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アロエ  作者: 小日向雛
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第23話 不幸の再会

あまりのショックで硬直する体を必死に動かして、寺門は救急車を呼んだ。


河越が苦痛に顔を歪める少年に声をかけた。


「腕が痛いのかい!?」


少年は声を発することなく首を上下に大きく振る。目からは涙が零れている。


しばらくして救急車がやってきて、寺門が少年と一緒に同行することになった。




幸い少年の方は軽傷ですんだようだ。


いや、軽傷といっても、左腕の骨にヒビが入ってしまったようだ。


それは不幸中の幸いと思うことにする。問題は女性の方だ。


意識不明の重体で、すぐに救急車に運ばれた。


出血が無かったので、おそらくは頭を強く打ち付けてしまったのだろう。


「身元が判明しました。正田陽子さんですね。それと、息子の正田春平くん」


正田春平。


その名前を聞いて、寺門は咲の言っていた少年を思い出した。


「できればこんな形では出会いたくなかったんだがな」


そう独り言のように呟いて安静にしている少年・春平を見つめた。


春平はようやく鎮痛剤で落ち着いていた。そしてゆっくりと寺門を見た。


こういう時は謝らなければいけないのだが、どう謝って良いのか分からなかった。


「本当に申し訳なく思っているよ。ごめんね」


小さな子供に頭を下げるが、春平はぼうっと寺門を見ているだけだ。


「……っ」


純真な表情を向けられて、寺門はいてもたってもいられなかった。


「寺門さんっ!?」


そんな時に病院に現れたのは咲と孝太だった。


「河越さんから連絡があって来たんだけど……。お願いだからそんな顔しないでよ」


魂が抜けてしまったように動かない寺門をぐいぐいと揺すっても、微動だにしなかった。


「陽子さんは生きてるんだからね!春平くんだってこの通りよ!」


咲の言葉は何一つ寺門に届きはしなかった。


しばらくして手術室から正田陽子が現れた。まだ意識は取り戻していないが、一命は取り留めているようだった。


立ち上がって心配そうに陽子の表情を覗く寺門を見て、看護士はゆっくりと微笑んだ。


「大丈夫ですよ。後遺症も何も残りませんから」




数時間後、正田陽子はゆっくりと目を覚ました。


隣に眠る我が子を確認してから、心配そうに自分を見つめている寺門の視線に気付いた。


「寺門……さん」


かすれるような声で陽子は彼の名前を呼んだ。


「どうして私の名前を……?」


陽子はゆっくりと微笑んだ。


「忘れはしません。便利屋に預けられた時、あなたと一緒に遊んでもらいましたから」


ますます訳が分からなくなり、寺門は眉間に皺を寄せる。


「井上、陽子です」


井上陽子。


寺門は一瞬背筋が凍りつくのを感じた。


それは、寺門が初めて受けた人を対象にした依頼だった。


彼女の面倒を1週間見るという、今考えれば簡単な依頼。しかし寺門に大きな一歩をもたらした依頼。



こんな形で再会なんかしたくなかった。









寺門が本社を訪れたのは十年ぶりだった。最後に訪れたのは咲の依頼の時だ。


だから、社長に会うのも十年ぶりだった。


「違う店舗に行くつもりはないか?」


「店の名前は……?」


「ない」

いつも平常心を忘れない社長を彼はいつも尊敬していたのだが、今回ばかりは軽蔑の眼差しを向けるより他なかった。


行くはずの店舗に名前がない。


それは、事実上の「リストラ」を意味していた。


「その店舗に向かうのは私1人でしょうか?」


暗黙の了解で、そんなこと聞かずとも理解している。


だがしかし、寺門はその真実を受け止められずにいる。


社長は表情ひとつ変えずに寺門を見据える。


「道連れが、欲しいか」


「いえっ! そんな事を言っているのではありません!」


寺門は口頭でそう反論しながらもどこか心の中では「そうだ」と肯定したい気持ちにかられた。


「私はただ……店舗の住所と、そこで働く従業員はいないのでしょうかと言っているんです。まさか私ひとりを働かせるつもりでしょうか?」

汗はしだいに寺門の額から頬へと流れてきた。


すると、今まで無表情無反応だった社長が本やら書類やらが散乱している棚からひとつのノートを取り出した。


詳細を寺門には見せようとしなかったのだが、中には、本社が権利を持っている土地・店舗の数・各店舗の収入などのリストが書いてあることぐらい察しがついた。


「土地の権利を譲る。そこで好きなように暮らせ」




反論などできない。


依頼を台無しにしてしまい、ゆとり館の信用を少なからず失ってしまった。相手は本社のことなど一切知らないので、結局はゆとり館だけが被害にあった形になるのだが。


それどころか人を轢いた。正確には撥ねた。


リストラされないわけがない。


まぁ、よくよく考えれば「左遷」と受け取ってもいいだろうか。


「ふぅ」


不安や苛立ちが溜息となって現れる。


ゆとり館の人間はそれをフォローすることができない。




そんなある日、ゆとり館に「正田陽子」が訪ねてきた。


「あの、お話があるのですが」


「どうぞ中へ」


「いいえ、折いった話ですので、外でゆっくりと話したいのですが」


陽子の頼みで、寺門は店の外に出て、近所の公園へと向かう。


陽子はブランコに座り、ゆっくりとこぎ始めた。


事故から1ヶ月近く経ち、今では何不自由なく生活しているという。


「あれからお仕事は順調ですか?」


「生憎のリストラでしてね」


明らかに不満気に言う寺門を見て、陽子は言葉を失った。


「全て私の責任ですよ。もっと注意を払うべきだった。春平くんに早く気付いていればこんなことにはならなかった」


大きな溜息をついてうな垂れる寺門。


「あの……私がしっかりと春平を見張っていなかったのが悪かったんです」


「自分を責める必要はないですよ。あなたは被害者なんですから」


「いいえっ、そうじゃないんです!」


そう叫んで、陽子は言葉を呑んだ。不思議そうに見つめてくる寺門の視線から逃げるように顔を背ける。


そして震える声で静かに言った。


「……何でも轢いてしまった人のせいにするのは良くないです。元はといえば原因は私なんです。私がしっかりと見ていなかったせいなんです。春平がいなかったら、私が居なかったら、寺門さんがこんな思いをしなくてすんだはずなんです」


「……正田さん?」


「そう、私たちが居なかったら、寺門さんが悲しむ必要なんて無かった。私は、あなたを悲しませたくなんかないのに」


思いつめて陽子は自分の顔を両手で覆った。


「皆、皆、私たちのせいで不快な思いをしているんだ……」


まるで自分に言い聞かせているように呟いて、陽子は唐突に立ち上がった。


それにつられて寺門も体を向ける。


「今日は帰りますね。本当に、すみませんでした」


それだけ言うと、陽子は顔も合わせずに走り去っていった。









その日、嫌な噂を耳にした。


最近引っ越してきた正田さんは駆け落ち夫婦で、身寄りの無い人たちらしい。


さらには重く圧し掛かる借金に、噂になって流れる中傷。


近所付き合いも前の町に居た時から上手ではなく、虐めの対象になっていたらしい。


噂は流れ、交通事故にあったという噂も広がる。


公園で子供を1人にしているなどということも取り上げられて、ますます正田さんは除け者にされていたらしい。


元々は子供を放っておくから事故になんか遭うんだ、と。


正田さんの奥さんは精神科に通っていたという噂もある。


旦那さんの会社が倒産してしまったという噂も。




嫌な予感が過ぎった。


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