第33話 さようなら春平くん:後編
春平は、布団を敷いて横になっていた。
寝ようとしても寝られない。今日は色々なことがありすぎた。
美羽の告白、そして自分が本社へ移動することになったこと。
そして、美浜の言葉。
美浜は春平を必死に追い出そうとしていた。
それどころか、出発は明後日なのに、誰一人として春平に会おうと来る人は居ない。
皆いつもどおりに依頼をこなして、終わったら自分の家に帰っている。
寺門だって、春平に会いにこなかった。
「もしかして俺、本当に要らない子?」
俺が昇進したことを妬んでいるのか?いや、それはないな。
俺があまりにもしつこいから美浜さんは怒ったんだ。
寺門さんだって、俺が移動するぐらい、どうってことはないんだ。
「―――っはは、本当に要らない奴だ」
嘲笑して虚しくなってきた。
「俺だって驚いてるのに」
こっちの気持ちはお構いなしかよ!
春平は枕を襖に叩きつけた。
興奮した意識はそれですぅと冷めていき、倒れるような眠気が全身を襲った。
次の日は嘘のように高熱を出して、春平は寝込んでしまった。
「珍しいなぁ。学生のころだって数える必要がないくらい風邪はひいていなかったのに」
寺門はそう言いながら春平が眠っている様子を見ていた。
「ショックなんじゃない?」
「ショックって……明日のことか」
「うん。昨日私の口から言っちゃったのよ」
美浜は申し訳なさそうに目線を下に向ける。しかし寺門はそんな美浜を気遣った。
「そんな顔はするな。咲は何も悪くないよ、当然のことをしただけだ」
まるで子供を相手にするように、寺門は美浜の頭を撫でた。
誰もいなくなるのを気配で感じて、春平はゆっくりと起き上がった。
それと同時に鳴り響くチャイムの音。
「こんにちはー、あの、お尋ね者です」
その声を聞いた瞬間、春平の心臓が跳ね上がった。
『はい』
「あ、春平……くんですか?美羽です。入ってもいいですか」
『……来てもいいとは言ったけど、急だね』
「忙しそうじゃないですね。入らせてください」
「いや、うん、確かに忙しくはないんだけど」
そう言いながら扉を開けると、目の前には目を輝かせた美羽がいた。
しかし春平の顔色を見てすぐに、彼女の顔は真っ青になる。
「春平くん……具合悪いんですか?」
「久しぶりに熱出しちゃった感じ。まぁ、大したことないよ」
「だって顔が変ですよ!」
「その言い方は聞き捨てならないな」
そう言ってよろめく春平の体を支えて、美羽はアロエの中に入った。
昼食がまだだと言うと、美羽は目を輝かせて
「それじゃあ私が作りますね」なんてことを言った。
食べながらも、春平は気分が落ち込むのを感じていた。
その落ち込み方が異常だったのか、美羽が心配して尋ねてきたので、春平は事の全てを打ち明けた。
「――だからさ、ちょっと落ち込んでただけ。熱も精神的なことが関係してるだけだと思うし」
「熱を出すまで思い悩んでいたんですね」
そっと美羽は春平の額に触れた。
それで春平の熱はわずかに上がる。
そんなことをしてから、美羽は重要なことに今さら気付いた。
「それじゃあ明日ここに来ても春平くんは居ないってこと、ですよね」
「そうだね。ってか、随分今さらなこと言うね。本社にはこうやって来れないからね」
「そんなー!」
「それが規則だから。本社のことは従業員以外は誰も知らないってことになってるからさ。本来はこうやって君に教えるのも禁止なんだよ」
春平が溜め息まじりに話すのを、美羽は顔を真っ赤にして見ていた。
「?どうかした?」
その一声にさらに顔を紅潮させて、美羽はゆっくりと視線をそらした。
「それはつまり、私だから教えてくれたって捉えてもいいんですか?」
春平は一瞬、言っている意味が理解できずに硬直していたが、時期に顔を真っ赤にして視線をそらした。
「いや、そういうわけでは……ないわけでも、ないか」
「?」
こちらに視線を向けた美羽を真剣な眼差しで見つめ返し、言った。
「美羽ちゃんになら言ってもいいかなって思ったんだ」
その声が心なしか震えているのを感じて、美羽は春平の手を見ていた。
何かを我慢するように拳を震わせている。
そうしてもう一度顔を見つめると、春平はうつむいていた。
「俺、行きたくないんだ」
今にも消え入りそうな春平の声を聞いた途端、美羽は立ち上がり、テーブルの向かい側に座る春平に近寄った。
「こんな形で見捨てられたくなんかなかったんだ。昇進なんて言葉使うんだったら、もっと皆で喜んで欲しかったんだ。俺を……当たり前のように突き放さないで欲しかったんだ!」
そう叫ぶと、春平は力任せに美羽を抱き寄せた。
大きな肩を震わせて、春平は泣いている。
「……誰も、春平くんのことを見捨ててなんかいませんよ」
「美羽ちゃんは他人事で、俺の今の状況が分からないからそう言えるんだよ」
「そうかもしれないけど!私なら見捨てませんよ」
「それは美羽ちゃんが俺のことを好きだから……」
「同じです。アロエで働く他の皆さんは春平くんのこと好きですよ」
美羽の腕が優しく春平の頭を包み込んだ。
春平は息を呑み込んだ。
そうかもしれない。
いや、そうであって欲しい。
でももし万が一に彼らは本当に心の底から春平を邪魔な存在と見なしていたら?
