第40話 非難
きっと、夢だ。夢じゃなかったら勘違いだ。
春平はそう自分に言い聞かせて「袴田」という表札を見上げる。
立派な門だ。ヤクザなんて言われたら納得してしまうような、立派な武家屋敷。
「何ぼうっとしてんのさ!早く門くぐって!」
背中をどん、と久遠に押されて、半ば転げるように敷地内に入る。
それに続いて3人は門をくぐる。
「いらっしゃりました!」
人相の悪い男たちが4人を玄関の前で出迎える。
「あ、こ、こんにちは」
春平はしどろもどろに言うと、男たちはギロリとした視線を向け、続けてにっこりと大きく口をあけて微笑んだ。
「新入りさんですね!」
「こんな仕事は初めてでな。あんまり虐めないでくれよ」
清住が楽しそうに言うと、男たち全員が
「へいっ!」と威勢のいい返事をする。
「な、なんであんなに腰が低いんだ?」
「親方の大切なお客さんだからですよ。それに、清住さんはここでも一目置かれてますし」
右京は相変わらず眠そうに答える。
「ささ、皆さん。早くお入りになってください」
広い座敷に案内され、金色の座布団にどっしりと腰を据える男を目の当たりにする。
体格が良く、迫力のある人相だ。
「久方ぶりです」
清住はそう言って男の前に腰を下ろす。
「皆さんもくつろいでください」
お着きの者と思われる男が全員に座るように促す。
「今年もこんな季節になりましたね、袴田さん」
「あぁ、嬉しいものだが、複雑な気分だよ」
嬉しそうに息を吐くその様子は、まるで親のそれと同じものだった。
「新入りが居るようだから説明しておこうか、清住くん?」
「そうしてくれれば有り難いものです」
清住が苦笑まじりにそう言うと、袴田さんと呼ばれた男は体を春平の方に向けて、顔を強ばらせた。
しかしその表情もすぐに綻ぶ。
「独り暮らしをしている娘が、この時期になると毎年帰ってくるんだよ」
その娘というのは、と思ったが春平は口をつぐんだ。
「普段から安全な暮らしをしているというわけではない我々カタギにとって、娘というのは一番の弱点なのだよ。人質に取られでもしたら一貫の終わりだ。我々もただでは済まないし、娘も元の姿では戻って来ないだろう」
その言い回しが不快感をもよおした。
「だから、毎年この時期に君たちを警備としてひいきしているんだよ」
成る程全ては自分の愛娘の為だというわけだ。
親方と春平以外の3人が楽しそうに話をしている中、春平だけはそわそわと辺りを見回していた。
「あの、春平さん。どうかいたしやしたか?」
その行動を不審に思った付添人が声をかける。
「あの、娘さんというのは」
「あぁ、美羽か!清住くんたちに挨拶しなさいと言ってあるから、そろそろ来ると思うよ」
親方は上機嫌で春平に声をかける。
そんな時、一人の若い男が嬉しそうに座敷の中に入ってきた。
「親方!美羽さんが帰ってこられましたよ」
その言葉に全員が振り向く。
襖の間から赤い着物の裾が垣間見れる。
そうして綺麗に結い上げられた焦げ茶色の髪の毛が揺られる。
その間から見える顔はまさしく
「美羽ちゃん……」
その声に真っ先に反応したのは、親方の愛娘。
「春平っくん!?」
すましていた顔は驚きで崩れ、みるみるうちに紅潮していく。
愛娘は、まさしく春平の元依頼人である袴田美羽だった。
「知り合いだったんだねぇ。それならもっと早く言ってくれれば良かったのに」
今日から泊まることになる離れの屋敷へと移動して、悠々とお茶をすすりながら久遠は呟いた。
「いや、確信もなかったし」
「そういえば美羽さんはもう少し離れた所で独り暮らししてるんですよね」
美羽「さん」という右京の言葉を聞いて、「そういえば右京は美羽ちゃんと同年代だ」などと考えていた。
「それが、春平の働いていたアロエの近くなんだぁ?」
ぐてー、と体を伸ばして久遠は興味なさそうに尋ねる。
「うん」
「春平!」
今まで離れに居なかった清住が、突然現れて襖を開ける。
「お呼びだ」
そんな清住の背後で、赤い着物がチラチラと見え隠れしている。
それを無言で理解して、春平は腰を浮かせる。
「うん」
屋敷の回廊を2人並んで歩き、無言で俯いていた。
「……幻滅、しましたか?」
突然の掠れた声を聞いて、春平はギョッとした。
美羽の目は今にも決壊寸前だった。
「えー……幻滅するようなことがひとつも見当たらないんですけど」
「だって私はこんな家の娘だしっ!」
その一言で、決壊。
涙は止まることなく溢れ出る。
「普通の家庭に生まれてたら、春平くんとも普通に付き合えたかもしれない」
春平はぽりぽりと頬をかいた。
正直、それも何か違う気がするんだけどなぁ。
しかし彼女の思考の大半が春平に向き、そうして泣いているというのは、少なからず嬉しいものがあった。
「……幻滅しないよ。それに、普通の家庭に生まれてたらこんな綺麗な着物姿見れなかったし」
美羽をなだめようとしたのだが、これは自分で言ってて恥ずかしい。
「春平くん……」
涙目で見上げてくる美羽に情けないながら緊張して顔が紅潮していく。
自分で興味ないってふっておきながら、何動揺してんだよ!
