第24話 ここから始まる物語
「明日から新しい店舗に行くのよね……?」
遠慮がちな咲の言葉を聞いて、寺門はできる限りの笑みをつくった。
「あぁ、機会があったら遊びに来てくれ!」
底抜けした笑顔に、全員が不信感を抱く。
今日はゆとり館で寺門と一緒の最後の食事だ。咲が立脇を手伝って調理をする。
そんな様子を見ながら、明日からはこうやって毎日顔を合わせることなんかないと思うと心が痛んだ。
プルルルルルルル
突然、夕食の時間に電話が掛かってきた。
「私が出るよ」
そう言って寺門は席を立ち、受話器をとった。
「もしもし」
『……寺門さん?』
「どちら様でしょうか?」
『私、正田陽子です』
その言葉に、寺門の心臓が飛び出しそうになった。
寺門とは正反対に、彼女はいたって平静だった。
『今まで本当にありがとうございました』
「今までって」
『小さい頃、遊んでくれてありがとうございました。交通事故に遭って、ずっと付き添ってくれてありがとうございました』
「それは私が悪いんであって……」
『私が悪いんです。だから、私は、消えたいと思います』
「……え?」
『本当にありがとうございました』
ガチャ、ツー、ツー、ツー、
強引にきられて、会話は途中で終わってしまった。
その時、寺門が感じたのは紛れも無い悪夢。
突然寺門は居間にやってきて強引に咲の腕を引っ張った。
「痛いっ!ど、どうしたの?」
「いいからついてきてくれ!」
「どこに!?」
「正田さんの家だよ!咲なら分かっているんだろう」
辿り着いたのは平然と建っている一軒家だった。
どこにでもありそうな黄色いペンキを塗られた2階建ての一軒家。
だけど、そこから出ている雰囲気はどこか沈んでいて、重い。
時刻は6時。空は紅に染まっていた。
一度、チャイムを押してみる。
「寺門です」
しかし返事は無い。
中からは物音さえしない。
しかし確かに電話はこの家からかけられていた。公衆電話なんかではない。
では、やはり陽子はこの家に居る筈なのだ。
もう一度チャイムを押す。
しかし一向に返事をする気配が無いのを見て、寺門はうずうずしていた。
何かがおかしい。
「寺門さん!?」
ついに乱暴に家の中に押し入った。それに咲も続く。
「!」
突然の鋭い臭い。どんよりとした空気の中に広がる、生臭いにおいだ。
玄関にあがり、さらに家の奥へと歩を進める。
中には小さな灯りが灯っていた。
玄関から真っ直ぐ進むと、居間に辿り着いた。
「いやあぁぁぁあっ!」
後ろからついて来た咲が思わず悲鳴をあげる。
目の前に広がる惨劇。
すぐ目の前には男が赤く染まって座り込んでいる。
まるで何かを凝視しているように目を見開いて、頭から血を流している。
「陽子ちゃん!」
寺門は咄嗟に居間の中へ入る。
そこに居たのは、刃物を持って我が子を威嚇している母親。
陽子は寺門の声に反応して振り返る。そこには小さな笑みが映っている。
「寺門さん、どうして来たんですか?」
「どうしてって、今にも死にますって言うような電話をかけてきたからだよ。どうやらそれは的外れだったのかな」
「ふふ。正解ですよ。見てください、私の夫です。借金ばかりつくった、悪い男」
憎らしげに顔を歪めて男の死体を凝視する陽子。
そうして目の前の我が子に目を向ける。
春平は驚愕の表情で母親を見上げて震えている。
ヒビの入った左腕はまだ痛むのか、しっかりとテーピングされている。
なのにそこから血が滴っている。
春平の頬にはかすり傷のようなものがある。
「全部私たちが悪いんです。だから、私たちが消えれば問題なんて無いんです。夫を殺して、春平を殺して、私も死ぬわ」
そう言って陽子は春平に向けて大きく刃物を振り上げる。
「危ない!」
寺門がそう言って春平と陽子の間に入り込む。そうして春平を庇うように陽子に背中を向ける。
すると、陽子の動きが止まった。
「……?」
「どいてください」
「どかない」
「あなたは傷つけたくないんです。お願いだから、どいてください」
「私は、この子を傷つけたくは無いんだ」
寺門の言葉に、陽子はわなわなと震えている。
「どうしてそうやって邪魔をするんですか?それじゃあ私、どうしたらいいのか分からないっ!」
その瞬間、刃物は真っ直ぐ陽子の胸を貫いた。
正田家が一家心中をしたという噂は瞬く間に広がる。
ニュースにも出て、唯一生き残った息子・春平と、偶然居合わせてしまった寺門が報道される。もちろん両方顔は移さないようにという条件で。
身寄りの無い春平を育てる役目は、春平の父親の遺書によって寺門に与えられた。
どうやら父親も心中を図ろうとしていたらしい。しかし、息子だけは生き残って欲しいという意思があったので、昔妻がお世話になったという寺門に息子を託そうと考えていた。
その父親も陽子によって殺されてしまった。
だが、父親の願い通り、春平は生き残った。それだけが唯一の救いだった。
「春平くん。私が、寺門太一だよ。これから一緒に住むんだ」
「寺門のおじちゃん?」
「そうだよ」
「父ちゃんと母ちゃんはどこ行ったの?」
病院のベッドの上で呆然と聞いてくる春平に、寺門は一瞬押し黙った。
「天国へ行ったんだよ」
「ふーん」
春平は、目の前で父親が殺害され、自らも母親に殺されそうになるという状況下にいたというショックで、あの事件の記憶を完全に喪失していた。
それならそれでいいと思っていた。
本社では、寺門についての噂が広まっていた。
寺門は母親のせいでリストラになったと言って彼女達を追い込み、さらに春平だけを持ち逃げして商売道具にしようと考えていたんだという噂。
寺門は小さく溜息をついて、今日から自分の店となる土地を眺めていた。
社長の話し振りだと、やはりリストラというよりは左遷と考えていいようだ。本社から完全に見放されていなかった。一応、便利屋本社の店舗としてここの土地の権利を譲られたのだ。
それじゃあ、これからまた新しく踏み出せばいい話。
「あららー。本当に何も無いのねー」
「建物ぐらいはあって欲しかったね」
「建てればいいじゃん」
そんな声が、後ろから聞こえてきた。
驚いて振り向くと、そこには当然のような表情で立っている咲・河越・孝太が居た。
「お前ら……」
「私は寺門さんを見て便利屋になりたいと思ったのよ?寺門さんの居ないゆとり館に未練なんかない」
「僕も同じです」
「俺は咲姉ちゃんと河越の兄ちゃんと居る」
そんな様子を寺門は傍観しているだけだった。咲は照れ笑いをして、寺門に手を差し伸べた。
「仲間なんだからさ、寺門さんがたくさん背負ってる荷物を分けてよ」
その場に膝を突いて、寺門は仲間たちを見つめた。
流れる涙は止まらない。こんな歳になってまで泣くとは思ってもいなかった。
寺門は、その手にゆっくりと触れた。
3人の仲間たち、子供のような存在である春平、そしてタバコ店長のアロエ。
人生を共にする宝物はこれだけで十分だ。
初めて持つ自分の店。
「アロエ」で生きていくには、十分すぎるほどの仲間達だった。
ついに過去編が終了しました。
次話からは再び現代の話に戻ります。
過去編があまりにも長すぎて、現代の話を忘れてしまった方が居たら、8話に戻ってみてください。
ハルと呼ばれる少年との会話が終了したところから次話はスタートします。