第4話 虐め事情
美羽ちゃんではなく、また違う子のお話です。
「ここって本当に何でも引き受けてくれるんですか?」
血色の悪い、いかにも不健康そうな女性がアロエの前で偶然会った美浜に話しかける。
「どちら様?」
「お尋ね者です」
その言葉を聞いて美浜はにっこりと微笑んだ。
「とりあえず中へどうぞ」
「友達。ですか?」
美浜が少し不振そうに女性を見ると、女性は困ったように俯いた。
「私の娘が部屋の中に引きこもって出て来ないんです。多分学校でいじめられているんだと思うんです。友達も居ない様子で、誰か友達が居た方が心が安定するのではと考えまして」
おどおどと落ち着かない依頼人の様子をキッチンからただただ春平は見ていた。
「待ってください。本当にいじめと断定できる、それらしきものを発見したんですか?」
「いえ……。でも、友達がいないのは確かです。だから娘の友達になってほしいのですが」
明らかに美浜は困惑していた。
「友達ができればそれでいいという問題ではないと思われますが……」
美浜は自分の長い髪の毛を左の人差し指に絡ませる。
困った時に見せる美浜の癖だ。
「まずはお子さんと話し合わないと」
「部屋から出てきてくれないんです。私、どうしたら……」
ただでさえ血色の悪い肌が不安で青白くなる。
「……依頼内容は『娘さんの友達になる』でいいんですか?」
神妙な顔をする美浜にびくびくと肩を震わせる。
「はい。できれば数名の方がいいんですが」
「数名ですか……。でもアロエにいる人って年齢まちまちだからなぁ」
「は〜い」
文句のありそうな顔をして挙手する春平を見て美浜は思い付いたようだ。
「娘さん、おいくつですか」
「15才です。中3で」
「友達男の子だとまずいでしょうか?」
ははは……と苦笑いする美浜を見て依頼人は目を見開いて、身を乗り出してきた。
「いえ! 構いません! とにかくたくさんの友達をつくってあげたいんです」
その様子にビビり、両手で距離をおき少し顔を話す美浜。
「高瀬も呼ぶ? 今仕事してると思うけど。仕事帰りでいいなら」
リビングにやってきて美浜の隣に座る春平にすかさず即答する。
「孝太は駄目! 向いてない! 何言うかわかんないし」
高瀬孝太は春平たちと同じく、アロエで働く社員の一人だ。
『人に厳しく自分に優しく』が彼のモットーであり、人助けのような依頼にはとても向いているとは言いがたい男だ。
よって彼は、派遣よりも安い給料で『派遣社員』として働く事の方が多い。
「まぁね。もう27だから娘さんと歳離れすぎか……って言ったら美浜さんは高瀬よりも」
にやにやと春平がそこまで言うと横からエルボーがとんできた。
「禁句」
「すいませんでした」
「では、私とこの子が娘さんの友達になるという依頼内容でいいでしょうか」
にっこりと微笑む美浜に、納得のいかない様子でしぶしぶ頷く依頼人。
「友達ってのは、数が多けりゃいいってもんではないよ」
キツい表情で依頼申込書に名前を明記する春平に、美浜は何も言い返すことが出来なかった。
「佳乃! お母さんよ! 開けて」
「佐々木さん! そんなことしたら怖くて出てきにくいじゃないですか」
どんどんと扉を叩く依頼人・佐々木さんの行動を見かねたのか、美浜は佐々木さんの腕を掴んだ。
「でも……」
「今日は一旦引き上げよっか。いきなり大人3人に囲まれたらビビるって」
春平が美浜にアイコンタクトをとると、それに気付き賛成した。
「それもそうね。それじゃあ、明日にしましょう」
「えっ、えぇ」
玄関のドアが閉じた音を確認し、家の中には自分しかいないと考えた佳乃は、静かに、警戒しながら部屋から出てきた。
「こんにちは。佳乃ちゃん」
目の前に覆い被さるように立っている春平を見て、佳乃はすぐに部屋に入ろうとする。
「おおっと! 何で逃げんの〜?」
佳乃の左腕を掴む春平。
「正田春平。よろしくね」
「……よ、よろしくって……」
「あぁ、まずはお友達からって意味!」
口を開いた佳乃を嬉しそうに見つめると、佳乃は恥ずかしそうに顔を背けた。
「またお母さん変な事言ったんでしょ」
「えっ。変な事は別に聞いてないけど」
佳乃は顔を赤くして押し黙っている。
「俺が聞いたのは『いじめられてるかも』って事だけだよ」
佳乃は真っ赤な顔を上げて春平を睨んだ。
「俺にキレたってしょうがないでしょ」
片手を上げて警戒心を解こうと試みる。
佳乃は春平に腕を捕まれているのを忘れて部屋に再び戻ろうとする。
「俺部屋に入れてくれんの!? ラッキー」
「違う!」
ぐいぐいと春平の腕を離そうとするが思っていた以上に春平に力があったので中々離せない。
「なあなあ。友達遊びに来てんだからお茶とか出してよ〜。喉乾いた」
「……友達!?」
「よろしくって言ったじゃん」
春平のけろっとした表情で力が抜けてしまった。
「俺紅茶より緑茶の方がいいから」
と、無理やりキッチンまで連行する。
見た感じ、俺に困惑してるみたいだけど、恐怖心があるって感じじゃなさそうだな。
