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アロエ  作者: 小日向雛
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第35話 死なないで

3階といっても、かなりの人数が働いているらしい。


「だから、従業員は全員5人ずつに細かく分けられるのよ。3階の人間全員で仕事つったら50人くらいは居るからね」


そう言いながら、久遠はラーメンを頬張っていた。


そんな彼女を目の前にして、春平も同じようにラーメンを食べようとしていた。


実際彼は食べたいわけではないのだが、彼女に促されて半ば強引に箸を持たされた形になっている。


「で、春平は私の仲間」


楽しそうに満面の笑みを作り、彼女は再び箸を動かしている。


「他の皆さんは?」


「休憩中だよ。今はそれぞれ、ゆっくりしてんじゃないの?」


春平と久遠は1階の食堂に居る。


2人の周りにも、和やかな雰囲気を纏った社員たちが楽しそうに会食している。


「あ、おーい沖田!」


通りすがりの沖田に声をかけたが、彼は笑顔で小さく手を振るだけだった。忙しいらしい。


「あんたさあ、初日のわりにリラックスしてるよねー」


唐突に言われた言葉に春平は目を剥いた。


「まさか。これでも緊張してるんですけど」


「ふーん。まぁあいや。食べ終わったら3階に戻ろうね。他の皆を紹介するよ。残念ながらあんたの為に皆集めて公式にご挨拶、なんてのはないから」


その言葉を聞いて、春平の心臓が跳ね上がった。


正直、3階はいい雰囲気とはお世辞にも言い難かった。


あそこは誰も寄せ付けないような不思議な空気が漂っている。


「……あの、久遠さん。スーパーヒーローって」


春平がそこまで言い、ゆっくりと久遠の顔を見上げると、


「何してンの!早くおいでよ」


という久遠の声が聞こえた。


いつの間にか席を離れてしまっていたようだ。


「……まぁいいや」


そう呟いて、春平は久遠の後についていった。




まるで獄中を思わせるような個室に入って、春平は改めて3階の存在を見直した。


「ここと、隣の3部屋は私たちのグループの部屋だよ」


そう言われて、目の前のテーブルにお茶が置かれる。そうして、目で「座れ」と合図された。


「はぁ」


春平は椅子に腰掛けて、目の前のお茶に目を向けた。


最悪だ。お茶のティーパックが湯飲みに入っている。


そうして、目の前に座る久遠に目を向けた。


恐らくは春平と同い年ぐらいだろう。20歳前後とみた。


春平よりも暗いこげ茶色の髪の毛は、面倒くさそうに肩のあたりで乱雑に切られている。


「さて、それじゃあ仕事の説明に入ろうかな」


そう言いながら、久遠は乱暴に書類の束を机の上に放り上げた。


「まず規則からね。……っていっても、春平が前に働いてた店舗と大したことは変わらないんだけど、付け加えられるのは」


久遠は書類から目を離して、じっと春平の顔を見つめた。


それに威圧感を覚えながら、春平もじっと久遠を見つめ返す。


春平のその態度が気に入ったのか、久遠は楽しそうににやりと笑い、言った。


「絶対に、死なないでね」


ゆっくりと、背中に冷たいものが這う。


久遠はふざけていっている訳ではない。


真剣に「死んではいけない、という規則」について説明しているのだ。


「スーパーヒーローなんて言ってみたり、ビル内に道場があったり」


春平は皮肉っぽく呟く。


「はたから見たら変な集団ね、私たちは」


無邪気に笑う姿が、彼女を実際の年齢よりも若く見せている。


「でも私たちは大真面目」


「……でしょうね。そう見えます」


ここの雰囲気だって、ふざけているようには見えない。


「だいたい仕事内容の検討はついているんですけど、できれば外れて欲しいです」


「っはは、そうだよねぇ。普通に草むしりとか犬の散歩してた男の子が突然こんな世界に舞い込んできちゃうんだもん」


「正直自分でも信じられないんですから」


「でもあんな盛大に事件起こしちゃったら本社にだって話が通るわよ?」


それを言われては元も子もない。


「それにしても皆どんだけ休憩してんのよ。来るのが遅いのよまったく!」


ぶつくさと言いながら久遠は胸の前で両腕を組んだ。表情は不快そのものだ。


しかし、そんな眼差しが春平に向けられると、急に面白いものを発見したかのように輝き始めた。


「時間あるんだし、どうでもいい話しよっか」


「へ?」


「春平、彼女いるの?」


唐突に聞かれて、一瞬の間。思い出したのは美羽だった。


「いないですけど」


「へぇ〜意外!春平かっこいいから絶対遊んでると思ってた」


「そんな風に見えてるんですか?」


「……いや、そうでもないな。でも彼女居ないなんて不思議だよ」


目を見開きながら、久遠は身を乗り出してくる。


「あんまり興味ないんですよ、恋愛とか」


「へーえ、変なの」


「そういう久遠さんは彼氏居ないんですか?」


春平の質問に、久遠は見開いた目をさらに丸くした。


彼女にとってはとても意外な質問だったらしい。


「居ないよ」


