第41話 自覚と芽生え
「最初は私と清住で行くわね」
夕食を済ませると、久遠は凛々しく立ち上がった。
仕事は夜の6時から翌朝6時まで。
「深夜12時までは俺ら。それから朝までは春平と右京な」
そう言って、清住はにやぁと憎たらしい笑みを浮かべた。
「いやぁ、悪いねー。仮にも成長期のガキンチョとハタチになったからって大人面してるクソガキに深夜から働かせちゃって」
「仕方ないですよ。僕たちがジャンケンで負けたんですし」
「そーそー、仕方ない。けど何で俺はクソガキなんだ?しかもその笑顔やめろ」
清住は楽しそうに目を細めて、2人の頭を乱暴に撫で回す。
それに仕方なく応じながら、春平は参っていた。
こういう時の清住の笑顔は、春平を見るときの寺門そのものなのだ。
「なぁ右京」
「ん?」
ふいの春平の声がけに、右京はおにぎりをパクつきながら振り返る。食べ盛りなのだろう。
それにしても……
どんな咄嗟の状況でも、何を食べようとどんな顔をしていようと、美少年は美少年なのだ。
それを再確認してから、問う。
「右京はいつからあいつらと一緒に働いてんの?」
その質問が意外だったのか、右京はおにぎりから手を話してじっと春平を見る。
「去年からです。一応、日本は満15才以上じゃなきゃ働けないし、それまでは義務教育も受けなきゃいけなかったですから」
「袴田さんの家を訪ねたのは?」
「今回で2度目ですけど?」
では、美羽との面識もあるだろう。
「美羽ちゃん、どう思う?」
そう聞くと、右京は一呼吸置いてから優しく目を細めた。
「ああいう方を良い人、と言うんでしょうね」
その表情が、笑顔こそ浮かんでいないものの、天使が微笑んだかと思った。
「僕に日本語を教えてくれますし、休みの日には色々なところに遊びに連れて行ってくれます」
「……右京は美羽ちゃんが好きなの?」
「好きですよ」
その言葉に、春平はドキッと心臓が跳ね上がるのを感じた。
「ああいう方がお姉さんならいいだろうなぁと」
「なんだそういうことか」
「なんかガッカリさせちゃいましたか?」
「まさか!」
ガッカリなどしていない。むしろ、右京の「お姉さん」発言に安堵したほどだ。
しかしそれで春平は目を丸くする。
「(何安堵してんだよ、俺は)」
そして、おにぎりを再び食べ始めた右京を見る。
俺は、こんな美少年より容姿がいいとは絶対に思わない。
勝ってるのはつたない日本語力だけだと思う。
なのにどうして美羽ちゃんは俺のことが好きなんだろうか?
右京の方が早く知り合っているのに。
美羽ちゃんは一体俺のどこに惹かれてしまったんだ?
「単純に、年上だからとかかなぁ」
「はい?」
「何でもない」
どうやら口に出てしまっていたようだ。
だけどそれだけなら周りに年上の男なんてごまんといる。清住だって年上だ。容姿だって悪くない。むしろ見た目だけなら爽やかな好青年だ。
あ、と。
春平は口をあんぐりと開けた。
頼りになる。
清住は確かに頼りになるだろう。自分よりも確かな実績があるし、どこからどう見てもスポーツマンだ。
だけど、美羽に関する仕事でまだその実績を披露していないとすると。
美羽の目には、清住はただの好青年としか写っていないのかもしれない。
その点春平はストーカーから美羽を助けたという経歴がある。
「(自惚れじゃないけど、それじゃ俺は頼りになるな)」
まったくの自惚れだ。
「(右京は……語学力を買われてこの仕事にひきこまれたのかは知らないけど、残念ながら頼りないではあるな。なんてったって16才だし)」
と、自分の年齢を棚にあげる。
コンコン、と襖が叩かれた。
「はい」
右京か立ち上がった出迎える。
時刻は夜の8時。
襖から顔を覗かせたのは清住だ。
「どした?まだまだ交代じゃないだろ。まさか具合悪くなった?」
春平の言葉を聞いて、清住は仕方なさそうに眉をひそめた。
「お客さん」
「右京!」
そう叫んで清住の背後から飛び出したのは美羽だった。
先程の着物とは違って、部屋着のラフな格好だった。
