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アロエ  作者: 小日向雛
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第16話 咲ちゃん

いつ何時使うものなのか、社長から仕事の許可が下りないまま資格だけが膨大な量となって、寺門の手元にある。


何もしないまま10年という尊い時間を失ってしまっても、何故か寺門は職業を変えようとはしなかった。


まだ、まだだ。

まだ何も変えていない。


「う〜ん」

もうすっかりおじいさんになってしまった立脇の唸り声で目が覚めた。


「おはようございます。……その、どうしたんですか?」


しばらくして、ようやく寺門の存在に気付いた立脇は、何かを隠すようにテーブルに突っ伏した。


「いや、何でもないよ」


しかしそんな行動をしておいて『なんでもない』訳がない。


「どうやら私は10年ここで働いても、社長はおろか店長にも信用されてないようですね」


皮肉だ。


立脇は微笑を浮かべて、先程隠した物を差し出す。


どうやら依頼書だったらしい。


「ゆとり館まで来ないで、こんなもの送り付けてきたんですか」


嫌味だ。


「もう少し言葉を選びなさい。皆それぞれに事情があるのだよ」


自分がイラついてるのは分かっている。


だけど人様の家庭の事情にまで文句を言うとは何事か。


少しだけ反省して依頼書を覗き見る。


「お嬢さん……?」

父兄が娘の事でゆとり館を訪れる事なんてしょっちゅうだ。


そんな事で立脇はまるで大きな仕事が来たかのように大きな声で唸っていたのか。


「問題はそこじゃない」


【依頼内容】

娘に必要なモノを探してください。



「は……?」

全くもって理解不能だった。


もっと他に適切な言葉はなかったものかと思ってしまうが、人様の教養にまでケチをつけるほど偉い身分でもない。


「本社なんかでは、よくこういった難しい依頼が来るらしいんだけど、なにぶん私も初めてだから」


少し毛の薄くなった後頭部をバリバリとかきむしる立脇をよそに、寺門はもう一度依頼書を見直す。


しかし、見直したところで依頼内容が変わるわけでもなければ解読ができるようになるわけでもない。


「今日依頼主とその娘さんがいらっしゃるんだけど」


そう言ってまもなくチャイムが鳴って、いつもの合言葉が聞こえてくる。


その声に半ばドキドキと反応しながらも、2人して出迎える。


「はじめまして。依頼書を提出致しました美浜というものです」


上品に着物を着ている、まだ20代半ばまたは後半という若い男の横には同じく美しい着物を着た小さな少女が手を引かれて居た。


腰の上まで伸びた黒髪を結いもせずに流している。


「こんにちは。おじちゃんにお名前教えてくれるかな?」


にっこりと微笑んでしゃがみこむ立脇をじっと見つめる少女。


瞳には光は反射していなく、ただ見るものを吸収する漆黒だ。


まばたきを忘れているのか、瞳は立脇をじっと見つめていた。いや、睨み付けていたの方があっているかもしれない。


「…………」


先に参ってしまったのは立脇だった。


ゆっくりと立ち上がって依頼主を見据える。


「娘さんのお名前は」


「咲です。美浜咲」


立脇はさらに寺門を振り返り、目で合図してくる。


しかし寺門には通じていなかったらしい。


けろっとした寺門を見て小さく項垂れ、仕切り直して依頼主を見る。


「依頼書の意味がやっと掴めましたよ。さぁ、遠慮せずに上がってください」


遠慮もなにも、男2人で玄関を塞いでいるから動こうにも動けない。





立脇と依頼主が話をしている間、寺門が咲の相手をすることになった。


「え〜っと、何して遊ぼうか?」


寺門の問いかけにも微動だにせず、まるで人形が座っているようだ。


「おままごとしよう!」


そうしておままごとセットを広げる。


「ただいま、母さん! 今日の晩御飯は何かな?」


すでに役作りをしている寺門だが、咲は動かず、まばたきもせず、目線さえ動かさずに座っている。


さすがに少々気味が悪くなってその場を一時離れる。




話が一通り終わってゆっくりとお茶をすすっている立脇を廊下へ連れだし、激しく首を左右に振る。


「無理です無理です無理です」


「無理と言うな。無理な仕事がないから何でも屋なんだ、便利屋なんだ」


がっくりと項垂れて台所へ向かう。


いくらなんでも相手は子供。

甘い誘惑に叶うわけがない。


咲の元へ戻ると、さっきと同じ位置でちょこんと座っている咲がいた。


眼光だけが鋭く、先程まで寺門が居た所を睨み付けている。


「さ、咲ちゃん! 一緒に和菓子でも食べようか」


ゆっくりと咲に手渡しすると、今度は和菓子を睨み付けている。


「食べていいんだよ?」


その言葉に初めて咲の眉がピクリと動いた。


少し不満があるように見える。


「食べなさい?」


寺門の言葉を聞くと、咲は無表情になって和菓子を頬張る。


ニコニコとした笑顔もなく、またふてくされた様子でもない。



しかし。



寺門は咲の姿をじっと見つめた。


今時めずらしくきっちりと着付けられた牡丹の花の刺繍が施されている朱の着物。美しい金色の帯。その中では赤と黒の金魚が優雅に泳いでいた。


なのに長くまっすぐな黒髪は手を施される事もなく、座ると床に流れていた。


少女の風変わりな様をまじまじと見つめているのに、少女はどうでもいいといったように表情を変えず和菓子をペロリと平らげてしまった。


「寺門くん」

ふいに立脇から呼ばれた寺門は、咲には何も告げずに声の方へ向かう。


寺門はその場に座り、立脇の様子を伺い、言った。


「随分と感情がない少女ですが……。あれでは何をするべきなのかわかりません」


情けない寺門の言葉に、立脇は苦虫をつぶしたような顔をする。


「それでもやり遂げるから何でも屋なんですよって。まったくいつからそんなに頼りなくなってしまったのか」


その言葉にムッとして反抗する。


「じゃあ立脇店長があの少女をなんとかしたらいいじゃないですか」


「そう拗ねるな。依頼の意味はもう分かっているんだ」


「あぁ、そんなこと言ってましたね。で、何なんですか?」


「何なのかを探して欲しいと思うんだ」


「?」

寺門にはまったく通じていなかった。


「咲ちゃんが心を閉ざす原因となったものを探して欲しいと思うんだ」


あぁなるほど、と納得してみるが、その依頼の矛盾が寺門には理解できなかった。


「でも依頼書には……」


そう、依頼書には

「原因を調べてくれ」ではなく、

「必要なものを探してくれ」と書かれていたのだ。


そこには確かに、小さな食い違いが生じている。


「だから、その原因を発見したうえで必要なものをってことじゃないのかな?」


にっこりと笑う笑顔は、歳のせいか以前より柔らかく、目を細めて顔がくしゃくしゃだ。



しかし立脇の読解に、寺門はどうしても納得できなかった。


立脇と違って長年の経験も勘も無い。


ただ、本能的に、それは違うと思った。




思案している2人を、戸の向こうで睨み付けている。


視線は痛い程に寺門に突き刺さっていた。




寺門太一36歳、美浜咲6歳の時である。



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