「どうして?」


「出会いがないんだよねー。私はここの専門学校通ってて、1年店舗で働いたあとからずっと本社に居るんだよ。ここではずっと働きづめで、忙しくてさ」


「つくりたいんですか?」


「そりゃあね。ってか、本当はそういう『人物』が居た方が仕事にもいいと思うんだよ」


引っ掛かるような言い方に、春平は眉を顰めた。


「それどういう意味ですか」


少しきつめな春平の声音に、久遠はふぅと溜息をついた。


「そういう未練があった方が『死ねないなぁ』って思えるじゃん?」


なるほど。


思わず納得して言葉もでなくなった春平を、久遠はじっと見つめている。


何か不満がありそうな表情でだ。


「なんで敬語なの?確か書類では春平20歳でしょ。私と同い年だよ?」


「でも久遠さんは先輩だし。それに初対面の人に突然タメ口ってのは非常識でしょう?」


その言葉に、久遠は苦い顔をした。彼女は初対面からタメ口を使うタイプらしい。非常識だ。


「私は、これから生死を共にするような仕事仲間に他人行儀で接されるのは嫌」


そりゃまた無茶苦茶な。


「……じゃあタメ口で話せと?」


「そういうこと。分かってるじゃん」


「……分かったよ。久遠って呼び捨て?」


「当たり前」


うんうん、と納得したようにしきりに頷く久遠を見て、春平は「随分変な人とグループ同じにされちゃったんだな」と小さく溜息をついていた。




――突然、何かが扉に激しく衝突した音が響いた。


「何っ!?」


「あ、来たよー春平、仲間だ」


久遠は当然のような顔をして席を立ち、扉を開けた。


そこに倒れていたのは、見目麗しい少年。恐らく20歳にも満たないだろう。


「……」


春平は何も言えずに、その少年を見ることしか出来なかった。


すると少年はむくりと上体を起こして、呆然と部屋の中を見渡した。まるで生気が感じられない。


金色の短い髪の毛がふわりと揺れて、その間から茶色の瞳が垣間見える。


「あ、知らない人」


そう言って目の前の春平を呆然と見上げている。


「正田春平です、よろしく」


春平がいつまでも座り込んでいる少年に差し出した手を見て、少年は呆然とそれを見つめていた。


「……右京です、右京・ハル・ドレイク」


「む。その金髪は染めた訳じゃないんだね。納得」


「綺麗な茶色ですね」


微妙に話がかみ合っていないような気がする。


「えっと、右京が日本名な訳だよね?」


「そうですね。あとはイングリッシュネームなんで」


「じゃあ右京くんって呼べばいいか」


「右京でいいですよ。僕まだ16歳だし」


「16歳!?」


さすがの春平も右京の言葉に度肝を抜かれた。


しかし当の本人は大したことないようにしている。未だ座り込んでいるままだ。それを見かねたのか、久遠が乱暴に右京を立たせる。


「右京は高校行ってないのよ」


「中卒でもいいの?」


「ここの階の仕事は高校レベルの学力なんか必要ないもの。あんただってそんな学力ないでしょ」


「うっ」


それにこいつ英語しゃべれるし、という久遠の言葉にさらに仕留められる。


「ま、余談はここまででいいね。そろそろ本題に戻りたいところだけど」


「(自分で仕事の説明中断して、どうでもいい話しておきながらこの人は)」


春平はじぃっと疑うような視線を久遠に向けた。


「他の皆は?」


「休憩中なんでしょ」


春平の質問につまらなさそうに返答して、久遠は右京を椅子に座らせて自分もその隣に座る。


久遠は退屈そうに口を曲げている。


その隣で右京は、ぼうっと宙を見ているだけだった。


「……で、仕事内容は?」


「うぇっ」


自分から「本題に戻りたい」なんか言っておきながら、久遠はそのことをすっかり頭のすみにおいやっていたようだ。


「えーと、つまり簡単に言えば『体をはる』仕事ってことだよ、うん」


1人で納得してしきりに頷く久遠。彼女に促されて右京も機械のように首を上下させている。


「なるほど」


それなら分かりやすい。実際、ボディーガードなんていわれるものはこなしたことがある。


「それも結構本格的なものなのか?」


「そういうことね」


「例えば?」


春平がそう促すと、久遠は居心地が悪そうに右京を見た。


右京はまったく久遠に視線を送ってはいない。


「具体例を言ってあげたらいいじゃないですか。そんなんで逃げ出すようなら、どのみちこの会社には必要ない人間ってことなんですから」


と、やけに低い声が響いた。


その声は閉められた筈の扉、つまりは春平の背後から聞こえている。


「!」


驚いて振り向くと、1人の青年が扉にもたれかかるようにして腕を組んで立っていた。


「よっ、新人」


楽しそうに笑って右手を軽く上げている。



……全然気配が感じられなかった――。



春平はごくりと喉を鳴らして、その人物を見た。



美少年登場!

そしてまた新たに青年登場!仲間か?

「死なないこと」が規則だというこの仕事。

具体例って、そんなに躊躇するような内容なの!?

次回、仕事内容の全貌が明らかに!

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