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アロエ  作者: 小日向雛
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第44話 巨大な迷路へ

楽しかった。

両親と一緒に遊園地に行くのが、好きだった。


そういう所では、自分のお父さんがヤクザだとか、自分はお嬢さんだとか言われないから。


なのに、なのに。


楽しい思い出を、私から、お父さんから、皆から奪ったあの男。



私の、大切なものを奪ったあの男。


私自身から、大切なものを奪おうとしたあの男。



でも違う。あの男は悪くない。


悪いのは、私なんだ。


私が娘じゃなかったら。皆に迷惑かけなかったのに。







美羽は右腕を春平に捕まれたままだ。顔を恐怖に引きつらせて、左手で必死に春平の手を振り払おうとしている。


「いやっ!いや、いや、いやあぁあっ」


錯乱している美羽を見て、それでも春平は手を離さない。


たぶん美羽は、目の前にいるのが春平だということにも気付いていない。


このままここにとどまっているわけにはいかない。


春平は美羽の右腕を強引に引っ張って抱き寄せた。


こんな風にして抱きしめたのは初めてじゃない。だから戸惑うな、と自分の心臓に命令する。


「俺だってば。落ち着いてよ」


とんとん、と軽く背中を叩くと、美羽は小さくうめいている。


「だから、あんまり嫌とか言わないでよ。傷つくでしょ」


苦笑まじりに春平が言うと、美羽はようやく静かになった。


「春平くん……」


落ち着きを取り戻した美羽は、過呼吸になりながら春平に身を預けている。


まだ過呼吸が収まらない美羽だが、いつまでも待ってはいられない。


春平は彼女を背負って弥八を確認する。


弥八も春平を確認すると、静かに頷いた。この際春平のことなどどうでもいいのだ。


男たちは弥八によって完全に伸されている。


弥八は刀を鞘に納めると、もう一度春平を確認して走り出した。


清住と久遠に美羽のことを伝えに行ったのだろう。


「美羽ちゃん、どこか隠れられる場所ある!?できれば地下室とかあればいいんだけど」


適当な部屋なら見つけられそうだ。押し入れなんかだとひとたまりもない。


走りながら尋ねると、背中で美羽の頭が左右に揺れたのを感じた。


「……屋上なら」


「屋上!?」


こんな平屋敷の屋上といったら高さのない瓦屋根だ。


「そんなの、地上からでも這い上がって来れるから駄目だ!」


「大丈夫、中からも外からも見えないから」


中からも外からも見えない屋上?そんなもの、有るわけがない。


そこで春平はハッとした。


そうだ、屋根裏!


