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アロエ  作者: 小日向雛
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第36話 命綱

「あんた。随分遅かったじゃないの」

不満全快の久遠の声に苦笑しながら、青年は春平に近づいてきた。


そして馴れ馴れしく春平の肩に触れると、今度は嘲笑して久遠を見た。


「すみませんね。で、これかい噂の新人美青年は」


と、春平の肩を叩いてくる。


「美青年はともかく、新人の正田です」


春平が軽く頭を下げると、青年は納得のいかない様子で口をあんぐりと開けていた。

「名前を言えってんだ、名前を!苗字なんか名乗ってどうする」


「……春平です」


つくづく変な集団だと思いながらそう告げると、青年は爽やかな笑みを見せた。


清住きよすみだ、よろしく」


差し出された手に応じると、骨が砕けるかという握力を身をもって知らされた。


「頭使うのは苦手、暗算は得意。好きなスポーツはサッカー、野球は嫌い」


その言葉にあからさまにむっとすると、清住は子供をあやすような気にくわない笑顔を作った。


「悪い悪い。あのさー、ピッチャーとかバッターしか動いてない感じが嫌いなんだよなー」


清住はフォローのつもりで言っているのか、それとも喧嘩を売っているのか。


「……そう思っているうちは何も分かってない馬鹿な奴ってことですよ」


どの役割も皆働いてる。キャッチャーだってずっと身構えて、頭の中で色んな思考と作戦が広がってるんだ。

と、さりげなく自分のポジションを褒めながら付け加えた。


春平の場合は、明らかに喧嘩を売っている。


「ははっ、いい度胸だな、面白い」


しかし清住は満足そうに高笑いをして春平の頭をわしゃわしゃと掻き乱している。


春平は納得のいかない様子で清住を見上げて、しかし、何故だかこの人物が嫌いになれない不思議な感じを覚えていた。


清住は春平より若干年齢が上のようだ。言うなれば高瀬と同じくらいか。

ただインドアで色白、目鼻立ちが整っている高瀬とは違って、いかにもアウトドア、スポーツマンで健康的な格好良さを感じる。


短い黒髪が彼のためにあるのかと思わせるほど似合っている。


「んで久遠さん」


春平の頭から手を話すと、先程からじとっとした視線を向けている久遠に話しかけた。


突然の呼び掛けに、久遠は一瞬肩を震わせた。


久遠がそろそろと視線をずらしているのを見て、春平は先程までの会話内容を思い出した。


「久遠、具体例って?」


単刀直入に春平が告げると、微妙な空気が流れた。


目の前、久遠の隣に座る右京を一瞥する。視線は合わない。右京はただぼうっと宙を見ているだけだ。


「ほら、久遠さん」


明らかに自分より年下の久遠に促して、清住は不敵に笑っている。


久遠は彼女に似合わない渋い顔をして春平と向き合った。


「日常的な負傷は覚悟して。毎回打撲、擦り傷、切り傷は当たり前っていう常識を自分の中に作ってね。それを踏まえて聞いてほしいんだけど」


珍しく遠慮がちな久遠の声に、春平は思慮深く頷く。


「春平の店舗でもバツはあったでしょう?」


バツというのは、法に触れるような仕事をさす。寺門のマフィアがらみの仕事もバツに入る。


「私たちの仕事のほとんどがバツという分類に所属する。具体的に警備の仕事、SPの方々から直々の依頼があることも珍しくない。ボディーガードが主だからね。あっ、本当はしちゃだめなんだよ!?」


