第14話 母
ひたすら10年間学問に励み、太一少年は寺門太一20歳という立派な大人になって再び便利屋という職業を思い起こすのだった。
あの日の復讐をするべく本社に真っ向勝負を挑み、どういった訳か現在は入社数ヶ月の新米社員だ。
本社の社長は、店長の話から想像した、アロエをくれるような優しい人ではなかった。
むしろ寺門が想像していたような、金の為に社員に道を選ばせない非道な人だった。
寺門が何を言おうと構わないといったような無表情を始終保っていた。
社長が言うには
「この職業では自分の本心や思想が表情に表れないのは最大の長所だ」ということだ。
妙に納得してしまう自分が腹立たしかったが、それとこれとはまた別の話だと自分を無理矢理正当化してみる。
そんな本社では、新人は始めに適当な店舗に送られ、一年間研修をしなければならない。
そこで研修が終了しても自分の配属先として生涯働くことも決して少なくない。
寺門が送られた店舗の名前は「ゆとり館」。
もともと指圧マッサージ店だった土地をそのまま借りて、そのままの名前がついている。
これは一種のカモフラージュとして用いられる方法らしい。
どうしても便利屋の存在を知られたくないのだろうか。
寺門がそこで徹底的に叩き込まれたのは
「嘘のつきかた」だった。
毎年、それが新人の壁を突破する最大の難関てされてきた。
「嘘が下手なヤツはこの店に要らない」と何度も研修先を転々とする人もいる。
そのような行いから今後の本社のその人にたいする見方が決まってくる。それに伴って仕事内容・給料なども変化してしまうから大変だ。
まぁそんなものだと思いながら「ゆとり館」の店長である立脇と仕事をこなす。
しかし、その後寺門には本来なら一通り嘘のつきかたを学んだ後、腕試しとして簡単な依頼が任せられる。
初めは嘘をつく必要もない、犬の散歩、草刈り、室内の掃除などが仕事として与えられる。
次のステップ【人と直接接する】では、ベビーシッターやお守りが任される。
そうしているうちに1年はあっという間に過ぎていき、本社に戻されるか、別の店舗で「社員」として働く。
寺門の初仕事は近所の常連さんの家の草刈りだった。
ビーシッターの依頼が来ることはなかった。
次の日も次の月も、寺門に任されるのは簡単な依頼と雑用だけだった。
ついに1年経ってしまった。
結局寺門がこなした仕事は雑用ばかり。
それでも引き続き、「ゆとり館」で社員として働く事になった。
しかしそれでも、できるだけ多くのライセンスを取得するためにと本社に通いづめで、次のステップに行くことはなかった。
「どうして私には次のステップである依頼を任せてくれないのですか」
ある日、立脇を試そうと疑問を投げ掛けてみる。
「そうでしたっけ?」
ニコニコと加える立脇店長。
でも1年間の研修を積んだ寺門にははっきりとわかった。
これは演技だと。
およそ50歳で、小太りにメガネをかけた立脇店長は落ち着いて優しい雰囲気を出しているが、それだけでは騙されない。
伊達に1年一緒に居ない。
「嘘を見抜く訓練は基礎から応用まで一通りやりましよ」
寺門がそう言うと、立脇は目を丸くして溜め息をついた。
「寺門くんはもう僕の下で働く仲間だもんね。そうだ、仲間は信頼し合わなければならないですね」
一人で納得した後、寺門を見据えて言った。
「君には単純作業以外の依頼は任せないようにと本社の社長から言われている」
ギクリと寺門の肩が動いた。
それなら寺門にも身に覚えがあった。
寺門は入社する際に、酷く社長に反発していた。
会社の方針を変えろだの、人を殺していいのかだの。
もちろん、社長だけではなく本社の一部の人間は、寺門が10年前、2人の社員の死という事実を知ってしまった少年だていうのも記憶している。
絶対何かを企んでいるに違いない、というのが本社の寺門を見る目だった。
社長だって、感情が表面に出ないからわかりにくいが、寺門を良く思っていない。
反発者に依頼は任せない。それが社長の提案だった。
「なんですか……それ」
確かに信用は得られなかったが、寺門だって仕事はちゃんとこなすつもりだった。
「私はもう23ですよ……? 入社して3年も経っているのにまだまともな仕事はさせてもらえないのですか」
このままでは人生さえ台無しにしかねない状況の中で、落ち着けというのも難しい話で、寺門は困惑していた。
すると、玄関で「お尋ね者ですー」と叫ぶ声が聞こえた。
この合言葉は立脇が考えたものだ。
入れてもいい人と入れてはならない人の区別をつけるものだ。
立脇に案内されて待合室にやってきたのは母親に手をつれられている少女だった。
「小学2年生なんですけど……」
何がいいたいのか、母はそれっきり黙ってしまった。
「私がこの1週間居なくなるときにこの子の面倒を見て欲しいんです」
「構いませんよ?」
意地をはって怒鳴っているのが可愛らしい。
「私どもは依頼主さまにどんな理由があろうとどんな仕事だろうと全く構いませんよ。どちらにせよお金を頂いた分、ご期待に添える自信はありますので」
真面目で頼りがいのある立脇の言葉に依頼主は信頼と安心の表情を見せる。
結局人は金という言葉に安心を抱くのだろうか?
にっこりとおだやかに笑う立脇店長。
しかし母は申し訳なさそうに俯いている。
「お手数かけます。本当は私の父に預けようと思っていたのですが、この子がどうしても嫌というので」
「よーこはひとりでもだいじょうぶなの!」
「できればここに1週間置いて欲しいのですが」
「構いません。一応言いますと、ご家庭ではなく店で、ということだと少々料金がかさみますが、いかがいたしますか?」
「大丈夫です」
そうして少女は「ゆとり館」に滞在することに決定した。