第50話 清住と信頼
そうして、春貴は本社を去っていった。
「ごめんね」
最後に悪びれた風もなく清住たちに言うと、堂々と新幹線に乗っていった。
春貴の一言が清住たちの心に残ったことは言うまでも無い。
「薄気味悪いな」
「あの子も大人になったのねぇ」
「元から大人……」
「あんまり言いすぎないよーに」
見送りにはユキナも来ていた。
「皆さんこんにちはぁ」
そう言いながら走り寄ってくる彼女に、「こんにちはぁ」と挨拶を返す春平たち。
少したわいも無い会話を続けているうちに話は大きく膨れ上がり盛り上がる。
盛り上がっている3人を尻目に、清住はじっとユキナを見ていた。
その視線に気付いたのか、ユキナも清住をじっと見始める。
無言の見つめあいが数十秒を続いたと思ったとき
「こんにちは」
ユキナが笑顔で清住に挨拶をした。
「こんにちは」
負けじと出された清住の爽やか笑顔。
盛り上がる久遠と右京を背後に、春平はそんな2人の様子を見つめていた。
勿論この2人の行動に違和感を持ったのは言うまでも無いことだ。
「ユキナちゃんは清住の元カノだしね」
「え゛!?」
まさかそんな事実を発覚させてしまうとは……
彼女で、春平は思い出した。
いつだったか、清住が仲間を恋愛対象とするなという話をしていた。
『恋人を作るのは大いに結構。だが、仲間内だと事情が違ってくる。もし同じ任務をしていて、彼女が危険にさらされたらどうする?きっと彼氏の行動にも支障をきたす。そして万が一にも恋人が死んだら……』
そこで、清住は言葉を切った。
「あのさぁ、清住って、自分の彼女殺されたりしたことある?」
「はぁ?」
「あ、ぶしつけですみません」
ついつい敬語で謝ってしまう春平。
「依頼で事故で亡くなったりとか」
「何それ。何のドラマ?」
「へ?」
「清住の彼女が死んだ話なんて聞いた事もないし、第一見たことも無い」
ふん、と鼻を鳴らす久遠を見て、春平は呆然としていた。
何だ。春平はあの清住の言葉を聞いたとき、てっきりそれは清住が昔体験したことを話しているのかと思ったが、実際はそうではなかったようだ。
全く、例え話の上手い奴だ。
そしてつかみどころがない。
久遠のように単純でもなければ、右京のように物静かなわけでもない。
実は性格も何も、清住のことは本当に何も知らないんじゃないか。
一見スポーツマンのような爽やかなイケメンの薫り漂う清住だが、本当にスポーツマンなのだろうか。
そもそも、あまりちゃんと話したことがない。
リーダーながらリーダーらしくない。でしゃばりもしなければ引っ込みもしない。
清住は、いつも中立的な立場にいるような気がしてならない。
「おーいおーい、何ぼーっとしちゃってんだこら」
ゴツンと額に拳を打ち付けられて、春平は我に返った。
気付けば久遠はすでに自分の目の前からいなくなっていた。
変わりに目の前にいるのは、清住だ。
「仕事だぞ」
そうして手に持つ資料に視線を落とす清住。
「体調悪いわけじゃないよな?」
「もちろん」
「悩み事か?」
清住が爽やかな微笑みを見せて春平の頭を優しく撫でる。
そうだ。こういう時はいつも考えていた。
自分のことをいたわる仕草が、表情が、
寺門にそっくりなのだ。
それがこの二人の共通点。そしてもうひとつ。
「清住こそ、悩みないの?」
「ん?」
この二人は、他人のことばかりをいたわって、決して自分のことをいたわらない。
悩みがあれば聞く。けど
「聞くだけじゃなくて、たまには自分の悩みもぶつけると楽になれるよ」
春平のそのひとことに、清住は険しい表情をした。
「そうやってお互いのことをよく理解した方が、俺は自分の命綱を託しやすい」
「ん、あー……今のところ悩みはないな。ご期待にそえられないようで申し訳ないけど」
話をさらりと受け流すように、清住は微笑みを向けてきた。
春平は少しムッとした。
それは、清住が自分の親切に答えなかったからではない。ないなら無理に言わなくてもいいのだ。
しかし、彼は違う。
「その言い方は好きじゃないな」
春平の呟きに、清住は瞬時に反応する。
「気に障る言い方しちゃったか?」
「清住の言葉は、俺には悩みは打ち明けないって言ってるみたいに聞こえる。俺を……っ」
そこまで言って、春平は苦い顔をして言葉を切った。
俺を、信用してないみたいだ。
圧し殺した気持ちは清住に見透かされていた。
「俺はお前を信用してるよ」
我が子をいとおしく見るような表情で、清住は優しく笑って春平の頭を撫でた。
それが、誤魔化しているように感じられた。
