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アロエ  作者: 小日向雛
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第43話 嫌

以前彼女は、「昔は両親ともよく遊園地に来たんですけどね」と言っていた。


その表情を見て、とても苦しかった。


少なからず両親と楽しい思い出をつちかった記憶があるのなら、もっと楽しそうに笑ってほしかった。自慢してほしかった。


今なら、どうして彼女があの時笑えなかったのかが分かる。












右京がよろめいた。


「右京――――――っ!」


殴りかかる男衆をかき分けて、春平は右京に駆け寄る。


誰かが春平の腰を強打しただろ。


「――――っ!」


ズキーンと腰から痛みが全身に駆け巡る。


「そうはさせねぇ!」


「待て、そんな奴ら放っておけ!それよりも早く中へ」


そんな言葉が、春平にはまるでBGMのように聞こえてくる。


「右京!」


前屈みになりながら、右京を支える。


倒れる間一髪だった。


小さな体躯、華奢で軽い少年の体。


こんな少年がよくあんなに戦ったと、考えればゾッとした。


金糸がさらりと揺れて、その間から茶色の瞳が垣間見える。


「春平さん、門」


いつもの口調で春平の後ろを指差す右京。


振り返ると男衆が構わずどんどん中へ侵入している。


「やっちゃったー……」


「でも袴田組の人間も俺らを監視してんだろ?急ぐのはお前っ」


そこまで言って、春平は右京を起こそうとする。



ぬるりと。


暗闇の中、じっと右京を見つめる。


どす黒い液体。それが、右京の腹から止まることなく流れている。


大量の出血。

致死量なんて、春平には分からない。


だが全く安全ではないことぐらい理解できる。


「病院へっ」


「それを言うなら本社の医務室ね。だけど、大丈夫。止血すれば」


そう言って右京は春平の手をかりながら立ち上がる。


右京はその場で躊躇うことなくワイシャツを脱ぎ、腹にきつく巻き付ける。

きつすぎたのか、一瞬右京の顔に苦痛の表情が浮かんだ。


「春平さん。一応先輩として教えるね」


言語に気を回すほどの余裕がないのか、勉強のための敬語が消えている。


「男のワイシャツはこういう時に止血するためのものだから」


無表情。淡々としているのは変わらない。


でも明らかに額には汗の雫が浮かんで、顔面蒼白になっている。


「急いで!早く中に入って美羽さんを警護して!」


「で、でもまずはお前をどうにかしないとっ」


どうにもできずに右京を支えようとする春平を見て、右京はふんわりと目を細めた。


「行け。先輩の、命令だよ」


右京の言葉と同時に、春平は右京に背中を押された。


「僕たちの仕事は、僕を治療することじゃない。依頼をまっとうすることだ」


強い右京の言葉を聞いて、春平は口を開きかけた。


しかしそれを飲み込んで、再び右京の体を支える。


そしてゆっくり門の塀にもたれるようにする。


「休んでろ。後で助けに来るから」


溢れそうな思考を制御して、春平は門の中へ駆けた。






「来たな」


そう呟いたのは、テレビを見ていた清住だった。


久遠は無言で頷いて、窓の外に視線を向ける。


先程から外が騒々しい。

それに加えての春平の叫び声。


「右京が刺されたか?」


「そんなところでしょう。でも今は右京よりも……」

久遠が言い終わる前に、清住はすくっと立ち上がった。


「美羽さんの部屋の前に移動する。お前は中に入って、直接美羽さんの警護だ」




右京の言ったとおり、袴田組の男衆が門で待ち構えていた。

中には日本刀を優雅に操っている人もいる。弥八だろう。


それでも数人が屋敷内へと潜入している。


