第45話 愛してるから
拳が、春平に突きつけられる。
それを回避して、腹に蹴りをめり込ませる。すると男は腹を抱えて倒れこんでしまった。
「てめぇええ!」
男たちの怒号が響く。美羽は恐怖で耳を押さえる。目をつぶりたいが、つぶらない。
つぶったら、春平を見失ってしまいそうだった。
春平は目の前の男の顔面に拳を殴りつける。
それと同時に、春平の顔の側面が平手で強打された。
「うっ――――あ……」
脳が左右に揺れるような感覚に襲われる。鼓膜がキィンと響いて眩暈がする。
それを好機と見たのか、男たちが一斉に春平に群がる。
腹を蹴られ、殴られ、膝を強打され。
立っているのがやっと。今すぐにでも倒れたい中、春平は踏ん張っていた。
決して美羽から離れようとしなかった。
それを、美羽は背中越しに見ていた。
彼女には分からない。
春平が、どんな顔をして自分の目の前に立ちはだかっているのか。
「春平くん、春平、くん」
美羽は春平の名前を呼ぶことしか出来なかった。
「なーんだよ」
返ってきたのは、そんな間の抜けた返事。
だけど、目の前の状況は変わらない。一瞬、春平が反撃したかと思うと、すぐに転じて攻撃され続ける。
「やめてよ春平くん。もういいよっ。わ、私は大丈夫。私はきっと誘拐されるだけだから。私は絶対に殺されないから。このままだったら春平くんが、死んじゃうっ!」
「ふざけんなよ」
春平が低く呻いた。
「必死になってる俺を見て、もういい、は無いんじゃないの」
一人の男を強引に引き寄せて、春平はそのまま柔道の感覚で投げ飛ばす。背中を強打した男は小さく呻いて倒れこんでいる。
「俺は、俺の勝手な自己満足であんたを守りたいんだ」
少しだが、春平の言葉に笑みが混じっていた。
「俺がこのまま死ぬのより、あんたが誘拐されるのが嫌だ。酷い扱いを受けるのが嫌だ。あいつらがあんたの笑顔を奪うのは嫌だ。困って、苦しんで、泣いているのが嫌だ」
春平はゆっくりと顔だけ美羽を振り返った。
優しい微笑だった。
「幸せでいて欲しいんだ。ずっと笑っていて欲しいんだ。あんたの笑顔が、好きだから」
美羽は自分の耳を疑った。ゆっくりと顔を上げると、春平が包み込むように自分を抱きしめた。
「俺のことだけに困って、苦しんでよ」
美羽が息を吸う。美羽の目の前、春平の背中を狙って男達が一斉に襲い掛かる。
春平は、自分が犠牲になっても美羽だけは守ろうと、こういう形をとったのだ。
「死ねぇぇぇぇぇえ!」
もうすぐ目の前に来ている拳たち。それが春平の背中に到達する瞬間。
「――あはは、俊足だなぁ」
拳と春平の背中の間に、鉄のポールを持った久遠が立ちはだかっていた。
春平の背中を狙ったはずの拳が、突如現れた鉄のポールに突撃する。
男たちは大きなうめき声をあげてそれぞれの拳を痛そうにしている。
「お待たせお2人さん!」
頼もしい笑顔を向けて、久遠はピースしている。
「久遠」
春平は目を丸くして目の前にいる女性を見た。
「ここまで持ちこたえるなんて、さすがは期待の新人ね。でももう大丈夫。一人じゃあないよ」
気付けば大野組の男衆が群がっていた。しかしそれと同様に、清住が率いる袴田組の男衆も群がっている。
「随分と派手にやってくれたな、大野組の!」
「どう落とし前つけてくれるんじゃぁゴルァアァ」
激しい男達の怒号。それを合図に、乱闘が始まる。
「皆……」
美羽も動揺に目を丸くしている。
「まったくはた迷惑なお嬢さんだっ!」
「結局俺らがこんな羽目になるんだよ」
男衆の口から出た言葉に美羽と春平は体を硬直させた。
しかし次の言葉が出た瞬間、
「でもそんなはた迷惑なお嬢が可愛くて仕方がないんですよ」
美羽は脱力した。
「そんなしょうもないお嬢さんだから、守ってあげたくなるんですよ」
「だからもっと、迷惑かけてください」
「迷惑しなさすぎですよお嬢は!」
次々と飛び交う男衆の本音。
美羽の頬に、涙が落ちる。
ずっと自分は、皆に迷惑をかけていると思っていた。
かけていた。
でも皆は、そんな自分を嫌がってはいなかった。
こんな自分を受け止めてくれていた。
「皆、お嬢を愛しているんです」
唇を噛み締めて、必死に声を押し殺す。
すがりつくように春平に強くしがみ付いて、胸に顔を埋める。
春平はそんな美羽の様子を見て、自分の頬をぽりぽりと掻いた。
「その『皆』に、俺も入ってる、かな」
誤解を解こうとして尋ねたのではない。
照れ隠しをしながら、春平なりに肯定しているのだ。
大野組の人間は袴田組に破れた。
火野は折れた鼻を押さえながら、目の前にいる袴田組親方に言う。
「もうこんな真似はしないだろう。負傷者が多すぎる。それに負けたのにしつこく侵入するなど、大野組の恥だ」
そうして、ちらりと清住を一瞥する。
「我らの完敗だ」
春平は、門の前に向かっていた。
そこに倒れている人物を見て、苦虫をつぶしたような顔をしながら、小さく苦笑を溢す。
「遅くなったけど、迎えに来た。俺、やったよ」
右京は答えない。刺激しないように脈を確認して、本社に連絡をする。
「美羽ちゃんはいつ帰るの?」
「まだまだ。あと4日ぐらいいるつもりだから」
嬉しそうに笑う美羽を見て、春平は顔を綻ばせた。
それを見て、美羽の顔が赤らむ。
「あ、あの……ありがとうございました」
「うん」
「恋愛感情がないのは承知してますが、あんな風に好きとか言われて嬉しかったです」
「うん?」
思い出して、自分でも恥ずかしくなってきた。
よくもまぁあんな恥ずかしいセリフが言えたものだ。まさか右京の影響だったりするのだろうか。
「それにしても、こんなに早く再会するとは思いませんでした。これって運命だったりしますか?」
本当に嬉しそうに笑う美羽を見て、春平は言葉につまった。ヘタな言葉を使うと、落ち込んでしまうだろう。
必死に頭を働かせて、言葉をつむぎ出す。
「もし運命だったら、またどこかで再会できるさ」
美羽の頭を優しく撫でて、春平は小さく別れを告げた。
そうして目の前の清住、久遠の背中を追って、春平は歩き出した。
更新遅れてしまいました……
何はともあれ、美羽ちゃん編終了!
彼女とは、いずれどこかでまた出会える筈。
次回からはまた少し違うお話。