きって美羽は屋根裏のことを言っているんだ。


「その屋根裏、広い!?」


「180センチぐらいの高さがあったと思います。広さも家全体なので」


春平はしめた、とにやついた。


身長の低い自分にピッタリの場所だ。

背の高い男なら身動きもまともにとれないが、春平なら軽々と走り回れる。


初めて自分の背の低さに感謝した春平だった。




「それじゃあカモフラージュとして美羽さんの部屋の警備をした方が良さそうだな」


弥八の言葉を聞いてそう言ったのは清住だった。


弥八は一礼して早々に立ち去った。


「そうね。それじゃあ、私は右京の様子を見てくるわ」


久遠がそう言って清住から離れた時だった。


――廊下のすみで息を潜めていた大野組の若衆と目が合ったのは。


「っきゃ――――!」


あまりに突然なことに久遠は咄嗟に反応できず、男は一目散に逃げていった。


「久遠、どうした!?」


彼女の悲鳴を聞き付けて、清住が駆け付けた。久遠の顔は真っ青になっている。


「清住、どうしよう」


「え?」


「今の男、私たちの話立ち聞きしてた」




春平と美羽が押入れの隠し扉から屋根裏に無事辿り着いた時、大野組の人間は大急ぎで2人を探していた。

もちろん、清住と久遠も急遽きゅうきょ2人を探す。


「探せ!まだそこらにいるかもしれないだろ」


「お嬢が居たんじゃ、変な所には隠れられない!」


バタバタと走り回る男衆。大野組と袴田組が殴りあい、切り付けあう。


そんな中、ずっと走りっぱなしだった清住が、ピタリと制止した。ゆっくりと周りを見回して、深呼吸する。


「屋根裏がある、とか言ってなかったか?」


そうだ、美羽は昔は屋根裏でよく遊んでいたと言っていた。とても広い、屋敷中をつなげる巨大な屋根裏だ。


この状況で隠れられる場所なんて高が知れている。


だとしたらその屋根裏とやらは絶好の場所だろう。


「そうだ、屋根裏だ」


一方、大野組のリーダーも同じことを考えていた。


この家は平屋敷なのに、普通のものより高さがある。2階が無く、部屋の高さもそれほどじゃないところを見ると、巨大な屋根裏があるに違いない。


巨大な屋根裏なら、道だってたくさんあるはずだ。


男は屋根裏へと通じる道を探し始めた。




ガコッ、と音がした。


大野組のリーダーが回廊の果てにある天井に手を押し付けた。すると蓋がわずかにずれた。


ここだ。


男がにやりと笑みを作る。


――同時に、ダンッ!と地を蹴る音が聞こえた。


目の前に、日本刀を右手に握り締めている男がいる。


「そこを通りたかったら、俺を殺して行け」


リーダーは眉を顰めた。


「大野組、火野ヤスシ。貴様、名乗れ」


リーダー・火野が言うと、男は獣のように鋭い眼光を火野に向けた。


「袴田組、藤堂清住」


そして清住は日本刀の刃先を火野に向ける。




火野の日本刀が清住の日本刀と擦れ合い、嫌な金属音が響く。


「藤堂とやら、剣道でもやっているか」


「っはは、一応訓練はしてるんでねっ」


そう言って火野の刀を跳ね返す。そして突き。しかし火野はそれを瞬時に回避して、清住の左肩を切りつける。


バッと肩から血液が噴出した。床が赤く染め上げられる。


「――っ」


歯を食いしばって声をあげない。それが、清住の意地だった。


火野は容赦なく清住に襲い掛かる。


「遠慮なく死んでもらおうか!」


火野が清住を切りつけようとした時、


清住はその刃先を左手で抑えた。大量の血が滴る。


「うっひぇー。よく飛ばなかったな俺の指!」


自分で絶賛して、苦笑する。火野はまさかの事態に目を丸くする。


「死ぬ覚悟で日々を生きているのが、自分たちだけだと思ってんじゃねェよ!」


清住の怒号とともに、火野に向かって右拳が鼻っ面に直撃する。


豪快に鼻血を吹きだして、火野はその場に仰向けに倒れこむ。


そして火野の目の前に日本刀を見せ付ける。


「ぐっちゃぐちゃにされたくなかったら、去れ」


清住がそう言うと、


「っふ」


何が可笑しいのか、火野は笑みを溢した。


「今更何を言う。屋根裏に誰も行かせるつもりがないと言うなら、それは甘ったれた考えだな。俺の他の大野組の奴らは既に屋根裏に行ってるだろうよ」


「何っ!」


火野は、美羽が屋根裏に隠れていると勘ぐった時から、他の人間にそれを伝えていたのだ。

何としても屋根裏への道を探し、見つけたものから侵入しろと。


清住は言葉を呑んだ。


そうしてもう一発、火野の顔面に拳を殴りつけて気絶させる。


「清住っ!」


駆けつけた久遠は、目の前に倒れている火野を見てから、血相をかいて清住を見る。


「右京ヤバイ!早くしないと出血が致死量に達しちゃう!」


「こっちもヤバイんだ。早く行かないと本当に取り返しつかないぞ」




屋根裏に行けばひとまずは安全だと思っていた。


「美羽ちゃん走って!」


春平は美羽の手を引いて屋根裏の中を全力疾走する。

2人とも慎重が低いので、他の男達よりは俊敏に移動することが出来る。


しかし追っ手の足音が四方から聞こえてくる。


「もう逃がさねぇ!」


目の前に男が現れる。それと同時に、周りから続々と男たちが駆けつける。


春平は美羽を屋根裏の奥に追いやって、背後に庇う。


さすがにこの広さでは日本刀など使えない。短刀も厳しいところだ。つまりは素手。

春平はほっと胸を撫で下ろす。


「絶対に、俺から離れないでね」


振り返らずに、美羽に言う。


そして、目の前の敵と対峙する。


藤堂清住。本名発覚(笑)

ようやく非難できた春平と美羽ちゃんだけど、ここにも追っ手がやってきて!

次回、美羽ちゃん実家編終了!

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