表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
アロエ  作者: 小日向雛
29/115

第28話 アドレナリン

春平はちらりと高瀬を見る。


大丈夫だ、とりあえずは立っている。


「おい」


男の呼びかけに、春平は反応する。


呼吸する度に肩が震えて激しい痛みが伴う。それに顔を歪めながら、じっと男を睨みつける。


「ここで死にたくはないだろう」


それには、どういう意味が込められているのか。


おそらくは男だって殺人なんて犯したくないだろう。しかしこうなった以上はやむをえない、と言いたいのか。


それとも、他の策に乗れ、と言っているのか。


そうなれば十中八九人質かな。


「そうだなぁ……」


曖昧に答えて、春平は自分の肩に触れる。


「くっ」


気がふれそうな程の激痛。撃たれたのは左肩だったのが幸いだ。腕なんか上げられない。


もう一度、周囲の状況を確認する。


ショックで気を失ったのが3人。目の前の男に、その背後に待機するもう1人。


ぺろりと舌なめずりをする。



どうやらここに居るのはこの5人だけだが、他の階には少なからずの人数が居そうだな。



「そう簡単に逃がしてはくれないだろ?」


咄嗟に出てきた強気な笑みを見ても、男は表情を変えたりはしない。


「……随分と冷静だな。お前、何者だ?」


「今日から働くことになった新人社員、中田だよ」


「まさか警察ではないだろうな」


「まさか」


真剣にそうひとこと言っただけで、男は納得したようだった。


その様子を見て、少しは会話ができそうだと判断した春平は、そのまま言葉を続ける。


「あんた達の目的は何よ?」


「答える義務など無いな」


「っへへ」


自分に銃口が向けられている状態で、春平は横に倒れている男に銃口を向けた。


答えなければ発砲する、殺す。という意味だ。勿論男が春平に向けて発砲した場合にも、だ。


男は「つくづく厄介な男だな」と溜息混じりに呟いた。


「強盗だ。見りゃ分かるだろ」


「他にもあんだろ。金だけ欲しけりゃ盗ってさっさと逃げればいいんだ。社員は全員確保してんだし、後は社長を脅せばいい話。楽勝だろ?」


「……お前同業者か?」


「バッカ違うよ。いや、俺のことはいい。俺はお前達の目的のことを聞いてんだよ」


「あんまり偉そうな口は叩くなよ。自分の立場をしっかりわきまえるんだな」


男の人差し指に力が加わったのを見て、春平はぐっ、と言葉を押し留めた。


その様子を見て満足したのか、男はゆっくりと話した。


「社長だよ、お前だって何となくは勘ぐってんだろ」


「はは、お見通しですか」


情けねぇ、と心の中で思いながら苦笑する春平。


「詳しい話は入り組んでてな」


「別に言わなくてもいいや」


そんなことを知ったって、何の利益も得られない。得ることができるのは、これからアロエに長く関係してくるであろうこの会社の社長を見る目が少なからず変わってくる、ということだけだ。



―――とすると、やっぱり社長室にも数名既に行っているだろうな。


ここに5人。下にも5人、まぁ、2人は数に入らないかな。社長室に最低でも3人。他にも居るか?


「結構な規模の強盗だな。何かの組織か?」


「まぁワケありでな」


肯定のようだ。しかしそうなるとまずい。


こちらがヘタな行動を起こすと、便利屋本社の人間だってばれてしまう。それだけは何としても避けたい。そして社長も俺達を見た瞬間に洩らしてしまわないか心配だ。


それよりも、社長を救い出せるだろうか。


今の状況は何ら変わりない。


窓の外からは説得の言葉を投げかけている警察、野次馬、それを抑える警備員。おそらく下の階には恐怖で震える会社員、それを捕獲する3人。


高瀬はどうしようもなく立ち尽くしているだろう。背後に居るので確認はできない。しかし動く気配はせず、ただ荒い息遣いが聞こえている。


「あんた達の計画じゃあ、もう社長は捕獲してんのか?」


「答える義理は何も無い」


成る程そういうことか、と春平は心の中で苦笑する。


もう一度状況を確認する。三度目だ。


いくら確認したって、この状況は変わることが無い。


手段は2つ。このままこの男の言うことに従うか、それとも死ぬか。


それなら―――


「高瀬」


「あぁ!?」


「っはは。元気そうだな、元気そうだよ。それじゃあ……行こうか!」


その叫びと同時に、春平は狙いも定めず自分の目の前に発砲する。


「何っ!?」


あまりに唐突なことに男は反応できず、後ろで待機していた男と同様、とりあえずその場に倒れこんでことを凌いだ。一歩遅れて発砲したが、春平はそれを軽やかに避けて、後ろに居る高瀬の腕を引っ張る。