やっぱり女同士のいじめか。
見た目とか体型をからかわれたって感じじゃなさそうだな…。
じろじろと見られて、佳乃は我慢できなくなった。
「何……」
「いやいや。わりと可愛いなと」
あっさりと言ってしまう春平を見て、顔を赤くした。
「そんな事言われて女の子みんな喜ぶと思わないで」
てっきり照れているのかと思っていた春平は、怒っている様子の佳乃を見てさすがに
「やっちゃった」と小さく舌打ちをした。
「ごめん」
それでも春平は佳乃を観察していた。
長めの髪の毛からは、美浜さんのような健康さがうかがえなかった。
「学校行ってんの?」
唐突な質問に表情が沈む。
「行ってないんだね」
「まだ何も言ってない!」
佳乃がむきになっても春平は表情一つ変えなかった。
「そうだったね。で、どうなの?」
「…………」
「隣に座れば?」
佳乃はしばらく戸惑ったが、大人しく春平の隣に腰をおろした。
「言ってごらん。友達なんだから」
佳乃の椅子に手をかけると、急に恐怖心をあらわした。
すかさず手を引っ込めて顔色をうかがう。
「もしかして、男と2人っきりってのが不安?」
春平の表情が沈むのを感じて訂正しようと振り向いたが、すぐに下を向いて頷いた。
「……っそっか。じゃ、明日また出直す。……これ」
春平は佳乃にメモを差し出す。
「携帯持ってる?」
佳乃はぽかんとした表情で春平を見つめていた。
「いつでもメールして。電話は出ない可能性が高いしさ」
佳乃は頷きはしなかった。
「遠慮すんなよ。友達なんだから」
その言葉に反応して一瞬眉間に皺がよった。
そしてすぐに部屋に戻って鍵をかけた。
「しゅんちゃん。報告」
美浜の言葉に淡々と説明する。
「学校には行ってない。友達って言葉には結構反応してる。あと、男と2人っきりが怖い。……ねぇ、これってちょっと引っ掛からない?」
「何で? その年頃の女の子は大抵怖いと思うわよ」
美浜は春平の報告を性格に書類に記入している。
「そんなもんかなぁ」
「でもそれだけで片付けるのは良くないわよね。ちょっと調べてみましょう」
「うん、よろしく」
「で、お友達にはなれたの?」
にっこりと期待の眼差しを向ける美浜を見て、ビクッと身を縮ませる。
「む……無理だった。一応メルアドは教えといたけど、正直してくれるとは思えない」
顔の前で両手を合わせる春平を手で制する。
「いいよ。1日でお友達になろうなんて考えてないから。ただ、いつ頃になったら私と佳乃ちゃんが話をできるかなって疑問」
「明日でも大丈夫じゃないかなぁ。俺も多少は話したし。年上だけど、やっぱり同じ女同士の方がコミュニケーションとりやすいと思う」
「うん……」
「佳乃〜。俺。春平だよ」
軽く佳乃の部屋をノックすると、小さな返事が中から返ってきた。
「誰?」
その言葉には2人とも拍子抜けした。
「昨日来たじゃん。正田春平!」
返事は返ってこない。
「仕方ないなぁ」
2人が椅子へ座ろうとすると、春平の携帯が振動した。
佳乃からのメールだ。
【何の用?】
「用がなきゃ来ちゃ駄目なの?」
【うん】
はぁとため息をつき、小声で
「めんどくせぇ」と呟くと、横から脇腹を強打された。
「とりあえず出てくるか、鍵開けてくれないとちゃんと話できないよ」
【男は部屋に入れない】
「……女なら入れてくれるの?」
美浜の声がすると、佳乃は何も返してこなくなった。
あ〜……ビビったか。
困ったなあ。
春平は佳乃に何度も説得を試みるが、美浜の声がしてから、音沙汰が無くなってしまった。
「お前さぁ、いつまで部屋に閉じこもってるつもりなわけ?」
春平が嫌みったらしく言うが出てくる気配はない。
「そんなんで友達できねぇだの学校行かねぇだのいじめられてるだのって親に迷惑かけてんじゃねぇよ」
「いじめられてるなんて言ってない!」
怒りの声が聞こえたが部屋からは出てこない。
「じゃあなんだってんだよ」
小さく、鼻をすする音が聞こえてきた。
「あんたになんかわかんないよ」
「あんたとか言うな。春平だ」
「皆……表面ではそうやっていかにも優しそうにするよね。先生も、他のクラスの人たちも。でも結局自分が優越感に浸りたいだけで、私のこと面倒だとか思ってんでしょ」
ひっくひっくと声が聞こえてきた。
「面倒ならほっといてよ! 中途半端に手出されてもこっちが、困るの」
少しずつフェイドアウトしていく声を必死に拾い、春平は佳乃の部屋のドアを殴り続ける。
「しゅんちゃん! ドア壊れるから……っ」
「壊しちゃえばいいっしょ、こんなもん! 金なら寺門さんがたくさん蓄えてるんだし」
何度も何度もドアは殴り続けられ、佳乃の恐怖心を駆り立てる。
一度裂けるような音が轟き、佳乃が身をすくめる。
「きゃあっ」
ベッドの上で壁に寄りかかり、びくびくと体を震わせて丸くなっている。
そんな佳乃の頭を血だらけになった右手でそっと撫でる。
「本気で手ぇ出したら俺のこと信じてくれる?」
にっこりと母親のような優しい微笑みを見せる春平を見て、佳乃はただ泣く事しかできなかった。