第30話 傷
「春平痛そうだね」
そう言いながらアロエにやってきたのは、コンビニで調達してきたと思われるアイスやらジュースやらゼリーを手にぶら下げている少女だった。
「まぁねー。でも今は平気だよ」
そう言いながら「そういえば俺上半身裸だ。教育上悪いのかな」などと言ってみると、少女は「ううん、別に気にして無い。ってか気にならない」と平然と言う。
見るからにそこら辺に居る少女を見て、春平は満足げに笑った。
「なんだ、元気じゃんってかキャラ変わってんじゃん、佳乃」
にこっと楽しそうに笑う少女は、佳乃。以前春平が依頼を受けた少女だ。
今ではすっかり友達になっている。
「元気そうで何よりだ。うんうん。お前の卒業式は絶対俺もあの母さんについていく」
「うーん、まぁ、それはどうでもいいんだけど。アイスとゼリー、どっち食べたい?」
「アイス」
そう言って、ハーゲンダッツのバニラアイスを手渡す佳乃。
「畜生、中学生のくせに生意気にハーゲンダッツなんぞ買ってきやがって」
「あら、要らないなら食べなくてもいいよ?」
「嘘、食べる」
まだ動かすと痛みが襲い肩が緊張する。
そんな春平の様子を見て、佳乃は優しく手を差し伸べていた。
「かーわいいカップルみたい」
それを見て呟いたのは、美浜だった。昼食を作っているので、多分今日は仕事休みなのだろう。
「そりゃどうも」
「光栄ですわね。んじゃダーリン、あーん」
なんてスプーンを春平の口に近づけている佳乃。
「サンキュー、ハニー」
あーん、と悪ノリをする春平を見てから、美浜はチャイムが押されたのに気付いて玄関へ向かう。
アイスを食べた春平を見てから、佳乃は唐突に言った。
「そういえば春平ってすごい筋肉だね」
「まぁな。自慢じゃないが俺は体力だけは自信があるからさー」
「本当だ、自慢になんないねー。それにしても、腹筋おもしろーい」
「うわっ!ちょっ、触んなって」
じたばたと足をばたつかせる春平に圧し掛かって、佳乃は春平をくすぐり始めた。
「ちょ、死ぬ、死ぬ!銃弾より痛い、苦しい、死ぬって!」
「きゃはははは」
「ねーえお2人さん。それぐらいにしといてくれないかなー」
そう呆れ気味に言ったのは美浜だ。それに気付き、佳乃は春平から離れる。
「ごめんなさい、うるさかったー?」
「まず俺に謝れよっ」
「春平、起立!」
突然そう言われて、春平は椅子をガタッと鳴らして立ち上がる。
目の前の美浜の後ろには、もう1人の人影が。
「依頼よ」
そう言った美浜の背後から現れたのは、顔を真っ赤にした少女だった。
「わぁー、こんにちは美羽ちゃん」
そんな気の抜けた挨拶をする春平に、美羽は一礼するだけだった。
袴田美羽。彼女も以前、春平が依頼を受けた少女だ。
「春平、もしかして私邪魔?」
佳乃がそう言って帰ろうとするので、春平は慌てて引き止めた。
「いやいやいや。お前だって大事なお客様なんだから、居てもいいよ。あっちの部屋で待ってて」
「ごめんね春平」
「謝ることないだろ佳乃」
「春平、佳乃、ですか」
そう呟いたのは美羽だった。
どこか気を落としているようにも見える。
「う、うん。だって、あれ、俺の名前忘れてないよね?」
「忘れるわけないじゃないですか、正田さん」
「佳乃は俺の友達だよ」
そう言う春平の言葉を聞いて、急に美羽の表情は明るくなった。
「友達、お友達さんでしたかっ!」
春平が美羽を不思議そうに見ているなかで、美浜だけは「本当に分かりやすい子なんだから」と楽しそうに微笑んでいた。
「―――ってことだから、しばらくは大した依頼はこなせませんが」
春平は椅子に座って美羽と向かいあって言った。美浜がお茶を差し出すと「ありがとうございます」と美羽は丁寧に礼を言った。
「そうだったんですか……。それで、その、肩は平気ですか?」
「うん。もうほとんど回復してるから、そんなに痛まないんだ」
心配をかけさせないようにと笑顔で答える春平。
そんな様子を見て、美羽は申し訳なさそうに俯いた。
そして突然立ち上がり、玄関へと引き返していく。
「え、あれ?あの、どうしたの!?」
慌てて美羽を連れ戻そうと春平が立ち上がると「休んでいてください!」なんて声が聞こえて春平は一瞬押し留まった。
「また出直します。もう少し日が経ってからでも、私の依頼は平気なので」
「またそうやって溜め込んでいかないようにね」
春平がそう言うと、美羽は嬉しそうに目を細めて
「ではまた」
と言ってアロエを出て行った。
「うへーあの子絶対―――」
佳乃が顔を少々赤らめて何か言おうとしたが、それは美浜によって遮られてしまった。
「そっとしておきましょうよ、佳乃ちゃん」
「……そうですね」
「何」
「何でもないよ」
そう言って佳乃も帰る準備をする。
「あれ、帰るの?」
「うん。元々春平に差し入れしようと思っただけだし。これから塾だし」
「あっそっか」
納得すると、佳乃は楽しそうに笑顔を作った。
「またお見舞いに来るね、ダーリン」
大きく手を振って、佳乃はアロエを出て行った。
久しぶりに社長に呼び出されて、寺門は緊張していた。
さすがに自分を左遷した人が、どんな話を持ち出してくるのかは分からない。
もしかして本当にリストラ、なんてことになったらどうしよう。と寺門は気温が熱いわけでもないのに汗をかいていた。
「いたね、君のところに、男の子」
そう言うと社長は目の前の書類をぱらぱらとめくっている。
「は、はぁ」
「たいそうなことやったんだってね。葵の話だが」
「いえ、それほどのものではありません」
「……寺門くん、本当にそう思っているのか?」
真剣な目で睨まれ、寺門は言葉が出てこなかった。
本当は違う。寺門も、春平はやってしまった、と焦っていたのだ。
社長から春平の話題が出たということは、十中八九春平の今後についてだろう。
「もうすでに決めたことだから。詳しくはこの書類を見て、考えなくてもいい。ただ、実行すればいい」
乱暴に手渡された書類を見て、寺門は目を剥いた。
「……これ、本気ですか?」
「本気だよ」
社長の目は、光り輝いていた。
美羽ちゃんと佳乃に再会した春平。楽しい雰囲気の中、確実に何かが動き始めている。
次回、再び美羽ちゃん登場!