「社長室に案内しろ!」


横の非常階段を駆け上がり、背後を確認する。


高瀬は走りづらそうについて来ている。そこで手を放して、高瀬を自分より先に走らせる。


「社長室は何階だ!?」


「7階だ!」


高瀬の言葉に春平は走りながら考える。


ここは2階。7階まで5回、階段を登ることになる。


「3段飛ばしで走れ、高瀬!」


「んな無茶な」


「お前の足なんかどうなったっていいんだよ!急げ」


言われたとおりに必死に足を広げる高瀬。呼吸は荒くなり、少しずつスローダウンしていく速度を、後ろから春平に小突かれる。


「そんな急いだって……はぁ、無駄だぜ……はぁ」


必死に高瀬が絞り出す声を聞いて、春平は苦痛の声を洩らす。


「あぁ、多分無線か何かで俺たちが非常階段を登っていることは知らされている。7階の非常階段に辿り着いた時にバーンかもな」


「じゃあエレベーターは」


「エレベーターだって同じだ。そう考えて俺たちの足がエレベーターになる可能性だって高いだろ。そりゃあ監視するさ」


「じゃ、どっちにしろ、無理じゃ……はぁ」


「それを覚悟の上で走ってんだよ俺たちは!」


そんな言葉を交わしているうちに、目の前には7階の非常階段の入り口へ。


「躊躇したらそこで負けだ!突っ込め高瀬!」


「鬼ーっ!!」


そう叫んで高瀬は非常階段の扉に突っ込む。


勢いでバァァアンと開いた扉の側には、案の定2人の男が待機していた。しかし、あまりの潔さで登場した高瀬と春平に唖然として一足遅れたようだ。


「少し……寝てろ!」


そのままの勢いで、春平は男にエルボー。そのまま吹っ飛んだ男を見て、もう1人は銃を構えようとするが、それよりも高瀬が男に向かって倒れこむ方が早かった。


高瀬の体重に押し倒されて男は気絶。その上で、はぁはぁと息を荒げて倒れる高瀬。


「休んでんじゃねぇよこのうんこたれ爺!」


乱暴に高瀬を立たせて再び走り始める春平。


「お前どんどん言葉悪くなってるよー!」


泣き言を言いながらもしっかりとついてくる高瀬を見て「さすが高瀬」と春平は心のどこかで関心していた。




「春平!お前腕……っ!」


「へ?」


唐突に高瀬にそう言われて、春平は驚いた。


気付けば左肩から腕を通じて血が床に滴っていたのだ。走ってきた道に、血が残っている。


「っは、思い出させんじゃねぇよ。俺今すっげーアドレナリン出てる」


そう、銃で打ち抜かれた痛みも忘れるほどに。


社長室は目の前に迫っている。中からは何の喧騒も聞こえない。


「脅してんのか、それとも事後なのか」


「どっちにしろ良くは、ない、だろ」


息絶え絶えに告げられた高瀬の言葉に同意して、そのままの勢いで扉をぶち抜く。


「何だっ!」


勢いで入ってきた2人の男に、全員が振り向く。


そのまま周囲に目もくれずに社長の下へ走り寄る。


「た、高瀬っ」


「社長伏せて!」


そうして社長に飛び掛ってそのまま地面に社長を押し付ける高瀬と春平。いざとなったら自分達が盾になれるように。


「な、何をしているんだ高瀬!」


「社長を助けに来たんですよ」


「何を今更!」


「そうだ、今更だよお2人さん」


冷静な言葉が聞こえて、社長はそれに呼応するかのように立ち上がろうとする。

それを必死に抑える高瀬と春平。しかしそれに対抗して社長は立ち上がる。


「社長何を!」


「もう済んだのだよ」


「……へ?」


2人も立ち上がって、社長室内の状況把握をする。


社長の目の前には男が1人、小切手をひらひらとさせている。その横に待機する3人。


1人は社長秘書、もう2人は強盗だ。


「これで解決。金貰えりゃ本望だ」


「お前らの目的は金だけじゃない筈だろ」


春平の一言に、明らかに主犯格の目の前の男は反応する。

「ほう?」といったような表情だ。


