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アロエ  作者: 小日向雛
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第22話 正田春平

「私、何にもできないんだなぁ……」


憂いを込めた声音でそう呟いたのは咲だった。


今年で高校2年生となった咲は、1年間ゆとり館でアルバイトをしてみて、自分の存在の薄さに落胆したのだ。


「何も不安がることはないよ。咲ちゃんはまだ17歳だろ?」


そんな河越の言葉にも空返事をして、咲はじっと孝太を見つめていた。


孝太を引き受けてから1年、彼は随分と成長している。小学校5年生ともなると、やはり活発な時期なのだろう。少しずつ少しずつ全員に心を開くようになっていた。


そして現在では、まぁ一緒に遊ぶ上では何の問題もなくなっている。


「孝太だって成長しているのに、私は成長しないんだなー」


「そんなことないよ。咲ちゃんは去年よりも綺麗になってるよ」


「本当?」


そんな嬉しそうな上目遣いをする咲に、河越は思わず赤面する。


河越も24歳。17歳の少女にときめきを感じるのも不思議ではない。


「勉強したらどうだ?咲」


突然会話に飛び込んできたのは寺門だった。


「勉強?」


「あぁ、どうすればいいのか分からないなら、とりあえずは学校の勉強をしっかりとしておくんだ。私が学生の時はそれは物凄い学習量で」


「はいはい、分かりましたー。でも、勉強なんてありすぎて嫌気が差すのよ」


机に突っ伏してうな垂れる咲を、河越は頬を染めながら見つめ、寺門は思案しながら見つめた。


「何か好きな教科はないのか?」


「うーん、英語、とかかなぁ」


何気ない咲の一言に、寺門は希望が差したかのように表情を明るくした。


「随分と便利屋向きの教科を好きになったね!」


「ふぇ?」


「いいかい?便利屋には何時どんな仕事が舞い込んでくるか分からない。私の経験した中では、様々な言語が飛び交う場所に行ったことだってある」


その言葉を聞いて、咲は「そういえばこの他言できない秘密主義の会社には、警察にばれたら大変なことになるような危険な仕事もあるんだったな」と思い出していた。


それが日本語の通じないマフィアとの危険な仕事だったり……


「寺門さんも英語話せるの?」


「馬鹿にしないでくれないか?この数十年間、私はライセンス取得と語学力向上を目指してきたんだよ。3ヶ国語は話せる」


「ふーん、とすると日本語、英語にプラスアルファかぁ」


「中国語だ」


成る程と苦笑いするしかないような言語だ。まさに寺門向けの言語だといえる。


「語学に強ければそれほど仕事が増える。1人ではなくとも、誰かとタッグを組んで依頼先に赴くことが他の人間の何倍も増えてくるぞ」


それと、と寺門は続けた。


「それと、そういう場合の為には体を鍛えておかなければならないがな。それはまた先の話か」


咲のような美人がそんな危険な場所に赴くには、それなりの護身術を身につける必要があるだろう。










「孝太、遊びに行かない?」


「行く」


咲の誘いにあっさりと乗り、2人は近所の公園へと赴くことにした。


比較的小さな公園だ。ブランコに滑り台、ジャングルジムと砂場があるだけだった。


休みの日ともなるとたくさんの人が居るのだが、今日は平日の夕方。それほど人は居ないだろう。


しかし孝太をゆとり館に引き篭もらせるよりはいい。


「あれ?」


そんな中、たった1人だけ背中を丸くして砂場で遊んでいる子供の影があった。


「こんにちはー」


咲が声をかけると、子供はゆっくりと振り向いて咲を見上げた。


まだ幼い、大きな目が印象的な男の子だった。


「お母さんは?」


こんな時間帯に、しかもこんな小さな男の子1人で遊んでいる訳が無い。


咲の質問に、男の子は何の躊躇もなく答える。


「あっち」


指を差したのは公園の隣のスーパー。


「母ちゃん買い物してるから、ここで遊んでろって言われた」


「1人で平気?怖くない?」


「何が怖いんだよ」


不思議そうに見つめてくる男の子に、咲はこれ以上何も言わなかった。


すると、今度はその男の子に興味を示した孝太が声をかけていた。


「お前ちっさいな」


その言葉に、男の子は不満気に頬を膨らませた。


「お前って言うなよ。それに、俺はもう4才だぞ!」


「俺は11才だぞ。高瀬孝太だ!こっちの姉ちゃんは美浜咲」


「僕の名前は何ていうの?」


男の子はすぐに視線を咲に向け、子供独特の柔らかな笑顔でこう言った。



「正田春平」



その言葉を聞いて、寺門は夕飯の支度をしていた。


「その春平くんと3人で遊んでたのよ」


「ほぉ。で、その春平くんのお母さんは戻ってきたのかい?」


「そりゃあ勿論。しばらくしてから買い物袋両手いっぱいに現れて、そしたら孝太が『俺が持つ』て張り切っちゃって」


「結局家まで運んでやったってことか?」


「そういうこと」


野菜を煮込みながら、寺門は「正田」という苗字を思い起こしていた。


「そんな人近所に居たかなぁ」


「最近引っ越してきたばっかりみたい。でも近所でもないのよ。30分以上は歩いたわ」


「それはご苦労様。で、咲は今日夕飯食べていくのかい?」


「うん。お父さんも良いって言ってくれたし」


そうして咲に味見をさせると、満足そうに笑みを洩らして、こう言った。


「春平くん、いい子だったよ。寺門さんも会えるといいね」


「それじゃあ今度は私が孝太と公園に行こうかな」









寺門と河越はとある工事現場へと赴いていた。依頼内容は物資の運送などだ。


そんな依頼に適任なのは、ゆとり館ではそれなりの運転免許を取得している寺門と河越だったのだ。


「じゃあ行こうか河越くん」


「うっす」


こういう時は積極的に行動するのが河越のいいところだ。そう思いながら寺門は河越と共に大型トラックを走らせる。


寺門が先頭を走り、その後に河越が続く。


大通りから少し離れた小道を大型トラックが走る。


当然ながら大型のトラックは道幅を占領して一方通行しかできない状態になっている。


しかし問題はない。ここはほとんど人通りのない場所だ。無論車の通りもほとんどない。


そんな時、ちらりとはるか向こうの目の前に何かが掠めた。距離があってよく確認できないので、少し腰を浮かして目の前を覗き込む。


そこに居たのは、まだ小さな少年。何かの拍子に道路に飛び込んできてしまったのだろう。


寺門のトラックはそのまま突っ込む。


「危ないっ!!」


パァァアアァァァァ!


クラクションの音に反応して少年はこちらを振り返る。


どちらにしろ依頼は失敗だ。この少年を庇って自分が犠牲になったところで、トラックはめちゃくちゃ、物資の破損。


しかしこの少年を轢くよりはましだ!


そうして急ブレーキを必死にかけるが、大型なトラックがそう簡単に制止できるわけも無い。



いや、ギリギリ止まるか!?



冷や汗を流して寺門はハンドルをきつく握り締める。


瞬間、少年と目が合った。


「あぁ……」


そんな声が思わず漏れた。


トラックは、ギリギリ間に合わなかった。


その代わりに、何か別のものを撥ねてしまったのだ。


異変に気付いた河越もトラックから降りて寺門の元へ駆け寄る。


そこに居るのは痛そうに腕を押さえる少年と、




意識を失い、倒れている女性だった。



ようやく過去編に春平登場!

ここまでが長かったです……

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