そして美羽は右京の背中に抱きついた。
「どうしたんですか?」
「明日学校あって遊びに来れないから、今のうちに」
「それで俺が警備離れて美羽さんに付きっきりじゃなきゃなるんですよ」
不満タラタラに言うと、美羽は子供のような無邪気な笑顔を見せた。
「ごめんなさーい」
それには清住も観念したのか、仕方なく笑うのだった。
あ、また。
その笑顔は、寺門のもので寺門のものではない清住のものだった。
「――てか、それじゃあ今警備してんのって久遠だけじゃないのか!?」
春平の驚きに動じることなく清住は飄々と(ひょうひょうと)答える。
「そうだな。門の所に1人だな」
「それって危険なんじゃあ」
「いざとなったら他の子分たちも出てくるんだろ。一応俺らも監視されてんだし。……それに、そんじょそこらの男たちに久遠は殺せないさ」
自信満々な笑みを見せつけられた。
「右京、百人一首やる?」
「ひゃっ……」
単語が出てこないのか、右京は眉をひそめて言葉に詰まってしまった。
「百人一首!去年来たときにも教えたでしょ」
「で、でも実際にやってないし」
「それじゃやろうよ。日本の古典も、中々面白いものだよ」
そうして持ち込んできたのか、美羽は清住から百人一首を受け取る。
「春平くんもやろう」
「う、うん」
何故か疎外感を覚えて、春平は美羽に近づいた。
「ちょいと待ちな」
ずずい、と清住が美羽と春平の間に割って入ってきた。
「これ以上近付くことを禁ずる」
「だからそんな警戒しなくても何も無いから!」
「何も無いなら慌てるな。一応建前として受け取ってくれ」
遊び終えて、清住はすくっと立ち上がる。
「持ち場に戻ります。右京、美羽さんを部屋までお連れしろ」
あくまで春平は眼中にはないようだ。
「はい。じゃあ、行きましょう」
そう言って右京は美羽の手を引く。
「――――」
その時、ちらりと美羽が春平を振り返った。
それに気付いた春平は両手を上げて苦笑まじりに言う。
「おやすみなさい」
「春平さん、あの……」
しばらくして美羽の部屋から戻ってきた右京が、遠慮がちに声をかけてきた。
「お風呂、行きませんか?」
「ん、あぁ行こっか」
時刻は夜の10時。交代まであと2時間だから、今のうちに入っておいた方がいいだろう。
右京に続いて部屋を出ると、目の前の障害物に気付き足を止めた。
「美羽ちゃん!?」
「少し、夜風に当たりませんか?」
「無理」
春平が即答すると、美羽は不満そうに眉をひそめた。
「右京がいれば問題ないもん」
「それにしたってこんな夜に。早く部屋に戻んなさい。誰のための警備だと思ってんの」
春平は呆れがちに言い放ち、美羽を見た。
彼女は目を大きく見開いて驚愕の表情で春平を見上げていた。
春平もまさかそれほどまで驚かれるとは思っていなかったので逆に驚いてしまう。
言葉を失った美羽は視線を泳がせながら必死に凍結した思考回路を起こそうとしているようだ。
「えと……ごめんなさい」
美羽の瞳には涙が溜まっている。
春平はギョッとして美羽から視線を反らす。
オロオロとしていると、右京が美羽の肩を抱いた。そして春平をじっと見上げている。
「春平さんって……」
呆れたような声だった。そのまま右京は美羽を部屋に送っていく。
2人の足音が遠くなっていくのを確認して、春平は叫んだ。
「悪かったな恋愛ベタで!だいたいお前が頼んでもないのな仕組むのが悪いんだろ!」
絶対に右京が「風呂に行く」とか言って美羽わ待機させていたに違いない。
時刻は夜の12時。
「交代の時間だよー」
久遠が元気に部屋に入ってきた。
「風呂だー!夜食だー!寝るぞー!」
まったく元気だ。
「気を付けろよ」
春平と右京の肩をぽんと叩いて、清住は微笑した。
「分かってるよ」
覚悟は出来ている。
少しずつ美羽ちゃんのことが気になり始めている春平。挙句の果てには自分と右京を比べてしまう始末。
春平、美羽ちゃんのことがすきなの?興味ないの?どっちだよ!?
春平自身も混乱している中、ついに春平と右京が交替で出陣!