第3話 救済の光
アロエの玄関前には寺門のおじさんが立っていた。
両腕に買い物袋を下げてチャイムを鳴らす。
「私だ。入れてくれ」
「はいはぁ〜い」
ドアを開けたのは美浜だった。
「買い物ご苦労様! 手伝うよ」
そう言って袋を一つもつ。
「あ。今日麻婆豆腐!? いいなぁ。私今日は夕御飯食べてから帰ろうかな〜」
美浜が寺門を見ると、寺門の背後に人影があることに気付いた。
気配を読んだ寺門は背後を振り向く。
「どちら様ですか」
美羽は息を切らしてふらふらしている。
支えがなければ今にも倒れそうだった。
「お尋ね者です……あの、正田さんは」
「しゅんちゃんは中に」
美浜がそこまで言うと、美羽は許可なしにアロエの中へと入る。
「ちょっと!」
美浜の声も聞かずに、テーブルの椅子に座っている春平に後ろから抱きつく。
「誰!?」
振り向こうと自分の肩に乗っている震える女の手を見て、困った表情を見せた。
「美羽ちゃん……」
一緒にアパートへと戻るが、美羽はずっと震えて春平の腕を放さなかった。
部屋に入って、鍵をかけたことを確認する。
「ごめんね。誤解を生むような発言して」
「え……」
「写真ちょうだいってやつ」
「あっ……」
美羽は写真という単語でストーカーを思い出した。
「いいですよ。り、理由があったんですよね?」
「あ、うん。あのね」
そこまで言って春平は美羽の口をふさいで辺りを見回した。
そして静かにするように美羽に促してリビングを見る。
そしてテレビのコンセントを見て、耳を近づける。
「美羽! ドライバーもってきて」
ドライバーでコンセントプラグを分解してみると、春平はにっこりと微笑んだ。
「盗聴器あったよ」
「!?」
「素人だね〜。すんげー下手くそ」
ふぅとため息をもらして盗聴器を壊す。
「どうしてわかったんですか?」
「このコネクターが怪しくてね。もしかしたら盗撮カメラ……」
そこまで言って春平は口をふさいだ。
「仕掛けられてるかも。ですか?」
春平はギクリとした。
「う、うん」
「調べてもらえますか?」
「あったよ。3つ。もう絶対ないから」
「本当に?」
「本当本当。俺のこと信じてないの?」
参ったような顔する春平を見て、美羽は春平の手をとる。
「信じてますっ」
いきなり手を握られてびっくりしている春平。
「……写真のことだけど、アロエで調べてたんだ」
「え?」
「ほら、時間帯とか、どの角度から撮ってるのかとか」
身振り手振りで説明するが、納得のいかない美羽。
「ならあの時に弁解すればよかったじゃないですか」
「いや〜。もしかしたら聞かれてるかな……と」
あぁ、そっか。と胸を撫で下ろす。
そんな美羽を安心させて、夕食の準備をしはじめる。
「えっ!? 何してるんですか」
「夕飯食べていくって約束したじゃん」
美羽は何故だか安心して顔が赤くなるのが分かった。
「正田さんって気楽ですね」
春平の微笑んだ顔を見て美羽は鼓動が早くなるのを感じた。
「正田さんが作ってくれるんですか?」
「まさか。俺は食べるだけ」
「!?」
翌日、学校から帰ってきた美羽は、留守電にまたもメッセージが入っている事に気付いた。
そういえば正田さんにはまだこの事言ってない。
今アパートまで送ってもらったばかりなので春平はまだアパートから遠く離れてはいない。
電話をかけてもいいが、すぐ近くにいるから走った方が早いだろう。
美羽は遠くに見える春平の後ろ姿を追う。
「正田さんっ!」
その声は春平の耳まで届いていた。
「?」
春平が振り向いた時、そこには誰もいなかった。
はるか遠くにワゴン車が一台。
「…………」
「うっ!」
美羽はワゴン車の中に引き込まれていた。
「美羽……。あの男に盗撮カメラと盗聴器外させたね」
メガネをかけた小太りの男は右手にビデオカメラをもち、美羽に馬乗りになっている。
「駄目じゃないか〜。俺との約束忘れたのかよ」
男の生臭い息が美羽の顔にかかる。
それをよけようと顔を背けると、男は美羽の頬を掴んで持ち上げた。
「ちゃんと俺のこと見てよ」
美羽は息ができなかった。
正田さん……助けてっ!
男の左手が美羽の太ももをさすっていた。
「きゃっ」
「はぁ〜い美羽ちゃん。ぬぎぬぎしましょ〜ねぇ」
ゆっくりと男の手がスカートの中に侵入してくる。
「いっ」
美羽の瞳から涙が溢れる。
「いやぁああぁぁあっ!」
正田さんっ!!
「おバ〜カさん」
運転席から春平の声がする。
「車のカギ、開いてるぞ〜〜」
春平が楽しそうに笑った直後、男は春平の方を振り返るが、それよりも春平の手刀が速かった。
春平の右手が男の首筋に直撃し、男は白目を向いて美羽の上に倒れた。
「女ばっかり追っかけてねぇでちょっとは体を鍛えろぃ」
警察に通報して証拠品を渡し、ストーカーは逮捕された。
「いやぁ〜すばらしい! 愛は偉大だ」
警察の誉め言葉で苦笑する春平を、美羽は遠くから物淋しそうな顔で見つめていた。
「美羽!」
手招きする春平に近づくと、美羽はすっぽりと春平の腕の中に収まってしまった。
「正田さん!?」
「今はカイだってば〜。警察いるんだから本名出さないでよ」
困りながらも美羽を両手でしっかりと抱きしめていた。
「ホントに、この数日間お疲れ様。今日で契約は解除だけと、これからも何かあったらアロエにおいで」
春平の優しい声が美羽の耳元で響き、美羽の鼓動が高鳴る。
「でも約束は守ってね! アロエの事は絶対」
美羽を引き離し、目を見つめて必死に話しかける春平を見て、思わずクスリと微笑する。
「他言禁止ですね。わかってますよ」
美羽の笑顔につられて春平も嬉しそうに微笑む。
そして涙が乾いた美羽の頬を優しく撫でる。
美羽は恥ずかしさから一瞬目をそらしたが、すぐに視線を春平に戻す。
「あのっ!」
「ん?」
「私、あの、正田さんのことが、あの、す、す……」
緊張であと一声が出てこない。
その様子をじっと見る春平は、少し自問自答した後、美羽の頭をぽん、と撫でた。
「惚れないでね」
美羽の頭の中で何かがふっ切れた。
「そんなんじゃないよ! うぬぼれんな!」
キツい平手を春平の左頬にくらわせ、まだ腫れの引いていなかった春平の左頬は見事に赤く腫れ上がった。
「馬〜鹿!」
「はぁ!? マジ意味わっかんねぇ!」
そんな春平の叫びも聞かずに、美羽は楽しそうにアパートへと帰っていく。
これで美羽ちゃん編ひとまず終了です。
次からはまた新たな依頼が舞い込んできます!