「正田さん、早くお嬢さんの部屋に!」


この際近付こうが何しようが構わないのだろう。


春平だって、そんなことを考慮するつもりは毛頭ない。


「任せてください!」


そして屋敷内の回廊を走り、途中で止まった。


結局、春平だけ美羽の部屋の場所を知らないのだ。


しかし立ち止まってはいけない。


そしてやみくもに走り回っていたその時。


「!?」




「おい、どういうことだよ!」


叫んだのは清住だった。


清住と久遠は、真っ先に美羽の部屋へと向かい、久遠が中に入ったのだ。しかし


「美羽さんが居ないってのはどういうことだよ!」


「知らないっての!もうすっかりもぬけの殻よ。布団がまだ暖かいから、たった今いなくなったんだわ」


そうして美羽のベッドに手を触れる。

清住が遠慮なしに美羽の部屋へと入ってきた。嫌な汗が頬を伝う。


「どうするんだ。もし美羽さんが既に連れ去られていたとしたら、俺たちの命どころか、美羽さんの命だって危ういぜ」




「あ、あ、は、はははは、はははは」


奇妙な笑い方をしてへたり込んでいるのは紛れもない、


「美羽ちゃん、どうしてここに!?」


春平はできるだけ大声を出さないように問う。

美羽の表情は、貼り付けられた笑顔だった。


「あ、はは。あの、春平くんの悲鳴が聞こえたから、に、逃げようと、思って……」


その声は震えていた。奇妙な笑顔が張り付き、美羽はゆっくりと自分の左手を口元に当てた。


そして、声を押し殺して泣く。


「い、嫌なんです。春平くんの言ったこともわかるんです。自分が悪いんです。だけど、だけど」


春平には美羽が何を言っているのか分からない。ただ、恐怖で混乱しているのだろう。


美羽は春平のスーツの裾にしがみついて、顔をうずめてすすり泣く。


「怖い」


どくん、と春平の心臓が波打った。


怖い。もし捕まりでもしたら、自分はどうなってしまうのだろうか。


「女」の美羽にとって、それは死にも等しい恐怖なのかもしれない。


美羽は春平が震えているのを感じた。


「春平、くん?」


春平の顔が真っ青になる。それで、美羽は以前春平が「恋愛に苦手意識を抱いている」と言っていたのを思い出していた。


性に関して恐怖を感じているのはお互い一緒だ。


「ごめん、美羽ちゃん。俺情けないな」


「そんなことないよっ」


そうして見上げてくる彼女の瞳を見て、春平は我に返る。



何で俺が慰められてるんだよ!今、俺がしなきゃならないことは何だ?



すぅっと息を吸い込んで、美羽を強く抱く。


あまりに唐突なことで、美羽も言葉を失ってされるがままになっている。


「隠れよう。俺に、ついて来て」


ゆっくりと美羽から体を離し、見詰め合う。


「俺を信じて、頼ってくれ」


力強い春平の言葉に、美羽は目を見開く。目が涙で揺らぎ、口をきゅっと引き締める。




「うん」




「親方はどうしてる?」


「多分、騒ぎを聞きつけて非難してると思う」


美羽は春平に寄り添って移動する。決してバタバタと足音を立てずに、早歩きをする。


彼女の言葉を聞いて、春平は思案した。


このまま自分と美羽が非難していれば、袴田組の男衆と清住、久遠が大野組を退散させれるだろうか?清住と久遠は大丈夫そうだ。


そこで、春平は思い出したように目を丸くした。


「美羽ちゃんが部屋から出てきたって、清住たち知ってるの?」


「ううん、知らないけど?」


めまいがした。


それでは春平の悲鳴を聞き付けた清住たちは、真っ先に美羽の元へと急ぐだろう。


そしてもぬけの殻になっている部屋を見てどう思うだろうか。


まずは清住たちに知らせるべきか。


しかし今美羽の部屋に引き返すのは危険だ。


自分が大野組の人間だったら、まず美羽の部屋へと急ぐだろう。


しかし戦力になる人間は多い方がいい。


どうする!?