「確かに、俺たちの本当の目的はその親父だよ。だけどなぁ、命と引き換えに莫大な金を貰ったってワケ」


「……社長さん、あんたそれで納得してんのかよ」


春平の言葉に、社長は答えない。しかしばつが悪そうに目線を逸らしている。


それに何も言えずに、高瀬は社長を見ている。


誰だって自分の命は大切だ。それが金で済むならば、いくらでも出すのだろう。


春平はゆっくりと窓の下を見下ろした。


十分なほどの警察の数。見ていて息苦しくなるほどだ。


ふぅ、と溜息をついて、春平は呟いた。


「高瀬。これって特別手当でる?」


「はぁ?」


この状況で何言ってんだよ、と高瀬は春平を睨んだ。しかし春平の視線は高瀬には向けられない。


「いいから答えろ。俺はお前から超過料金取れるのか」


真剣な声音に、高瀬は納得できないといったように返答した。


「あぁ、当たり前だ。元々お前には雑務しかさせる気無かったんだしな」


「そうか、そりゃ良かった」


心底嬉しそうに呟いて、春平は立ち上がった。


ゆっくりと視線を上げて目の前の男と対峙する。


その表情があまりにも愉快そうだったので、男の眉間に深いシワガ刻まれる。


「何が可笑しい」


「いやぁ、俺、相当馬鹿なことやってるなぁって」


肩を負傷してまで、この会社守って何かあんのかよ。


そんな傷の痛みまで、いまでは感じられない。

最初はあまりの危機感に緊張と興奮でアドレナリンが大放出しているのかと思っていたが、


「どうやら俺は、この状況が面白くて面白くてしょうがないらしいわぁ」


このいつ殺されるかというスリルを感じて、興奮している。


我ながら天晴れな性格だ。いや、少し変態か?


「何でもいいや。もう、どうだっていいよ」


半ば脱力的に発せらた言葉に反応するかのように、ゆっくりと右腕が持ち上がる。


銃口は目の前の男を向いている。


「っひ」


それに反応して控えていた2人の男が春平に銃口を向けている。


「お前らに何の恨みがあるか分からねぇけどなぁ、それでもここに居る方は俺にとって大切なお方なんだよ」


これからアロエをひいきしてくれると信じているお得意。


それ以上、その社長は、今の春平の依頼主である高瀬にとって重要な人物だ。


「依頼主の願いという以上、そう簡単に引き下がらせないぜ」


にやり、と春平の口元が歪む。


それと同時に春平に向けて男たちが発砲。

しかしそれを屈むことで回避し、そのまま跳躍力を使って目の前の男に飛び掛る。


「っち」


側にいた2人の男は、発砲と同時に春平に走り寄っていた。


「下にいた奴らとはワケが違う」


そう呟いて、春平は男の顎を弾倉で強打する。そのまま眩暈でよろける男の腹に蹴りをして壁に押し付ける。


「ぐあっ」


さらにその男を掴み上げて、もう1人の男に投げ付ける。それによって目標を失った銃は天井に発砲され、高瀬、社長、主犯格の男の小さな悲鳴が響く。


春平が男に馬乗りになろうとした瞬間、その男によって発砲された銃弾が春平の頬を掠める。


「痛ぅっ」


一瞬苦痛で顔を歪めた春平だが、すぐに男の腹を殴りつける。


「死ね!」


そう言って、春平の銃が発砲された。


響く銃声。


「――――――」


全員が息を呑んだ。


春平の発砲した銃弾は、男の顔の真横に打ち付けられ、男はショックで目を剥いて動かないでいる。


「はい、そこまで、だな」


気付けば春平の後頭部に銃口が押し付けられていた。主犯格の男だ。


「春平!」


「動くな」


高瀬が立ち上がると、男は静かに命令した。


「動くとこいつの頭が飛ぶぜ」




高瀬との仕事編が予定より随分長くなりました。

次回、決着です。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