言われなくても分かっている。


「それで、中には海外に派遣される場合ってのもあって、紛争地に連れていかれることもあるの」


勿論、政府に許可を得てはいない。


そこまで言うと、先程までぼうっとしていた右京は真剣な目付きをしていた。清住、久遠も同様だ。


「そんな仕事がもし来たら、生きて帰ってこれると思わないで。私たちの同僚の中には、生きて首を切り落とされたり、内臓をぐちゃぐちゃにかき回された人だっていた」


その人たちは骨となって生まれ故郷に戻ってきたのだろう。


「でもそんなのは稀で、普段は最悪指切り落とされる程度だから安心してね」


程度って、と春平は言いそうになった。


久遠が照れ笑いをしながら自身の左手を春平に見せつけている。


『それ』に気付いた瞬間、春平は絶句した。


「おいおい美青年。こんなんで怖じ気付いちゃこれからやっていけないぜ?」


清住は嘲笑しながら久遠の今は無き指を見つめている。


「これが、具体例」


久遠は自分の指をいとおしそうに見つめると、テーブルの下に隠した。


「…………」


春平は何も言えずに呆然としていた。


「……大丈夫、ですか?」


遠慮がちとも眠そうともとれる声で、右京は春平に呼び掛けた。


それに笑顔で答える。


「大丈夫だよ、ありがとう」


内心、大丈夫ではなかった。


とんでもないところに来てしまったのだと、後悔の念ばかりが春平の頭の中を駆け巡る。


「それじゃあ美青年に恒例の意識改革をしようか」


楽しそうに清住は言って、春平の隣に座った。


「この階の人間はさぁ、どの店舗より、どの階より稼げるんだ。そりゃそれに伴う危険を冒しているからな」


自慢気に鼻の下を擦って笑う。


しかしその笑顔も一瞬で姿を消す。


「だから俺たちは、金の為に働いてんだ。莫大な金を会社に、自分の懐に納めるために働いてる。ここの仕事は全て社長の為に死ぬ仕事だ」


春平は息を呑む。


「だから、人の願いを叶えるのが嬉しいだとかはやめろ。依頼人は俺たちに金を運ぶ奴で、社長は俺たちの『旗』だ。旗を守るのが俺たちの使命であって、人の願いを叶えることじゃない。ここはお前が居た店舗じゃないからな。そんな偽善者ぶったふざけた考えを持つ奴はこの会社には必要のない『モノ』ってことだ」



そこまで言うと、清住はにかっと口を大きく開いて爽やかに笑う。


「それが理解できないうちはただの馬鹿ってことだ」


どうやら先程の春平の発言を根にもっているようだ。





「そう言えばチームは5人なんだよな?もう1人はどこ行った」


ゆったりとくつろいで、いっこうに仕事をする様子のない3人に問う。


「あんただけよ、残りの人間は」


久遠はそう断言して、清住とオセロをしている。


黒の久遠が優勢のようだ。


「え?チームは5人って言ったじゃんか」


「そうよ」


久遠はどんどんとオセロをひっくり返す。


それを見かねた清住が付け足す。


「実は俺たちのチームの2人がまさかの戦死。んで空いたスペースにお前が転がり込んで終わり」


「じゃあうちのチームは4人なんですか?」


「いい人材が現れたら加わるさ。お前みたいにな」


少しずつ、白が優勢になり始めている。


「それよりお前、敬語」


指摘されて、春平は苦い顔をした。


「……妙なところ気にするよね」


「当たり前だ他人行儀するような人間に俺は命を預けたいとは思わない」


真面目な表情で冷たく言い放つ清住を見て

「そういえば久遠も同じことを言っていた」と思っていた。


そんな春平の心理を察してか、清住は諭すような優しい声音で言った。


「チームの仲間は『命綱いのちづな』だ。俺たちはチームを守ってチームに守られる。分かるだろ?命綱とは、そういうものだ。俺たちは、お前の命綱を命をかけて守る。だからお前も、俺たちに命綱を託してほしい」


清住の言葉に、春平は一瞬ため息をついた。


呆れたわけじゃない。


ただ、仲間というものをそこまで深く考え、信頼できる彼らに、強く、心から尊敬の念を抱いたのだ。


本当に、かっこいいと思った。








「でもさ、清住と右京は、久遠に敬語だよな」


素朴な疑問を投げかけると、久遠は忌々しげに唇を噛んだ。


「清住のは嫌がらせよ。右京のはつたない日本語教育の為。右京は日本語ヘタクソだからね」


まぁ、普段は敬語を覚えなければ仕事なんてしていけないだろうが。


しかし――


「嫌がらせするような奴に命綱託せる?」


春平がそう問うと、久遠は一瞬目を丸くして春平を見た。


しかしその表情もやがて不敵な笑みに変わる。


「託せるよ。清住は私を愛してるから意地悪してるだけだもの」


「あ、愛っ!?」


「兄弟愛とか、家族愛みたいな」


「あぁ……」


「残念でした」


「いや、残念とかじゃなくて」


とは言ってみるものの、春平の顔は赤くなったままだ。それを見て久遠は面白がり、さらに続ける。


「清住は頼りになるよ。ヒマラヤの山頂に居ても、山のふもとから助けに来てくれる、そんな人間よ」


久遠の嬉しそうな声を聞いて、春平の胸が締め付けられた。


「……俺、は」


俺には、山頂で困っている久遠を助け出す自信がない。


きっと、まずは自分の身の安全を考えてしまうだろう。






なんだよ、俺って頼りない。



仕事に対する考え方、仲間達の絆。

今までとは全く違う環境と仲間に戸惑い、その絆の固さから疎外感を感じ始める春平。


少し更新が遅れてしまいました^^;

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