そう思うと心に傷がつく。
「美羽ちゃんには断言できないでしょ」
だって彼女は、アロエについてこれっぽっちも理解していないんだから。
「随分と勝手なことを言ってるな、お前は」
そう背後から唐突に声がした。
驚いて振り向くと、そこに居たのは不満足さを顔いっぱいに表して立っている高瀬だった。
「まったく。突然寺門さんに呼び出されて帰ってきたと思ったら」
ちらり、と抱き合う2人に冷やかな視線を送る。
それを感知して美羽は春平からそそくさと離れた。
「寺門さんに呼び出されたって……まだ寺門さん帰ってきてないぜ?それより仕事はどうしたんだよ!?」
「――安心しろ、早退だ」
「早退!?何で!」
心底焦って問い詰める春平を見て、高瀬は呆然と口を開けていた。
「何でってそりゃあ、お前のためだろ」
その言葉に、春平は硬直した。
俺の、ため?
「まったく高瀬は何でもしゃべっちゃうんだから」
仕事帰りの美浜が、高瀬の後頭部をバッグで殴り付けた。
きっ、とキツい視線を送られて、春平は思わず俯いてしまった。
「おい。具合悪い人間を睨み付けて追い込むなよ」
高瀬の一言に、美浜は吊り上げた眉をへの字に曲げた。
「悪かったわね、行動が単純で!どうせB型よ」
「おいおいそこまで言ってねぇぞ」
高瀬は呆れながらそう言うと、玄関に目をやった。
そこには、仕事帰りの寺門と河越が居た。
春平は寺門と目が合うと、泣きそうになるのを必死に唇を噛み締めて堪えて、じっと睨みつけた。
その視線に寺門は対峙しながらも、時期にふぅーと長い溜息をついて降参した。
「頼むからそんな目をしてくれるな。……いや、してもらわなければ困るのはこちらか」
「?それどういう意味だよ」
寺門の変わりに答えたのは河越だった。
「皆、春平に変な里心がつかないようにわざと冷たくしていたんだよ」
その言葉に、春平と美羽は凍りついた。
「今、今、なんていったの?」
「出来る限りギリギリに昇進のことを伝えて、さっさと居なくなってもらおうと思ったんだよ。なぁ、咲」
寺門がそう言うと、美浜は頬を染めて文句ありげに膨らませていた。
「そりゃあさ、別れたくないーとか言いながら行くよりは、いいかなって」
「美浜さん……」
春平が力なくそう言うと、美浜は目頭が熱くなるのを感じていた。
「だってそうでしょう?しゅんちゃんが苦しい思いするより、それよりもいっそ私のこと嫌いになって、二度とアロエに戻ってくるかよーみたいな覚悟で行ってほしかったのよ」
「でも失敗だな」
寺門は残念そうに溜息をついた。
「まったく寺門さんは人がいいんだから。春平が熱出してるからかわいそうになってさ、冷たく突き放すなんて出来ないなんて」
高瀬は文句ありげにそう言った。
ことの全てを知った春平はどうしようもなく呆然と立ち尽くしていた。
そんな春平の横に立って、嬉しそうに美羽は言った。
「ね?みんな、春平くんのことが好きなんですよ」
その一言に、春平は崩れ落ちた。
皆の本当の優しさに触れてしまったから。
泣かないと決めていたのに、涙はどんどん溢れてくる。
その様子を寺門はわが子のように見つめ、自分の腕で抱きしめた。
もう初老の寺門の胸には、もう春平は納まりきらない。
それが、嬉しいようで、悲しい。
でも親は子供の成長を見守ってあげるものだ。
「さぁ、今日は春平昇進おめでとうパーティーを開くのよ!」
自分のことを心から思ってくれる仲間に囲まれながら、
春平は自分が世界一の幸せ者だと実感していた。
私もB型です(笑
アロエ編終了しました。
次回からは本社で働く春平。
いまだナゾの多い本社で、春平は上手く働いていけるのか!?
新しい仲間と共に、突き進め!
いつの日か、アロエに戻ってこれることを祈りながら。