第52話 共鳴反応
ポルトガルで有名なアルジャジーラファミリー。
そのボスは黒髪黒目の日本人だった。
「親の七光りみたいなもので、俺自身は何の取り柄もないんですよ」
苦笑しながらそんなことを言う春彦。さすが日本人なだけに日本語がお上手で。
「正田春平、葵春貴、右京・ハル・ドレイクに牧春彦かぁ。俺のまわりってハルばっかりだな」
「何か万年発情してるみたいに聞こえますね」
プククと楽しそうに笑う春彦に
「海外育ちは大人だなあ」とか呟いてしまった春平。
「全然大人なんかじゃないですよ。まだ20になったばっかだし」
「あ、同い年ですよ俺」
春平のその言葉に春彦は目を見開いた。
「は、ハイスクールだと思ってた」
とっさに日本語が出てこないあたり、帰国してまもないのだろう。
「それじゃあ俺と春平は同い年だから、遠慮なく。俺のことも春彦って呼んでいいから、俺も春平って呼ぶね」
「いや、あくまで牧さんは俺らより立場が上だから」
「そんな堅苦しいこと言うなよ。ずっと同年代の友達が欲しかったんだから」
春彦の嬉しそうな言葉は春平の心に突き刺さった。
それは、春平にも同じことだったからだ。
まわりの環境から年上と接することが多かった春平は、同年代の友達とは疎遠だった。
高校時代に名門野球部として一緒に栄光と感動を手にした仲間たちが、今ごろ何をしているのかなんて見当もつかない。
こんな違和感ばかりを持つ仕事で、春平は何度心を許せる同年代の仲間を欲したことか。
何も考えず、ただ遊ぶだけの友達がどれだけ欲しかったか。
そう考えて、ただ必死に野球に打ち込んでいたことを思い出す。
そして野球部の仲間たちは今ごろ何をしているのかなんて、また同じ考えを繰り返す。
きっと春彦も同じような環境に苦しんだのだろう。
小さいころから偉大な父を持ち、自分の将来は確定していたに違いない。
大人からも敬意を受けて、随分と豪遊できたに違いない。
だけどお金と敬意で塗り固められた生活に同等の価値観を持つ仲間、友達がいないというのは、心の中心にぽっかりと穴を開ける苦痛を伴うことになる。
春平は唇の端を結んで少しためらいがちに笑顔でもなんでもない微妙な表情を見せた。
「ん、じゃあお言葉に甘えて」
その言葉ににっこりと笑う春彦を、清住はじっと見つめていた。
取引の内容はあらかじめ教えられてはいない。
だいたいは金の取引などで知らされるのだが、特殊なケースとして法に触れてしまうような内容の場合は文書に残さなくてもよいということになっている。
つまりは、たとえ読んだ後にシュレッダーにかけるとしても絶対に痕跡を残したくないものなのだ。
今回は、取引内容が文書にあらわれていなかった。
「?春平、俺の歯に青のりでもついてる?」
「いや、ついてないけど……」
こんなまだハタチの青年が、法に触れてしまうような内容の取引を行うなんて、想像もつかなかった。
第一、そんな悪人面には見えなかった。
「Oh,Hi!」
何かに気付いた春彦が春平たちから離れて他のマフィアのもとへと向かう。
「ちょ、春彦!」
春平の言葉に振り返った春彦に、清住が注意する。
「俺たちの仕事のことも考えてくださいよ。あなたに万が一のことがあったら俺たちだって言葉通り首が飛ぶ」
苦笑しながら肩をすくめると、春彦はにっこりと笑って見せた。
「何も心配することはないよ。あの方は取引先の方なんだ。それも、今回が初めてじゃなくて、もう何度も世話になってる肩だから絶対の信頼を寄せられるから」
ふぅ、と清住がため息をつくと、春彦は
「Thank you」と英語で話しながら、そのマフィアのもとに向かったのだった。
楽しそうに英語を操り談笑する春彦の様子を、清住が眉間にシワを寄せながら凝視している。
「英語話せるってかっこいいなぁ」
こんなことなら、せめて英語だけでも真剣に勉強すればよかったと後悔してみる。
そうして何気無く横を見ると、物珍しげな表情でこちらを見ている清住の顔が目の前にあった。
「な、な、なななな!? 」