そうすることでこの場な雰囲気を最良にして終えることができると知っているような、本当に心で思ったことではないような気がした。
頭を使って構成された映画に入り込んでしまって、トリックにまんまと騙された感覚だ。
「俺は……」
春平は掠れるような声を絞り出す。
「俺は、清住を頼りにしてる。いざというとき助けてくれる、何より頼もしいリーダーだ。だけど、信頼はできない。信用もできない」
「はは、なんで?」
普通の人なら怒って当然という春平の言葉にも、清住は自分が間違ってしまった照れ隠しの苦笑いみたいな表情をして春平の頭をガシガシと撫で回している。
そんな清住の態度に、春平は自分が間違ったことをしてしまっているような恥ずかしさを感じた。
「信じれないよ!だって清住は俺のこと信用してるって言ったけど、俺は清住のこと何も知らないから」
「そんなの、久遠と右京も一緒だろ?」
「そんなんじゃない。確かに皆の好きなものも嫌いなものも、どうしてここで働いてるのかも何も知らない。だけどそうじゃなくて……清住は人間として信頼しにくい。清住は、自分から俺たちとの間に壁を作ってる気がする」
清住は善でも悪でもない。
清住は肯定でも否定でもない。
清住は賛成でも反対でもない。
清住は中立だ。
普通で、相手に合わせて、一番その場が最良になる形にことを進める。
常にその場の雰囲気とそれに合わせた策を練る。
自我をその場に持ち込まずに、ただ冷静に物事を見て迅速な判断を下し、仲間との均衡を保つ。
自分の意見を伝えようとは考えない。
そんな自分の考えは教えない。
「いつだって、自分の心を見透かされないように一線退いて遠くから下界を見下ろしてんじゃないかって。俺たちとは一定の距離を置いてるんじゃないかって気がした」
春平は自分がなぜこんなことを清住に言っているのか分からなかった。
清住は苦笑のまま表情を変えない。
何か不快感を持つ様子も、春平に怒りを感じた様子もない。
春平は自分が嫌な汗をかいているのに気付いた。
「……ごめん、俺ものすごいめちゃくちゃなこと言ってる」
「なぁに、気にするかよ」
力が抜けたような春平の言葉を聞いて、清住は強く背中を叩いた。
スポーツ仲間が得点を上げた時のような、仲間意識の熱がこもったものだ。
にっ、と歯を見せて無邪気に笑ったかと思うと今度は大人の微笑みを見せる清住。
「決して深く仲良くならない。関わろうともしないし、理解しようともしない。勿論、理解されようなんて考えてない。これって、そんなに悪いことじゃないと思ってたな」
少し悔しそうに笑う清住を、春平は期待の眼差しで見た。
「俺はお前たちとは仲良くやってるつもりなんだよなぁ。本当に信頼してるし、信頼してもらいたい。お前が、俺は自分を圧し殺して自分からは何も伝えようとはしないって言うから、俺もたまには自分の本当の言葉を出してみようか」
「それじゃあっ!」
春平の気持ちが清住に伝わった。
歓喜の声をもらした春平に、少し低めの清住の声が重なる。
「お前が何を主張しようと、これが俺だ。俺は俺なんだ。今さら性格を変えようとは思わないし、変えたいとも思わない。頑固で周囲の人とその場の空気に身を委ねる(ゆだねる)、自我を持たない俺で結構だ。いや、それがいいんだ。そんな俺の性格を、俺は好きなんだ」
ただ薄く張り付いたような笑顔を呆然と見つめ、言葉を失う。
清住はそんな春平の頭を優しく叩いて、すれ違いざまに言葉を残した。
「心を開かないのは性格だと思ってくれれば嬉しい」
そうして離れていく足音に耳を傾けながら、春平は身動きとらずに呟く。
「……ハルなんかより、清住の方が虚栄を張ってる」
春平が強い意志でそう言うと清住は苦笑ともとれる爽やかな笑顔を向けて
「俺はお前たちに命綱託せるからな」
と信頼の意志を表明した。
それが無性に悔しくて、どうすればいいか分からなかった。
残ったのは、次の仕事を知らせるこんな紙切れ。
も、もしかして清住って薄情な人?
ちょっと株が下がりそうな清住ですが、さてさて次の依頼は――……?
約2ヶ月ぶりの更新となりました。
この話を待っていた人には申し訳ないと思っています。
実はこの話は、ちょっと大掛かりで山場にもなるところだったので少し不安でした。
だから話全体が終わるまでとりあえず更新はなしに使用と思い。
さらに作者、バイトを始めて更新するチャンスが減り……(T_T)
でも無事に話を作り終えたので、今日からは毎日のように更新したいと思います。
バイトの時間もあるので、毎日は難しいかもしれませんが、できるかぎり更新しますので、よろしくお願いします。