが、誰の言葉も返ってこないので不思議そうに二人を見上げた。
二人は、居心地が悪そうに目を逸らして唇を噛み締めていた。
その後何を思ってか黙りこむ右京に負い目を感じて、春平は静かに部屋を出ていった。
部屋の外に出ると、社員の部屋があり、そこを通りすぎると外へと繋がる。
ドアノブに手をかけた時
「待ちなよ」
少し棘のある言葉を後ろから浴びせられて春平は振り返る。
「アクリルか。あんたまだいたんだね」
春平の呆れるような言いぐさに、アクリルはムッと唇を尖らせた。
「何よ、私がいちゃ悪いわけ!?」
「いやそんなことまで言ってないけど」
なんだか扱いにくい奴だなあ、と春平は小さく溜め息をついた。
「あぁもう!そうじゃなくて、どこに行くつもりなの!?」
そう聞かれて春平は押し黙る。
だって春平は右京といるのが気まずかっただけだから、特に行くあてなんか考えてない。
「……外の空気でも吸おうかなぁと」
「さっきあんな目に遭ってまだ懲りないわけ?あんた一人が外に出たら格好の獲物よ」
……そうかもしれない。
「さっきは脳震盪で済んだかもしれないけど、今度は目が潰されるかもね」
ヒヒヒと嫌な笑い方をするアクリルを、春平はじっと凝視していた。
「な、なによ」
「それって、何だかんだで俺のこと心配してくれてるって思っていいの?」
アクリルの顔が火のついたように紅潮した。
「自惚れもここまでくると尊敬するわね!」
「なんだ、あんた意外といい奴なんじゃん。優しいんだな」
「な、な、なななな」
「それに比べて俺は鈍感で酷い男だな」
嘲笑して、そっと右京がいる部屋に目線を向ける。
アクリルも春平が何のことを言っているのか理解しているようだ。
春平はさっきの発言を気にしているのだ。
アクリルは目の前の春平の手をギュッと握りしめる。
その瞬間、春平の手がビクッと動いた。
「外の空気吸いに行くんでしょ?ついてくわ」
アクリルは照れながら頬を膨らましていた。
そんな彼女を見つめて
「う、うん」
春平は手を引っ張られていた。
手を握られた瞬間、その手を力の限り振り払いたい衝動にかられて自分自身に、春平は何とも言えない違和感を覚えていた。
この時はまだ、その真相なんて知るよしもなく――…
冬休みになりました(笑
いつもより多く更新できるといいです^^
さて、何がどうなっているのやら、混乱しているうちに右京の妹アクリル登場!でもあんまり似てないんだな、これが……
妹に触られる事さえ拒絶する右京、何かを感じて傷つくアクリル。
そして何か妙な雰囲気になりつつある春平。
次回、少しずつ、、、破綻していきます。