ギクッとして後ずさると、足を何かに引っ掻けて転びそうになってしまい、清住が春平の腕を力強く掴んだ。
あまりの驚きととっさのかっこよさに口をパクパクさせていると、清住はにっこりと無邪気に笑ってみせた。
「正直俺と一緒に仕事は気まずいとか思ってるだろ」
笑顔で言われたら返す言葉もない。
だってそもそも図星なのだから。
「図星なんだなー。あーぁ、ひどい奴だよお前は」
しくしくしくと大の男が泣き真似をしているが、突っ込む気にも慣れず呆然としていると
「お前は絶対女心がわからないだろ。俺が女だったら平手打ちしてる」
「そ、そんなこと言っても……」
焦る春平に、清住は小さくため息をついた。
「お前らしくないな。もっと子供みたいに怒って見せろよ。そういう精神的な不調は身体的不調も起こすんだからよ」
「そんなこと言ったって!」
そこまで言って、春平はぐっと自分を押さえとどめた。
「清住が俺に何も……」
「人のせいにするのは止めろ。それを言ったら、俺だってお前に信頼してないって言われたんだぞ。ここはおあいこでお互い忘れたふりして何事もなかったように振る舞うのが得策なんだ」
それが、この場をうまく丸くおさめるための唯一の得策。
「それじゃあいつまで経っても俺のモヤモヤは残ったまんまだ」
その言葉に苦笑して、清住はだだをこねる子供を諭すように優しく言った。
「それじゃあ春平は俺にどうしてほしいんだ?」
春平は心臓がはねあがる音を聞いた。
本当のことを言いたかった。
だけどそれは春平のエゴにすぎなくて、それを押し付けるかたちになってしまうのは知っていた。
「俺は……」
「春平!あちらの方が新人の春平を紹介してほしいって」
突然春彦に腕を引っ張られて、二人の会話は中断されてしまった。
清住はずっとこちらを凝視している。
「こちら、今回の俺の取引先のアルフレッド・モナリーさん」
すると目の前の人物が自分の名前を日本語で呼ばれたのを理解したのか、優しく微笑んだ。
アルフレッドと聞けば男だと理解できるがモナリーだけ聞くと女性のようだ、と春平は思った。
事実、実に女性のような容姿だった。
春平にも似かよう赤茶の髪の毛は肩口まで伸ばされて、目も鼻も口も全てが気の強く高慢な女性のような印象を持ち合わせていた。
女装すれば騙されてしまうほど、アルフレッド・モナリーは女性的だった。
「はろー。アイム春平正田」
そうして握手を求めると、アルフレッド・モナリーは快く手を出してきた。
年齢は清住と同じか若干下ぐらいだろう。
アルフレッドはその後春彦と会話をしている。
時々楽しそうに笑ったり、真剣な表情をしたりとくるくると顔を変えているところを見ると、どうやら今日の取引の話をしているのだろう。
それを呆然と見ていた春平に
「モナリーさんが春平可愛い少年だねって言ってるよ。甥っ子みたいなんだって」と春彦に言われた。
「サンキュー。モナリーさんもかっこいいよ」
春彦が訳すと、アルフレッド・モナリーは少し複雑な表情をしながらも嬉しそうに微笑んだのだった。
その様子を、清住はじっと見つめ続けていた。
「春平、もしかして元気ない?」
唐突に言ってきた春彦の言葉にギクッと肩をならすと、すべてを見透かしたようにクスリと笑われた。
「清住さんと何かあったんだね」
「何でわかるんだよ」
「わかるよ。ギクシャクしてるもん。人の様子を観察するのも、俺たちの仕事だからね」
なるほど。
「部外者の俺には何があったか言いにくいか」
そんなことを言われては、なんだか言わないのも申し訳ない気持ちになる。
春彦は春平のことを「友達」と認識してくれているようだし。
ちょっとぐらいなら、話しても支障はないよな。
そんな軽い気持ちで春平は口を開いてしまったのだった。
アルジャジーラファミリーのボス、牧春彦。
どんなに恐ろしい奴かと思っていたら、割とフレンドリーで、そして、
何より、春平自身に似通っていた。
そんな彼に共鳴して、春平は――
明日も更新できそうです^^
次回、ついに取引が開始!