相手が自分のことを好きだというのがこんなにも不利なことなんだ、と春平は思った。
「あの、さ」
途切れ途切れに春平が言うと、美羽はゆっくりと顔を上げた。
そうして春平が一歩美羽に近づいた瞬間、
「――――っ!?」
突如、2人の間に飛んできた日本刀。
それは春平の足の指の先手前に突き刺さっている。
「――弥八が見てる」
「へ?や、やはち!?」
「私の見張りみたいな人!日本刀の名手よ」
成る程。だから風車の変わりに日本刀も飛ばして突き刺すことができるってわけか。名前がシャレにしか感じられない。
しかしあれだ。
つまりは「うちのお嬢さんに手出しはさせないぜ」ということなのだろう。
「美羽ちゃんに当たるかもしれない、ってのは一切考えないわけねぇ」
相当な自信の持ち主だ。
手でも握ろうものなら腕ごと持っていかれそうだ。
そんな2人の様子を、弥八は影からじっと見ていた。
「清住くん。ちょっと、いいかな」
1人の男が、清住たちの居る離れの屋敷にやってきた。
「ん?」
「親方がお呼びです」
親方からの突然の呼び出しに半ば驚きながら、清住は親方の座敷へと向かった。
「春平。ちょっと」
春平が離れの屋敷に戻ると、清住が苦虫を噛んだ顔であぐらをかいていた。
「何」
春平は清住が指した場所で腰を下ろし、じっと座高の高い清住を見上げる。
「君、美羽さんとはどのようなご関係で?」
突拍子もない発言に、春平は驚きつつも平静をよそおう。
しかし頬がほんのりと赤らんでいる。
「好きなの?」
「向こうがね」
春平はプイッとそっぽを向く。
「てことは美羽さんがお前を!?」
「だから何だよ!」
照れ隠しで怒鳴る春平を見て、清住は目を丸くして深いため息をついた。
それに便乗して久遠が清住の背後から身を乗り出す。
「あのさぁ、確かに『彼女は作った方がいい』とは言ったけど依頼人の血族はご法度」
それには春平も目を丸くする。
アロエでは「見る目が変わる」程度だったが本社だと「ご法度」にまでなるのか。
「だから春平を正そうと思ったが……向こうに気があるならどうすることもできないかぁ」
「ふりなさい」
「はぁ!?」
「だって仕方ないでしょう?親方だってあんたたちに不信感持ってるんだから。たかがあんたたちの色恋ごときで仕事のお得意様を逃してやるほど、私たちは優しくないよ」
不快感を見せつけるような、非難するような視線を久遠から向けられる。
ちらりと清住に視線を向けると、彼も同様だった。
右京は寝ている。
3人に囲まれて、春平はどうしようもなく口をへの字に曲げていた。
うーん、やっぱり春平の予感的中。袴田美羽ちゃんはあの袴田美羽ちゃんだったのです。
恋愛はご法度と言われた春平。でも彼には美羽と恋愛する気なんて全くないはずなのですが……?
次回、春平の気持ちに変化が!?