「お、お嬢さん!」


そんな

「大きな悲鳴」を上げて駆け寄ってきたのは弥八だった。


ああもう、いっそ一思いに殴りたい。


「弥八!」


ということは、先程弥八が相手にしてた人間は片付けた、ということだ。


「お怪我は!」


「ないよ、大丈夫」


「弥八さん」


2人の会話を中断して、春平が身を乗り出した。


「美羽さんが部屋から脱出した、と清住と久遠に伝えて貰えますか?」


「御安い御用ですよ!」


「そして僕が美羽ちゃんを安全な所にかくまる、と」


春平の言葉に、弥八の顔が剣呑になっていく。


「お願いします」


「正田さん。……あなたとお嬢さんが一緒にいて、本当に大丈夫ですかね」


「と、言うと?」


弥八は美羽の表情をうかがって、言いづらそうに口を開いた。


「あなたとお嬢さんには疑いがかけられていますし。あなたがお嬢さんに危害を加えないとは断言できない」


「それは」「それに」


春平の言葉を遮って、弥八は真剣な眼差しを向けた。


「失礼は承知ですけど、私にはあなたのような若造にお嬢さんが守りきれるとは思いません」


弥八は本気だ。目がそう訴えている。


「あ……」


言葉が、詰まった。


美羽は自分が切りつけられようが守るつもりだ。

しかし守り通せるかと言われては断言できない。


若造と罵られればそれまでだ。


しかし口を開いたのは春平ではなく、美羽だった。


「何も知らないくせに偉そうな態度取らないで!」


美羽の叫びに、2人は目を丸くする。


「し、春平くんは過去に私を助けてくれたのよ」


深く言わないのは、独り暮らしを反対されるかもしれないからだろうか。


弥八はそれでも賛成する様子はない。それどころか眉間のシワを深くしている。


「何があったかは詮索しませんが、大勢のカタギを相手にするのとは話が別です」


「分からない男ね、弥八」


「いいえ、分かるから言っているんです。お嬢さんだって分かっているでしょう」


弥八の硬い声音に美羽はビクッと体を硬直させた。



「あなたは昔もそういった甘い考えで、他の組の男に遊園地で誘拐されたでしょう!」



春平は自分の耳を疑った。


美羽の、恐怖で息を吸っている音が聞こえた。震えている。


「大丈夫だろうと若い男なお嬢さんを任せていたのがそもそもの原因ですが、あなたがあの男と行きたいなんてワガママを言わなければ、私たちも必死に探さずに済んだ!あなたも、あれほどまで傷付かずに済んだ!」


「止めてっ!」


美羽は自分の両耳を押さえてしゃがみこんだ。


弥八は自分の失言を悔やんだ。


「美羽のせいで自分たちが大変な目にあった」なんて含みのある言葉は、言ってはいけなかったのだ。


どうすればいいのか分からずに2人が立ち尽くしていると


「袴田のお嬢だ!」


向こうから大野組の人間と思われる男の声が聞こえた。


先程の美羽の声を聞き付けたのだろう。


「ちぃっ」


そう言って弥八は鞘から刀を抜く。


向こうの男も同様に構えている。


キィインという金属音が響いて、二人の刀がぶつかり合う。


その迫力ある様子を唖然として見ていた春平だが、はっとして慌てる。


「美羽ちゃん今のうちに」


そうして美羽を振り向こうとすると


「ひっ」


という小さな悲鳴が聞こえた。


男がしゃがみこんでいる美羽の右腕を乱暴に掴み上げた。


「袴田組のお嬢を捕まえたぞ!」


男が歓喜の声をあげたのも束の間、男の左頬に春平の右足がめり込む。


そのまま無様な悲鳴をあげて気絶した男を、美羽は焦点の合わない目で見ていた。


「美羽ちゃん行くよっ!」


こうなっては弥八だって春平の行動にケチをつけられないだろう。


春平が美羽の右腕を掴み上げた時だった。


「や―――――――っ!」


有る限りの声を絞り出して、美羽は

「春平」に向かって叫んだ。



春平に。



右京に美羽ちゃん、どんどんと状況が悪化していく中、一体春平はどうなってしまうのでしょうか!


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